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#朝ラン #早朝ラン #ランニング
オーディブルは吉田修一『国宝 下巻 花道篇』を今朝から聞き始める。第11章「悪の華」から第15章「韃靼の夢」まで。
映画では俊ぼんはずっとドサ回りを続け、花井半弥として復活後は、今度は三代目半二郎はずっと表舞台から遠ざかっていたように描かれていたが、人の人生がそんな一本調子なはずもなく、原作ではもっと複雑で厚みのある物語が展開される。絵を描いたのは三友の竹野で、「見世物小屋の芸人にまで落ちた丹波屋の若旦那が見事復活」という筋書きでは弱いとわかると、「三代目半二郎の名跡を奪った喜久雄」はヤクザの子で背中に彫り物があり、京都の芸妓に産ませた隠し子がいる(どれも周知の事実)という、それまでは誰も問題にしなかったような話(三友の幹部連中も「役者の隠し子なんかに驚く者がどこにおんねん」という認識だった)を、ちょうどテレビで盛り上がりつつあったワイドショーや写真週刊誌に売り込み、悪役に仕立て上げることで、俊介=半弥の復活劇を盛り上げるという姑息な手段に打って出る。おかげで喜久雄は、芸能リポーターから「大阪のお屋敷が売りに出されますよね! 白虎さんが残されたお屋敷を、あなたが勝手に売り払ったというのは事実ですか! あなたの一存で、丹波屋の人たちをあのお屋敷から追い出したというのは事実ですか!」とあらぬ疑いまでかけられて、言葉をグッと飲み込むしかなかった。自分が白虎の借金を肩代わりしたことで、俊介が戻ってくるまで自宅から追い出されるのを防いでいたというのに、なんという言われようか。
世間のバッシングを一身に受けて気持ちがすさみ、廃業寸前まで追い詰められた喜久雄は、役ほしさに吾妻千五郎の次女彰子に手を出し、千五郎の後ろ盾を得ようと画策するが、千五郎の怒りを買い、彰子は勘当、喜久雄は歌舞伎界から事実上追放に近い状況に追い込まれる。だが、彰子はただ騙されるだけの女ではなかった。遠縁に当たる新派の看板女優、曽根松子に救いを求め、喜久雄に新たな舞台を用意したのは彰子であり、喜久雄はそこでふたたびカリスマを取り戻す。
古典の俊介は歌舞伎座で、新派の喜久雄は目と鼻の先の新橋演舞場で『本朝廿四孝』の八重垣姫を同時に演じるという趣向を考え出したのも竹野だったが、そのおかげで世間はどちらが上かとおおいに盛り上がり(新派の半二郎と歌舞伎の半弥のどちらも好きといいう「半々族」なる演劇ファンも登場した)、二人同時に芸術選奨文部科学大臣賞を受賞するという快挙を成し遂げる。
俊ぼんは温室育ちのボンボンなだけあって1、2年で親元に帰るつもりでいた。長男豊生が生まれたのを機に父親に詫びを入れるも、半二郎は息子の演技をひと目見て、「あと1年だけ待ったるわ。それでもダメやったら、ほんまにあんたには芽がないねん。はっきりここで言うとくで。あと1年やってダメやったら、半二郎の名ぁは喜久雄に継がせる。ええか、肝に銘じなあかん。これがあんたにとって最後のチャンスや」と突き放す。追い打ちをかけるように、妻の春江が不在の折、息子の豊生が高熱を出し、右往左往するうちに自分の腕の中で死なせてしまうという悲劇に見舞われ、俊ぼんは落ちるところまで落ちる。俊介が性根を入れ替え、旅役者となったのはそれからだ。「豊生はきっと、あの小さな命かけて、俺を本物の役者にしようとしてくれたんやな」
喜久雄の快進撃は続く。世界的歌手リリアーナ・トッチと『鷺娘』で共演するという企画を、彰子は敏腕マネジャーとして見事にとりまとめ、パリ・オペラ座で1週間の初の海外公演も成功させた喜久雄は、だが、人気絶頂だからといって義理人情を忘れる男ではなかった。落ち目にあった九州の辻村の、辻村興産の創立20周年記念パーティーの席で鷺娘を踊ってほしいという頼みを聞き入れたのは、任侠の血がそうさせたのか。「辻村の小父さんがどんな人か、俺だって知ってるよ。俺より先に弁天から当たるような抜け目のない人だ。でも、そんな小父さんと知ってて、これまでどんだけ世話になったよ」「もしここで小父さんの頼み聞いてやれないんだったら、俺、生まれてきた甲斐ないって」。ところが、パーティーの当日、前々から噂のあった暴力団一掃を狙う警察による手入れがあり、そこに居合わせた喜久雄は、またしても窮地に立たされる。
だが、捨てる神あれば拾う神ありで、千五郎は「新派やめて、こっちに戻ってこい」「おめえ、大したもんだよ。自分が世話になってきた親分さんの顔、ちゃんと立てたんだってな? 貧乏くじ引く覚悟で、そのパーティーに出たんだろ? 俺はな、そういう奴は買うんだよ。世のなか、自分の損得でしか動かねえ奴ばっかりだ」と喜久雄を許し、渋る三友幹部に対しても「うちの娘婿がやったことを咎められる奴が、この世界にいるんですかね? あいつを咎めるってことは、自分たちを咎めることだ。自分たちの芸を汚すことだぜ。役者が立派なふりしてどうすんですかい? いいですか。立派な人間じゃねえからこそ立派ってこともあるんだよ」と啖呵を切って押し切り、喜久雄を歌舞伎の世界にふたたび迎え入れた。半二郎と半弥は『源氏物語』の共演を皮切りに、次々と当たり役に恵まれて、バブル景気を謳歌する。さらに三友から、半弥は白虎を、その次男一豊は半弥を名乗る二代同時襲名の打診があり、丹波屋は襲名に向け怒涛の日々を送る。
ほかにも、喜久雄と市駒の娘綾乃が父親への反発から非行に走り、シンナー漬けになって徳次に救われたものの、ヤクザにからまれ指を詰めて不問に付してもらった話とか、薬と手を切らせるために、親らしいことが何もできない喜久雄に代わって春江が綾乃を引き取り、更生させて、綾乃が出版社に就職した話、喜久雄をいびり倒した鶴若が不動産投資に失敗して借金苦に陥り、若手芸人のいじられ役としてテレビデビューを飾った話、これまで喜久雄を支えてきた徳次がついに中国へ一旗揚げに旅立つ話などなど、が映画ではカットされている。
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