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今朝は最低気温が24℃までしか下がらず、いよいよ蒸し蒸しの季節が到来。
#朝ラン #早朝ラン #ランニング
オーディブルは吉田修一『国宝 下巻 花道篇』の続き。第16章「巨星墜つ」から第18章「孤城落日」まで。
山谷のドヤ街の安宿でひっそりとこの世を去った稀代の女形・万菊の最晩年の日々を、それと知らずに振り返る日雇労働者たちの言葉。
「昔は旅役者で女形(おやま)でもやってたんだろ。小銭は貯め込んでたみたいで、たまに俺らにも酒奢ってくれてさ。一緒に酒かっくらってっと、陽気な爺さんつうか、陽気な婆さんで楽しかったよ」
「ありゃ、昔、銀座で流行ったおかまバーやってたんだろ? 当時は芸能人とかよく来てたって、俺はそう聞いたよ。あの婆さん、酔うと着物に着替えて、部屋で踊ってくれたんだよ。足元なんかヨタヨタして下手くそなんだけどさ、昔を思い出すんだろな。とにかく楽しそうに踊ってたよ」
「あれいつごろだっけなあ。あの菊さんが寝込んじまったってんで、近所の酒屋で玉子酒作ってもらって持ってったことあんだよ。そしたら、菊さん喜んでなあ。しばらく枕元で世間話したんだけど、そんとき、なんの話からだったか、『ここは、いいねえ』って言うからさ、『こんな小汚ねえ宿のどこがいいんだよ』って笑ったら、『それがいいんじゃないか』って。『……ここにゃ美しいもんが一つもないだろ。妙に落ち着くんだよ。なんだか、ほっとすんのよ。もういいんだよって、誰かに、やっと言ってもらえたみたいでさ』って」
喜久雄の娘・綾乃は大関の大雷と結婚。あれよあれよというまに孫娘も授かり、その出産当日に大雷の横綱昇進が決まるというおめでた続きで丹波屋の運気も絶頂を迎えたかと思いきや、俊介のほうは糖尿病の影響か片足が壊死して切断を余儀なくされ、義足をはき痛みをこらえて舞台復帰したものの、もう片方の足も切断する羽目に陥り(切っても5年後生存率は2割を下回る)、『隅田川』での喜久雄との共演を最後に、この世を去る。俊介の母、幸子の弁。
「……あんたに頼み言うても、いっこしかあらへん。俊介はあの通りや。となったら、うちは一豊のことが心配で心配で死んでも死に切れへん。なあ、喜久雄。うちの最後の頼みや。一豊のこと、どうかどうか頼むわ。この通りや」
だが、一豊は、父親の七回忌を前に交通事故で、人を轢いてしまう(命に別状なし)。信号を無視して車道に入ってきた相手に落ち度があったとはいえ、動転した一豊が一時的にその場を離れてしまったこともあり、ひき逃げの現行犯で逮捕。執行猶予はついたものの、しばらく舞台から遠ざかることに。徳次とつるんで悪さしてたのが嘘のような大出世を果たし、いまやお笑い界のトップに君臨する弁天のぼやき。
「俺たちみたいに口の達者な奴のほうが偉い世の中なんて、俺は真っ平やわ。……俺は、いっこもおもんなくても、口下手な奴のほう信じるわ」
「……春ちゃん、今の時代、そんな奴、もうおらへんねん。この俺も含め、ただただ、みんなテレビに出たいだけ。テレビに出られるんやったら政治家にでもニュースキャスターにでもなんにでもなんねん。でも、こんなん続かへんて。こんなインチキな世の中続くわけないて。……でもな、春ちゃん、それが自分でも分かってんのに、明日の朝になったらやっぱりテレビに出たいねん。出てへんと、息でけへんねん」
「……今じゃ、俺が言うこと為すこと、ぜんぶ正解になってまうねん。まるで御山の大将や。俺、芸人やで。不正解な人間やからこそ価値あったはずやねん。せやろ? 春ちゃんもよう知ってるやろ?」
「でも、おもろかったやろ?」
「それが今じゃ何やっても正解や。いろんなとこ担ぎ出されて、ご意見番や。俺に言わせりゃ、人間のクズみたいなもんやで」
「なんや、ごめんな。春ちゃんの様子見に来といて、結局また自分のことばっかり喋ってるわ」春江(遠慮することあるかいな。年取ってくるとな、そない正直な話できる相手だんだん減ってくんねん。うちの人死んでから、ほんまそう思うわ)
「ほんなら、もう喜久ちゃんには誰もおらんなあ。俊ぼんも、徳次もおらん」
芸に妥協しない喜久雄は万菊、俊介亡きあと、並び立つものない境地へと上り詰めていく。誰もそれを止められない。誰もよせつけない。
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