大雪でロードが走れない日に仕方なくジムに行き、ランニングマシンに乗ったある冬のお話。
マシンで走ることができる時間は１回につき最長で２０分。経過するとマシンが強制終了する。次走者が近くに待機して、ホワイトボードに記入した順で人が入れ替わる。
２０分ではトレーニングにならないから、刻々と変わる３台の予約状況を睨みながら、recoveryが短時間で済むように工夫して私は5〜６set繰り返す。傾斜が設定できるマシンは３台。recoveryはエアロバイクの上で適当に待つ。
当然のことながら大雪の日は込み合い、順番を待つだけでも辟易する。そんな時は、「ここにいる人たちは、みんな走りたいんだよね」と自分に言い聞かせる。
待っている人たちの目を見ると、「自分の番はまだか、まだか」と、イソイソした気持ちがよく分かる。それが微笑ましくもある。
走りたい。その渇望を共有できる人がいることが嬉しいから、自分の番まで少しの我慢ができる。
エアロバイクで待っている間、マシンで走る人の後ろ姿が実によく見える。殆どが人生の大先輩ばかり。タウンシューズで走る人、歩いたり走ったりを繰り返す人、バタバタと足音を鳴らす人。ヒイヒイ言いながら走る人。跛行しながらも、黙々と歩く人。走り終わった後、自分が落とした汗を執拗に拭く人。様々な背中がある。
山を走る時には一切感じない、狭い空間だからこそ見えることがある。
ジム通いも６年目になるか。ただstoicに走りたいならジム通いは続かなかっただろう。マシンは気休めでしかないと実感しつつも、そんな些細な心的meritが雪道を走るmeritを凌駕している。
マシン前方の窓から見える静止画は、ちっともおもしろくないし、くだらないストレスを抱えてまで走りたくはない。一方で、雪を言い訳にして、ぷくぷく太っていく自分の体を見るのは忍びなく、マシンでしか走る手段がないのも本音ではある。
そんなある日、平日ど真ん中に休みをとり、真昼間からジムに行った。人がまばらなゾーンを狙ってマシンに乗る。体幹、ピッチ、着地のインパクト、腕の引き。ただただ走りに集中できる時間が欲しかった。両脇のマシンには誰もいない。とにかく世界に入る。
All-out寸前、視界にピンクが入り込んだ。隣のマシンに若い女の人がきたのだと本能で分かる。さっきまで“集中！”とか何とか自分に言い聞かせていたのに、鮮やかなピンクをとらえた途端にsmartな走りになっちゃうからアホだ。その人をガン見できないもどかしさと、変わり映えしない空間に飛び込んだピンクの鮮烈が相俟って、心に風が吹く。
かわいこちゃんとの並走も束の間、時間になると彼女は去っていった。
「束の間の幸せをありがとう、うんうん。また、会う時があったらお互いがんばろうね〜。」くらいにしか、その時は思っていなかった。
その後、彼女が乗っていたマシンに徐に乗ってきたのは、４０代前半と見える男。仮にスネオと言う。
スネオは何がおかしいのか、にやにやしながら、ブツブツ言いながら歩き始めた。
あら？こういう方なのね…と察した。特に気にも留めず、自分は自分とまた集中しようとした矢先、こんな事態が待っていた。
さっきのかわいこちゃんが、スネオが走っているマシンにツカツカと歩み寄ってくる。
かわいこちゃん） わたし、予約（２回目の）していたんですけど！
スネオ） えっ？だっていなかったじゃん。（待機していなかったじゃん）
かわいこちゃん） はあ〜？予約してましたよ！降りて下さいよ！
スネオ） そういうの（待機していないの）良くないないよ…、どうかと思いますよ
（スネオはしぶしぶマシンから降りる）
かわいこちゃん） （何事も無かったかのようにマシンに乗り、走り始める）
二人の険悪な空気がジムに立ち込めるが、それだけでこの話は終らない。
かわいこちゃんの隣のマシンが空くと、スネオが待ちかねたようにそこで歩き始めた。
スネオ） もしも〜し！ねえねえ！そこのひと！
かわいこちゃん） （シカト）
スネオ） 人をどけてまで走るのもどうかと思いますよ〜。何考えてんの！
かわいこちゃん） （シカトするもののねちっこい攻撃に耐え切れず）
話があるなら走り終ってからにしろよ！（と、ブチぎれる）
スネオ） そうしよう。俺は、発言を撤回するつもりはないからな。逃げるなよおまえ…。
筆舌し難い、見苦しいやり取りがしばし続いた。しかも、隣のランニングマシンに乗りながら。あ〜あ、悲しいかな。こんなトレーニング。不幸すぎる。
二人ともちょっとしたマナーができなかったことで、こんな事態に発展するなんて悲しい。
ケンカをするためにジムに来ている人は一人もいないはず。仕事をやりくりしながら、貴重な時間をジムに通い、汗を流したいだけのはず。
二人のやりあいは、ジムの若い職員をも巻き込んだ。スネオは理屈っぽい人のようで、マシンの予約方法に不備があると怒りの矛先を一時、職員に向けたが、かわいこちゃんへの糾弾は緩めなかった。二人とも我を忘れて言い合っていた。そろそろ俺の出番かなと思った時、年配な職員が登場し、二人を事務所に連れて行った。
私は、彼らのことで胸がいっぱいにならないように、自分がすることをした。その後１時間走り、さっきのことを忘れかけ、帰ろうとした時。
かわいこちゃんが目に涙をいっぱい浮かべながら戻ってきて、マシンに乗ろうとしているではないか。事務所での話し合いに納得できなかったのか、よっぽど悔しかったのか、それともトレーニングをせずに帰ることが敗北と感じたのか。意地でも走ってやると言いたげな形相だった。そこまでして走らなくても…。
走ることは誰のため？何のため？どうして走るの？
価値観はそれぞれ違う。だからこそ、走る場所、走る時間、人との間合いはよ〜く慮らなければならないと改めて気づかされた一件だ。
トレイルランニングは一般の登山者に敬遠される一面は間違いなくある。うららかな日にゆっくりと夫婦で登山を楽しもうと思っていたのに、いきなり走ってきた人とぶつかりそうになり、妻が捻挫して最悪な一日になったとか、「どけ」と言われたとか、トレランを歓迎する人ばかりではないとよく耳にする。
石川弘樹さんも言っていた。かつて、マウンテンバイクの利用者が登山者と接触事故を頻繁に起こしたため、「マウンテンバイク入山禁止」という看板が一時増えたように、「トレイルランニング禁止」などという看板が現れることを懸念していた。トレラン人気に勢いがあるから注意をして欲しいと強いメッセージを投げていた。
私は、登山者とすれ違う時は、びっくりさせないように歩いたり、挨拶をしたりする。
クマがいない山域でも敢えてクマ鈴を付けて、自分の存在を周りに知らせるようにもする。それが山を走る最低限のマナーだと思う。皇居ランの社会問題化もきっと似たようなことなのかな。
もうすぐ春だ。
新潟でも角田山など海沿いの里山はそろそろseason inだ。
もう待ち切れない。
待て待て。みんなそう思っている。
トレイルランナーも、登山者も、そして動植物も。
花の名山、角田山はまた渋滞するんだろうな…。盗掘がどうのこうのと。
毎年のことなのに、一年経つと巡ってくることなのに、これまた悲しいな。
カタクリは、群生を発見しただけで幸せだ。それ以上何を望むというのか。写真におさめれば大満足だ。
山は拒みもしないし、助けてもくれない。
もう少し、山容が黒々するのを待つとしよう。
山に行きたい。
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