記録ID: 1005195
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ハイキング
近畿
行市山〜柳ヶ瀬山周回(玄蕃尾城跡が見たくて!!)(歴史散策第六弾)
2016年11月12日(土) [日帰り]


体力度
3
日帰りが可能
- GPS
- 06:25
- 距離
- 14.7km
- 登り
- 711m
- 下り
- 706m
コースタイム
日帰り
- 山行
- 4:55
- 休憩
- 1:10
- 合計
- 6:05
距離 14.7km
登り 711m
下り 720m
天候 | 晴れ |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2016年11月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
自家用車
|
コース状況/ 危険箇所等 |
・良く整備され特に危険な箇所はなかったが、「倉坂峠(刀根越)」からの 「行市山方面登山口」が急勾配で階段が崩壊しており滑りやすく登りは問題無いが 降りは滑落注意!! ・各砦跡は、滑りやすい急勾配など有り転倒注意!! ・途中の登山道はそこそこ広く歩きやすかったが、たまに木の根や立木に 躓くことが有った。(転倒注意) ・11/11(金)〜12(土)の連休だったが、11日があまり天気が良くなさそう だったので12日に山行を決めた。 では、どこに行こうかと週末悩み以前から行きたかった「玄蕃尾城跡」が 気になったので、久しぶりに歴史散策とあいなった。 ・当日、自宅から2時間弱かかるらしいので、5時前に出発したが道路上の 他の車が快調に飛ばしてくれたので7時前に現地へ。 国道365号からの「史跡 毛受兄弟の墓」の石柱と案内板を見つけ そのまま地元のお墓に隣接した「毛受の森」に入った。 笹藪が有るとの事で、この間「モンベルフレンドフェア」で購入したスパッツを 装備し「獣除けフェンス」の有る「行市山登山口」 をくぐって山行開始。 ・開始と共に、鹿の鳴き声と鹿が横切ったり、鹿とにらめっこしたりと始めの 「砦跡」までに数頭の鹿とすれ違った。 熊鈴を忘れたので、イノシシと熊が現れないことを祈ってそのまま進む。 ・登山道には、要所要所に「行市山」までの各砦跡等の案内図 が有り道も良く整備 されて迷うことはなかった。 始めの「砦跡」は、登山道と「林谷山砦跡」「橡谷山砦跡」との分岐点から 「林谷山砦跡」と「橡谷山砦跡」を散策したが少し湿気が有り草木が遺構を 隠した感じだった。 後で、「玄蕃尾城跡」パンフレットを「玄蕃尾城林道駐車場」で入手したが、 実はその辺りには「大谷山砦」「柏谷山砦」「山寺山砦」等も存在したらしいが、 標識等の遺構は無さそうだった。(帰ってネットでも検索) ・登山道へ戻り先へ進むと「大水別神社」との分岐 出るそこから100m程登ると 「中之谷山砦跡」(「中谷山(368m)」)の四等三角点(新堂:368.39 m) に着いた。 ここも草木で特に遺構は確認できなかった、代わりに三角点の上に地元に人が 整備しているのか三角点の等数が書かれた木札がかかっていた。 ・そこから更に登って、林道手前辺りから視界が開け紅葉の「新谷山」方面を 見ることができた。 その後少し急登を登ったところで鉄の階段が有り林道へ出た、林道を横断して 「行市山」へ向かうがこんな高さに林道とはと少し興ざめしてしまった。 ・林道から更に進むと「別所山砦跡」の案内板が現れその前を見ると 綺麗に大きく形成された横堀が現れた!! 別所山砦の本陣の遺構がしっかりと確認できた、奥を覗くとまだ遺構が 残っているようだった。 賤ケ岳の合戦時に「前田利家」がニ千人程で陣を引き最後まで動かずに 撤退した場所が想像できるようだ。 ・更に急登を尾根伝いに一気に登ると開けた場所「行市山砦跡」 (「行市山(659m)」の三等三角点(行市山:659.72 m)に到着。 三角点の等数木札は見当たらなかった? ここで小休止、尾根は広いが遺構はあまり確認できなかった、 逆光だが「北国街道の中之郷」方面が良く見える場所だった。 「佐久間盛政」は、ここから別尾根を進み「賤ケ岳」へ中入りしていったらしい。 ・ここから中入り尾根とは逆に「柳ケ瀬山(玄蕃尾城跡)」へ向かう登山道を進む、この先笹藪らしいが・・・ 直ぐに、左に折れる道へ進むと笹が茂りだし次第に背丈以上で藪を潜るように 進みだした。 久々の笹藪で道を間違えないか不安だったが、笹は背丈程有ったが足元は踏み跡が 有りしっかり刈り込まれていたので、GPSで何回か現在地確認して迷わないで 400mぐらいの笹薮地帯を抜けた。 ・笹藪地帯を抜け快調に尾根を降り気味に進んでいくと本日初めての登山者と すれ違った、玄蕃尾城跡から来るということは「余呉トレイル」の一部を 縦走しているのだろうか? 今日は誰とも合わないと思っていたのですっかり安心度が増した。 ・200m以上の勾配を降り最後に崖のような降りを慎重に進むとそのは 「倉坂峠(刀根越)」(現地では「久々坂峠」となっていた)に出た。 下から見るとこの最後の急勾配は、階段が設置されていたがもう所々壊れており 滑りやすなっていた、登りはなんとかなるが降りは滑落の恐れもある とても危険な場所だった!!(改修必要です!!) ・「倉坂峠(刀根越)」から直ぐそばに「柳ケ瀬山(玄蕃尾城跡)」の標識が 立っていた。 ここからは、山城跡特有の少し急登のジグザグ道を進み広くなった尾根に 取り付いた、GPSを見ると柳ケ瀬山の標高近くだったが三角点の白い標識が 無かったので帰りに確認すればいいとそのまま先へ進んだ。 進んだ先に「玄蕃尾城(内中尾山城)跡」入り口の案内板が有り、 案内板前も掘切のように広く抉れた構造で、これからの城跡を予感させてくれる ような場所だった。 ・「玄蕃尾城(内中尾山城)跡」は、土塁で囲われた大きな「7つの郭」を持っ た巨大な遺構跡だった、中世以降の城跡で中心の「櫓台(天守台)」には、 礎石も残っていた。 「櫓台」で当主のように昼食をとっていると城跡の見学者達が数名現れ 散策していた、昼食後少し話したがこんなに大きな遺構があるとはと 感心されていた。 ・昼食も済ませ下山前に「柳ケ瀬山(中尾山:439m)」の 四等三角点(中尾山:439.16 m)と木札を見て、 「倉坂峠(刀根越)」へ戻り標識に書いてある駐車場へ少し寄り道した。 駐車場へ向かうとそこには、何故?大権現様(徳川家康)? が祀られていた。 200m程先の「玄蕃尾城林道駐車場」には、林道の行き止まりで 「玄蕃尾城跡」パンフレットと訪問記帳ノートが有った。 ・寄り道を終えて、「倉坂峠(刀根越)」に戻り、「柳ケ瀬」へ さあ下山開始となった。 ここからは、1.5km程の登山道をゆっくり降り「柳ケ瀬登山口」へ出た。 「柳ケ瀬登山口」から左を見ると紅葉の「新谷山」方面が綺麗だった、 そのまま「柳ケ瀬」の集落を進むと「明治天皇(柳ケ瀬)行在所」の役場みたいな 場所を通りすぎ、国道365号線沿いのアスファルト道を昼の日差しがきつい中 ひたすら進み、一度ショートカットを試みたが川で遮られたので元に戻り 朝車で通った「史跡 毛受兄弟の墓」の石柱を辿って「毛受の森」へ戻った。 |
その他周辺情報 | 帰りに「ウッディパル余呉」へ寄りこの辺の詳細な地図が欲しくて 「余呉トレイル詳細マップ」を購入した。 少し古いらしく\800が¥650になっていた。 |
写真
装備
個人装備 |
・砦跡散策と途中笹薮有りとの事で
新調のスパッツを装備した。
・笹薮箇所や途中交差する登山道が有るのでスマホ地図付きGPSで 現在位置確認する。 |
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