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オーディブルは小松左京『日本沈没 下巻』が今朝でおしまい。第6章「日本沈没」の後半からエピローグ「竜の死」まで。
渡老人の遺言。聞き手はただひとり残った田所博士。
「日本人は……若い国民じゃな……」「あんたは自分が子供っぽいといったが……日本人全体がな……これまで、幸せな幼児だったのじゃな。二千年もの間、この暖かく、やさしい、四つの島のふところに抱かれて……外へ出ていって、手痛い目にあうと、またこの四つの島に逃げこんで……子供が、外で喧嘩に負けて、母親のふところに鼻をつっこむのと同じことじゃ……。それで……母親に惚れるように、この島に惚れる、あんたのような人も出る……。だがな……おふくろというものは、死ぬこともあるのじゃよ……」
「日本人はな……これから苦労するよ……。この四つの島があるかぎり……帰る〝家〟があり、ふるさとがあり、次から次へと弟妹を生み、自分と同じようにいつくしみ、あやし、育ててくれている、おふくろがいたのじゃからな。……だが、世界の中には、こんな幸福な、あたたかい家を持ちつづけた国民は、そう多くない。何千年の歴史を通じて、流亡をつづけ、辛酸をなめ、故郷故地なしで、生きていかねばならなかった民族も山ほどおるのじゃ……。あんたは……しかたがない。おふくろに惚れたのじゃからな……。だが……生きて逃れたたくさんの日本民族はな……これからが試練じゃ……家は沈み、橋は焼かれたのじゃ……。外の世界の荒波を、もう帰る島もなしに、わたっていかねばならん……。いわばこれは、日本民族が、否応なしにおとなにならなければならないチャンスかもしれん……。これからはな……帰る家を失った日本民族が、世界の中で、ほかの長年苦労した、海千山千の、あるいは蒙昧でなにもわからん民族と立ちあって……外の世界に呑みこまれてしまい、日本民族というものは、実質的になくなってしまうか……それもええと思うよ。……それとも……未来へかけて、本当に、新しい意味での、明日の世界の〝おとな民族〟に大きく育っていけるか……日本民族の血と、言葉や風俗や習慣はのこっており、また、どこかに小さな〝国〟ぐらいつくるじゃろうが……辛酸にうちのめされて、過去の栄光にすがりついたり、失われたものに対する郷愁におぼれたり、わが身の不運を嘆いたり、世界の〝冷たさ〟に対する愚痴や呪詛ばかり次の世代にのこす、つまらん民族になりさがるか……これからが賭けじゃな……。(後略)」
「わしは−−純粋な日本人ではないからな……」「わしの父は……清国の僧侶じゃった……」
歴史上、故郷を追われ、各地に離散してディアスポラとなった民族はユダヤ人に限らない。清を率いた女真族もまた、そうした民族の一つなのだろう。失われた栄光に取り憑かれ、はるか昔に過ぎ去った時間を取り戻そう、歴史の流れを無理やり逆回転させいようとする試みは、ときに軋轢を生み、紛争の火種となってきた。数々の辛酸を嘗め尽くしてきたいまのイスラエルは「つまらん民族になりさが」ってしまったように見える。太平洋戦争末期、本土決戦に踏み切り、母国が文字どおり焦土と化すまで戦い抜かなかった日本人が、もし、あのとき、戦い抜いていたら……。渡老人のいう「おとな民族」になれたのだろうか。
本文の末尾に「第一部 完」という言葉が流れてきたときは驚いたが、小松左京は当初、ディアスポラとなった日本人のその後を描く第二部の構想があったという。だが、著者の御子息による文庫版あとがきによると、「あまりにも多くの日本人を脱出させてしまった」ことで、かえってそれが描けなくなってしまったという。
〈当初、あの未曾有の地殻変動から脱出できる日本人は人口の三分の一ほど、四千万人を予定していた。しかし、書き進めるうちに、日本人への愛着が強すぎて予定の倍もの人々を脱出させてしまった。けれど、世界はそれほど多くの日本人を一度に受け入れることが出来ない。せっかく生きのびた人々を半分まで減らさなければ、物語は成立しない。それを書くことは、あまりにも辛いことだと。
莫大な数の難民と化した日本人に加え、日本沈没に伴う火山活動を原因とする急激な気温低下という世界的異常気象。自らの責任ではないにもかかわらず、日本人は白い目でみられ、世界各地で、飢えや、病気、あるいは虐殺などの辛酸をなめ、せっかく生きのびたのにもかかわらず、さらにその数は半減せざるを得ない。〉
渡老人の指示で日本沈没後の日本人の行く末を考え抜き、絶命した福原教授の残した「日本民族の未来」は、本書ではその内容が紹介されることはなかったが、小松左京の没後に発見されたメモには、〈「3分の2の死」の予言〉と明記されていた。にもかかわらず、小松左京はより多くの日本人を救ってしまった。その姿は劇中における小野寺や邦枝の、無謀ともいえる自己犠牲的行動にも重なる。本人は描けなかったために、谷甲州の協力を仰いで完成したという『第2部』も読んでみようかな。
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