(はじめに)
「岩と雪の殿堂」という言葉は、剣岳(注1)の枕詞とも言えるほどですが、剣岳は、改めて言うまでもなく、槍穂高連峰と並び、北アルプスを代表する名峰です。当然ながら百名山の一つです。
その山体は硬い岩でできており、それを氷河期に存在した氷河が削りだしてゆき、険しい岩稜と深い雪渓を持つ谷がいくつもある、険しい山容となっています。
この山は、古くは登頂不可能な難峰ともされ、“初登頂”に関するドラマは、新田次郎氏 著の「点の記」(映画化もされた)でも有名ですね。
剣岳については語るべきことが多いので、1.岩の殿堂編、2.氷雪の殿堂編の2回に分けて説明します。
この2−12(1)章は、「1.岩の殿堂編」です。
(注1;「剣岳」の漢字表記は、「剣岳」の他、「剱岳」とも表記されますが、この連載では、「剣岳」という表記で統一しました)
その山体は硬い岩でできており、それを氷河期に存在した氷河が削りだしてゆき、険しい岩稜と深い雪渓を持つ谷がいくつもある、険しい山容となっています。
この山は、古くは登頂不可能な難峰ともされ、“初登頂”に関するドラマは、新田次郎氏 著の「点の記」(映画化もされた)でも有名ですね。
剣岳については語るべきことが多いので、1.岩の殿堂編、2.氷雪の殿堂編の2回に分けて説明します。
この2−12(1)章は、「1.岩の殿堂編」です。
(注1;「剣岳」の漢字表記は、「剣岳」の他、「剱岳」とも表記されますが、この連載では、「剣岳」という表記で統一しました)
1)剣岳を構成している岩石についての問題
剣岳とその周辺部を構成しているの岩石の種類については、色々と調べてみましたが、文献によって異なる説明が記載されています。
ここでは、(文献1)の説明を基本的な情報として最初に述べ、その他の複数の説を、その後に述べる構成とします(※)。
説明が長々となってしまいましたが、ご了承ください。
(※ 2022年8月20日に頂いた、この記事に関する、「コメント」内容を反映させました)。
まず、(文献1)は、剣岳や立山付近の地質を詳細に調査した「調査報告書」と、それに基づく5万分の1地質図「立山図版」からなっています。
ここでは以下、「調査報告書」本文を、“(文献1−a)”、5万分の1地質図「立山図版」を、“(文献1−b)”と表記します。
(文献1−a)、(文献1−b)によると、剣岳山頂付近から別山尾根を構成している岩石は、「閃緑岩」(センリョクガン)、及び「石英閃緑岩」(セキエイセンリョクガン)と記載されています。
閃緑岩、石英閃緑岩もマグマが地下で冷え固まった、深成岩の一種です(以下、ここではまとめて「閃緑岩類」と記載します)。
深成岩の分類的には、「閃緑岩類」は、(文献4)によると、シリカ分が52〜63重量%の深成岩であり、深成岩の分類上は「中間質」になります。
新鮮な閃緑岩類の見た目は、有色鉱物(黒っぽい)と白色鉱物(白っぽい)が入り混じったもので、(文献5)では、閃緑岩は「黒米おにぎり」のような外観、石英閃緑岩は「ワカメおにぎり」のような外観、と説明されています。
また(文献1−a)記載の、剣岳山頂の石の写真(図33)によると、有色鉱物≧白色鉱物、という比率に見え、後述する、白っぽい感じ(優白質)の「毛勝花崗岩」とは見た目が違います。
この「閃緑岩類」は、(文献1−b)によると、剣岳の山頂付近、別山尾根の尾根筋、少し離れて、「剣御前」(つるぎごぜん;2777m)付近、及び 西側の登山ルートである早月尾根の途中にも3カ所ほど、孤立して分布しています。
後述しますが、この閃緑岩類分布域の周辺は、同時代(ジュラ紀)の花崗岩類分布域となっています。(文献1−a)では、その花崗岩類分布域の中に、閃緑岩類が捕獲岩として分布している、という説明がなされています。また(文献3)でも、捕獲岩との説明があります。
この「閃緑岩類」は、周辺域の花崗岩類(毛勝岳花崗岩)とともに、「船津花崗岩類」という固有名詞で名付けられています。
これらの深成岩類(花崗岩、閃緑岩類)の主要な形成時期は、約180Ma(ジュラ紀前期)と推定されています(文献1−a)
(文献1―b)を見ると、この「閃緑岩類」分布域を囲むように、花崗岩が分布しています。具体的には、剣岳東面の源次郎尾根、八つ峰(岩稜)、剣岳北方稜線部分(チンネ、小窓の王などの岩峰群を含む)、また西面の「東大谷」といった険阻な谷、と、山頂部の東、北、西の三方を囲むように花崗岩が分布しています。
なお「産総研シームレス地質図v2」でも、この花崗岩分布域は大まかには、(文献1−b)と同様に記載されています。
この花崗岩は、「船津花崗岩類」と呼ばれる、北陸地方〜北アルプス北部に分布する、トリアス紀末〜ジュラ紀の深成岩体グループの一つです。剣岳周辺の花崗岩は、「毛勝岳花崗岩」という固有名詞が付けられています。この花崗岩体も主な形成時期は、約180Ma(ジュラ紀前期)と推定されています。
(文献1−a)記載の「毛勝岳花崗岩」の写真(図42)を見ると、白色鉱物>有色鉱物、の見た目(いわゆる優白質)で、いかにも花崗岩らしい見た目であり、「閃緑岩類」の写真(図33)とは見た目が明確に違います。
次に、別説の一つとして、産総研「シームレス地質図v2」による、剣岳とその周辺の地質について説明します。
産総研「シームレス地質図v2」では、剣岳の山頂部から別山尾根にかけての地質は、「ハンレイ岩」と説明されています。この「ハンレイ岩」分布域は大まかには、(文献1)に記載の、「閃緑岩類」分布域と同じです。
「ハンレイ岩」とは、花崗岩や閃緑岩類と同様に、マグマ由来の深成岩ですが、化学組成的にはそれらとは異なり、「苦鉄質」と呼ばれる、鉄(Fe)やマグネシウム(Mg)が多い岩石です。(苦鉄質の火成岩のうち、ハンレイ岩(深成岩)に対応する火山岩は、玄武岩です/(文献4)、(文献5))。
産総研「シームレス地質図v2」ではそれ以上詳しい説明はありませんので、「ハンレイ岩」と識別した理由は明確ではありませんが、(文献1)とは異なる説明といえます。
なお、産総研「シームレス地質図v2」でも、この剣岳の山頂部から別山尾根部分以外の周辺領域は、「花崗岩(前期〜中期ジュラ紀)」と説明されており、この点は、(文献1)と整合しています。
次に、(文献2)での、剣岳付近の地質、岩石の説明です。
これは、(文献1−a)の著者の一人である原山先生の著作なので、基本的には、(文献1−a)の地質説明と類似しています。
(文献2)を要約すると、「大まかには剣岳とその周辺、更には立山別山などは、ジュラ紀(約1.8億年前)の花崗岩類で形成されており、「毛勝岳花崗岩」と呼ばれる。但し、細かく言うと、剣岳山頂部と別山尾根付近は、閃緑岩で形成されている。この閃緑岩体は、毛勝岳花崗岩の中の捕獲岩と推定される。」、という記載内容です。
次に、長野県大町市にある「大町山岳博物館」に展示されている、「剣岳山頂の石」とその解説パネル(文献3)による説明です(※)。
ここでは、
「(この剣岳山頂の石は)1億9000万年前の毛勝山花こう岩です。500万年の黒部別山花こう岩による熱変成作用を受けて硬くなった岩石です」
と説明されていました。
展示されている岩石の見た目は、やや粗粒の白色鉱物粒と黒色鉱物粒が入り混じっており、花崗岩か閃緑岩か、ぱっと見では良く解りませんでした。
(※ 2022年5月 見学)
整理すると、剣岳頂上付近および別山尾根を構成している岩石について、
(文献1)、(文献2)では、「閃緑岩類」(閃緑岩、石英閃緑岩)と説明されています。
産総研「シームレス地質図v2」では「ハンレイ岩」と説明されています。
(文献3)では、「花こう岩」と説明されています。
但し、それらの領域を囲む領域は、(文献1)、(文献2)、産総研「シームレス地質図v2」いずれも、ジュラ紀の花崗岩(「毛勝岳花崗岩」)であるということで、見解は一致しています。
ここでは、(文献1)の説明を基本的な情報として最初に述べ、その他の複数の説を、その後に述べる構成とします(※)。
説明が長々となってしまいましたが、ご了承ください。
(※ 2022年8月20日に頂いた、この記事に関する、「コメント」内容を反映させました)。
まず、(文献1)は、剣岳や立山付近の地質を詳細に調査した「調査報告書」と、それに基づく5万分の1地質図「立山図版」からなっています。
ここでは以下、「調査報告書」本文を、“(文献1−a)”、5万分の1地質図「立山図版」を、“(文献1−b)”と表記します。
(文献1−a)、(文献1−b)によると、剣岳山頂付近から別山尾根を構成している岩石は、「閃緑岩」(センリョクガン)、及び「石英閃緑岩」(セキエイセンリョクガン)と記載されています。
閃緑岩、石英閃緑岩もマグマが地下で冷え固まった、深成岩の一種です(以下、ここではまとめて「閃緑岩類」と記載します)。
深成岩の分類的には、「閃緑岩類」は、(文献4)によると、シリカ分が52〜63重量%の深成岩であり、深成岩の分類上は「中間質」になります。
新鮮な閃緑岩類の見た目は、有色鉱物(黒っぽい)と白色鉱物(白っぽい)が入り混じったもので、(文献5)では、閃緑岩は「黒米おにぎり」のような外観、石英閃緑岩は「ワカメおにぎり」のような外観、と説明されています。
また(文献1−a)記載の、剣岳山頂の石の写真(図33)によると、有色鉱物≧白色鉱物、という比率に見え、後述する、白っぽい感じ(優白質)の「毛勝花崗岩」とは見た目が違います。
この「閃緑岩類」は、(文献1−b)によると、剣岳の山頂付近、別山尾根の尾根筋、少し離れて、「剣御前」(つるぎごぜん;2777m)付近、及び 西側の登山ルートである早月尾根の途中にも3カ所ほど、孤立して分布しています。
後述しますが、この閃緑岩類分布域の周辺は、同時代(ジュラ紀)の花崗岩類分布域となっています。(文献1−a)では、その花崗岩類分布域の中に、閃緑岩類が捕獲岩として分布している、という説明がなされています。また(文献3)でも、捕獲岩との説明があります。
この「閃緑岩類」は、周辺域の花崗岩類(毛勝岳花崗岩)とともに、「船津花崗岩類」という固有名詞で名付けられています。
これらの深成岩類(花崗岩、閃緑岩類)の主要な形成時期は、約180Ma(ジュラ紀前期)と推定されています(文献1−a)
(文献1―b)を見ると、この「閃緑岩類」分布域を囲むように、花崗岩が分布しています。具体的には、剣岳東面の源次郎尾根、八つ峰(岩稜)、剣岳北方稜線部分(チンネ、小窓の王などの岩峰群を含む)、また西面の「東大谷」といった険阻な谷、と、山頂部の東、北、西の三方を囲むように花崗岩が分布しています。
なお「産総研シームレス地質図v2」でも、この花崗岩分布域は大まかには、(文献1−b)と同様に記載されています。
この花崗岩は、「船津花崗岩類」と呼ばれる、北陸地方〜北アルプス北部に分布する、トリアス紀末〜ジュラ紀の深成岩体グループの一つです。剣岳周辺の花崗岩は、「毛勝岳花崗岩」という固有名詞が付けられています。この花崗岩体も主な形成時期は、約180Ma(ジュラ紀前期)と推定されています。
(文献1−a)記載の「毛勝岳花崗岩」の写真(図42)を見ると、白色鉱物>有色鉱物、の見た目(いわゆる優白質)で、いかにも花崗岩らしい見た目であり、「閃緑岩類」の写真(図33)とは見た目が明確に違います。
次に、別説の一つとして、産総研「シームレス地質図v2」による、剣岳とその周辺の地質について説明します。
産総研「シームレス地質図v2」では、剣岳の山頂部から別山尾根にかけての地質は、「ハンレイ岩」と説明されています。この「ハンレイ岩」分布域は大まかには、(文献1)に記載の、「閃緑岩類」分布域と同じです。
「ハンレイ岩」とは、花崗岩や閃緑岩類と同様に、マグマ由来の深成岩ですが、化学組成的にはそれらとは異なり、「苦鉄質」と呼ばれる、鉄(Fe)やマグネシウム(Mg)が多い岩石です。(苦鉄質の火成岩のうち、ハンレイ岩(深成岩)に対応する火山岩は、玄武岩です/(文献4)、(文献5))。
産総研「シームレス地質図v2」ではそれ以上詳しい説明はありませんので、「ハンレイ岩」と識別した理由は明確ではありませんが、(文献1)とは異なる説明といえます。
なお、産総研「シームレス地質図v2」でも、この剣岳の山頂部から別山尾根部分以外の周辺領域は、「花崗岩(前期〜中期ジュラ紀)」と説明されており、この点は、(文献1)と整合しています。
次に、(文献2)での、剣岳付近の地質、岩石の説明です。
これは、(文献1−a)の著者の一人である原山先生の著作なので、基本的には、(文献1−a)の地質説明と類似しています。
(文献2)を要約すると、「大まかには剣岳とその周辺、更には立山別山などは、ジュラ紀(約1.8億年前)の花崗岩類で形成されており、「毛勝岳花崗岩」と呼ばれる。但し、細かく言うと、剣岳山頂部と別山尾根付近は、閃緑岩で形成されている。この閃緑岩体は、毛勝岳花崗岩の中の捕獲岩と推定される。」、という記載内容です。
次に、長野県大町市にある「大町山岳博物館」に展示されている、「剣岳山頂の石」とその解説パネル(文献3)による説明です(※)。
ここでは、
「(この剣岳山頂の石は)1億9000万年前の毛勝山花こう岩です。500万年の黒部別山花こう岩による熱変成作用を受けて硬くなった岩石です」
と説明されていました。
展示されている岩石の見た目は、やや粗粒の白色鉱物粒と黒色鉱物粒が入り混じっており、花崗岩か閃緑岩か、ぱっと見では良く解りませんでした。
(※ 2022年5月 見学)
整理すると、剣岳頂上付近および別山尾根を構成している岩石について、
(文献1)、(文献2)では、「閃緑岩類」(閃緑岩、石英閃緑岩)と説明されています。
産総研「シームレス地質図v2」では「ハンレイ岩」と説明されています。
(文献3)では、「花こう岩」と説明されています。
但し、それらの領域を囲む領域は、(文献1)、(文献2)、産総研「シームレス地質図v2」いずれも、ジュラ紀の花崗岩(「毛勝岳花崗岩」)であるということで、見解は一致しています。
2)硬い岩稜を形成している理由についての問題
なだらかな山頂部を持つ立山別山から望むと、剣岳とその周辺は、まさに本場ヨーロッパアルプスの峰々を思わせる、鋭い岩稜で目を引きます。実際に剣沢からの登路(別山尾根ルート)でも、前剣の山頂部から先は、岩尾根と、急な岩壁が続き、鎖が整備されているからこそ登れますが、鎖が無くては普通の人にはとても登れないほどの険しさです(カニのたてばい、よこばい)。また、その北側のチンネなどの岩峰群は、ロッククライミングの聖地と言われるほどの険しさです。
剣岳の周辺の山々(立山連山、大日連山、毛勝三山)が、比較的登りやすい穏やかな山容なのに対し、剣岳付近だけは、特異的に険しい岩ばかりの山容です。
剣岳が険しい岩山である理由について、あまり明快な説明をした文献は見当たりませんでしたが、文献2)には説明がありました。
文献2)での原山先生の説によると、剣岳の東、黒部川の中流域(渓谷の西側)にある、「黒部別山花崗岩」の影響であろう、と述べられています。花崗岩はこの連載でも何回もでてきたので細かい説明は省きますが、マグマ由来の深成岩です。
「「黒部別山花崗岩体」が約700万年前に地上へと上昇してきた際、剣岳周辺の地質(ジュラ紀(2.0〜1.7億年前)の花崗岩類)に高い熱を加えて変成作用を及ぼし(=鉱物結晶間の境界部が再結晶して結合強度が増し)、そのせいで剣岳付近の岩は、花崗岩の部分も、より硬くなり、浸食に強い岩になったために、険しい岩山になったのであろう」、と述べられています。
それ以外にも、「約7000万年前に固化、上昇してきた、「剣岳花崗岩体」(剣岳山頂から北西側 約1〜2kmのあたりに分布する)も、剣岳付近のジュラ紀花崗岩類への熱変成作用を及ぼしたのだろう」、と述べられています。
地質分布を見ると、剣岳山頂付近や別山尾根などに分布する「閃緑岩体」(?)の存在も関係しているのではないのか? と思えますが、チンネ、八つ峰、源次郎尾根などのジュラ紀花崗岩ゾーンも険しい岩稜となっていることは、岩質の違いだけでは説明できないことも事実です。
なので、やはり、「黒部別山花崗岩体」による熱的な変成(再結晶)による岩石の硬化が主因といえそうです。
剣岳の周辺の山々(立山連山、大日連山、毛勝三山)が、比較的登りやすい穏やかな山容なのに対し、剣岳付近だけは、特異的に険しい岩ばかりの山容です。
剣岳が険しい岩山である理由について、あまり明快な説明をした文献は見当たりませんでしたが、文献2)には説明がありました。
文献2)での原山先生の説によると、剣岳の東、黒部川の中流域(渓谷の西側)にある、「黒部別山花崗岩」の影響であろう、と述べられています。花崗岩はこの連載でも何回もでてきたので細かい説明は省きますが、マグマ由来の深成岩です。
「「黒部別山花崗岩体」が約700万年前に地上へと上昇してきた際、剣岳周辺の地質(ジュラ紀(2.0〜1.7億年前)の花崗岩類)に高い熱を加えて変成作用を及ぼし(=鉱物結晶間の境界部が再結晶して結合強度が増し)、そのせいで剣岳付近の岩は、花崗岩の部分も、より硬くなり、浸食に強い岩になったために、険しい岩山になったのであろう」、と述べられています。
それ以外にも、「約7000万年前に固化、上昇してきた、「剣岳花崗岩体」(剣岳山頂から北西側 約1〜2kmのあたりに分布する)も、剣岳付近のジュラ紀花崗岩類への熱変成作用を及ぼしたのだろう」、と述べられています。
地質分布を見ると、剣岳山頂付近や別山尾根などに分布する「閃緑岩体」(?)の存在も関係しているのではないのか? と思えますが、チンネ、八つ峰、源次郎尾根などのジュラ紀花崗岩ゾーンも険しい岩稜となっていることは、岩質の違いだけでは説明できないことも事実です。
なので、やはり、「黒部別山花崗岩体」による熱的な変成(再結晶)による岩石の硬化が主因といえそうです。
(参考文献)
文献1)原山、高橋、中野、刈谷、駒沢 共著
「地域地質研究報告 5万分の1 地質図版
金沢(10) 第30号 NJ−53−6−5
「立山地域の地質」」
通商産業省 工業技術院 (旧)地質調査所 刊 (2001)
文献1−a)
文献1)のうち、「地質調査報告書」(本文)
(以下のリンクは、「産総研」のサイト)
https://darc.gsj.jp/archives/detail?cls=geolis&pkey=200005239
文献1−b)
文献1)のうち、5万分の1「地質図」(とそこに記載の地質説明)
(産総研のポータルサイト「地質図navi」から、5万分の1地質図
「立山図版」へのリンク)
https://gbank.gsj.jp/geonavi/geonavi.php#14,36.62867,137.61525
文献2)原山、山本 共著
「超火山 槍・穂高」 山と渓谷社 刊 (2003)
のうち、第2部 ステージ4(章)
「恐竜時代の岩石で造られた天下の秀峰 −剣岳―」の項
文献3)「大町山岳博物館」の、「剣岳山頂の石」の説明パネル
2022年5月 見学、閲覧
※ 展示物の「剣岳山頂の石」や「説明パネル」内容を、
このヤマレコ内にアップすることについては、
2022年5月の見学時に、同博物館側から、書面での許可を頂いています。
文献4)チームG 編
「薄片でよくわかる岩石図鑑」 誠文堂新光社 刊 (2014)
文献5) 西本 著
「観察を楽しむ 特徴がわかる 岩石図鑑」ナツメ社 刊 (2020)
「地域地質研究報告 5万分の1 地質図版
金沢(10) 第30号 NJ−53−6−5
「立山地域の地質」」
通商産業省 工業技術院 (旧)地質調査所 刊 (2001)
文献1−a)
文献1)のうち、「地質調査報告書」(本文)
(以下のリンクは、「産総研」のサイト)
https://darc.gsj.jp/archives/detail?cls=geolis&pkey=200005239
文献1−b)
文献1)のうち、5万分の1「地質図」(とそこに記載の地質説明)
(産総研のポータルサイト「地質図navi」から、5万分の1地質図
「立山図版」へのリンク)
https://gbank.gsj.jp/geonavi/geonavi.php#14,36.62867,137.61525
文献2)原山、山本 共著
「超火山 槍・穂高」 山と渓谷社 刊 (2003)
のうち、第2部 ステージ4(章)
「恐竜時代の岩石で造られた天下の秀峰 −剣岳―」の項
文献3)「大町山岳博物館」の、「剣岳山頂の石」の説明パネル
2022年5月 見学、閲覧
※ 展示物の「剣岳山頂の石」や「説明パネル」内容を、
このヤマレコ内にアップすることについては、
2022年5月の見学時に、同博物館側から、書面での許可を頂いています。
文献4)チームG 編
「薄片でよくわかる岩石図鑑」 誠文堂新光社 刊 (2014)
文献5) 西本 著
「観察を楽しむ 特徴がわかる 岩石図鑑」ナツメ社 刊 (2020)
(旧)地質調査所 刊 (2001)
剣岳とその周辺の地質に関しても、詳細説明あり。
本稿の(参考文献1)。
剣岳とその周辺の地質に関しても、詳細説明あり。
本稿の(参考文献1)。
このリンク先の、2−1章の文末には、第2部「北アルプス」の各章へのリンク、及び、序章(本連載の各部へのリンクあり)を付けています。
第2部の他の章や、他の部をご覧になりたい方は、どうぞご利用ください。
第2部の他の章や、他の部をご覧になりたい方は、どうぞご利用ください。
剣岳の地質、地形に関する説明のうち、本章に続く章へのリンクです。
【書記事項】
初版リリース;2020年7月5日
△改訂1;章立ての見直し、章の新設。文章見直し、一部、加筆修正。
地質図、写真の説明を追記。
「参考文献」の項を新設、記載。
2−1章へのリンクを追加。2−12章(2)へのリンクを追加。
書記事項の項を新設、記載。(2022年1月12日)
△改訂2;(本記事に関する、2022年8月20日のコメントの内容を
反映することを主な目的とし、)
・「剣岳を構成している岩石に関する問題」の項について、文章見直し、修正。
・「剣岳山頂の石」(「大町山岳博物館」展示物)の写真を追加。
・ 参考文献の項、修正。
(2022年8月20日)
△最新改訂年月日;2022年8月20日
△改訂1;章立ての見直し、章の新設。文章見直し、一部、加筆修正。
地質図、写真の説明を追記。
「参考文献」の項を新設、記載。
2−1章へのリンクを追加。2−12章(2)へのリンクを追加。
書記事項の項を新設、記載。(2022年1月12日)
△改訂2;(本記事に関する、2022年8月20日のコメントの内容を
反映することを主な目的とし、)
・「剣岳を構成している岩石に関する問題」の項について、文章見直し、修正。
・「剣岳山頂の石」(「大町山岳博物館」展示物)の写真を追加。
・ 参考文献の項、修正。
(2022年8月20日)
△最新改訂年月日;2022年8月20日
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※この記事はヤマレコの「ヤマノート」機能を利用して作られています。
どなたでも、山に関する知識や技術などのノウハウを簡単に残して共有できます。
ぜひご協力ください!
「産業技術総合研究所地質調査総合センターの古川です。おそらくシームレス地質図をご覧になっての質問と思います。
「地質図ナビ」で、より詳しい地質図を閲覧できます。
https://gbank.gsj.jp/geonavi/geonavi.php?lat=36.61377&lon=137.62231&z=14&layers=503,seamless_geo_v2
剣岳の山頂や稜線付近は「石英閃緑岩及び閃緑岩」(記号D)となっており、
その周辺は毛勝岳花崗岩(Gkc)となっています。
閃緑岩は花崗岩と斑れい岩の中間の組成のものです。
原山智さんが筆頭著者となって書いた5万分の1地質図「立山」に
詳しい記載があり、上記のサイトから閲覧できます。
この報告書に出てくる「剱岳花崗岩」は剱岳の稜線上には分布せず、
北側の白萩川流域に分布することになっています。」
上記「立山」報告書の40、41p には剣岳の山頂は閃緑岩、早月尾根は石英閃緑岩と記載されています。私の60+年昔の剣登攀時の写真からすると剣東、南面は閃緑岩(本峰正面、源次郎)、池の谷あたりから北は花崗岩(八つ峰、チンネ)と思われます。池の谷の頭で取った写真には大きな花崗岩が写っていました。
また5万分の1地質図には剣稜線に沿って剣岳断層と書かれていますので、西面の険しさ(池の谷のガレも?)の要因かと思われます。この点については古川さんへのお礼のメールに書きましたので、もし返事があったらまたお知らせします。
小野桓司
私(bergheil)は、地質学の専門家でも、専門教育を受けたものではなく、単に山などの地質や、地球科学全般に興味があるだけの、初心者レベルです。
この「ヤマノート;日本の山々の地質」連載も、いわば「夏休みの自由研究」的な感じで書いたものなので、このようなアドバイス、コメントを頂けると、非常にありがたいです。
実は、今年5月に、長野県大町市の「大町山岳博物館」で、剣岳山頂の岩石の展示物を見学し、剣岳を構成している岩石の種類については、再確認の必要があるな、と思っていた次第です。
頂いたコメントを元に、本稿の記載内容を修正したいと思います。
取り急ぎお礼まで。
p.s. 「日本の山々の地質」連載のうち、他の記事に関しても、疑問点などあれば、お気軽にコメント、アドバイス等いただけると幸いです。
速レス有難うございます。当方はもっとニワカ勉強です!
1 原山報告にも引用されている
田中 忍・加々美寛雄(1987b)北アルプス北部,剣岳―毛勝山地域に分布する花崗岩類のRb-Sr年代, 地質雑,vol.93,p.929-932.
(J-stageから読めます) には剣周辺の隆起の年代がステージIII (65-45Ma…Ma=10^6年: 原山ほか、1985)とあります。剣岳岩体は隆起と花崗岩の侵食で出来たと思いますが(筑波山と同じく)、地質屋さん達は山がどうできたかについてはあまり興味がないように見受けます。山屋からするとそこがキーなのに!
2 大町の剣岳頂上の岩はずいぶん白いですね。これだと花崗閃緑岩と言えるのでは?田中陽希氏のセルフィ(https://www.greattraverse.com/blog/20180928)とかそれ以外でももっと黒っぽいと思うのですが。それに実地調査をされた原山報告が閃緑岩と断定しているので、違和感があります。
3 今の地質図からすると、源次郎尾根は閃緑岩の上部と花崗岩の下部を分ける必要がありますね。私は上部しか登っていませんが、雷鳥の写真の背景になっていたのがほぼ黒い岩でした。II峰から下が花崗岩なのでしょう。kanjiono
昨日、本稿を修正するため、文献類を読み直してみましたが、
剣岳付近の閃緑岩類が、花崗岩(の元となったマグマ)の「捕獲岩」である、という解釈に着目すると、以下のシナリオが推定されるかな?と思います。
1)まず閃緑岩質(=安山岩質/中間質)のマグマが形成され、後に冷却、固化して閃緑岩類(閃緑岩体)となる。
2)続いて、花崗岩質(=珪長質)のマグマが形成され、マグマ溜り周辺、あるいは上昇経路周辺の閃緑岩類を破壊しつつ取り込む(=捕獲する)。
3)花崗岩質のマグマが冷却、固化し、(閃緑岩を取り込んだ状態で)花崗岩体(「毛勝岳花崗岩」体)が形成される。
4)ずーっと後の時代に、剣岳とその周辺が隆起し、地下にあった上記深成岩体が地表に露出する。
・・「捕獲岩体」としての閃緑岩類は、花崗岩体の中に破壊された状態で取り込まれていることになるので、花崗岩体の中にバラバラに分布していると考えるのが自然。
ー>つまり、剣岳とその周辺では、花崗岩体分布域の中に、「捕獲岩体としての」閃緑岩体が、大小さまざまな分布域として分布している。
そう考えると、調査地点の少しの違いによって、花崗岩類であったり、閃緑岩類であったり、という違いがなんとなく説明できるように思われます。
機会があれば、改めて剣岳に再訪し、岩石の種類をじっくり確認できたらいいな、と思ってます。
このシナリオは原山報告+少しの脚色なので地質屋さんにも怒られないと思います。ただしこれを科学的に証明するのは大変でしょう。産総研では音波探査などは使ってなさそうですから、地下の岩石分布を確かめるのは難しいでしょう。それに予算が付きそうにもない研究です。いずれ宇宙線で地下探査する時代が来るかもしれませんが、かなり先でしょう。
https://www.youtube.com/watch?v=4LCXxK7Mhvw で源次郎尾根登攀を見ていましたが、やはりII峰までは花崗岩、上の方は閃緑岩で良さそうですが、II峰からコルへの懸垂下降の壁は花崗岩には見えませんでした。捕獲岩体と外側の間がバラバラになったのかも。次の剣までビデオも少しは役に立ちそうです。KO
「地質では剱岳の主稜線や早月尾根の一部は石英閃緑岩及び閃緑岩(記号D)となっています(説明書の第34図)。この図は花崗岩質岩の分類図で、Dとされた岩石が閃緑岩、石英閃緑岩、トーナル岩の領域にあることを示しています。なぜトーナル岩が取り入れられていないのかはわかりませんが、この分類図では岩石の色調を左右する有色鉱物(黒雲母、角閃石など)が基準に入っていないところがポイントです。有色鉱物がどの程度入っているかは岩石の名称とは別なのです。
一般的傾向として、図の右側のものほど有色鉱物が多く、左に行くほど有色鉱物が少なくなるので、典型的な花崗岩は図の左側の領域になります。
https://sites.google.com/site/zatsukichou/home/yun-mu/1-hei-yun-mu1
剱岳の西面は岩の墓場と呼ばれているのですね。剱岳の稜線西側には剱岳断層が
活断層として描かれています(赤い実線)。解説書の190ページに詳しい説明があり、活断層であれば稜線部分の崩壊の原因と言えそうです。
私が地質図を見て気づいたのは剱岳北麓にある「剱岳花崗岩」(Gtm、Gtp)の存在です。これらは剱岳主稜線を構成するDより後から貫入しているので、Dに熱変質を与えて岩を脆くしている可能性があります。(池ノ谷上流での両者の境界線は丸くスムースに描かれているので、想像で描かれたものと思います)」
引用されているブログはご存知かもしれませんが、よく書かれています。
2 花崗岩質の岩の区分は有色鉱物の同定が必要なのでX 線と顕微鏡での解析が不可欠とWikiにありました。
3 Wiki 英語版のGranite花崗岩によると、花崗岩を作るマグマができるにはプレートの沈み込みで堆積岩と水分が必要とありました。(日本語版の花崗岩には記載なし。)これで比重2.4のマグマが出来、周りが比重2.8なので上昇するとも。驚いたのはこのマグマには6−8%の水が含まれていて、そのためSiO2が1000度C前後で(長石の後に)晶出するようです。(その原因は書かれてありませんでしたが)
KO
コメントありがとうございます。
また色々な情報ありがとうございます。
(所用により、しばらく自宅に居なかったので、返信がおそくなり、失礼しました)
ところで、kanjionoさんは、産総研へ色々と問い合わせ、質問をされているようですが、よかったら、産総研の質問先へのアドレスを教えて頂けないでしょうか?
可能なら私も、産総研の専門家の方々に、質問したり、色々と教えを請いたい、と思っていますので、、
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