紅葉が綺麗です!
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11/3 9:44
紅葉が綺麗です!
この辺りは岩がそのまま山になったような形の山がたくさんありますね。
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11/3 9:45
この辺りは岩がそのまま山になったような形の山がたくさんありますね。
中山道碓氷峠の頂上、熊野神社。ホントに群馬と長野にまたいでいました。
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11/3 10:36
中山道碓氷峠の頂上、熊野神社。ホントに群馬と長野にまたいでいました。
社殿。群馬県安中市(向かって右)と長野県軽井沢町(向かって左)にまたがっており、中央に県境 が通ってます。 やはり両方にお賽銭をあげて両方拝みたくなります。
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11/3 10:37
社殿。群馬県安中市(向かって右)と長野県軽井沢町(向かって左)にまたがっており、中央に県境 が通ってます。 やはり両方にお賽銭をあげて両方拝みたくなります。
熊野皇大神社側社務所。
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11/3 10:41
熊野皇大神社側社務所。
パワースポット:御神木「しなの木」。木の中央部分にあるくぼみを、ある角度から見るとハートの形をしているとのことですが、よくわからず。
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11/3 10:41
パワースポット:御神木「しなの木」。木の中央部分にあるくぼみを、ある角度から見るとハートの形をしているとのことですが、よくわからず。
サッカーの守り神・やたがらす神社!
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11/3 10:41
サッカーの守り神・やたがらす神社!
群馬県側の新宮。
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11/3 10:45
群馬県側の新宮。
神社を後にして、神社下のお店で腹ごしらえします。このお店も県境が中を貫き割ってます。
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11/3 10:50
神社を後にして、神社下のお店で腹ごしらえします。このお店も県境が中を貫き割ってます。
赤い線が県境。
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11/3 10:53
赤い線が県境。
いい感じの落ち着けるお店です。
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11/3 11:00
いい感じの落ち着けるお店です。
元祖力餅・「あんこ」と「辛味(おろし醤油)」をいただきました。力が付いた。
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11/3 11:03
元祖力餅・「あんこ」と「辛味(おろし醤油)」をいただきました。力が付いた。
坂本宿方面へ出発します。いざ、降ります!
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11/3 11:33
坂本宿方面へ出発します。いざ、降ります!
すでに多くの枯れ葉が道を覆ってます。
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11/3 11:34
すでに多くの枯れ葉が道を覆ってます。
思婦石(おもふいし)。群馬郡室田の国学者、関橋守(せきのはしもり)の作で、安政4年(1857年)建立。
「ありし代に かへりみしてふ 碓氷山」 と 刻まれてます。
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11/3 11:35
思婦石(おもふいし)。群馬郡室田の国学者、関橋守(せきのはしもり)の作で、安政4年(1857年)建立。
「ありし代に かへりみしてふ 碓氷山」 と 刻まれてます。
そして分岐があります。今回は去年に続き2回目の坂下りで、去年は左の和宮様降嫁の際に作られた道を行ったので、今回は右側の旧中山道を行くことにします。
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11/3 11:35
そして分岐があります。今回は去年に続き2回目の坂下りで、去年は左の和宮様降嫁の際に作られた道を行ったので、今回は右側の旧中山道を行くことにします。
仁王門跡。明治維新の時に廃棄されてしまったとのこと。
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11/3 11:35
仁王門跡。明治維新の時に廃棄されてしまったとのこと。
また分岐を左へ。
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11/3 11:37
また分岐を左へ。
長坂道。中山道をしのぶ古い道である、と記されています。
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11/3 11:37
長坂道。中山道をしのぶ古い道である、と記されています。
道が細くなってきましたが、踏み跡はしっかりあります。
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11/3 11:39
道が細くなってきましたが、踏み跡はしっかりあります。
快調に枯れ葉の山道を歩いていきます。
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11/3 11:51
快調に枯れ葉の山道を歩いていきます。
十数センチの渡渉。
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11/3 11:55
十数センチの渡渉。
で、人馬施行所跡が出てきます。江戸呉服商の与兵衛が、安中藩の許可を得て人馬が休む家を建てた場所とのこと。旅人が喉を潤した場所で、碓氷峠一の水量を誇った水場跡とのことです。
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11/3 11:57
で、人馬施行所跡が出てきます。江戸呉服商の与兵衛が、安中藩の許可を得て人馬が休む家を建てた場所とのこと。旅人が喉を潤した場所で、碓氷峠一の水量を誇った水場跡とのことです。
清々しい秋です。
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11/3 12:01
清々しい秋です。
化粧水跡。峠町へ登る旅人がこの水で姿、形を直した水場、と記されてます。水は枯れてしまったようです。
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11/3 12:03
化粧水跡。峠町へ登る旅人がこの水で姿、形を直した水場、と記されてます。水は枯れてしまったようです。
再び山道を進みます。
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11/3 12:10
再び山道を進みます。
和宮様降嫁道との合流点(陣馬が原)まで来ました。ここまで約40分。来た道を振り返ったところの写真で、左側からでてきました。
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11/3 12:12
和宮様降嫁道との合流点(陣馬が原)まで来ました。ここまで約40分。来た道を振り返ったところの写真で、左側からでてきました。
陣馬が原。新田と足利の合戦が太平記に記され、武田と上杉のうすい峠合戦記があり、ここが戦場といわれているとのこと。
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11/3 12:12
陣馬が原。新田と足利の合戦が太平記に記され、武田と上杉のうすい峠合戦記があり、ここが戦場といわれているとのこと。
一つ家跡。旅人を苦しめた老婆がいたらしい。。妖怪か??
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11/3 12:17
一つ家跡。旅人を苦しめた老婆がいたらしい。。妖怪か??
ペンションだったのでしょうか。廃墟と化してますが。。
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11/3 12:21
ペンションだったのでしょうか。廃墟と化してますが。。
ちょっと覗いてみたいと思います。
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11/3 12:21
ちょっと覗いてみたいと思います。
柱や壁の一部などがまだ残っています。
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11/3 12:22
柱や壁の一部などがまだ残っています。
営業を辞めざるを得なくなってしまったことがなんだかとても残念です。
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11/3 12:22
営業を辞めざるを得なくなってしまったことがなんだかとても残念です。
旧碓氷峠見晴台〜旧中山道(現在は山道のみ)松井田町峠方面にかけては、1970年代に小規模な別荘地開発(見晴台別荘分譲地)が行われ、ペンションなども建てられたが、1990年代には衰退。別荘・ペンションはすべてなくなり、一部は廃墟となって残っている。とのこと。(Wikipediaより)
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11/3 12:26
旧碓氷峠見晴台〜旧中山道(現在は山道のみ)松井田町峠方面にかけては、1970年代に小規模な別荘地開発(見晴台別荘分譲地)が行われ、ペンションなども建てられたが、1990年代には衰退。別荘・ペンションはすべてなくなり、一部は廃墟となって残っている。とのこと。(Wikipediaより)
千曲自動車株式会社と表示されていました。今の千曲バスさんでしょうか。
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11/3 12:28
千曲自動車株式会社と表示されていました。今の千曲バスさんでしょうか。
このバスも当時は一生懸命働いていたのでしょうね。
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11/3 12:28
このバスも当時は一生懸命働いていたのでしょうね。
見晴台 別荘分譲地 と記してあったと思われます。
三陸開発さんは存在しますが、当時の会社と同じ会社かはわかりません。
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11/3 12:29
見晴台 別荘分譲地 と記してあったと思われます。
三陸開発さんは存在しますが、当時の会社と同じ会社かはわかりません。
Chikuma Bus Company ですかね。C.B.C
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11/3 12:30
Chikuma Bus Company ですかね。C.B.C
昔はこの辺、車が入ってきていたのでしょうかね。
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11/3 12:34
昔はこの辺、車が入ってきていたのでしょうかね。
山中坂。ここから子持山(陣馬が原付近)への道は急坂で、坂本宿から上がって来た人たちはここで腹ごしらえをして登ったことから「飯喰い坂」とも呼ばれていた、と記されてます。
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11/3 12:34
山中坂。ここから子持山(陣馬が原付近)への道は急坂で、坂本宿から上がって来た人たちはここで腹ごしらえをして登ったことから「飯喰い坂」とも呼ばれていた、と記されてます。
車向けの看板なんでしょうか・・・ここまで車は入って来れないですが…
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11/3 12:36
車向けの看板なんでしょうか・・・ここまで車は入って来れないですが…
山中学校跡。明治天皇が巡幸されてきたとき(明治11年)、児童が25人いたので奨学金として25円の下附がされた。と記されてます。
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11/3 12:37
山中学校跡。明治天皇が巡幸されてきたとき(明治11年)、児童が25人いたので奨学金として25円の下附がされた。と記されてます。
山中茶屋。峠の真ん中にある茶屋とのことで、13軒もの茶屋があったとのこと。このあたりでちょうど出発してから1時間あたりです。
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11/3 12:37
山中茶屋。峠の真ん中にある茶屋とのことで、13軒もの茶屋があったとのこと。このあたりでちょうど出発してから1時間あたりです。
屋敷跡、墓の石塔、畑跡が残っているとのことですが…この辺とか
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11/3 12:38
屋敷跡、墓の石塔、畑跡が残っているとのことですが…この辺とか
この辺がそうなのでしょうか。
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11/3 12:40
この辺がそうなのでしょうか。
これはわりと近年まであった家屋跡でしょうか。
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11/3 12:44
これはわりと近年まであった家屋跡でしょうか。
入道くぼ。ここから山中茶屋までだらだら下りと記されてるが、気が付かなかった。
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11/3 12:45
入道くぼ。ここから山中茶屋までだらだら下りと記されてるが、気が付かなかった。
背丈の高い杉の木。
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11/3 12:48
背丈の高い杉の木。
再び秋の山中を進みます。
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11/3 12:51
再び秋の山中を進みます。
歩きやすい道がつづきます。
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11/3 13:00
歩きやすい道がつづきます。
静かです。
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11/3 13:01
静かです。
栗が原。明治天皇巡幸路と中山道の分かれる場所とのことですが、よくわかりませんでした。日本で最初の交番ができた場所とも。
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11/3 13:02
栗が原。明治天皇巡幸路と中山道の分かれる場所とのことですが、よくわかりませんでした。日本で最初の交番ができた場所とも。
めがね橋方面の道(右分岐)が巡幸路なのでしょうか。
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11/3 13:03
めがね橋方面の道(右分岐)が巡幸路なのでしょうか。
杭には「座頭ころがし給水所」と書いてあります。旧中山道碓氷峠は「安政の遠足」という歴史あるマラソン大会のコースにもなっています。
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11/3 13:13
杭には「座頭ころがし給水所」と書いてあります。旧中山道碓氷峠は「安政の遠足」という歴史あるマラソン大会のコースにもなっています。
座頭ころがし。急に坂道となり、岩や小石がごろごろしており、さらに湿った赤土となっているため滑りやすい、とのこと。確かにそのとおりでした。
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11/3 13:14
座頭ころがし。急に坂道となり、岩や小石がごろごろしており、さらに湿った赤土となっているため滑りやすい、とのこと。確かにそのとおりでした。
どんどん下ります。
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11/3 13:18
どんどん下ります。
なぜか釜めしのうつわ。
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11/3 13:18
なぜか釜めしのうつわ。
一里塚の説明ですが、位置関係がよく把握できず、どこが塚なのかもはっきりしませんでした。
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11/3 13:22
一里塚の説明ですが、位置関係がよく把握できず、どこが塚なのかもはっきりしませんでした。
北向馬頭観世音。馬頭観音というのは危険な場所に建てている、ということを初めて知りました。
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11/3 13:25
北向馬頭観世音。馬頭観音というのは危険な場所に建てている、ということを初めて知りました。
で、2分程行ったところに南向馬頭観世音が建っています。
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11/3 13:27
で、2分程行ったところに南向馬頭観世音が建っています。
堀切がでてきました。
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11/3 13:29
堀切がでてきました。
掘り切り。豊臣秀吉の小田原攻めで、北陸・信州軍を松井田城主が防戦しようとした場所で、道は狭く、両側が掘り切られている、とのこと。まさにそのとおりでした。
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11/3 13:30
掘り切り。豊臣秀吉の小田原攻めで、北陸・信州軍を松井田城主が防戦しようとした場所で、道は狭く、両側が掘り切られている、とのこと。まさにそのとおりでした。
2時間が経過し、東屋が出てきました。
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11/3 13:43
2時間が経過し、東屋が出てきました。
峠の小屋。しばし休憩します。
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11/3 13:44
峠の小屋。しばし休憩します。
スタートから6.4Km歩いてきました!
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11/3 13:51
スタートから6.4Km歩いてきました!
で、この東屋の場所が「碓氷峠の関所跡」とのことです。
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11/3 13:51
で、この東屋の場所が「碓氷峠の関所跡」とのことです。
こんな感じ。ここに関所があったんですね。
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11/3 13:51
こんな感じ。ここに関所があったんですね。
関所から2分ほど行ったところに刎石茶屋跡(はねいし)があります。
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11/3 13:53
関所から2分ほど行ったところに刎石茶屋跡(はねいし)があります。
石垣がしっかり残ってます。
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11/3 13:53
石垣がしっかり残ってます。
また2分程行くと
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11/3 13:55
また2分程行くと
弘法の井戸があります。トタン板でフタされてます。
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11/3 13:56
弘法の井戸があります。トタン板でフタされてます。
ちょっとだけ中をのぞいてみるとクマ出没注意の看板が。
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11/3 13:56
ちょっとだけ中をのぞいてみるとクマ出没注意の看板が。
また2分程いくと、今度は風穴がでてきました。
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11/3 14:01
また2分程いくと、今度は風穴がでてきました。
こういうところから湿った風が吹き出しているらしいですが、わかりませんでした。
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11/3 14:01
こういうところから湿った風が吹き出しているらしいですが、わかりませんでした。
なぜか女性ものと思われるブーツが脱ぎそろえてありました。なんだろう。。
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11/3 14:02
なぜか女性ものと思われるブーツが脱ぎそろえてありました。なんだろう。。
大きい石がゴロゴロしてきました。
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11/3 14:03
大きい石がゴロゴロしてきました。
覗(のぞき)。ここから坂本宿が一望でき、まさに覗の場所。
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11/3 14:04
覗(のぞき)。ここから坂本宿が一望でき、まさに覗の場所。
坂本宿。その昔はどんなふうにみえたのでしょう。
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11/3 14:04
坂本宿。その昔はどんなふうにみえたのでしょう。
光って読めませんが、上り地蔵・下り地蔵と記されています。でも地蔵様はこの辺にはありませんです。
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11/3 14:06
光って読めませんが、上り地蔵・下り地蔵と記されています。でも地蔵様はこの辺にはありませんです。
また2〜3分程いくと、刎石坂がでてきます。ここには多くの石造物があって、峠で一番の難所、ということです。手前は馬頭観世音。
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11/3 14:10
また2〜3分程いくと、刎石坂がでてきます。ここには多くの石造物があって、峠で一番の難所、ということです。手前は馬頭観世音。
そのとなりの大日尊。
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11/3 14:10
そのとなりの大日尊。
そのまたとなりの南無阿弥陀仏。
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11/3 14:10
そのまたとなりの南無阿弥陀仏。
そして刎石溶岩の節理。
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11/3 14:11
そして刎石溶岩の節理。
出発してから2時間半経過し、急ぎ始めます。
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11/3 14:12
出発してから2時間半経過し、急ぎ始めます。
若干の急坂が続きます。
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11/3 14:22
若干の急坂が続きます。
鉄塔!いいですねえ。
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11/3 14:25
鉄塔!いいですねえ。
節理から20分程あるき、堂峰番所がでてきました。
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11/3 14:28
節理から20分程あるき、堂峰番所がでてきました。
ここも石垣の一部が残ってました。
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11/3 14:28
ここも石垣の一部が残ってました。
一気に出口が近づきました。
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11/3 14:32
一気に出口が近づきました。
ほぼほぼ3時間の行程、
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11/3 14:33
ほぼほぼ3時間の行程、
でました。
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11/3 14:34
でました。
本日のゴールの東屋です。
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11/3 14:34
本日のゴールの東屋です。
18号沿いの碓井小屋。
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11/3 14:37
18号沿いの碓井小屋。
警察と旧中山道入り口。
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11/3 14:37
警察と旧中山道入り口。
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