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1986年版より古い地図で私が確認できていたのは1972年版(添付写真)とかなり飛んでおり、そちらでも実線ではあったのですが、両者の間の14年間一貫して実線ルートだったわけではなく、この間にも実線と点線or破線とを行き来していたことがわかったというわけです。
そんなわけで、もし1985年版以前の昭文社「丹沢」地図をお持ちの方がいれば、その地図の中で山神径路がどのように描かれているかをコメント欄でお知らせいただけるとうれしく思います。該当部分の写真があればもちろんベターですが、貴重な古い地図を傷めることのないよう無理のない範囲で、とお願いいたします。
1994年版でした。この年代辺りは
まだ沢山ありますよね。
1980年代の前半と言えば今から約
40年前か・・ありそうですけどね
70代で、登山現役の方かな?
心がけておきます。
しかしお持ちの1972年版モノって
超レアモノですね。
1972年版(写真を追加しました)はさすがに手持ちのものではなく、図書館から遠隔複写で送ってもらったものです。真っ先に目に付くのは丹沢湖がないことですが、他にも地蔵平から水の木へ通じる道が実線ルートだったり、山神峠と秦野峠を直接結ぶ道、遺言棚の上を通って東沢乗越を越える道、コシバ沢を使って鍋割峠へ上がる道などが生きていたりと読んでいて飽きることがありません。
丹沢のマイナールートの歴史には私も興味があり、その中でも山神径路は、いつか歩いてみたいと夢を見ながらも荒廃具合と自分の実力とを照らし合わせてずっと断念してきたルートなので、とても興味をそそられます。
今回の日記に掲載された1972年版の地図を確認しました。世附の二本杉峠〜地蔵平のいわゆる「さかせ古道」、地蔵平〜織戸峠〜水木、ユーシンロッジ〜金山谷乗腰までの檜洞ルートが赤い実線で描かれているのに驚きました。また、鍋割峠北側の道も黒い点線になっていて、本当に存在していたことがわかりました。当時の山々は今より荒れていなかったのかも。
貴重な資料を共有していただきありがとうございます。
2回目の調査の昨年は玄倉荘に泊まって峠を越えた。(略)
明治37年に改修されたと見られるので当時は歩きよい路であったと思う。このときすでに山神・水神さまが祠られていたという。
峠の祠は総ケヤキの立派なものになっていて驚いた。(略)
峠からの下りは地形や岩質の関係で補修しても一雨で崩れたり、流されたりで一般の人には歩きにくい道であり、現在は通行止めとなっているが、今日はどの程度かと調査もかねているが、私にはこんな荒れた道が好きだ。(略)
1986年の地図では実線だったとのことですが、この手記には「現在は通行止め」とあるので、道の状況により通行可と通行不可が入れ替わっていたのではないかと推測します。
奥野幸道さんの「丹沢の古道をたずねて」は私も別件の調査で読んでいたのですが、私が読んだのは「足柄乃文化」22号(1995.3)に載っていたものだったのです。ということは、1986年の「丹沢だより200号」に掲載された文章を1995年になって「足柄乃文化」に転載したのですね。こういう場合は初出を明示してほしいなぁ(笑)。
ともあれ、現地で通行止めになってもそれを直ちに地図に反映することは難しく、タイムラグが発生する場合がありますから、地図上で実線でも実際に行ってみると「通行止め」とされていた、といったことはあっただろうと思います。そして、いずれにせよmelonpanさんがおっしゃる通り「道の状況により通行可と通行不可が入れ替わっていた」ことは間違いなさそうですね。
昭文社の地図ではなくて申し訳ないのですが、山と渓谷社の昭和52年度(1977年)版のアルパインガイド「丹沢 道志山塊・三ツ峠」(羽賀正太郎著)を持っています。
その本によると「山神峠から右にゆるく下る道はユーシンに行くが、荒れているばかりでなく、水害で何ヵ所か道が崩壊してしまっている」という記述があります。
そのガイドブックの地図にも難路を示す点線が描かれています。
平成15年には新ハイキング誌に山神峠みちが紹介され、その記述には「最近整備された…」とあります。
juqchoさんのコラムを拝見させていただきましたが、山神峠みちも今ではかなり荒れてしまったようですね。
私も早く歩いていれば良かったなぁ😅
この日記に添付した1972年の地図だと「危」マークもなく普通に歩ける道として記載されているのに数年で扱いががらっと変わるのは、やはりこの道が通る斜面や沢筋が崩れやすいということの証ですね。
山神径路は今後登山道として整備されることはないでしょうから、それなりの装備を持って臨まないと危険だと思います。私はそのことを知らずにノーヘルメットで歩いたのですが、歩き終えた後では無謀だったなと反省しました。でも、やはり歴史のある道なので魅力的なんですよね。
1972年7月12日の集中豪雨で丹沢に大きな被害が有ったそうです。ウキペディアによると死者6名、行方不明者3名になってます。通行止めとなった玄倉林道も1973年5月に復旧したとあります。この前後で登山道も大きく変化したようです。
実際に玄倉から山神峠を越えてユーシンまで行くと比較的新しい柵などもあるので再整備も有ったと予想されます。2007年にトレースした時は問題になるところはありませんでした。ヤマレコに記録を載せた2019年に出かけた時のユーシンと山神峠間は1か所に悪いところがありました。山神峠とふきたいら橋間は上手に探さないとガレの横断が頻発で沢の中も歩くため少し危険です。ハイキングの延長にはありません。ふきたいら橋と玄倉間の林道もいたるところで土砂崩れでした。
私が歩いたのは2020年11月(ヤマレコにも記録あります)でしたが、その前の年の記録と比べても桟道が落ちていたりなど条件が悪化していました。この道は年々、というより日々、崩壊を続けている感じですね。
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