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病状には波があり、話が出来ていたのに翌日は呼吸もままならなかったりを繰り返していたが10月19日早朝、病院から電話があり急いで駆けつけたが母はひとりで逝ってしまった。
余命宣告から1ヶ月半だった。
父は小さな家族葬を希望した。姉は遠方のためほぼ次女の私が仕切る事になった。関係者に亡くなった事を伝えると土曜日だったこともあり弔問に多数の方が来てくれた。母は親戚が多く賑やかな祭り事が好きだったのでなかなか父の希望通りにはいかず。私はなにぶん初めてのことで準備していたようで準備が出来ていなかった。葬儀までの時間は限られ考える余地はなく言われるがまま。と言うより経験なく不要と思えるオプションがありいくつか失敗したかなと思った。賑やかな事が好きだった母はたくさんの方に見送られ約束通り私がお遍路で持ち歩いた南無遍照金剛同行二人の金剛杖を持って旅立った。
10月27日からネパールのマカルーへ3週間行く予定だった。1年前から準備していた海外山行を直前でキャンセル。優先順位を考えたら親は最優先なんだけどなかなか踏ん切りがつかなかった。結果的にはドンピシャの逝去となりキャンセルして良かったんだけど…。
やっぱり山は逃げて行く。
写真は通夜の日、季節外れに咲いた桃色コスミレ
花言葉:ピンク色のスミレ『愛』『希望』。未来に向けてのポジティブな花言葉があります。ご教示してくれた山仲間から。ありがとう。