雲仙岳―ミヤマキリシマ彩る普賢岳・国見岳から平成新山を眺めて



- GPS
- 04:00
- 距離
- 4.5km
- 登り
- 539m
- 下り
- 532m
コースタイム
天候 | 晴 |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2018年05月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
自家用車
飛行機
レンタカー移動 長崎空港19:15(ANA670) 羽田空港21:00 |
写真
感想
昨日は英彦山に登る予定だったのだが、前線通過後も弱い雨が降りやまず山の上の方では風雨も強そうだったので中止にした。
今日は天気が回復したので登山日和なのだが、昨晩の宿は嬉野温泉に取っていたし、帰路は長崎空港からなので英彦山まで戻るのは遠い。
そこで急きょ雲仙岳(普賢岳)へ行くことにした。
一昨日の英彦山の麓の宿での夕食時、他の宿泊客が山の話をしているのが聞こえてきたのだが、今年はミヤマキリシマの開花が早くその日九重山へ行ってきたがちょうど満開だったとのこと。
旅行を計画した時は、ここ数年毎年この時期に九州に来てミヤマキリシマを見ているから今年は見なくてもいいかなと思っていたのだが、それを聞いてやはりこの時期の九州に来てミヤマキリシマを見ないで帰るのはどうにも悔しくなり、どこかミヤマキリシマが咲いている場所はないかと考えていたのだ。
それならもう九重山に行ってしまおうかとも考えたのだが、さすがに嬉野温泉や長崎空港から離れすぎている。
ミヤマキリシマが咲いていそうな長崎の山――と考えて、思い浮かんだのが雲仙普賢岳だ。
雲仙普賢岳という言葉を聞くと、あの火砕流の大災害のイメージが焼き付いているし、同時にあの時代の匂いというか空気をも思い起こさせられ、なんだかひどく懐かしい気持ちがする。
1991年から本格的な噴火活動を始めた雲仙普賢岳だが、思い返してみると雲仙普賢岳の噴火のニュースは10歳だった自分が初めて自ら興味を持ったニュースだったように思う。
あと1年で平成も終わるが、平成時代に起きた数ある自然災害の中でも雲仙普賢岳の噴火はそのスタートだったような気がする。
そしてその災害の痕跡というか結果としてそこにはもともとあった普賢岳を超える高さを誇る、その名も「平成新山」がどうどうとそびえているのだ。
その平成新山は前々から見てみたいと思っていた。
早速調べてみると普賢岳、国見岳、妙見岳と登山道も付いているし、ミヤマキリシマも咲いているそうだ。
1995年の噴火の終息宣言から17年経った2012年に新しい登山道も開通したとのことだ。
長崎自動車道を諫早ICで下り島原半島へと車を進め、天正遣欧少年使節の一人である千々石ミゲルの出身地である千々石まで来ると正面に雲仙岳が見えてくる。
その中でもやはり「主峰」となった平成新山はひときわ高く形も美しい。
山頂に一見するとアンテナでも立っているのかなと思ってしまうようなトンガリがあるのも特徴的だ。
仁田峠着くと駐車場もほぼ満車状態で、今までミヤマキリシマといえば霧島や九重、そして阿蘇という思い込みがあったが、ここもミヤマキリシマの名所なのだ。
ただ今年は開花が早かったからか、仁田峠のミヤマキリシマはすでにピークを過ぎているようだった。
仁田峠の展望台まで登っていくと、目の前に平成新山の威容があった。
あの噴火によって、こんな巨大な山ができたのだと思うとゾクゾクとする。
普賢神社からあざみ谷へ進むと周囲は急に新緑の深い森となる。
ハルゼミの声が響く緑濃い森であり、ここはあの噴火でも被害がなかったのか不思議だ。
それともこの森も噴火後に30年弱で成長した若い森なのだろうか。
普賢岳への分岐となる紅葉茶屋までずっと気持ちのいい森が続き、普賢岳への登りになると火山らしい熔岩の岩場も出てくる。
そして樹林が途切れ背後に橘湾が広がってくるともう山頂だ。
目の前には山頂のトンガリから未だに噴気を上げている平成新山が大迫力で迫る。
そして周囲のその他の雲仙のピークはいずれもミヤマキリシマでピンク色に彩られている。
特に国見岳のミヤマキリシマは今がピークのようだ。
妙見岳を経て仁田峠へ戻るコースからは国見岳は少し外れているが、せっかくなので国見岳も往復することにした。
去年九重山の大船山に行き、ミヤマキリシマの花の中を歩くつもりだったがまだ開花前で残念だったのだが↓、この雲仙の国見岳でそれを実現できるとは思わなかった。
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-1153140.html
国見岳山頂は普賢岳山頂に比べて人も少なくゆっくりとできる。
あのギロチン堤防で有名になった諫早湾の干拓地も間近に見えるが、あれから20年ほど経つはずなのに堤防内も未だに海のままのようだった。
国見岳からは平成新山の優美な裾野まで見えていて、あの禍々しい火砕流、土石流という災害がこんなにも美しい曲線を生み出すのかと思うと不思議な感じがする。
ミヤマキリシマをかきわけて進むような気持のいい稜線の樹林帯を進む。
妙見岳は捲き道になっていたようで国見岳のように見晴らしのよいピークに出ることはなかった。
雲仙ロープウェイの妙見岳駅のすぐ上の妙見岳展望所まで来ると、そこからは島原湾方面の展望が開けた。
平成新山から水無川に沿って流れた火砕流、土石流の後には砂防ダムが点々とあるのみで、原野のようになっている。
自然の時間スケールにとっては30年という年月も一瞬に過ぎない。
未だに噴気を上げる平成新山も人間の時間スケールを超えた先には雲仙のその他のピークのように緑で覆われ、ミヤマキリシマに彩られる時が来るのだろう。
長崎空港から飛び立った機中から夕闇に沈みゆく多良岳を眺めつつそう思った。
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