記録ID: 8543386
全員に公開
ハイキング
近畿
いまだ越えず丹波越え
2015年05月28日(木) 〜
2015年05月29日(金)


- GPS
- --:--
- 距離
- 22.7km
- 登り
- 1,151m
- 下り
- 1,107m
コースタイム
1日目
- 山行
- 3:52
- 休憩
- 2:01
- 合計
- 5:53
9:35
27分
登り始め
10:02
28分
樹林帯越す
10:30
10:40
32分
平坦部終わり★休憩
11:12
11:13
4分
茶屋跡
11:17
11:50
0分
丹波越★昼食
11:50
12:15
15分
丹波越西側探索
12:30
16分
P886付近
12:46
12:56
16分
最低鞍部付近道標
13:12
13:28
4分
三国岳東峰(三角点のないほう)着 ★休憩
13:40
8分
イヤ谷への下降点道標
13:48
13:52
3分
激下り
13:55
14:05
11分
平坦部が終って★休憩
14:16
14:20
3分
激下り
14:23
7分
三の岩屋への道標
14:30
14:35
4分
沢の出合★休憩
14:39
3分
谷の合流点
14:42
14:39
21分
巻き道
15:00
5分
一の岩屋
15:05
2分
府大演習林管理舎
15:07
3分
久良谷とイヤ谷の出合
15:10
久良谷テント
2日目
- 山行
- 5:10
- 休憩
- 3:01
- 合計
- 8:11
7:04
19分
久良谷テント
7:23
7:40
0分
谷の分岐炭焼き窯跡
7:25
7:40
20分
もうひとつ炭焼き窯跡
8:00
9:10
8分
久良谷出合テント★休憩・撤収
9:18
18分
滝谷林道との出合
9:36
3分
簡易水道設備
9:39
20分
三軒家
9:59
21分
久多上の町
10:20
10:35
10分
新道の杉樹林の中★休憩
10:45
13分
久多の大杉(10:45)
10:58
11:25
35分
中の町〜志古淵神社
12:00
15分
久多下の町久多いきいきセンター
12:15
18分
久多宮の町
12:33
12分
宮の町最奥
12:45
13:00
33分
最初のヘアピンカーブ★休憩
13:33
13:55
12分
能見峠着(13:33)
14:07
28分
能見川出合
14:35
25分
能見
15:00
0分
能見口着
15:00
0分
下の「久多峠」消えないけど??
15:00
2015年5月28−29日
「鯖だけではなかった鯖の道」の続編である。
前回は、最も?正統的なコースである「小浜−遠敷―針畑越(根来越)―針畑谷−桑原―丹波越−久多―オグロ坂−八丁平−尾越−大見−大見尾根−花背峠−鞍馬−出町」のうち、足のツリの様子を見たため、「桑原―丹波越−久多」の丹波越えを省略してしまった。このまま、鞍馬−出町を歩いて、終わり、とする訳には行かないので、歩いてきた。
ただし、「丹波越」のうち、峠を越えて、久多側に降りる道が判然とせず、しかも沢を下ることになるので、不確定なまま歩くのはやめておき、三国岳(さんごくだけ)に迂回するのは変らない。
丹波越の久多への下りについては、季節がもう初夏で木々も茂ってきて見通しも悪そうだが、5月のGW以来、雨が少なかったので、探索するにはもってこいの時期かと思うので、ちょっとだけ探索しておくことにした。
■今、「丹波越」というのが面白い
おそらく鯖の道の最短コースは「桑原―丹波越−久多」で、久多に降りる道は久良谷でよさそうなのだが、沢道の古道が消えている。しかし、久多側クラ谷に下る際、「中腹に広い水平道が現われるが、ある地点で忽然と消えてしまう」というのが面白いのだ。どんな様子なのかを見てみたく、最終的には通しで越えてみたい。
また、想定されている「丹波越」はツッコミどころ満載なのだ。丹波越という限りは越えると丹波国というのを連想させるが、丹波越を越えてもやっぱりそこは愛宕(おたぎ)郡で山城ではないのか?愛宕郡のうち、広河原、花脊は丹波国であった歴史がある(http://tanbarakuichi.sakura.ne.jp/shrine/memo/02.html)が、久多が丹波であったというのは知らない。もし久多が丹波だったとしたら、その北にある三国岳(さんごくだけ)とはなんの三国境?二国岳ではないか?
想定されている丹波越の峠が、丹波に向かう峠ならば、丹波越えの尾根を越えた久多が丹波国でなくても構わない。たしかに、久多中の町−久多宮の町−久多峠と歩いていけば、その先は広河原もしくは花脊で、そこはかつては丹波だった。
丹波越は「たばごえ」と言うようだ。三国岳から東に流れ落ちる谷に丹波谷(タバたに)というのがあり、丹波越とはその丹波谷の南の尾根を越えてきたから丹波越えというのではなかろうか?その尾根には古道(の痕跡でも)あるのだろうか?そうすると、今から登る尾根は元は杣道だったのか?
さらに、その丹波とは?もしかしたら、○○丹波守や丹波氏の持ち山があったから丹波谷だったりして?丹波谷の南にはオハヤシ谷というのがあり、御林谷なので、えらい人の林があったので、御林谷ではなかろうか?それなら丹波谷は丹波氏の林のあった谷というのでも構わない。
このように、「丹波越」は疑問点満載であり、そこを歩いて、いろいろ思い巡らすのがおもしろいのだ。
■おことわり
写真の品質が非常に悪いです。再整理するに当たって元写真を探しましたが消えていました(多分昔のHDDトラブル?)。仕方なく以前のブログから写真をDLしました。が、元ブログ(nifty)→fc2としていて、順に画質が悪くなるという・・・
「鯖だけではなかった鯖の道」の続編である。
前回は、最も?正統的なコースである「小浜−遠敷―針畑越(根来越)―針畑谷−桑原―丹波越−久多―オグロ坂−八丁平−尾越−大見−大見尾根−花背峠−鞍馬−出町」のうち、足のツリの様子を見たため、「桑原―丹波越−久多」の丹波越えを省略してしまった。このまま、鞍馬−出町を歩いて、終わり、とする訳には行かないので、歩いてきた。
ただし、「丹波越」のうち、峠を越えて、久多側に降りる道が判然とせず、しかも沢を下ることになるので、不確定なまま歩くのはやめておき、三国岳(さんごくだけ)に迂回するのは変らない。
丹波越の久多への下りについては、季節がもう初夏で木々も茂ってきて見通しも悪そうだが、5月のGW以来、雨が少なかったので、探索するにはもってこいの時期かと思うので、ちょっとだけ探索しておくことにした。
■今、「丹波越」というのが面白い
おそらく鯖の道の最短コースは「桑原―丹波越−久多」で、久多に降りる道は久良谷でよさそうなのだが、沢道の古道が消えている。しかし、久多側クラ谷に下る際、「中腹に広い水平道が現われるが、ある地点で忽然と消えてしまう」というのが面白いのだ。どんな様子なのかを見てみたく、最終的には通しで越えてみたい。
また、想定されている「丹波越」はツッコミどころ満載なのだ。丹波越という限りは越えると丹波国というのを連想させるが、丹波越を越えてもやっぱりそこは愛宕(おたぎ)郡で山城ではないのか?愛宕郡のうち、広河原、花脊は丹波国であった歴史がある(http://tanbarakuichi.sakura.ne.jp/shrine/memo/02.html)が、久多が丹波であったというのは知らない。もし久多が丹波だったとしたら、その北にある三国岳(さんごくだけ)とはなんの三国境?二国岳ではないか?
想定されている丹波越の峠が、丹波に向かう峠ならば、丹波越えの尾根を越えた久多が丹波国でなくても構わない。たしかに、久多中の町−久多宮の町−久多峠と歩いていけば、その先は広河原もしくは花脊で、そこはかつては丹波だった。
丹波越は「たばごえ」と言うようだ。三国岳から東に流れ落ちる谷に丹波谷(タバたに)というのがあり、丹波越とはその丹波谷の南の尾根を越えてきたから丹波越えというのではなかろうか?その尾根には古道(の痕跡でも)あるのだろうか?そうすると、今から登る尾根は元は杣道だったのか?
さらに、その丹波とは?もしかしたら、○○丹波守や丹波氏の持ち山があったから丹波谷だったりして?丹波谷の南にはオハヤシ谷というのがあり、御林谷なので、えらい人の林があったので、御林谷ではなかろうか?それなら丹波谷は丹波氏の林のあった谷というのでも構わない。
このように、「丹波越」は疑問点満載であり、そこを歩いて、いろいろ思い巡らすのがおもしろいのだ。
■おことわり
写真の品質が非常に悪いです。再整理するに当たって元写真を探しましたが消えていました(多分昔のHDDトラブル?)。仕方なく以前のブログから写真をDLしました。が、元ブログ(nifty)→fc2としていて、順に画質が悪くなるという・・・
過去天気図(気象庁) | 2015年05月の天気図 |
---|---|
アクセス |
写真
■1.丹波越尾根-■
針畑川流域、桑原橋に着いた。現在9:20、自宅を4:30に出て、京都、安曇川、朽木市場経由でたので、5時間近くかかって、結構疲れた。朝飯も満足に食べなかったので、このお堂の縁に座って、途中のコンビニで買ったおにぎりを食べた。水を2L補給して出発。なお、トイレに簡易水道はあるが、このお堂から10mほど南へ行った所にも水場かこしらえてあった。こっちの方が気分はいいでしょう。
針畑川流域、桑原橋に着いた。現在9:20、自宅を4:30に出て、京都、安曇川、朽木市場経由でたので、5時間近くかかって、結構疲れた。朝飯も満足に食べなかったので、このお堂の縁に座って、途中のコンビニで買ったおにぎりを食べた。水を2L補給して出発。なお、トイレに簡易水道はあるが、このお堂から10mほど南へ行った所にも水場かこしらえてあった。こっちの方が気分はいいでしょう。
お堂の隣であばあさんが作業をしていたので、挨拶してすこししゃべった。
「この山は人気あるんかね、今日もクルマが停まっとる」「危ないところはないようやね」
---今バスで来たところで、これから登ります、危ないところはなさそうですね。
「この山はクマが出たという話はきかへん」
---そうですか、一応熊鈴は持ってきましたが・・・
「そうやな、昔からそういう話はきいとるね」
「私も若い頃に登ったことがある、びわ湖も見えてよいところやったが、もう登れんわ」
---景色楽しみです。行ってきます。
どうもクマは大丈夫のようだ。9:35、ここから登って行く。
「この山は人気あるんかね、今日もクルマが停まっとる」「危ないところはないようやね」
---今バスで来たところで、これから登ります、危ないところはなさそうですね。
「この山はクマが出たという話はきかへん」
---そうですか、一応熊鈴は持ってきましたが・・・
「そうやな、昔からそういう話はきいとるね」
「私も若い頃に登ったことがある、びわ湖も見えてよいところやったが、もう登れんわ」
---景色楽しみです。行ってきます。
どうもクマは大丈夫のようだ。9:35、ここから登って行く。
右手、御林谷側は杉植林帯になっているが、左手は自然の二次林だ。傾斜はさらに小さくなっていき、快適に登れる。
10:20、尾根がほとんど平坦になってきた。
10:30、平坦部が終って、少し登りかかったところで10分休憩。
10:20、尾根がほとんど平坦になってきた。
10:30、平坦部が終って、少し登りかかったところで10分休憩。
エッ!!軽トラックが走ってるぞ!おまけに場所は茶屋跡のすぐ上(11:12)。林道工事のようだ。荒っぽい工事だ。伐採した樹木も脇に転がしたまま。きちんと雨水処理もしておかないと、茶屋跡に崩れてくる恐れはないだろうか。絶句!どうも、今回の鯖の道は絶句ものが多い。
峠まで正味で1時間半ちょっと。まずまず快適なペースで登れた。登りやすい尾根だ。この登りなら街道の尾根といってもよいだろう。ここで、昼食、おにぎり1個を食べた。
しかし、虫が多い。ハエなど。刺す虫はいないようだが、うっとうしい。そこで新兵器・・・多分香港土産。百合油ベースで、サリチル酸エステルやカンフル、メントールなどの成分が入っただけのものだろが、とりあえず効果あり。虫がたかることはなく、遠巻きに飛んでいるだけだ。それだけでなく、首筋やおでこ等に塗っておくと、こちらがシャキッとする効果もある。ただし、歩くと汗で流れてしまうので、次の休憩時にはまた塗る必要がある。
しかし、虫が多い。ハエなど。刺す虫はいないようだが、うっとうしい。そこで新兵器・・・多分香港土産。百合油ベースで、サリチル酸エステルやカンフル、メントールなどの成分が入っただけのものだろが、とりあえず効果あり。虫がたかることはなく、遠巻きに飛んでいるだけだ。それだけでなく、首筋やおでこ等に塗っておくと、こちらがシャキッとする効果もある。ただし、歩くと汗で流れてしまうので、次の休憩時にはまた塗る必要がある。
■■■3.三国岳迂回行■■■
三国岳は昭和42年11月4日、由良川源流を溯行の後、岩谷を詰めて南の尾根に取り付いてを登った、と記録にある。尾根を登り切った所はゆるやかな平原状で落葉がふかふかして良いところだった。西のピークへ至る尾根が急登で酷いササブッシュだった、と書いてある。現在はどうなっているか、ちょっと興味がある。
三国岳は昭和42年11月4日、由良川源流を溯行の後、岩谷を詰めて南の尾根に取り付いてを登った、と記録にある。尾根を登り切った所はゆるやかな平原状で落葉がふかふかして良いところだった。西のピークへ至る尾根が急登で酷いササブッシュだった、と書いてある。現在はどうなっているか、ちょっと興味がある。
ちょっと開けた所に来た。P886のあたりに来ているとは思うが(12:30)、確定できない。視界も狭く、今日は舫っていて遠景がよくわからないが、右端が天狗峠の肩あたり、正面がP927、左端はP957あたりか?手前の谷が久良谷、小さな尾根を介して、向こう側がイヤ谷、さらに滝谷かと思う。
以前の記憶もほとんど薄れているが、ちょうど秋だったので、黄葉も盛りで、地面は落葉のふかふかじゅうたん状態だった。今の樹木の様子を見ていると、その後伐採が入って、残木と若木が成長してきた感じだ。以前の記憶とまったく違う表情を見せている。
ここで15分ほどうろうろしていたが、あまりに記憶と違うので退散。
ここで15分ほどうろうろしていたが、あまりに記憶と違うので退散。
名残のササ。貧相だ。ササの減退について、いままで見てきた根来坂、オグロ坂もササがほとんどなくなっていた。鹿が若芽を食べてしまうということらしいが、それだけなのか?例えば生駒山系は標高は低いがシカはいるし、ササも旺盛に繁茂している。場所によっては通過もできないほどで、ボランティアの方が必死で刈ってくれている登山道もある。そうかといえばササのない場所もある。六甲山ではシカ害はあまり聴いたことはないが、ササ(ほとんどミヤコザサ)はやたら多い。杉樹林の林床もそうだし、アセビ林床もほとんどササが密生していて気持ち悪いほどだ。しかし、あるアセビ純林区ではササがまばらになっている場所もある。数年前、下草と落葉樹再生のためササを刈り払った経験があるくらいだ(もちろん環境省の許可を得ての再生実験)。いったい何が支配しているんだろうかと思う。まあ、ササがないと困る訳ではないが・・・・
平坦部が終って次の下りになったところで、休憩(13:55−14:05)。足を休ませなければ・・・ふと前を見ると、大きな引っかき傷があった。まだ新しいもののようだ。見てしまうと、結構気持が悪い。
このあたりで、京都府大演習林の管理トラバース道が横切るはずなのだが、分からなかった。
ここで胸ポケットに入れていたメガネがなくなっているのに気づいた。「あの激坂を戻るのか、戻っても見つかる保証はないし」と、少し登りかけて途中で止めた。休憩場所に帰ってみると、ザックのベルトに引っ掛かっていた。ヤレヤレ。
このあたりで、京都府大演習林の管理トラバース道が横切るはずなのだが、分からなかった。
ここで胸ポケットに入れていたメガネがなくなっているのに気づいた。「あの激坂を戻るのか、戻っても見つかる保証はないし」と、少し登りかけて途中で止めた。休憩場所に帰ってみると、ザックのベルトに引っ掛かっていた。ヤレヤレ。
再び激下り。その激下りの写真はなし。数ヶ所で足場が悪く、2本足では心もとなくなり、手を使い出したため。通常はカメラまたは地図を手に持って歩いているのだが、そうもいかなくなった。下りがややマシになったあたりで写真復活(14:14)。
◆巻きみちから振り返る
これから河原を歩くのだと思っていたら、なんと巻きみちがあった。しかも、その巻きみちが崩壊している。
下の写真の小谷に来る前(小さな尾根の向こう側)から巻きみちに上がるのだが、トラロープを支持する鉄杭が3本ほど中ぶらりんになっていて、役に立たない。ブラブラするトラロープをつかんでよじ登った。巻く必要があるほどの渕があるのだろうか?
この小谷を渡る巻きみちも下を見ると、河原は通れそうだ。(14:42)
これから河原を歩くのだと思っていたら、なんと巻きみちがあった。しかも、その巻きみちが崩壊している。
下の写真の小谷に来る前(小さな尾根の向こう側)から巻きみちに上がるのだが、トラロープを支持する鉄杭が3本ほど中ぶらりんになっていて、役に立たない。ブラブラするトラロープをつかんでよじ登った。巻く必要があるほどの渕があるのだろうか?
この小谷を渡る巻きみちも下を見ると、河原は通れそうだ。(14:42)
巻きみちはいったん河原まで降りて、再度登って行く。その巻きみちの道端にあったツチアケビ(14:44)。
2010年に大阪市大きさいち植物園の職員の方から「ツチアケビが生えたのでぜひ見といで」といわれて見たことがある。養分のすべ てを共生菌に(ナラタケ)に依存する腐生植物で、なんと、ランの仲間。地下には太い地下茎が長く横に這う、とのこと。寄生なのでどこに出るか分か らない。
2010年に大阪市大きさいち植物園の職員の方から「ツチアケビが生えたのでぜひ見といで」といわれて見たことがある。養分のすべ てを共生菌に(ナラタケ)に依存する腐生植物で、なんと、ランの仲間。地下には太い地下茎が長く横に這う、とのこと。寄生なのでどこに出るか分か らない。
二の岩屋の道標があったので、行ってみましたが見つからず。対岸の分かりにくいところにあるそうな。ボクはどんどん右岸を登っていって、巻きみちが小谷を巻いているところまで行ってしまった。「なんや、河原、通れるやないの!」
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