長尾根に立つ札所二十三番音楽寺、本日も良いお天気ですが、昨日同様冷たい風があります。
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3/10 9:26
長尾根に立つ札所二十三番音楽寺、本日も良いお天気ですが、昨日同様冷たい風があります。
十三権者の石仏、今回は小鹿峠からミューズパーク方面に進みます。
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3/10 9:30
十三権者の石仏、今回は小鹿峠からミューズパーク方面に進みます。
展望タワーから旅立ちの丘を見下ろします。
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3/10 9:41
展望タワーから旅立ちの丘を見下ろします。
ミューズアローにしんちゃんのお尻が狙われていますぅ。
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3/10 9:43
ミューズアローにしんちゃんのお尻が狙われていますぅ。
拠点広場、斜面広場周辺は立入禁止になっています。
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3/10 9:52
拠点広場、斜面広場周辺は立入禁止になっています。
展望台は久しぶりです。
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3/10 9:54
展望台は久しぶりです。
勉強になります。
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勉強になります。
眼下には秩父公園橋、童子堂も見えています。山並みは左の蓑山から外秩父の峰々、大霧山に笠山も見えています。
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眼下には秩父公園橋、童子堂も見えています。山並みは左の蓑山から外秩父の峰々、大霧山に笠山も見えています。
三波川帯の山(〜丸山周辺)と秩父帯の山(横瀬二子山〜)との境界
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3/10 9:56
三波川帯の山(〜丸山周辺)と秩父帯の山(横瀬二子山〜)との境界
その二子山から武甲山、その手前に羊山丘陵。
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その二子山から武甲山、その手前に羊山丘陵。
痛々しい姿でもやっぱり武甲山
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3/10 9:56
痛々しい姿でもやっぱり武甲山
眺望を楽しんだら次はこちらです。
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3/10 9:57
眺望を楽しんだら次はこちらです。
「峠」359.94 m四等三角点
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「峠」359.94 m四等三角点
大平山、秘密の花園あたりも雪でしょうね。
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3/10 10:01
大平山、秘密の花園あたりも雪でしょうね。
タチスボかな?
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3/10 10:03
タチスボかな?
カンスゲかな。これを編んでスカリができるんですね。
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3/10 10:03
カンスゲかな。これを編んでスカリができるんですね。
スカイロード。レースやトレーニングでよく走っていましたが、じっくり歩くのは初めてかも。
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3/10 10:05
スカイロード。レースやトレーニングでよく走っていましたが、じっくり歩くのは初めてかも。
野外ステージから和名倉山。フェスの時は混雑しますが、利用のない時は閑散としています。開放されてるので今度タケレレ持ってこよっと。
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3/10 10:13
野外ステージから和名倉山。フェスの時は混雑しますが、利用のない時は閑散としています。開放されてるので今度タケレレ持ってこよっと。
ロウバイはお花と実が混在しています。
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3/10 10:21
ロウバイはお花と実が混在しています。
秩父山中に何故かミューズの泉
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3/10 10:24
秩父山中に何故かミューズの泉
そのような公園みたいです。
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3/10 10:25
そのような公園みたいです。
ギリシャにも熊タンが出るのかなぁ。
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3/10 10:26
ギリシャにも熊タンが出るのかなぁ。
そんなスカイロードがら一寸雑木に入ると、
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3/10 10:34
そんなスカイロードがら一寸雑木に入ると、
「長若」403.97 m三等三角点
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3/10 10:36
「長若」403.97 m三等三角点
かつての丘陵の道がちょとだけ残っているようです。
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3/10 10:36
かつての丘陵の道がちょとだけ残っているようです。
その突き当りから大平山〜酉谷山〜熊倉山の眺め。テニスコートがいっぱい。かつてはテニスに熱中していた時代も。オースチンやバンジが活躍していた頃です。
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3/10 10:38
その突き当りから大平山〜酉谷山〜熊倉山の眺め。テニスコートがいっぱい。かつてはテニスに熱中していた時代も。オースチンやバンジが活躍していた頃です。
熊倉山、お正月に歩いたルートがよくわかります。
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3/10 10:40
熊倉山、お正月に歩いたルートがよくわかります。
かつてはプールも営業していました。初トライアスロンのレースはこちらのプールでした。
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3/10 10:47
かつてはプールも営業していました。初トライアスロンのレースはこちらのプールでした。
小鹿野の春祭りのポスター
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3/10 11:00
小鹿野の春祭りのポスター
ミューズパークエリアが終わってその先に足を踏み入れます。この近くにあったらしい三角点を見逃してしまったようです。
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3/10 11:05
ミューズパークエリアが終わってその先に足を踏み入れます。この近くにあったらしい三角点を見逃してしまったようです。
道は平坦な林道、弥生三月ですが水たまりに薄氷が張っていました。右はセメント会社の土地で立入禁止です。
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3/10 11:11
道は平坦な林道、弥生三月ですが水たまりに薄氷が張っていました。右はセメント会社の土地で立入禁止です。
広い伐採地がありました。パネルが並べられなければいいのですが…
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3/10 11:27
広い伐採地がありました。パネルが並べられなければいいのですが…
その一画に「大芝」443.04 m三等三角点がありました。
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3/10 11:31
その一画に「大芝」443.04 m三等三角点がありました。
両神山の眺め。この辺りが平仁田峠だと思います。
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3/10 11:32
両神山の眺め。この辺りが平仁田峠だと思います。
陽当りの良い良い鉄塔下でハープタイム。先ほど売店で買ったアイスモナカをいただきます。少し溶けかけたのが好みです。
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3/10 11:34
陽当りの良い良い鉄塔下でハープタイム。先ほど売店で買ったアイスモナカをいただきます。少し溶けかけたのが好みです。
鉄塔左に毘沙門の頭、右には赤久縄山も見えます。
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3/10 11:53
鉄塔左に毘沙門の頭、右には赤久縄山も見えます。
このアングルもよきかなですね。今年は高ワラビ尾根に挑戦したいな。
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3/10 12:05
このアングルもよきかなですね。今年は高ワラビ尾根に挑戦したいな。
見つけるのに戸惑った、
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3/10 12:18
見つけるのに戸惑った、
「木附場」442.24 m四等三角点
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3/10 12:19
「木附場」442.24 m四等三角点
小鹿野町と秩父市の境界尾根も気になりますが、G場に出てしまうようなので、
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3/10 12:24
小鹿野町と秩父市の境界尾根も気になりますが、G場に出てしまうようなので、
今回はパス。別の尾根道で下山します。
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3/10 12:31
今回はパス。別の尾根道で下山します。
人気のない民家裏に下り、車道に出ると端正な矢岳。
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3/10 12:51
人気のない民家裏に下り、車道に出ると端正な矢岳。
県道下に末社殿とお堂。前者には数棟のお宮があり大山祇神、愛宕社、水神社、産宮社、八幡社、稲荷社、八坂社が祀られています。
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3/10 12:56
県道下に末社殿とお堂。前者には数棟のお宮があり大山祇神、愛宕社、水神社、産宮社、八幡社、稲荷社、八坂社が祀られています。
そしてお堂には立派な薬師如来坐像が安置されていました。
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3/10 12:58
そしてお堂には立派な薬師如来坐像が安置されていました。
目前に迫る熊倉山が穂高連峰のように見えました。
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3/10 12:59
目前に迫る熊倉山が穂高連峰のように見えました。
そして矢岳から酉谷方面。もしかして山頂は小黒に隠れている?
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3/10 13:04
そして矢岳から酉谷方面。もしかして山頂は小黒に隠れている?
(旧道)谷への入口ですが、分かりにくいです、小さなピンテがあります。この後明瞭な道になるもすぐに崩れかけた急傾斜の道になります。
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3/10 13:04
(旧道)谷への入口ですが、分かりにくいです、小さなピンテがあります。この後明瞭な道になるもすぐに崩れかけた急傾斜の道になります。
対岸に道の様なものが見えますが徒渉点は荒れています。少し下流方向に行った所で渡りました。
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3/10 13:10
対岸に道の様なものが見えますが徒渉点は荒れています。少し下流方向に行った所で渡りました。
対岸も急登の荒れ気味の道。お助けトラロープもありましたが、かなりの年季物です。ここを上がると畑です。
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3/10 13:17
対岸も急登の荒れ気味の道。お助けトラロープもありましたが、かなりの年季物です。ここを上がると畑です。
お隣は「みやま深山花園」でした。お初です。マンサクと武甲山
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3/10 13:21
お隣は「みやま深山花園」でした。お初です。マンサクと武甲山
只今の主役はサンシュユよようです。
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3/10 13:24
只今の主役はサンシュユよようです。
サンシュユと熊倉山
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3/10 13:24
サンシュユと熊倉山
八重桜の名所みたいです。花が咲いたらこの上のない絶景になるようですよ。
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3/10 13:27
八重桜の名所みたいです。花が咲いたらこの上のない絶景になるようですよ。
すぐ近くに三宮司神社。石燈籠は「昭和八年」とありますが、かなり傷みが激しいです。
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3/10 13:29
すぐ近くに三宮司神社。石燈籠は「昭和八年」とありますが、かなり傷みが激しいです。
神社前の辻に青標「→荒川渡場ヲ経テ縣道二通ズ」「大正十三年一月廿六日建之(1924)中川村分会青年会」
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3/10 13:34
神社前の辻に青標「→荒川渡場ヲ経テ縣道二通ズ」「大正十三年一月廿六日建之(1924)中川村分会青年会」
「→稲荷神社小野原及縣道二通ズ ←野々上平仁田久那別所方面二至ル」「皇太子殿下御成婚記念」
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3/10 13:35
「→稲荷神社小野原及縣道二通ズ ←野々上平仁田久那別所方面二至ル」「皇太子殿下御成婚記念」
またまた武甲山
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3/10 13:39
またまた武甲山
先程徒渉した水沢の深い谷。あの道も重要な交易路だったのでしょうね。水沢橋よりの眺め。
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3/10 13:42
先程徒渉した水沢の深い谷。あの道も重要な交易路だったのでしょうね。水沢橋よりの眺め。
荒川の河岸段丘と矢岳、酉谷山方面の眺め
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3/10 13:54
荒川の河岸段丘と矢岳、酉谷山方面の眺め
正面には大反山方面
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3/10 13:56
正面には大反山方面
県道を歩いていたら立派な赤鳥居が見え(その傍らに寅地蔵尊)、参道を行くと諏訪神社(左)がありました。境内社との間に、
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3/10 14:05
県道を歩いていたら立派な赤鳥居が見え(その傍らに寅地蔵尊)、参道を行くと諏訪神社(左)がありました。境内社との間に、
「子宝ノ石」女性の裸像とお子が彫られています。
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3/10 14:07
「子宝ノ石」女性の裸像とお子が彫られています。
隣にごもっとも様的な石棒。セットで陰陽石なんでしょうね。
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3/10 14:08
隣にごもっとも様的な石棒。セットで陰陽石なんでしょうね。
地図にあった薬師堂は見つからず。何やら建物があったらしい跡がありましたがここかな?『廃寺』には記載なし。
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3/10 14:17
地図にあった薬師堂は見つからず。何やら建物があったらしい跡がありましたがここかな?『廃寺』には記載なし。
田之越公会堂前の石祠「奉納秩父町根岸市右エ門謹建之/紀元二千六百年正月吉日(1940)」
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3/10 14:23
田之越公会堂前の石祠「奉納秩父町根岸市右エ門謹建之/紀元二千六百年正月吉日(1940)」
どうしても目が行ってしまう武甲山
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3/10 14:27
どうしても目が行ってしまう武甲山
杵築神社、出雲大社から勧請?天満宮も合祀されているようです。
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3/10 14:32
杵築神社、出雲大社から勧請?天満宮も合祀されているようです。
二十五番の入口前に心求、はまの道標「ひだり廿六(番)
宝永三年四月十三日(1706)」
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3/10 14:45
二十五番の入口前に心求、はまの道標「ひだり廿六(番)
宝永三年四月十三日(1706)」
観音堂の周辺は落石のおそれで立入禁止でした。
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3/10 14:51
観音堂の周辺は落石のおそれで立入禁止でした。
弁天池の向こうに弁天堂と久昌寺本堂
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3/10 14:52
弁天池の向こうに弁天堂と久昌寺本堂
天狗堂山、弁天池の南の高みに登ります。斜面にはカタクリが咲くそうです。
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3/10 14:55
天狗堂山、弁天池の南の高みに登ります。斜面にはカタクリが咲くそうです。
ピークを越えて下がった所に大山祇命のお宮があります。
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3/10 14:58
ピークを越えて下がった所に大山祇命のお宮があります。
後から知りましたが、久昌寺砦跡だそうですが、あまりにも狭く?って感じでした。
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3/10 14:59
後から知りましたが、久昌寺砦跡だそうですが、あまりにも狭く?って感じでした。
麓の葛城神社は明治五年に山頂から現在地に移ったそうです。ちょうど(祭り終了の)お知らせ花火が鳴りました。
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3/10 15:00
麓の葛城神社は明治五年に山頂から現在地に移ったそうです。ちょうど(祭り終了の)お知らせ花火が鳴りました。
山繭がありました。
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3/10 15:03
山繭がありました。
蓮池越しの久昌寺観音堂と丸山
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3/10 15:06
蓮池越しの久昌寺観音堂と丸山
弁天池越しの天狗堂山(久昌寺砦)
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3/10 15:09
弁天池越しの天狗堂山(久昌寺砦)
「御手判寺/二十五番」石標(享和二壬戌年、1802)。性空上人が秩父巡拝の折り、閻魔大王から贈られた石の手判を当時に納めた。
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3/10 15:12
「御手判寺/二十五番」石標(享和二壬戌年、1802)。性空上人が秩父巡拝の折り、閻魔大王から贈られた石の手判を当時に納めた。
巡礼道標「左 二十六番」と武甲山
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3/10 15:19
巡礼道標「左 二十六番」と武甲山
そして長尾根丘陵
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3/10 15:19
そして長尾根丘陵
裏山ダムと大平山
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3/10 15:20
裏山ダムと大平山
諏訪神社、予想どおり祭礼は終了し、氏子連中が片付けの真っ最中でした。
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3/10 15:29
諏訪神社、予想どおり祭礼は終了し、氏子連中が片付けの真っ最中でした。
ただ、お目当てのジャランポン祭りは公会堂で行われるようです。
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3/10 15:29
ただ、お目当てのジャランポン祭りは公会堂で行われるようです。
山歩きの最中も屋台囃子がよく聴こえていました。
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3/10 15:31
山歩きの最中も屋台囃子がよく聴こえていました。
ジャランポン祭りの会場。ただ開始が17:30〜ということでした。
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3/10 15:32
ジャランポン祭りの会場。ただ開始が17:30〜ということでした。
帰り道、治兵エ山に立ち寄りました。
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3/10 15:48
帰り道、治兵エ山に立ち寄りました。
山頂には何もありませんが、忍藩主の別邸を作る話もあったそうです。現在でも周辺は隠れ宿的な雰囲気があります。
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3/10 15:59
山頂には何もありませんが、忍藩主の別邸を作る話もあったそうです。現在でも周辺は隠れ宿的な雰囲気があります。
武甲山、小持山もいい感じ。
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3/10 16:05
武甲山、小持山もいい感じ。
治兵エ山のこん森。次は再び薬師堂探しです。
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3/10 16:06
治兵エ山のこん森。次は再び薬師堂探しです。
何やら開けた一画に道祖神(明治四十三年、1910)、それと武甲山。
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3/10 16:12
何やら開けた一画に道祖神(明治四十三年、1910)、それと武甲山。
小さなお堂らしき建物がありました。てっきり薬師如来様がおいでになると思ったら、
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3/10 16:18
小さなお堂らしき建物がありました。てっきり薬師如来様がおいでになると思ったら、
新旧の「馬頭大士」右「天保十五辰年四月吉日(1844)」左「大正三年七月二十八日(1914)」
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3/10 16:19
新旧の「馬頭大士」右「天保十五辰年四月吉日(1844)」左「大正三年七月二十八日(1914)」
突然ビックリするほど予想外に立派なお堂があり、
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3/10 16:23
突然ビックリするほど予想外に立派なお堂があり、
それが薬師堂でした。薬師如来坐像と十二神将像も揃っていました。両神薄の薬師様の姉さんだそうです。
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3/10 16:24
それが薬師堂でした。薬師如来坐像と十二神将像も揃っていました。両神薄の薬師様の姉さんだそうです。
お次は愛宕山へ。
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3/10 16:30
お次は愛宕山へ。
もちろん愛宕神社が鎮座します。
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3/10 16:31
もちろん愛宕神社が鎮座します。
武甲山の絶景ポイントらしく車2台を連ねて見物の方々がやって来ました。
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3/10 16:37
武甲山の絶景ポイントらしく車2台を連ねて見物の方々がやって来ました。
その一寸先に「辯財天 寛政七乙卯季十一月吉祥日(1795)
當村講中」と武甲山。
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3/10 16:39
その一寸先に「辯財天 寛政七乙卯季十一月吉祥日(1795)
當村講中」と武甲山。
安立寺跡の残る二体の地蔵尊、台石に「安立中」
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3/10 16:43
安立寺跡の残る二体の地蔵尊、台石に「安立中」
ニューズパーク入口に通じる車道を横断して、擁壁上の道に入ります。
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3/10 16:46
ニューズパーク入口に通じる車道を横断して、擁壁上の道に入ります。
落ちユズ
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3/10 16:50
落ちユズ
401峰には巨大な貯水槽
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3/10 16:58
401峰には巨大な貯水槽
ミューズパークの南にこんな良い雑木道があるとは知りませんでした。ただ右は段丘の縁という感じで落ちていいます。
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3/10 17:10
ミューズパークの南にこんな良い雑木道があるとは知りませんでした。ただ右は段丘の縁という感じで落ちていいます。
出口にショカツソウと武甲山
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3/10 17:29
出口にショカツソウと武甲山
「天王宮」の鳥居を行くと、
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3/10 17:31
「天王宮」の鳥居を行くと、
八坂神社です。
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3/10 17:33
八坂神社です。
「右 札所二十四番及久那村二通ズ 左 札所二十三番及尾田蒔村二通ズ」
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3/10 17:37
「右 札所二十四番及久那村二通ズ 左 札所二十三番及尾田蒔村二通ズ」
「右 山道 左 秩父町二至ル」「秩父町軍人分会」
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3/10 17:38
「右 山道 左 秩父町二至ル」「秩父町軍人分会」
ポニーと武甲山
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3/10 17:39
ポニーと武甲山
やはり立入禁止になっていました。
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3/10 17:41
やはり立入禁止になっていました。
仕方がないので、倒れたタケが覆う江戸巡礼古道に入ります。
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3/10 17:43
仕方がないので、倒れたタケが覆う江戸巡礼古道に入ります。
念佛坂
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3/10 17:45
念佛坂
桜久保沢を徒渉します。足元が見えるうちで良かったです。
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3/10 17:46
桜久保沢を徒渉します。足元が見えるうちで良かったです。
薄暗くなった竹林沿いの
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3/10 17:53
薄暗くなった竹林沿いの
ここに来てまた青標「左 別所ヲ経テ久那村二至ル」「正面 桜渡ヲ経テ秩父町二至ル」
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3/10 17:54
ここに来てまた青標「左 別所ヲ経テ久那村二至ル」「正面 桜渡ヲ経テ秩父町二至ル」
「<ソ字>辯財天 宝暦十三年癸未三月吉日(1763)寺尾講中」
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3/10 17:57
「<ソ字>辯財天 宝暦十三年癸未三月吉日(1763)寺尾講中」
二十二夜塔。
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3/10 18:00
二十二夜塔。
結局最後は車道で音楽寺まで戻ってゴールです。
5
3/10 18:26
結局最後は車道で音楽寺まで戻ってゴールです。
また変わったメニューがありましたが、
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3/10 18:55
また変わったメニューがありましたが、
サービスのマンゴージュース、スープ、漬物とオマケの駄菓子
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3/10 18:55
サービスのマンゴージュース、スープ、漬物とオマケの駄菓子
定番のマトンが食べたかったのです。
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3/10 19:02
定番のマトンが食べたかったのです。
超こってりルウです。最近歳のせいか辛口が辛く感じるようになりました。
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3/10 19:04
超こってりルウです。最近歳のせいか辛口が辛く感じるようになりました。
また遅いコメントで、失礼します。
確かに、「痛々しい姿でも、やっぱり武甲山」ですね。どうしたって見ちゃうし、見えると嬉しいし、何を撮っても武甲山が入ると絵になりますね。
ミューズパークには行ったことないですが、ギリシャだったんだですね💧泉にミューズ達、びっくりしました。「そのような公園」というのは、ぶっちゃけどのような公園なのか、なんだかモヤモヤする看板ですね。
カンスゲ、これを編んでスカリにするのですね。もっと長い植物を使うのかと思いました。
godohanさんは、テニスに熱中されてた歴史もあるのですね。「エースを狙え」もあって、テレビでコナーズやマッケンローを見ていましたが、godohanさんより、さらにひと世代前みたいですね💧
久昌寺の池の向こうの小高いところが砦跡だったというのも、びっくりです。
じゃらんぽん祭、私の地元では「じゃらんぼん」はお葬式なので、「ぽ」と「ぼ」の違いで、どんなお祭なのか調べてしまいました。本当に葬式祭なのですね。さすがに秩父、恐るべしです。「御供」と書かれた箱が棺桶なんですね😨今は笑えるお祭りのようですが、そもそもの始まった背景を知りたいですね。棺桶に書かれた「御供」の文字からは、なんだか怖いことを想像してしまいます。
カレー屋さんの「みぃちゃん」、何者なのでしょう。以前のレコでも、インパクト大でしたが、今回もハンパない💧で、ここで「寺尾天竺巡礼セット」なんですね(笑)。値段も1510円で「いこうてんじく」。そして、カレーも本格とは、徹底ぶりがハンパない。振り切ってますね。
このあたりだけでも、小鹿野春祭り、深山花園の八重桜と武甲山の絶景など、ウキウキが沢山、やっぱり秩父はいいところですね。
沢山歩いただけ、興味深いことも沢山見つけて、やはり達人だなぁと思いました。
本当に当時は何で秩父でギリシャって感じでしたが、何十年も経ってあまり違和感なくなりましたが、よくよく考えると?ですよね。音楽を中心にした芸術の発信地にしたかたのでしょうが・・・
まさにコナーズvsボルグの世代です。ちなみに女子だとアン清村のファンでした。
スカリをご存じなら最早秩父通と言って過言ではないでしょう。
そちらでも「じゃらんぼん」というのですね。やはりお隣同士とも言える結構同じ文化圏なのかもしれませんね。
「いこうてんじく」には全然気が付きませんでした!これは一本取られました!
秩父も灯台下暗しで初めて知ったり、出会ったりすることが沢山です。お褒め戴き光栄で御座います。それでは。 godohan
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