伊豆ヶ岳・子の権現・吉田山・御岳神社晩秋ハイク


- GPS
- 06:44
- 距離
- 15.1km
- 登り
- 1,255m
- 下り
- 1,362m
コースタイム
天候 | 晴 |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2011年11月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
電車
|
コース状況/ 危険箇所等 |
正丸駅から伊豆ヶ岳までは一般登山道で一部滑りやすい急斜面もあるが、大きな問題はない。尾根に出てからいくつか分岐があるが、道標や地図、方位に注意してたどれば五輪山に飛び出し、その先の鎖場を経て伊豆ヶ岳に出る。そこから子の権現まではアップダウンのある長い縦走だが、明瞭でよい道だ。子の権現から吉田山は分岐がわかりにくく、十分な下調べが必要。今回は間違えて小床集落に出てしまい、そこから小床峠に登り直したが、途中の分岐で方向を間違えたようだ。小床峠からは踏み跡は明瞭で手書きの道標に助けられ、東郷公園まで問題なく出られる。 |
感想
伊豆ヶ岳・子の権現・御岳神社紅葉ハイク
今年最後?の紅葉ハイクとして奥武蔵を選んだ。やや軽めのコースと考えたが標高こそ800m程度で低いが距離は15キロ近くあり、最後の子の権現から御岳神社への下りは道標も少なく、分岐で間違えやすく、実際間違えて結構てこずった。紅葉は伊豆ヶ岳山頂直下の南側、子の権現周辺、東郷公園がなかなか見ごたえがあった。
始発の電車で登戸、立川経由で拝島に5時56分着、6時3分の高麗川行きに乗って、東飯能に6時24分着、西武線に乗り換え、6時44分の西武秩父行きで正丸駅に7時17分、西武線には数人のハイカーが乗っていたが西吾野で降りた人はいたが正丸では私一人。トイレを済ませ7時20分過ぎに出発。
名物簿の駅前の急な斜め階段を下り、10分くらいで大蔵山集落の中にある安産地蔵を通過、この辺りは、由緒のある神社仏閣や祠、野仏などが多い地域だ。秩父霊場にも近い。
7時44分、正丸峠に向かう舗装道路と伊豆ヶ岳に向かう山道の分岐、馬頭観音がその分岐にある。観音様の祠の上には大岩がかぶさっている。いかにも神様が宿りそうな場所だ。山道に入り、8分くらいで名栗元気プラザ分岐、おそらく小高山、長岩峠を経由する道だ。そこから20分くらいで滑りやすい急坂になった。ひと登りで8時半前に小尾根に出る。尾根の左側は私有地で通行止め(元々この関東ふれあいの道はここまで私有地を環境庁が許可を取って指定しているものらしく、ここで右に尾根を登る。右側の展望が開け、正丸峠や武川山などの稜線が見えてきた。右側が岩場になっている尾根道を進むと8時38分ころ、伊豆ヶ岳直下の五輪山に飛び出した。ここから少し下るとすぐに伊豆ヶ岳の男坂の鎖場が正面に見えている。落石事故などのせいで通行禁止になっているが、誰もいないので自己責任でロープを超えて岩場を登る。鎖は必要ないくらい足場もホールドも十分ある。慎重に岩場を乗り越え、山頂に一歩一歩近づく。今度は鎖もロープもない岩場を越えて前進し、三つ目の岩場を越えると、8時50分、山頂手前の通行止めのロープに出た。これを越えると迂回路の入口があり、さらに進むと女坂の入口にも崩壊により通行止めのロープがあった。一般にはこの迂回路が唯一のルートらしい。8じ59分、山頂に出る。根の子権現経由吾野駅まで9.9km、まだまだ先は長い。思ったよりも距離がありそう。朝食がご飯一杯だけだったので、ここでお腹が空いたので昼食弁当を半分食べ、9時過ぎに出発。少し南側を下ると、鮮やかな紅葉が広がった。山頂が850mなので800m前後が紅葉のピークのようだ。あるいはややピークを過ぎたか?しかし標高300m前後の本郷公園でも紅葉が色づいているので木の種類によっても違うらしい。
9時5分にすぐ山伏峠の分岐、正面に石灰採掘現場が見える。石灰岩地層の多い奥武蔵・秩父は山がかわいそう。しばらく豪華な紅葉を撮影し、山道を下ると9時14分、西吾野(上久通方面)への分岐。10分ほど先に古御岳があった。9時24分。この山の南側も紅葉がきれいだ。
しばらく下ると9時50分、鞍部に名郷への下降路の分岐の道標があるが、道はなくなっているらしい。10時2分、少し登り返して高畑山に出た。すぐ出発して10時22分、中ノ沢頭を通過、このあたりが正丸駅と吾野駅の中間地点、後7キロ強で吾野駅だ。急坂を下るとチェーンソーの音が大きくなり、作業員の姿が下方に見えた。間伐作業らしい。
天目指峠までは比較的緩やかな道。10時40分過ぎ、峠を通過する舗装の林道が見えてきた。10時42分、舗装路に降り立つ。舗装路は名栗と西吾野の道標があった。天目指峠のレリーフや休憩所などを確認し、舗装路の曲がり角にあった天目指峠の道標を撮影しようとするとカーブミラーに自分の姿が写ったので撮影しておいた。舗装路の向こうの子の権現への道に入る。11時すぎ、やや平坦な場所に西川材の説明があり、江戸城の建設に重用された良材で江戸から見て西側の川から切り出される木材なのでこの呼び名ができたらしい。
さらに20分ほど進むとかなりののぼり返しがあり、650mまで登ってから再び下って11時20分過ぎ、竹寺への分岐を通過し、11時半前に子の権現の到着。ここで鉄製の大草鞋など撮影し、お賽銭をして残りの弁当を食べて休憩、子の権現までは誰一人ハイカーに出会わなかったが、ここにきて急に観光地に来た感じ。11時40分過ぎに出発し、山門の仁王様などを撮影し、駐車場を抜けて秩父神社方面への分岐を探す。最初に浅見茶屋への分岐があり、その先に西吾野・小床(こゆか)分岐があった。この西吾野・小床が曲者。この道でよいのだが、さらに秩父神社方面への分岐に注意しなければならないが、それがわからなかった。
少し下ったところでイモリ山への分岐があり、そこからしばらくするとあらかじめチェックしておいたウエイポイントから次第に離れてゆくことに。はじめは道がよくわからないので、ウエイポイント自体が正しくないのかと思ったが、しばらく下ると12時20分過ぎ、小床の集落が出てきた。これは完全に間違えたと悟り、引き返そうか考えたが、GPSなどで小床集落の途中に小床峠に向かう道があり、それを探すことにした。
すると道標が出てきてこれなら大丈夫だろうとそこから小床峠に向かった。踏み跡は確かで10分強で植林地の中の緩やかな登りで12時50分、峠に出ることができた。峠にはネットで見かけた手書きの道標があり、そこから吉田山まで30分とある。30分ほどロスしたので少し急ぎ足で吉田山に向かう。午後早くに雲が多くなる予報なので、撮影のためには極力早く東郷公園に出たい。
峠が380mくらいなので標高445mの吉田山まで一息の登りだが、すでに10数キロ以上のアップダウンを早足で超えてきたので相当疲れが出てきている。しかしなんとか13時9分、山頂に出て、指示に従って右に下った。考えてみたら左に行くと城址跡だが、急下降危険という警告があった。次回道を確かめる意味で逆コースで歩いてみたい。
10分強、道なりに進むと前方に秩父御岳神社が見えてきた。まだ空は晴れ間があり、何とかよい撮影ができそう。神社の急な階段を下ると観光客の姿が見える。急な階段から脇の道に移って祠などを見る。鴨下というこの神社を勧進した人が無数の祠を作ったようだ。考えられるさまざまなご利益がそれぞれの祠についている。おそらくなにか神がかった人で何かのお告げでこうした勧進や神社建設を行ったのだろう。東郷元帥の唯一生前に了承した公園になっているという。日露戦争など使用された大砲なども展示されているようだ。こちらは紅葉の撮影だけしてさっさと下ってしまった。
15キロ以上歩いてそれなりに疲れたので帰宅を急いだ。神社・公園を過ぎて神社の門を出て駅に向かう。吾野駅まで関東ふれあいの道の道標に従って線路脇の高台のダート道を進む。他のハイカーを追い越し、駅に到着すると次の電車まであまり時間がなかった。東飯能で間に合えば八高線を使おうと思ったが、やはり西武秩父線は単線なので時間がかかり、それはあきらめて池袋経由で4時前に帰宅できた。
いいねした人
コメントを書く
ヤマレコにユーザー登録いただき、ログインしていただくことによって、コメントが書けるようになります。ヤマレコにユーザ登録する