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江戸時代から歩かれていたこの道は、いったん荒廃した後に2000年代初頭に神奈川県が整備して「自然公園歩道 玄倉山神峠線」として再生したものの、崩れやすい地質・地形のために数年で閉鎖された……ということはすぐにわかったのですが、どうせなら具体的にいつ通れなくなり、いつ再開通して、いつ再び通行止めとされたのかを特定したいという欲が生まれます。もっとも山道の変遷は実地に歩き続けていない限りピンポイントで時点を特定できるものではないので、代替手段としておなじみの昭文社の地図上での表現がどのように変わってきたかを追いかけることにしました。
まずは国会図書館や東京都中央図書館の遠隔複写サービスの活用を考えたのですが、所蔵されている地図は一部の年に限られていて決定打にはならず、仕方なくヤフオクで古い丹沢の地図が出るたびに手に入れることをこつこつと繰り返しました。歯抜けの年があってもその前後で記載が変わっていなければその抜けている分は不要ですから必ずしも毎年連続的に揃える必要はなく、しかもヤフオクでの相場は1冊あたりせいぜい数百円なので経済的にはさしたる負担ではないのですが、やはり古い地図(特に1990年以前)はなかなか出物になりません。
そんなことを続けていつの間にか1年余り。少なくとも1987年の時点ではこの径路が点線(通行注意)になっていることまでは判明したものの、ではいつからこの状態になったのかがわからないままにここ半年ほど動きがなかったのですが、先日ようやく1986年版の地図を手に入れることができ、その中に山神径路が堂々と実線で示されていることが確認できました。これでやっと、「昭文社の地図上では」という限定つきですが山神径路が1987年から要注意路線に変わったことが特定できたわけです。
そんなことを知って何か役に立つのか?いえ、何の役にも立ちません(笑)。しかし、このように山道は栄枯盛衰を重ねてゆくものだということが実感できると、ふだん何気なく歩いている登山道ともこれが一期一会なのかも知れないと思えるようになるのではないでしょうか。
なお、このようにして判明した山神径路の変遷の詳細は、以下のレポートの下の方にある「玄倉山神峠線の変遷」というコラムに詳述しました。
https://climb.juqcho.jp/2020/20201128.html
流石です。素晴らしいレポート
楽しく読ませて頂きました。
山神経路は、あの石積みとか
景色など含め、味わい深い道
私も大好きな古道です。
非常に参考になりました
丹沢mapコレクションも凄い
私も若い頃に購入した1冊が
ありますが今だに良く見ます
またのレポ楽しみにしてます。
山神径路は丹沢の歴史に積極的に触れるきっかけを与えてくれたルートなので、思い入れがあります。
これからも何らかのテーマを設定して丹沢を折々に歩いてみたいと思っているのですが、そろそろヒルの季節に入るのが残念なところです。
なかなか面白い研究で楽しく読ませて頂きました。
それで手元のぼろいエアリアマップ(S56.3?!)を開いてみましたら何と破線でした!
既に劣化して粉がボロボロなので写真は載せませんが、実線で描かれていた期間は長くはないのかもしれませんね。
ヤマレコ上だと他にも情報が出てくるのかもしれません。
なるほど、ということはこのルートは崩れては直しを過去から繰り返してきていたということなのかも知れませんね。
ブログの方の記述にも、いただいたお話を何らか反映しようと思います。
重ねてありがとうございました。
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