朝8時半につくばを出て16時半頃新宮に着いた。「ゲストハウス蒼(aoi)」までの道を駅の観光案内で教えてもらう。もらった地図を見ながらすぐ近くまで行ったが宿を見つける事が出来ず、やむなく宿に電話してオーナーの方に迎えに来てもらった。
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10/17 17:38
朝8時半につくばを出て16時半頃新宮に着いた。「ゲストハウス蒼(aoi)」までの道を駅の観光案内で教えてもらう。もらった地図を見ながらすぐ近くまで行ったが宿を見つける事が出来ず、やむなく宿に電話してオーナーの方に迎えに来てもらった。
オーナーは我々に宿の使い方を教えた後、別の家に戻って行かれた。宿は2階建ての完全な一軒家を我々2人だけで専有する事となった。2人で7,600円とは安い!風呂も炊事用具、冷蔵庫、洗濯機まで全て揃っており、家族でここに数日滞在して熊野観光をすればものすごくコスパの良い旅行が出来ると思った。
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10/17 18:58
オーナーは我々に宿の使い方を教えた後、別の家に戻って行かれた。宿は2階建ての完全な一軒家を我々2人だけで専有する事となった。2人で7,600円とは安い!風呂も炊事用具、冷蔵庫、洗濯機まで全て揃っており、家族でここに数日滞在して熊野観光をすればものすごくコスパの良い旅行が出来ると思った。
宿は清潔で新しく全てに満足行くものであった。2階が寝室になっていて、ツインルームが2室あり、この日は我々だけなので1室だけが開けられていた。
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10/17 19:08
宿は清潔で新しく全てに満足行くものであった。2階が寝室になっていて、ツインルームが2室あり、この日は我々だけなので1室だけが開けられていた。
4時起床。湯を沸かし、カップラーメンで朝食。15分程歩いて新宮駅に行き、5時53分発の八木行きのバスに乗った。乗客は我々以外に1人だけ。
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10/18 5:44
4時起床。湯を沸かし、カップラーメンで朝食。15分程歩いて新宮駅に行き、5時53分発の八木行きのバスに乗った。乗客は我々以外に1人だけ。
7時15分熊野本宮大社に着いた。私にとってこの場所は熊野奥掛のスタート地点、小辺路からのゴール地点、そして中辺路(滝尻王子から)のゴール地点として3回来ていてお馴染みの場所である。
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10/18 7:17
7時15分熊野本宮大社に着いた。私にとってこの場所は熊野奥掛のスタート地点、小辺路からのゴール地点、そして中辺路(滝尻王子から)のゴール地点として3回来ていてお馴染みの場所である。
大斎原の大鳥居である。熊野本宮大社にお参りしたのは3回もあるが、1889年の熊野川大洪水まで本宮大社があったこの場所に来たのは初めてである。この大鳥居は幅42m、高さ34mの巨大な建造物で境内には杉の巨木が連なり厳かな雰囲気であった。
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10/18 7:31
大斎原の大鳥居である。熊野本宮大社にお参りしたのは3回もあるが、1889年の熊野川大洪水まで本宮大社があったこの場所に来たのは初めてである。この大鳥居は幅42m、高さ34mの巨大な建造物で境内には杉の巨木が連なり厳かな雰囲気であった。
請川の登山口まで国道168号に沿って歩くのかと思っていたら備崎橋を過ぎた辺りから右側の山に登りだし、そのまま国道に沿って山路を歩き、再び国道に戻った。
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10/18 8:22
請川の登山口まで国道168号に沿って歩くのかと思っていたら備崎橋を過ぎた辺りから右側の山に登りだし、そのまま国道に沿って山路を歩き、再び国道に戻った。
請川橋の辺りに「guest house Hiro(ひろ)」と言う建物を見つけた。もし中辺路を熊野本宮大社で終了せず、雲取越を経由して熊野那智大社に行くならこのゲストハウスは便利な宿泊施設だと思った。
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10/18 8:34
請川橋の辺りに「guest house Hiro(ひろ)」と言う建物を見つけた。もし中辺路を熊野本宮大社で終了せず、雲取越を経由して熊野那智大社に行くならこのゲストハウスは便利な宿泊施設だと思った。
請川の登山口は「下地橋」というバス停で「ほっかほっか弁当屋」の横にある。ここにはトイレや山歩き用の杖も用意されていた。新宮からのバスを熊野本宮大社まで行かずここで下車すれば1時間以上の時間短縮になる。
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10/18 8:39
請川の登山口は「下地橋」というバス停で「ほっかほっか弁当屋」の横にある。ここにはトイレや山歩き用の杖も用意されていた。新宮からのバスを熊野本宮大社まで行かずここで下車すれば1時間以上の時間短縮になる。
ここには「中辺路 54」の道標があった。最初この番号の意味が分からなかったが、熊野那智大社が起点でそこから500m毎に番号が増えるという事が分かった。即ちこの地点は熊野那智大社まで27kmの地点と言う事らしい。
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10/18 8:45
ここには「中辺路 54」の道標があった。最初この番号の意味が分からなかったが、熊野那智大社が起点でそこから500m毎に番号が増えるという事が分かった。即ちこの地点は熊野那智大社まで27kmの地点と言う事らしい。
道は広く良く整備されている。多くの急斜面には石段が設けられているが、殆どの石段は苔むしていてこのように苔のついていない石段は珍しい。
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10/18 8:52
道は広く良く整備されている。多くの急斜面には石段が設けられているが、殆どの石段は苔むしていてこのように苔のついていない石段は珍しい。
標高200m程登ったらあとはゆっくりした登りの尾根道となる。
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10/18 9:18
標高200m程登ったらあとはゆっくりした登りの尾根道となる。
この熊野古道には色々な種類の道標があるが、これは典型的なものである。行き先の地名とそれまでの距離(ときには所要時間も)が書いてあり、歩く者にとっては便利な情報である。
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10/18 10:12
この熊野古道には色々な種類の道標があるが、これは典型的なものである。行き先の地名とそれまでの距離(ときには所要時間も)が書いてあり、歩く者にとっては便利な情報である。
百間ぐら(小雲取越)に着いた。今回の熊野古道の全コース中、展望が効いたのはこの場所だけであった。近くの案内板によれば遠くの尖ったピークは紀南地方の最高峰「大塔山(1122m)」との事。
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10/18 10:42
百間ぐら(小雲取越)に着いた。今回の熊野古道の全コース中、展望が効いたのはこの場所だけであった。近くの案内板によれば遠くの尖ったピークは紀南地方の最高峰「大塔山(1122m)」との事。
この日は小口から出発したと思われる単独や2人連れの計6パーティーに会った。景色を眺めていると丁度2人連れの女性達がやって来たので写真を撮ってもらった。左が77歳の私で右が78歳の大学時代からの旧友F君である。
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10/18 10:47
この日は小口から出発したと思われる単独や2人連れの計6パーティーに会った。景色を眺めていると丁度2人連れの女性達がやって来たので写真を撮ってもらった。左が77歳の私で右が78歳の大学時代からの旧友F君である。
この熊野古道のコースには前述の道標も沢山設置されているが、自然や史跡の重要な場所に説明板が設置されている。日本文の他に英文も併記されていて外国からの旅人の熊野古道への認識をより深めてくれると思う。
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10/18 10:48
この熊野古道のコースには前述の道標も沢山設置されているが、自然や史跡の重要な場所に説明板が設置されている。日本文の他に英文も併記されていて外国からの旅人の熊野古道への認識をより深めてくれると思う。
石を無数に積み上げた「賽の河原地蔵」である。この地蔵は熊野詣で亡くなった人々の霊を供養する為に作られたものだそうだ。狼に襲われた話もあり、昔の熊野詣は今と違って相当なリスクがあった事だろう。
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10/18 11:22
石を無数に積み上げた「賽の河原地蔵」である。この地蔵は熊野詣で亡くなった人々の霊を供養する為に作られたものだそうだ。狼に襲われた話もあり、昔の熊野詣は今と違って相当なリスクがあった事だろう。
「石堂茶屋跡」には江戸時代に茶店が2軒あり旅客を泊めていたと言われるが、その少し手前に東屋があった。このような設備も熊野古道の所々にあり、天気が急変した時のシェルターとして有り難い施設である。
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10/18 11:31
「石堂茶屋跡」には江戸時代に茶店が2軒あり旅客を泊めていたと言われるが、その少し手前に東屋があった。このような設備も熊野古道の所々にあり、天気が急変した時のシェルターとして有り難い施設である。
小雲取越の最高点「桜峠(466m)」である。願わくばもっと立派な道標が欲しかった。
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10/18 12:07
小雲取越の最高点「桜峠(466m)」である。願わくばもっと立派な道標が欲しかった。
ここは36番の地点で歌碑が立っていた。このような歌碑や句碑が多くあるのもこの古道の特徴である。残念ながら碑の文字が達筆過ぎるのと我が身の国語能力の乏しさから碑の文字が部分的にしか読めず、当然ながら意味が殆ど分からない。
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10/18 12:07
ここは36番の地点で歌碑が立っていた。このような歌碑や句碑が多くあるのもこの古道の特徴である。残念ながら碑の文字が達筆過ぎるのと我が身の国語能力の乏しさから碑の文字が部分的にしか読めず、当然ながら意味が殆ど分からない。
「桜茶屋跡」の東屋である。説明板によるとここから南に見える樋ノ久保の辺りを通る白衣の参詣者の一団を見かけると茶屋の主人は大急ぎで湯を沸かし餅をついたとの事だが、今は木が鬱蒼と茂って遠望が効かない。
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10/18 12:36
「桜茶屋跡」の東屋である。説明板によるとここから南に見える樋ノ久保の辺りを通る白衣の参詣者の一団を見かけると茶屋の主人は大急ぎで湯を沸かし餅をついたとの事だが、今は木が鬱蒼と茂って遠望が効かない。
茶屋跡には立派な石組みが残っていた。
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10/18 12:37
茶屋跡には立派な石組みが残っていた。
両側にシダが茂り、苔に覆われた石段を下る。まさに紀州の風景だと思う。
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10/18 12:52
両側にシダが茂り、苔に覆われた石段を下る。まさに紀州の風景だと思う。
この道標も堂々として立派である。
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10/18 13:17
この道標も堂々として立派である。
「尾切地蔵」である。赤い涎掛けが可愛い。
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10/18 13:27
「尾切地蔵」である。赤い涎掛けが可愛い。
ようやく小和瀬の家と熊野川が見える所まで下りて来た。
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10/18 13:34
ようやく小和瀬の家と熊野川が見える所まで下りて来た。
この辺りが今日の行程の最低地点でこれから宿泊地の小口まで少し登らねばならない。
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10/18 13:40
この辺りが今日の行程の最低地点でこれから宿泊地の小口まで少し登らねばならない。
この案内図によると請川から小和瀬まで14km/4時間との事である。我々は8時40分に請川を出てここまで5時間かかっている。標準時間より1時間も遅いが80歳近くのジイさん2人旅では仕方が無いか?
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10/18 13:43
この案内図によると請川から小和瀬まで14km/4時間との事である。我々は8時40分に請川を出てここまで5時間かかっている。標準時間より1時間も遅いが80歳近くのジイさん2人旅では仕方が無いか?
今日の目的地である「小口自然の家」までは後1kmあり、このままスンナリと車道を歩いて行くかと思ったら、車道はトンネルを行き、歩道はその上を峠まで登る山路であった。
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10/18 13:55
今日の目的地である「小口自然の家」までは後1kmあり、このままスンナリと車道を歩いて行くかと思ったら、車道はトンネルを行き、歩道はその上を峠まで登る山路であった。
峠を越えてしばらく行くと「小口自然の家」が見えた。ここから左方の橋に降りる時少し道を間違えてしまい、無断で私有地の軒先を通らせてもらった。
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10/18 14:02
峠を越えてしばらく行くと「小口自然の家」が見えた。ここから左方の橋に降りる時少し道を間違えてしまい、無断で私有地の軒先を通らせてもらった。
この「小口自然の家」は廃校になった中学校を再利用した宿舎であり、中央のとんがり帽子の建物を見ると童話の世界に入ったような感じがする。
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10/18 14:07
この「小口自然の家」は廃校になった中学校を再利用した宿舎であり、中央のとんがり帽子の建物を見ると童話の世界に入ったような感じがする。
受付では感じの良い中年の男性が迎えてくれた。彼はこの中学校の卒業生だったとの事。昨日は数名の宿泊客があったが今日は我々2人だけとの事。宿泊料(夕食と明日の弁当付き)は1人につき7,550円(少し記憶不確か)であった。
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10/18 14:32
受付では感じの良い中年の男性が迎えてくれた。彼はこの中学校の卒業生だったとの事。昨日は数名の宿泊客があったが今日は我々2人だけとの事。宿泊料(夕食と明日の弁当付き)は1人につき7,550円(少し記憶不確か)であった。
美しく掃除された学校独特の長い廊下の右側の教室が小部屋になっていて宿泊室になっている。左側は洗面所。
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10/18 14:33
美しく掃除された学校独特の長い廊下の右側の教室が小部屋になっていて宿泊室になっている。左側は洗面所。
部屋の中は畳敷きで普通の民宿のような雰囲気である。
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10/18 14:30
部屋の中は畳敷きで普通の民宿のような雰囲気である。
ここには今の令和天皇が皇太子時代に休憩されたそうで数枚の写真が展示されていた。
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10/18 14:31
ここには今の令和天皇が皇太子時代に休憩されたそうで数枚の写真が展示されていた。
我々だけの為に5,6人くらいはゆっくりと入れる大きな風呂も沸かして頂き、夕食も豪勢であった。コロナ感染の前までは外国人の旅人でいつも満員であったそうで、この宿を経営されている方々は本当にお気の毒である。18時半頃、早々に就寝する。
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10/18 17:01
我々だけの為に5,6人くらいはゆっくりと入れる大きな風呂も沸かして頂き、夕食も豪勢であった。コロナ感染の前までは外国人の旅人でいつも満員であったそうで、この宿を経営されている方々は本当にお気の毒である。18時半頃、早々に就寝する。
朝3時起床。この山旅に出かける1週間程前から那智勝浦の天気予報を注目していたが、今日(2日目)の天気が一番問題であり、朝1番の予報でも9時から小雨、13時から弱雨との事。昼に雨が強くなったら熊野那智大社からバスに乗る事にして雨具をつけて4時45分に出発する。
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10/19 3:35
朝3時起床。この山旅に出かける1週間程前から那智勝浦の天気予報を注目していたが、今日(2日目)の天気が一番問題であり、朝1番の予報でも9時から小雨、13時から弱雨との事。昼に雨が強くなったら熊野那智大社からバスに乗る事にして雨具をつけて4時45分に出発する。
幸いにも深夜からの雨は止んでいた。少し車道を歩いた後この階段から山道に入る。
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10/19 5:01
幸いにも深夜からの雨は止んでいた。少し車道を歩いた後この階段から山道に入る。
山道の入口は狭く、すすきが両側から生えて来て雨でなくても服が夜露で濡れるという通常の登山道の状態であったがすぐ熊野古道に相応しい広い道となった。
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10/19 5:07
山道の入口は狭く、すすきが両側から生えて来て雨でなくても服が夜露で濡れるという通常の登山道の状態であったがすぐ熊野古道に相応しい広い道となった。
「楠の久保旅籠跡」の300m手前に東屋があり、水道設備があった。緊急の場合はここで雨露をしのぎ、炊事も出来る。幸いにも雨は降って来そうもないので雨具を脱ぐ。
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10/19 5:54
「楠の久保旅籠跡」の300m手前に東屋があり、水道設備があった。緊急の場合はここで雨露をしのぎ、炊事も出来る。幸いにも雨は降って来そうもないので雨具を脱ぐ。
緑の厚い苔に覆われた石畳を歩く。苔にも滑りやすいものと滑りにくいものとがあり、歩く内にその違いが何となく分かって来る。
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10/19 7:18
緑の厚い苔に覆われた石畳を歩く。苔にも滑りやすいものと滑りにくいものとがあり、歩く内にその違いが何となく分かって来る。
20分で越える事が出来る峠道が土砂崩れで通行止めなので、ここから「U」の字に大きく迂回したトラバース道を行かねばならない。所要時間は1時間との事。
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10/19 8:07
20分で越える事が出来る峠道が土砂崩れで通行止めなので、ここから「U」の字に大きく迂回したトラバース道を行かねばならない。所要時間は1時間との事。
迂回路は全体としてほぼ水平な広い道である。前半部は林道の上に石や枝が散乱していて小型4輪駆動のトラックでも走行が無理と思われる。
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10/19 8:13
迂回路は全体としてほぼ水平な広い道である。前半部は林道の上に石や枝が散乱していて小型4輪駆動のトラックでも走行が無理と思われる。
左上の急斜面には大きな岩があり、地震でもあれば転がって来て道を塞ぎそうである。
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10/19 8:18
左上の急斜面には大きな岩があり、地震でもあれば転がって来て道を塞ぎそうである。
迂回路の後半は道も整備され、小型トラックも走行できる状態であった。
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10/19 8:59
迂回路の後半は道も整備され、小型トラックも走行できる状態であった。
「地蔵茶屋跡」に着いた。ここには東屋の他に立派な休憩所がある。東屋で食事を摂る。
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10/19 9:11
「地蔵茶屋跡」に着いた。ここには東屋の他に立派な休憩所がある。東屋で食事を摂る。
「小口自然の家」で昨晩の内に作って頂いた弁当を食べる。あの宿舎の素晴らしい建物とおもてなしを思い出しながら食べた。
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10/19 9:09
「小口自然の家」で昨晩の内に作って頂いた弁当を食べる。あの宿舎の素晴らしい建物とおもてなしを思い出しながら食べた。
この東屋の向いに「大雲取地蔵茶屋休憩所」があった。灯りもついていずガランとした感じだったので玄関には鍵がかかっているものと思っていたが試しに戸を開けてみると開いた。
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10/19 9:01
この東屋の向いに「大雲取地蔵茶屋休憩所」があった。灯りもついていずガランとした感じだったので玄関には鍵がかかっているものと思っていたが試しに戸を開けてみると開いた。
中は明るい木材で作られた気持ちの良い造りで訪問者の署名帳が置かれていたので我々も記帳した。ノートの前のページをパラパラとめくって見ると、関西からの訪問者が多く、茨城県から来た私は珍しい部類であった。
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10/19 9:37
中は明るい木材で作られた気持ちの良い造りで訪問者の署名帳が置かれていたので我々も記帳した。ノートの前のページをパラパラとめくって見ると、関西からの訪問者が多く、茨城県から来た私は珍しい部類であった。
道は車道をゆっくりと上って行く。この辺りから熊野那智大社までの距離を示す標識は木製ではなく石材に変わったが、この16番の標識は苔に覆われていて面白い髪型をしているようであった。途中から山道に入る。
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10/19 9:45
道は車道をゆっくりと上って行く。この辺りから熊野那智大社までの距離を示す標識は木製ではなく石材に変わったが、この16番の標識は苔に覆われていて面白い髪型をしているようであった。途中から山道に入る。
ここが今度のコース中最高地点の船見峠(883m)である。昔はこの辺りから海が見えたとの事だが、今にも雨が降りそうな天気で視界も悪く、木も鬱蒼と生えていてとても海などは見えそうも無い。
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10/19 11:03
ここが今度のコース中最高地点の船見峠(883m)である。昔はこの辺りから海が見えたとの事だが、今にも雨が降りそうな天気で視界も悪く、木も鬱蒼と生えていてとても海などは見えそうも無い。
ちょっと油断すると滑りそうな石畳を注意しながら下る。この山行には相棒のF君は登山靴、私は工務店で買った摩擦力の強い安全靴を履いていたが、どちらかと言えば私の安全靴の方が滑りにくかったようである。
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10/19 11:20
ちょっと油断すると滑りそうな石畳を注意しながら下る。この山行には相棒のF君は登山靴、私は工務店で買った摩擦力の強い安全靴を履いていたが、どちらかと言えば私の安全靴の方が滑りにくかったようである。
「登立茶屋跡」。案内板によればこの茶屋は田辺からの日用雑貨や勝浦からの海産物を商う商店でもあったとの事。今は殆ど人が往来しないがタイムスリップして当時の様子を見てみたいものだ。
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10/19 11:53
「登立茶屋跡」。案内板によればこの茶屋は田辺からの日用雑貨や勝浦からの海産物を商う商店でもあったとの事。今は殆ど人が往来しないがタイムスリップして当時の様子を見てみたいものだ。
広々とした「那智高原休憩所」に出てきた。ここにはトイレや長い滑り台などの遊具施設もあり、子供連れの遊び場としては良さそうな場所である。
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10/19 12:23
広々とした「那智高原休憩所」に出てきた。ここにはトイレや長い滑り台などの遊具施設もあり、子供連れの遊び場としては良さそうな場所である。
うっかりしてトイレの先の道に行きかけたが、那智への道はトイレの手前で左手に別れる。
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10/19 12:34
うっかりしてトイレの先の道に行きかけたが、那智への道はトイレの手前で左手に別れる。
熊野那智への旅の道標はとうとう1番、即ち後500mになってしまった。
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10/19 12:47
熊野那智への旅の道標はとうとう1番、即ち後500mになってしまった。
最後の苔むした石段を降りる。
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10/19 12:48
最後の苔むした石段を降りる。
「熊野那智大社」の境内が見えて来た。
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10/19 13:02
「熊野那智大社」の境内が見えて来た。
三重塔と那智大滝である。周囲が紅葉しているか桜が咲いていれば見事なカレンダー写真となる景色である。
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10/19 13:08
三重塔と那智大滝である。周囲が紅葉しているか桜が咲いていれば見事なカレンダー写真となる景色である。
「飛瀧神社」の境内から「那智御滝」を見る。説明板によると滝の落差は133m、銚子口の幅13m、滝壺の深さ10mとの事。
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10/19 13:38
「飛瀧神社」の境内から「那智御滝」を見る。説明板によると滝の落差は133m、銚子口の幅13m、滝壺の深さ10mとの事。
拝観のコース取りが悪く、最初に那智大滝に下りてしまったので、熊野那智大社や青岸渡寺に参詣する為に再び約550段の石段を登らねばならなかった。
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10/19 13:59
拝観のコース取りが悪く、最初に那智大滝に下りてしまったので、熊野那智大社や青岸渡寺に参詣する為に再び約550段の石段を登らねばならなかった。
ようやく「青岸渡寺」に着いてお参りをする事が出来た。
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10/19 14:03
ようやく「青岸渡寺」に着いてお参りをする事が出来た。
熊野那智大社は青岸渡寺のすぐ横にある。この歳になっても勉強不足で日本の至る所で神と仏がゴチャ混ぜになった宗教の歴史が分からない。
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10/19 14:05
熊野那智大社は青岸渡寺のすぐ横にある。この歳になっても勉強不足で日本の至る所で神と仏がゴチャ混ぜになった宗教の歴史が分からない。
コロナ感染の影響が収まりかけたせいか、大勢の小学生が見学に来ていた。にぎやかで騒がしいが彼等から少し元気をもらえたような気がした。
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10/19 14:08
コロナ感染の影響が収まりかけたせいか、大勢の小学生が見学に来ていた。にぎやかで騒がしいが彼等から少し元気をもらえたような気がした。
大門坂の方に石段を下って行くと高校の修学旅行の生徒達が登って来た。これからのコロナ後の世界が彼等にとって平和で自分の夢に向かって活躍できる場所でありますように。
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10/19 14:16
大門坂の方に石段を下って行くと高校の修学旅行の生徒達が登って来た。これからのコロナ後の世界が彼等にとって平和で自分の夢に向かって活躍できる場所でありますように。
ここまでは観光客の多い場所であったが、ここから再び昔の古道に入る。
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10/19 14:20
ここまでは観光客の多い場所であったが、ここから再び昔の古道に入る。
大門坂。案内板によるとこの苔むした石段は267段で約600mの長さとの事。両側に杉の大木が生え荘厳な雰囲気の道である。
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10/19 14:30
大門坂。案内板によるとこの苔むした石段は267段で約600mの長さとの事。両側に杉の大木が生え荘厳な雰囲気の道である。
南方熊楠が3年間滞在した大阪屋旅館跡。この古道を旅したら熊野の湿潤な風土が大博物学者を生んだ事が少し分かったような気がする。
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10/19 14:39
南方熊楠が3年間滞在した大阪屋旅館跡。この古道を旅したら熊野の湿潤な風土が大博物学者を生んだ事が少し分かったような気がする。
那智大社から数多くの階段を下りた後は車道をゆっくりした傾斜で下って行く。天気は今まで何とかもっていたが突然パラパラと降り出し、大急ぎで人の気配の無い人家の軒先を借りて雨具を着た。F君は雨具を着ず、傘を差して歩き出した。
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10/19 14:47
那智大社から数多くの階段を下りた後は車道をゆっくりした傾斜で下って行く。天気は今まで何とかもっていたが突然パラパラと降り出し、大急ぎで人の気配の無い人家の軒先を借りて雨具を着た。F君は雨具を着ず、傘を差して歩き出した。
このまま車道を海まで行くのかと思っていたら階段を登って墓地に入って行った。
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10/19 15:22
このまま車道を海まで行くのかと思っていたら階段を登って墓地に入って行った。
道標によるとここからJR那智駅のすぐ近くの「補陀洛山寺」まで2.6km/47分となっているが、実際歩いてみると距離はもっと長く感じた。
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10/19 15:25
道標によるとここからJR那智駅のすぐ近くの「補陀洛山寺」まで2.6km/47分となっているが、実際歩いてみると距離はもっと長く感じた。
北条政子の供養塔のある「荷坂峠」までの登り道は排水溝のある狭い山道である。
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10/19 15:27
北条政子の供養塔のある「荷坂峠」までの登り道は排水溝のある狭い山道である。
峠からの下り道は板の階段があり、石段よりもっと滑りやすく感じた。この峠の区間が今回の山旅で一番歩き難い場所に感じられた。
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10/19 15:31
峠からの下り道は板の階段があり、石段よりもっと滑りやすく感じた。この峠の区間が今回の山旅で一番歩き難い場所に感じられた。
山道を下りて来ると車道に出て川沿いに歩く。
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10/19 15:51
山道を下りて来ると車道に出て川沿いに歩く。
「補陀落山寺」である。雨が降っているのでお参りする気分にならず素通りする。「補陀洛山まで2.6km/47分」のあった道標から51分かかっているので標準タイムより少し遅い。
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10/19 16:16
「補陀落山寺」である。雨が降っているのでお参りする気分にならず素通りする。「補陀洛山まで2.6km/47分」のあった道標から51分かかっているので標準タイムより少し遅い。
JR那智駅に着いた。この駅の横に「丹敷の湯」という温泉施設が15時から20時まで開かれているので、ここで旅を終える人には好都合な施設である。
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10/19 16:22
JR那智駅に着いた。この駅の横に「丹敷の湯」という温泉施設が15時から20時まで開かれているので、ここで旅を終える人には好都合な施設である。
当初我々はJR紀伊勝浦駅のゲストハウスまで歩き通す予定であったが、雨の中を無理をする事も無かろうと言う事になりバスに乗る事にした。JRの駅といい、バス乗り場といい、那智大社のシンボルカラーである朱色で塗られ美しい。
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10/19 16:22
当初我々はJR紀伊勝浦駅のゲストハウスまで歩き通す予定であったが、雨の中を無理をする事も無かろうと言う事になりバスに乗る事にした。JRの駅といい、バス乗り場といい、那智大社のシンボルカラーである朱色で塗られ美しい。
JR紀伊勝浦駅。JR那智駅と違って地味な駅である。今朝3時にネットで予約した「お宿はな」の場所を駅の観光案内所で聞いたら駅構内にある陸橋を渡ってすぐの所にあった。
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10/19 16:45
JR紀伊勝浦駅。JR那智駅と違って地味な駅である。今朝3時にネットで予約した「お宿はな」の場所を駅の観光案内所で聞いたら駅構内にある陸橋を渡ってすぐの所にあった。
ゲストハウスはしっとりとした可愛らしい外見である。受付のスタッフの対応も気持ちの良いものであった。
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10/19 16:52
ゲストハウスはしっとりとした可愛らしい外見である。受付のスタッフの対応も気持ちの良いものであった。
前日の「小口自然の宿」と違い、我々以外に数パーティーの宿泊客がいて満室のようであった。
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10/19 17:03
前日の「小口自然の宿」と違い、我々以外に数パーティーの宿泊客がいて満室のようであった。
2段ベッドかと思っていたら我々2人の為に広い部屋を提供して頂いた。これで1人/1泊で2,812円とは安くて有り難い。
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10/19 17:03
2段ベッドかと思っていたら我々2人の為に広い部屋を提供して頂いた。これで1人/1泊で2,812円とは安くて有り難い。
この宿の唯一の欠点は風呂がひとつしかなく、25分を1区切とした予約制の家族風呂なので気分的にゆっくりと入浴出来ない事である。しかし、夕食に入ったレストランのご主人の情報のおかげで「はな」の横にある「ホテル660」の温泉(入浴料500円)に行き、ゆっくりと入浴できた。これで全てに満足の行く旅が出来た!
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10/20 5:32
この宿の唯一の欠点は風呂がひとつしかなく、25分を1区切とした予約制の家族風呂なので気分的にゆっくりと入浴出来ない事である。しかし、夕食に入ったレストランのご主人の情報のおかげで「はな」の横にある「ホテル660」の温泉(入浴料500円)に行き、ゆっくりと入浴できた。これで全てに満足の行く旅が出来た!
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