「勝手なことを言わせてもらえば――」
そう言って、彼は湯をすするように、言葉を口にした。
「今の登山って、まるで“貴族の遊び”だな」
小屋も、テント場も、駐車場ですら予約が必要。
リフトやロープウェイは、まるでテーマパークのアトラクションのように、値上がりを続けている。
文明の利器を使えば便利にはなるが、それに伴って“山”もまた、遠く高くなったように感じる。
かつての登山は、もっと泥臭かった。
「泥臭い」と言うと聞こえは悪いが、実際にそうだったのだ。
ザックのベルトが行動中に切れて、身動きが取れなくなったときもあった。
そのときは仲間が自分のギアの一部を差し出して、応急処置でどうにか凌いだ。
また別の日、仲間の数人がほぼ同時に不調を訴え、判断の末にドクターヘリを呼んだこともある。
ヘリの音が空から近づいてくるあの感覚――助けを呼ぶ側の緊張と、運ばれる側の安堵。その両方を、今でも鮮明に思い出せる。
極めつけは、御嶽山だった。
予兆もなかった。水蒸気爆発は、まさに「未曾有」。
逃げたというより、ただ“生き延びた”。
火山灰をかぶったその日、自然の前ではどれだけ準備をしていても、人間は無力だと、痛烈に思い知らされた。
そうした極限の経験の先に、今の穏やかな日常がある。
静かに、慎重に、今日も靴紐を結ぶ。
それは、かつての自分への敬意であり、今の命への礼儀でもある。
「登山は楽しいよ」
彼はぽつりと、照れくさそうに笑った。
「まぎれもなく“ステータス”だと思う。大人の嗜みってやつさ」
山の中では、年齢も地位も過去も未来も、すべて関係ない。
ただその瞬間を、ひたすら真っ直ぐに踏みしめるだけ。
「これから先、どんな出会いや出来事が待っているかわからないけど、まあ、一つずつ、ちゃんと着地していけたらいいな」
最後に、彼は少しだけ顔を上げて、まるで誰かに語りかけるように言った。
「この記事を読んでる誰かへ。
この国の山々は、本当に感慨深い。
一座ずつが、儚くも壮大なご褒美だよ。
それを思えば、予約制なんて、ヘノカッパだろ?(笑)」
そう言って、彼はまた、静かに湯をすするのだった。
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