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Yamareco

記録ID: 8599852
全員に公開
沢登り
大台ケ原・大杉谷・高見山

【台高】銚子川・岩井谷の奥に「死人不帰の洞窟」の謎を追う

2025年08月23日(土) [日帰り]
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GPS
--:--
距離
10.5km
登り
1,456m
下り
1,433m

コースタイム

日帰り
山行
12:30
休憩
0:00
合計
12:30
5:30
40
駐車地
6:10
80
銚子川第二発電所の上の鞍部
7:30
80
岩井谷に降り立つ(15m滝を巻いた地点)
8:50
100
梅ノ木谷(別名:死人不帰谷)出合(標高約510m付近二俣)
10:30
240
死人不帰の洞窟? 発見地点
14:30
100
稜線に出る
16:10
80
17:30
30
林道に出る
18:00
駐車地
天候 曇り時々小雨
過去天気図(気象庁) 2025年08月の天気図
アクセス
利用交通機関:
自家用車
銚子川第二発電所までの林道は、途中からダートになるが概ねきれいで普通の乗用車でも問題ない。同発電所の導水管が対岸に見える位置に4台分ほどの駐車場兼待避所があり、そこに駐車(関係者以外駐車禁止の看板があったが、他に停められる場所もなく、隅っこに停めさせていただきました。すみません…)
コース状況/
危険箇所等
 台高随一の名渓として有名な銚子川・岩井谷。その奥に、「死人不帰の洞窟」と呼ばれる洞窟があるという情報をつかみ、先々週遡行したばかりのこの谷に緊急的に再入渓した。険谷の奥で見たものとは?

【ルート状況】
・ 入渓〜梅ノ木谷出合までは以下の岩井谷遡行の記録をご参照ください。今回は洞窟があるといわれる梅ノ木谷が目的なので、入渓点から三平滝上までは巡視路でショートカットしました。
 https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-8538188.html#google_vignette
・ 「死人不帰の洞窟」があるとされる梅ノ木谷(岩井谷の支谷で、標高510m付近二俣の左俣。この谷自体も「死人不帰谷」の別名を持つ)は、目立った滝はほとんどなく、ひたすら一軒家大の巨岩が累々と詰まっているという単調な割に通過が面倒な谷で、ネット上の記録が全くないのも頷ける内容。古い記録では仕事道があり吊り橋が掛かっているように書いてあるが、ところどころに石垣やワイヤーが残る程度でほぼ残存していない。洞窟の目印になる「山道を約30分辿ったところにある植林小屋」も発見できなかった(それらしい石垣はあったが)。
今回は岩井谷上流の支谷である梅ノ木谷(別名:死人不帰谷)が目的のため、岩井谷の下部はショートカット。銚子川第二発電所の建物の左手から始まっている巡視路を辿る。落ち葉や土砂などで埋まっている箇所も多いが、概ね問題なく辿れる。(導水管の階段は、有刺鉄線付きの鍵付き扉などがあって何かと面倒なので、使用しなかった。)
今回は岩井谷上流の支谷である梅ノ木谷(別名:死人不帰谷)が目的のため、岩井谷の下部はショートカット。銚子川第二発電所の建物の左手から始まっている巡視路を辿る。落ち葉や土砂などで埋まっている箇所も多いが、概ね問題なく辿れる。(導水管の階段は、有刺鉄線付きの鍵付き扉などがあって何かと面倒なので、使用しなかった。)
岩井谷の右岸尾根の鞍部に到着。ここからは前回に三平滝を巻いた時と同じ経路で、尾根を少し登ってから適当なところで下降し、岩井谷を目指す。
岩井谷の右岸尾根の鞍部に到着。ここからは前回に三平滝を巻いた時と同じ経路で、尾根を少し登ってから適当なところで下降し、岩井谷を目指す。
眼下に岩井谷の15m滝が見えてきたが、今回は岩井谷の遡行自体は目的ではないので、滝下には立たずにそのまま巻いていく。
眼下に岩井谷の15m滝が見えてきたが、今回は岩井谷の遡行自体は目的ではないので、滝下には立たずにそのまま巻いていく。
前回と同じバンドを辿って、15m滝の上にスムーズに降り立つ。
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前回と同じバンドを辿って、15m滝の上にスムーズに降り立つ。
岩井谷の美しい淵やナメを、この短期間で再び見ることになるとは思わなかった…(15m滝の上で泳ぎが入ったのでカメラ濡れてます。すみません。)
岩井谷の美しい淵やナメを、この短期間で再び見ることになるとは思わなかった…(15m滝の上で泳ぎが入ったのでカメラ濡れてます。すみません。)
15m滝の上から梅ノ木谷(死人不帰谷)出合までは特に難所はなく、比較的短時間で岩小屋のある梅ノ木谷出合に到着。(直進方向が梅ノ木谷、右手に曲がりこんでいるのが前回遡行した本流。)
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15m滝の上から梅ノ木谷(死人不帰谷)出合までは特に難所はなく、比較的短時間で岩小屋のある梅ノ木谷出合に到着。(直進方向が梅ノ木谷、右手に曲がりこんでいるのが前回遡行した本流。)
前回遡行した本流を見送って、今回は梅ノ木谷(死人不帰谷)に入る。この梅ノ木谷、遡行記録が全くないので、ただの凡谷だろうと油断していたのだが…
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前回遡行した本流を見送って、今回は梅ノ木谷(死人不帰谷)に入る。この梅ノ木谷、遡行記録が全くないので、ただの凡谷だろうと油断していたのだが…
梅ノ木谷(死人不帰谷)の正体は、一軒家大の巨岩がみっしり詰まった巨岩ゴーロの谷だった。ある意味、険谷として名高い本流よりもイヤな渓相かもしれない。いきなり両岸立った中に巨岩が挟まり、前途を阻まれた。
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梅ノ木谷(死人不帰谷)の正体は、一軒家大の巨岩がみっしり詰まった巨岩ゴーロの谷だった。ある意味、険谷として名高い本流よりもイヤな渓相かもしれない。いきなり両岸立った中に巨岩が挟まり、前途を阻まれた。
迷った末に左岸のこの岩壁を攀じて高巻きに入る。やっぱり音に聞く岩井谷の一支谷、一筋縄ではいかないな…
迷った末に左岸のこの岩壁を攀じて高巻きに入る。やっぱり音に聞く岩井谷の一支谷、一筋縄ではいかないな…
側壁は立ったままで、クライムダウンできず懸垂下降。本流でも懸垂下降は1回しかやらなかったのに、入り口でいきなり懸垂させられてしまった。洞窟探索だけしてサクッと詰め上がるつもりだったのに、先が思いやられる…
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側壁は立ったままで、クライムダウンできず懸垂下降。本流でも懸垂下降は1回しかやらなかったのに、入り口でいきなり懸垂させられてしまった。洞窟探索だけしてサクッと詰め上がるつもりだったのに、先が思いやられる…
その後も巨岩がひたすら続く。東の川本流のような渓相だ。谷中を直進することが難しい場面が多く、何とか両岸を巻いていく。
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その後も巨岩がひたすら続く。東の川本流のような渓相だ。谷中を直進することが難しい場面が多く、何とか両岸を巻いていく。
ところどころ河原状の区間もあるが、とにかく水量が少ない。出合ではむしろ本流よりも大きい谷のように見えていたのだが、この水量の少なさは意外。飲用水は沢水頼りなので、いつ水が切れるかとヒヤヒヤする。
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ところどころ河原状の区間もあるが、とにかく水量が少ない。出合ではむしろ本流よりも大きい谷のように見えていたのだが、この水量の少なさは意外。飲用水は沢水頼りなので、いつ水が切れるかとヒヤヒヤする。
うわ、またゴルジュ&巨岩の直登不能コラボ…
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うわ、またゴルジュ&巨岩の直登不能コラボ…
往時は吊り橋で悪場をパスしていたらしく、頭上には吊り橋の残骸のワイヤーがかかるが、今ではとても渡ることはできない…。ここも右岸から高巻く。
往時は吊り橋で悪場をパスしていたらしく、頭上には吊り橋の残骸のワイヤーがかかるが、今ではとても渡ることはできない…。ここも右岸から高巻く。
と、両岸がわずかに開けた地点に着いた。左岸側に石垣発見。昔の遡行図に記載がある植林小屋の跡だろうか? 山道を約30分辿ると小屋がある、とのことだったので、位置的にもちょうどいい気がする。「死人不帰の洞窟」は植林小屋の付近にあるとされているので、このあたりにあるのだろうか。
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と、両岸がわずかに開けた地点に着いた。左岸側に石垣発見。昔の遡行図に記載がある植林小屋の跡だろうか? 山道を約30分辿ると小屋がある、とのことだったので、位置的にもちょうどいい気がする。「死人不帰の洞窟」は植林小屋の付近にあるとされているので、このあたりにあるのだろうか。
と、斜面の上の方を見ると、そこにも石垣が。なんであんな高いところに? とりあえず見に行くことにして、斜面を登っていく。
と、斜面の上の方を見ると、そこにも石垣が。なんであんな高いところに? とりあえず見に行くことにして、斜面を登っていく。
明らかに人為的な石垣。最初は植林小屋跡かと思ったが、平場が細いので、どうやら仕事道(木馬道?)の跡のようだ。
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明らかに人為的な石垣。最初は植林小屋跡かと思ったが、平場が細いので、どうやら仕事道(木馬道?)の跡のようだ。
その仕事道の付近にはかなり目立つ大きな岩壁がそそり立っている。まさかこのあたりか? と思い、周囲を探っていると…
その仕事道の付近にはかなり目立つ大きな岩壁がそそり立っている。まさかこのあたりか? と思い、周囲を探っていると…
なんだ、あの穴…
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なんだ、あの穴…
とりあえず、穴、発見。
まさか、これが「死人不帰の洞窟」なのか? 入り口は思ったより小さいけど…
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とりあえず、穴、発見。
まさか、これが「死人不帰の洞窟」なのか? 入り口は思ったより小さいけど…
ヘッデンを取り出し、奥を照らすと…
うわ、思ったより深いぞ!
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ヘッデンを取り出し、奥を照らすと…
うわ、思ったより深いぞ!
勇気を奮い起こして、洞中に潜入。幅は狭く、なんとか人一人が通れるくらいだが、思ったより奥行きがあり、15mほどは目視で確認。それより奥は左に曲がりこんでいて、どこまで続いているか分からない(それが余計に不気味さを醸し出している…)。
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勇気を奮い起こして、洞中に潜入。幅は狭く、なんとか人一人が通れるくらいだが、思ったより奥行きがあり、15mほどは目視で確認。それより奥は左に曲がりこんでいて、どこまで続いているか分からない(それが余計に不気味さを醸し出している…)。
写真は天井の様子。天井は狭いが意外に高く、3mくらいはありそう。そして、写真にはうまく映っていないが、大量のカマドウマとコウモリが…。
ズリズリと体を押し込めばもう少し先に進めそうではあったが、コウモリの糞とカマドウマにまみれてまで奥に進む気にどうしてもなれず、途中で引き返すことにした。
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写真は天井の様子。天井は狭いが意外に高く、3mくらいはありそう。そして、写真にはうまく映っていないが、大量のカマドウマとコウモリが…。
ズリズリと体を押し込めばもう少し先に進めそうではあったが、コウモリの糞とカマドウマにまみれてまで奥に進む気にどうしてもなれず、途中で引き返すことにした。
脱出後、振り返る。これが本当に、「死人不帰の洞窟」なのだろうか? 確証はない。しかし、洞内の不気味な様子と奥行きの深さは、「死人不帰」という言葉にふさわしい不吉なオーラを醸し出していた。
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脱出後、振り返る。これが本当に、「死人不帰の洞窟」なのだろうか? 確証はない。しかし、洞内の不気味な様子と奥行きの深さは、「死人不帰」という言葉にふさわしい不吉なオーラを醸し出していた。
そしてここでハプニング。周囲をさらに探索していたところ、クロスズメバチ(土の中に巣を作る、いわゆる地蜂)の巣を踏んでしまい、一瞬にして全身を10か所以上刺されてしまった。それ以上の探索は打ち切り、激痛に悶えつつも速やかに遡行再開して下山を目指す。これでアナフィラキシーでも起こしたら、リアルに「死人不帰」になってしまう…
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そしてここでハプニング。周囲をさらに探索していたところ、クロスズメバチ(土の中に巣を作る、いわゆる地蜂)の巣を踏んでしまい、一瞬にして全身を10か所以上刺されてしまった。それ以上の探索は打ち切り、激痛に悶えつつも速やかに遡行再開して下山を目指す。これでアナフィラキシーでも起こしたら、リアルに「死人不帰」になってしまう…
しかし、相変わらず谷中はゲンナリするような巨岩の連打。蜂刺されの激痛に耐えつつ、ボルダリングしたり巻いたり、根気強く進んでいく。
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しかし、相変わらず谷中はゲンナリするような巨岩の連打。蜂刺されの激痛に耐えつつ、ボルダリングしたり巻いたり、根気強く進んでいく。
上流に行くほど、びっくりするようなスギやヒノキの大木が多数。大昔はこのような大木で全山が覆われていたのだろうか。谷の奥まで木馬道が伸びているのも頷ける気がする。
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上流に行くほど、びっくりするようなスギやヒノキの大木が多数。大昔はこのような大木で全山が覆われていたのだろうか。谷の奥まで木馬道が伸びているのも頷ける気がする。
途中でこんな岩小屋があったけど…まあこれはただの岩の隙間にできた岩小屋だし、位置的にも違うわな。
途中でこんな岩小屋があったけど…まあこれはただの岩の隙間にできた岩小屋だし、位置的にも違うわな。
とにかく巨岩。本流にもこんな巨岩帯はなかった。巨岩だけは凄い谷だ。
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とにかく巨岩。本流にもこんな巨岩帯はなかった。巨岩だけは凄い谷だ。
この荒涼とした風景が「死人不帰」という他界的な雰囲気にマッチしている気はしなくもないが、でももう勘弁してください…
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この荒涼とした風景が「死人不帰」という他界的な雰囲気にマッチしている気はしなくもないが、でももう勘弁してください…
約970m二俣の左俣は2段20mほどの滝になっていた。水は切れかけているが、この谷で初めて見るまともな滝かもしれない。右俣の小滝を登ってから左岸を回り込むように小さく巻いていく。
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約970m二俣の左俣は2段20mほどの滝になっていた。水は切れかけているが、この谷で初めて見るまともな滝かもしれない。右俣の小滝を登ってから左岸を回り込むように小さく巻いていく。
ようやく巨岩が消え、普通の源頭風景に。
しかし、ここでも再びハプニング。稜線直前の斜面でまたもやクロスズメバチ(地蜂)の巣に鉢合わせてしまい、またまた刺されてしまった。1日に2回蜂に襲われるなんて初めてだ。2回目なのでアナフィラキシーを警戒したが、幸い痛いだけで何事も起こらず、速やかに下山に移る。「死人不帰の洞窟」を見に行って、本当に死人になって帰ってこなかったら、笑えないブラックジョークだ。
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ようやく巨岩が消え、普通の源頭風景に。
しかし、ここでも再びハプニング。稜線直前の斜面でまたもやクロスズメバチ(地蜂)の巣に鉢合わせてしまい、またまた刺されてしまった。1日に2回蜂に襲われるなんて初めてだ。2回目なのでアナフィラキシーを警戒したが、幸い痛いだけで何事も起こらず、速やかに下山に移る。「死人不帰の洞窟」を見に行って、本当に死人になって帰ってこなかったら、笑えないブラックジョークだ。
今回も樫山の南尾根経由。
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今回も樫山の南尾根経由。
樫山の南尾根を下りきって河原を渡り、林道に登り返す斜面には、前回は気づかなかったけどしっかりしたマーキング付きの踏み跡があった。
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樫山の南尾根を下りきって河原を渡り、林道に登り返す斜面には、前回は気づかなかったけどしっかりしたマーキング付きの踏み跡があった。
林道の降り口にはこんなプレートも。気づかなかったなぁ
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林道の降り口にはこんなプレートも。気づかなかったなぁ
振り返ると、銚子川の谷底から屹立する険しい山々が夕霧の中に浮かび上がり、しばらく眺め入ってしまった。
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振り返ると、銚子川の谷底から屹立する険しい山々が夕霧の中に浮かび上がり、しばらく眺め入ってしまった。
駐車地に帰着。予想外の巨岩の谷に苦しみ、蜂に2回も襲われるなどハプニングもありましたが、なんとか死人不帰の実例にならずに済みました。
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駐車地に帰着。予想外の巨岩の谷に苦しみ、蜂に2回も襲われるなどハプニングもありましたが、なんとか死人不帰の実例にならずに済みました。

装備

備考 ・ フェルトソール沢足袋使用。岩井谷はヌメリが強い印象。
・ ロープ40m携行。梅ノ木谷で高巻き時に懸垂1回使用(10m程度)

感想

 某水曜スペシャルの某探検隊のような煽りタイトルになってしまって恐縮ですが、今回の山行のきっかけになったのは、とにかくそれくらいインパクトのある情報だった。
 銚子川・岩井谷は、言わずと知れた台高随一の険谷であり、先々週、自分も入渓したばかり。その遡行記録をまとめるために、関連書籍を当たっていると、新宮山の会さんの「南紀の山と谷」(昭和52年刊)の中の岩井谷の項に、以下のような一節があるのを発見した。

「この支谷(hillwanderer注・梅ノ木谷のこと)ぞいの山径を約30分辿ると植林小屋があり、この付近に『死人不帰』と言われる洞窟がある。」

 また、同項に添えられた遡行図にも、岩井谷の支谷である梅ノ木谷沿いに山道と吊り橋、植林小屋の記載があり、植林小屋の付近には、以下のような簡潔な表記がポツンと記されていた。

「死人不帰の洞窟あり」

 し、死人不帰(しびとかえらず)の洞窟? なんじゃその禍々しいネーミングの洞窟は? 思わず記録を書く手が止まってしまうほどの衝撃だった。
 岩井谷の支谷である梅ノ木谷の別名が「死人不帰谷」であることは、大阪わらじの会の「台高山脈の谷」や日本登山体系にもそのような記載があるので知っていた。しかし、妙に不気味な名前だな、むしろ厳しい本流のほうに付けた方がぴったりの名前なのでは…と思ったくらいで、まさかそこにそんな名前の洞窟が存在するなんて思いもしなかった。もしかしたら、「死人不帰谷」という梅ノ木谷の別名も、この「死人不帰の洞窟」の存在ゆえにそう呼ばれていたのかもしれない。
 それにしても、死人不帰、という語感が凄まじい。例えば不帰ノ嶮のように、「不帰(かえらず)」という山名は見たことがあるが、さらに重ねて「死人」不帰とは、生きて帰れないのはもちろん、死体さえも戻ってこない、それほど恐ろしい場所、ということなのだろうか。それとも、死者が一度赴いて帰ってこない場所、つまり黄泉の国のことを指しているのだろうか。
 岩井谷遡行を実行する前に「南紀の山と谷」に目を通していなかったことを大いに後悔しつつ(もし読んでいたら、確実に一日目は梅ノ木谷出合泊として、その日の午後いっぱいを「死人不帰の洞窟」の探索に当てていただろう)、「死人不帰の洞窟」について何か情報がないか、手持ちの書籍やネットで調べてみた。しかし、調べた限りでは「南紀の山と谷」以外でそのような洞窟の存在について記述のある書籍はなく、またネット上でも全く情報はヒットしなかった。
 梅ノ木谷沿いの山道を30分ほど歩いたところにある植林小屋の付近、という短い記載だけをヒントに、自分で探してみるしかなさそうだ。おそらく、当時の山道も吊り橋もなくなっているだろうし、谷を遡行するとなると、30分では済まないだろうが…。
 また、「死人不帰の洞窟」の探索のついでに、梅ノ木谷も源頭まで詰めてみることにした。この谷は、本流と分かれる510m二俣から見るとむしろ本流よりも立派に見えるくらいの大きな支谷であるにもかかわらず、全く遡行記録を目にしたことがなく、気になっていたのだ。まあ、これだけ記録がないところを見ると、おそらく河原が続く凡谷なのだろうが…(しかし、実際には意外な光景に苦しめられることになった)。

 そのような経緯で、岩井谷本流を遡行してから2週間後、再び岩井谷の谷底に降り立つことになった。まさかこの短期間でこの険谷を再訪することになるとは、夢にも思わなかったのだが…。
 そして実際に入渓した梅ノ木谷は、確かに目立った滝はほとんどなく、その意味では凡谷であった。しかし、その代わりに待ち受けていたのは、側壁が切り立った中にみっしり詰まった巨岩の群れ。一つ一つの岩の大きさはいちいち一軒家くらいある。こんな巨岩帯は本流にもなかった。巨岩ばかりがゴロゴロ転がる荒涼としたあの世のような風景が、「死人不帰」という言葉に不気味なほどマッチしていると言えなくはないが、遡行的な観点からすると、正直これは普通の滝場が出てくるより嫌な光景なんですけど…?
 巨岩に阻まれては高巻き、また阻まれては高巻き、の繰り返しになり、イライラするほど行程ははかどらない。単調な割に面倒な遡行。記録が全くないのも頷ける。また、古い記録で植林小屋までの仕事道が吊り橋の連続になっている理由もわかった。これは谷中を普通に歩くのは無理だ。
 巨岩迷路に苦しみながらも、洞窟を見逃さないように両岸を注意深く観察しながら遡行を続け、谷が若干開けた場所に出た。左岸側には崩れた石垣が散見される。ここが洞窟のありかのヒントとなる植林小屋があった場所なのだろうか。残念ながら植林小屋の残骸は発見できなかったが、「南紀の山と谷」の記載のあった「山径を30分辿ると…」という記載から換算すると、このあたりの気がする(実はもう少し下流でも小屋場跡の可能性がある石垣を発見していたが、距離的に出合から近すぎると判断していた)。
 そしてこの場所の左岸側の斜面を50mほど上がったところにある古い木馬道跡の上で、ついに一つの洞窟が口を開いているのを発見した。入り口が思った以上に小さいので、これは違うかな…と最初は思ったが、意を決してヘッデンを灯して入洞してみると、中は意外に奥行きがある。しかも奥は左手にカーブしていて、どこまで続いているか見通すことができない。そのことが余計に恐怖心を掻き立てる…。
 果たしてこの洞窟が、「死人不帰の洞窟」なのだろうか? 
 結論から言うと、残念ながら「分からない」。この洞窟に関する情報があまりにも少なすぎて、同定する決め手に欠けるのだ。しかし、「南紀の山と谷」の記述から推定できる位置的な要素、また近くに木馬道があって人の目に触れやすいこと、さらにかなり巨大で目立つ岩体の基部にあるというランドマーク性や、奥が見通せず人に不気味さを感じさせる洞内構造が「死人不帰」という他界的なイメージによくマッチすることから、現時点ではこの洞窟を仮に「死人不帰の洞窟」と呼んでおきたいと思う。他に良い候補も見つからなかったし…。多分に主観が混ざっているので、あくまで個人的な見解ですが。
 さて、そもそも、この「死人不帰の洞窟」とは、どのような謂れがある洞窟なのだろうか? 本来はここでそのような方向に筆を進めておきたいところなのだが、現時点ではあまりにも情報がなさすぎて、それもかなわない。地元の地誌などを調べれば何か判明する可能性もあるが、それも果たせていない(今後調べてみる予定です)。しかし、個人的に連想させられるのは、熊野の「花の窟」や出雲の「猪目洞窟」などに代表されるような、自然の岩陰や洞窟が死者の国、黄泉の国につながっている、という日本古来の信仰である。この周辺の山々を生業の場とした人々にとって、あまりに険しい悪渓である岩井谷は、ある意味では死者のみ赴き、生者の自由な往来がかなわない他界への道であり、その奥深くに口を開けるこの洞窟は、あの世への入り口にある「黄泉比良坂(よもつひらさか)」であったのかもしれない。あくまで資料なしの、個人的な感想でしかないですが。「謎を追う」と銘打っておきながら、いったん謎のまま終わってすみません…。
(「死人不帰の洞窟」の正確な位置や謂れなど、何かご存じの方、「そんな穴、死人不帰ちゃうわ! こっちや!」とhillwandererを思うさま罵りつつ、ぜひ情報をお寄せくださると幸いです。)

 なお、今回の山行中、クロスズメバチの巣に2回も遭遇し、2回とも襲われ、全身10箇所以上刺されるというハプニングに見舞われた。もう少しで本当に死人になって帰れなくなるところだった。このハチ、地面の中に巣を作るので事前の発見が難しいという点が悩ましいが、それにしてもハチの活動が活発な時期に入っているので、高巻き時など斜面に入る時も防虫ネットやアウターを着込むなど、警戒すべきだったと反省している。これが死人不帰谷、そして死人不帰の洞窟を探ろうとする者への呪いではないことを願うばかりである。

【後日追記 20205.9.7】
 その後、現地の紀北町内の図書館に赴き、郷土資料をいろいろと当たってみましたが、今のところ「死人不帰の洞窟」に関連した記事は見つけられていません。地元の伝承や昔話の形で何か残っているのではないかと思っていたのですが…。
 また、「南紀の山と谷」を編集された新宮山の会様に問い合わせてみたのですが、現時点でお返事がない状況です。さすがに40年以上前の本なので、厳しいだろうとは思っていましたが…。
 ただ、海山郷土資料館に伺った際、職員の方のご厚意で地元の山に詳しい方とお話しすることができ、その方から以下のような情報をいただきました(郷土資料館の方、また情報をくださった方、誠にありがとうございました!)。かいつまんで記すと…
〇 営林署OBの話として、死人不帰の洞窟は「縦穴であり、石を落としても音が聞こえないくらいに深い」。ただし、この営林署OBの方も、自分で直接見たわけではなく、人からの聞き伝え。
〇 実際にその穴を探した人がいるが、見つからなかったと聞いている。

 た、縦穴ですって! これは新展開…。

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コメント

水曜日スペシャルシリーズ、そそります〜
ベロリ穴よりも、穴(洞窟)っぽいですね!
遡行してるときのたまらない感情のはしきれだけでも、共有したいです
最近の猛暑と渇水で、お沢が可哀想な状態になっていて、萎えてるもんりです…
2025/8/27 10:00
もんりさん

ベロリ穴以来の魂のたかぶりを感じました笑
今いろいろ調べてますが、これは現地の資料館にでも行って村誌とかを当たらないと情報がなさそうです…

本当に毎日暑いですね〜 減水状態だと悪場の通過が簡単になったりありがたい面もあるんですが、やっぱりちょっと寂しいですよね。降り過ぎない程度にひと雨あるといいですね〜
2025/8/27 19:37
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