ヤマレコなら、もっと自由に冒険できる

Yamareco

記録ID: 4538886
全員に公開
沢登り
北陸

【奥越】打波川・草池谷左俣から薙刀山

2022年07月30日(土) [日帰り]
 - 拍手
GPS
--:--
距離
14.2km
登り
1,315m
下り
1,304m

コースタイム

日帰り
山行
13:50
休憩
0:00
合計
13:50
5:30
90
スタート地点
7:00
7:00
90
草池谷に入渓
8:30
8:30
40
誤って右俣に入ったことに気づいて引き返す
9:10
9:10
230
草池谷二俣(左俣へ)
13:00
13:00
90
稜線に出る
14:30
14:30
130
16:40
16:40
100
新谷から中ノ水谷に合流
18:20
18:20
60
草池谷出合(林道に復帰)
19:20
ゴール地点
天候 晴れ
過去天気図(気象庁) 2022年07月の天気図
アクセス
利用交通機関:
自家用車
福井県道173号線(上小池勝原線)から中村・中洞集落跡に通じる橋を渡って,打波川支流・美濃又川沿いの林道に入る。美濃又川沿いの林道は入って800mほど進んだところで大きく崩落しており,その手前に車止めがあるため,そこに駐車(駐車余地はあまりなく,2〜3台くらい)
コース状況/
危険箇所等
【美濃又川沿いの林道(アプローチ)】
・ 中洞集落跡から800mほど入ったところで大きな崩落があり,それ以降は崩壊や藪化がひどいが,釣り人などの出入りがあるらしくシングルトラックが続いていて歩行可能。
・ 今回は取水施設のある二俣から左俣(中ノ水谷)に沿った林道を進んだが,右俣(三ノ又谷)の林道以上に藪化が激しいものの獣道が続いており何とか歩ける。

【草池谷左俣】
・ 薙刀山のわずかに南に突き上げている谷。10〜20mクラスの滝が結構出てきて,しかも両岸が手掛かりの乏しい切り立った岩壁や泥壁のことが多く,藪も濃いため高巻きにはかなり苦労させられる。さらに詰め上げた後の稜線は深い藪で登山道が皆無のため,下山をどうするかも考えないといけない。遡行難度はこの流域としては高めで,野性味のある沢登りをしっかりと楽しめる。
・ 単独のため,ほとんどの大きめの滝は高巻いたが,ホールドが豊富で登れそうな滝も多いため,確保が取れるなら滝を直登しても楽しいでしょう。

※ なお,今回誤って一時的に右俣に入ってしまいましたが,右俣も直登できる滝や立派な25m滝が現れるなど,面白そうでした。一部,岩に湯の花が付着している区間もあり,温泉(冷たいので,冷泉か)も湧いているようです。

【新谷(下山ルート)】
・ 薙刀山の北西に突き上げている谷。穏やかな谷で下降路にはぴったり。2,3ほど巻き下りが必要な滝があるが,あとはクライムダウン可能で,懸垂下降不要で降りることができた。下部は優美なナメ滝が多く美しい。
・ 薙刀山からこの谷に降りる際の注意点としては,誤って岐阜県側の谷に降りてしまう可能性が高いこと。地形図をよく見ると分かると思うが,薙刀山の北側の顕著な谷状地形に入るとほぼ確実に岐阜県側の谷に入ってしまうので,意識して北西側の斜面を下りていく必要がある。笹薮が激烈なのでルート維持が難しく,注意が必要。
・ なお,新谷を下り切って中ノ水谷に合流してからは,見事な20m滝が出てくるが,これは左岸から大きめに巻き下ることができる。また,草地谷との合流点手前で巨大なスリット堰堤が出てくるが,これは懸垂下降が必要(高さは10mほど)。
・ このほか,下山路としては,知土谷(薙刀山の西にほぼ直接突き上げている谷)も滝が少ない谷なので選択肢になりうる。ただし山頂直下に崖があるのでうまくかわす必要がある。また,草地谷左俣を下降してもいいと思うが,大きな滝が多く,沢床近くでは支点にできる丈夫な木も乏しいため,時間に余裕を見たほうがよさそう。

※ さっそくメジロアブ(イヨシロオビアブ)が出始めています。これからこの周辺の沢に入渓される方はご注意を。
美濃又川沿いの林道の崩壊箇所は,今月中旬に小白山に登りに来た時よりも工事が進んでいた。このまま行けば,この林道が復活する日も遠くないかもしれない。
美濃又川沿いの林道の崩壊箇所は,今月中旬に小白山に登りに来た時よりも工事が進んでいた。このまま行けば,この林道が復活する日も遠くないかもしれない。
取水施設がある二俣から,中ノ水谷(美濃又川の左俣)沿いの林道に進む。最初の部分は地形図と異なっていて,右岸側に鉄橋があるのでそれを渡って進む。
取水施設がある二俣から,中ノ水谷(美濃又川の左俣)沿いの林道に進む。最初の部分は地形図と異なっていて,右岸側に鉄橋があるのでそれを渡って進む。
中ノ水谷の林道は,右俣の三ノ又谷沿いの林道以上に藪化がひどく,クモの巣を払いながらの歩行となるが,藪の中にも獣道が続いていて良いペースで進める。
中ノ水谷の林道は,右俣の三ノ又谷沿いの林道以上に藪化がひどく,クモの巣を払いながらの歩行となるが,藪の中にも獣道が続いていて良いペースで進める。
草池谷との出合の手前で大規模な土砂崩れ跡があり,林道が消失しているので,ここから沢に降りる。
草池谷との出合の手前で大規模な土砂崩れ跡があり,林道が消失しているので,ここから沢に降りる。
ほどなく右手から流入する草地谷に入渓。出合から濃密な緑に包まれ,谷の奥から冷気が吹き付けてくるようで,気が引き締まる。
ほどなく右手から流入する草地谷に入渓。出合から濃密な緑に包まれ,谷の奥から冷気が吹き付けてくるようで,気が引き締まる。
すぐに谷は狭まってゴルジュ状に。滝が連続し始める。
1
すぐに谷は狭まってゴルジュ状に。滝が連続し始める。
そしてゴルジュの奥に見事な8m滝。入渓5分でいきなり直登も高巻きも困難な地形にぶつかり,ここが容易には登らせてもらえない谷であることをひしひしと感じ始める。
2
そしてゴルジュの奥に見事な8m滝。入渓5分でいきなり直登も高巻きも困難な地形にぶつかり,ここが容易には登らせてもらえない谷であることをひしひしと感じ始める。
仕方なく谷を少し戻って右岸側に壁の切れ目を見つけ,慎重に這い上がって高巻きに入る。この谷は両岸が急峻な草付きで,安全な樹林帯に登り上げるまでかなり肝を冷やす。
仕方なく谷を少し戻って右岸側に壁の切れ目を見つけ,慎重に這い上がって高巻きに入る。この谷は両岸が急峻な草付きで,安全な樹林帯に登り上げるまでかなり肝を冷やす。
8m滝の上はしばらく穏やか。
1
8m滝の上はしばらく穏やか。
小滝を楽しみながら越えていく。さすが雪解け水が豊富なこの山域,水はあくまで冷たい。
1
小滝を楽しみながら越えていく。さすが雪解け水が豊富なこの山域,水はあくまで冷たい。
この谷は随所で両岸に高い岩壁が露出しており,険しい雰囲気が漂っている。
この谷は随所で両岸に高い岩壁が露出しており,険しい雰囲気が漂っている。
5m滝。直登。
派手に水煙を上げる2段8m滝。これも直登。このあたりの滝は直登できて楽しいなぁ。
1
派手に水煙を上げる2段8m滝。これも直登。このあたりの滝は直登できて楽しいなぁ。
そしてひときわ大きい25mほどの滝が目に入って興奮…したところで,ふとコンパスを見ると,うっわ,全然違う方向向いとるやん! ここで間違って右俣を進んでしまったことを確信し,急いで谷を引き返す。1時間くらいロスしてしまった…。
そしてひときわ大きい25mほどの滝が目に入って興奮…したところで,ふとコンパスを見ると,うっわ,全然違う方向向いとるやん! ここで間違って右俣を進んでしまったことを確信し,急いで谷を引き返す。1時間くらいロスしてしまった…。
薙刀山に続く左俣と,野伏ヶ岳に続く右俣を分ける二俣まで戻ってきた。ここかぁ。左俣の出合が少し藪っぽいため,気づかず通り過ぎてしまったのだ。今度は間違いなく左俣に入る。
薙刀山に続く左俣と,野伏ヶ岳に続く右俣を分ける二俣まで戻ってきた。ここかぁ。左俣の出合が少し藪っぽいため,気づかず通り過ぎてしまったのだ。今度は間違いなく左俣に入る。
左俣に入ってすぐ,いきなり迫力ある12m滝。右岸の急峻な草付きを這い上がるが,スリップすると滑落必死なトラバース付きでちょっと緊張する。
1
左俣に入ってすぐ,いきなり迫力ある12m滝。右岸の急峻な草付きを這い上がるが,スリップすると滑落必死なトラバース付きでちょっと緊張する。
12m滝の落ち口から。
12m滝の落ち口から。
その上もゴルジュの中に小滝が続く。
1
その上もゴルジュの中に小滝が続く。
きれいなナメも多い。
1
きれいなナメも多い。
おっ,奥に大きめの滝が…
1
おっ,奥に大きめの滝が…
出た…20mほどの大滝。手掛かりが豊富で直登できそうではあるのだが,単独なので自重。といっても,例のごとく両岸とも急峻で,高巻きは容易ではない。
出た…20mほどの大滝。手掛かりが豊富で直登できそうではあるのだが,単独なので自重。といっても,例のごとく両岸とも急峻で,高巻きは容易ではない。
仕方なく少し谷を戻って,ズルズルの泥壁をブチブチ切れる草をホールドにして這い上がり,左岸側から大きめに高巻き。
仕方なく少し谷を戻って,ズルズルの泥壁をブチブチ切れる草をホールドにして這い上がり,左岸側から大きめに高巻き。
やっと滝上に立った。ナメが続いている。
1
やっと滝上に立った。ナメが続いている。
5mほどの滝。これは直登したんだっけな…。
1
5mほどの滝。これは直登したんだっけな…。
谷筋はクルマユリの花盛りだった。
1
谷筋はクルマユリの花盛りだった。
断続的に現れる小滝を越えていく。
断続的に現れる小滝を越えていく。
そして,15mほどの滝。ここは右岸から巻きに入る。
1
そして,15mほどの滝。ここは右岸から巻きに入る。
この右岸巻きがなかなか大変だった。15m滝の上には,さらに何段かの滝が続いており,なかなか谷に降りられない。濃密な倒木や藪に難渋しながら,かなりの大高巻きになった。
1
この右岸巻きがなかなか大変だった。15m滝の上には,さらに何段かの滝が続いており,なかなか谷に降りられない。濃密な倒木や藪に難渋しながら,かなりの大高巻きになった。
やっとのことで沢に戻る。気づけば,水が細くなり,源頭の雰囲気に。
やっとのことで沢に戻る。気づけば,水が細くなり,源頭の雰囲気に。
周囲は立派なブナやトチノキなどの大木が林立している。増永氏が見たトチノキの大木も,この辺りにあるのだろうか。
周囲は立派なブナやトチノキなどの大木が林立している。増永氏が見たトチノキの大木も,この辺りにあるのだろうか。
周囲をキョロキョロ見回しながら遡っていくが,確かに立派な木は多いものの,残念ながら,目を見張るような巨樹には出会えなかった。見逃してしまったのだろうか。
周囲をキョロキョロ見回しながら遡っていくが,確かに立派な木は多いものの,残念ながら,目を見張るような巨樹には出会えなかった。見逃してしまったのだろうか。
12m滝。一旦取り付いたが上部に意外にホールドがなく,クライムダウンして左手の草付きから巻いた。
12m滝。一旦取り付いたが上部に意外にホールドがなく,クライムダウンして左手の草付きから巻いた。
12m滝の上の5mほどの滝。これで滝はほぼ打ち止め。
12m滝の上の5mほどの滝。これで滝はほぼ打ち止め。
しばらく進むと,唐突に水が切れて背丈を越える笹薮が出現。あまりに急な谷の幕引きに唖然とするが,意を決して激ヤブに突入。
1
しばらく進むと,唐突に水が切れて背丈を越える笹薮が出現。あまりに急な谷の幕引きに唖然とするが,意を決して激ヤブに突入。
しばらく藪をかき分けると視界が開け,背後に登ってきた草池谷の源頭部と,その向こうに野伏ヶ岳の大きな山体が見渡せた。
しばらく藪をかき分けると視界が開け,背後に登ってきた草池谷の源頭部と,その向こうに野伏ヶ岳の大きな山体が見渡せた。
ついに尾根に乗った。だいたい薙刀山まで500m位の距離か。尾根上は意外に藪の背が低く,これはもらった,と意気揚々と薙刀山を目指すが…
ついに尾根に乗った。だいたい薙刀山まで500m位の距離か。尾根上は意外に藪の背が低く,これはもらった,と意気揚々と薙刀山を目指すが…
すぐに背丈を越える濃密な笹藪となった。残念ながら,先日登った小白山と違い,薙刀山の藪は激烈だった。空が見えない…。慎重に藪目を読みつつ,最小限の抵抗で進めるよう藪をかき分けていく。
すぐに背丈を越える濃密な笹藪となった。残念ながら,先日登った小白山と違い,薙刀山の藪は激烈だった。空が見えない…。慎重に藪目を読みつつ,最小限の抵抗で進めるよう藪をかき分けていく。
苦しい藪漕ぎを続け,ついに薙刀山の山頂が目の前に。しかしこのわずかな距離がなかなか進まない。
1
苦しい藪漕ぎを続け,ついに薙刀山の山頂が目の前に。しかしこのわずかな距離がなかなか進まない。
眼下には和田山牧場跡。
2
眼下には和田山牧場跡。
振り返れば延々と続く笹の海と,その向こうの野伏ヶ岳。
1
振り返れば延々と続く笹の海と,その向こうの野伏ヶ岳。
そしてついに,薙刀山の山頂に到着。といっても,胸丈〜背丈くらいの一面の笹薮が広がっており,切り開きの類は全くない。小白山のように,藪の背が低いことを期待していたのだが…。背景は野伏ヶ岳。
1
そしてついに,薙刀山の山頂に到着。といっても,胸丈〜背丈くらいの一面の笹薮が広がっており,切り開きの類は全くない。小白山のように,藪の背が低いことを期待していたのだが…。背景は野伏ヶ岳。
こちらは北側の眺め。一面の笹薮の向こうに,日岸山や銚子ヶ峰の頭がちらりとのぞいている。
1
こちらは北側の眺め。一面の笹薮の向こうに,日岸山や銚子ヶ峰の頭がちらりとのぞいている。
そして,恐れていた事態が。藪が濃すぎて,三角点(三等・薙刀山)が見つからない。地形図で見当を付け,藪をかき分けながら何度も行ったり来たりしたり,地面に這いつくばって藪を透かしたりしてみたのだが,結局三角点を見つけることはできなかった。探し方が悪かったのか,(藪山では時々あるのだが)土の中に埋まってしまったのか…。
そして,恐れていた事態が。藪が濃すぎて,三角点(三等・薙刀山)が見つからない。地形図で見当を付け,藪をかき分けながら何度も行ったり来たりしたり,地面に這いつくばって藪を透かしたりしてみたのだが,結局三角点を見つけることはできなかった。探し方が悪かったのか,(藪山では時々あるのだが)土の中に埋まってしまったのか…。
三角点が見つからなかったのは残念だが,下山も藪漕ぎかつ沢下降なのでそうゆっくりしていられない。濃密な笹薮に乗っかるようにして北側へと下降していくと,藪の間から,日岸山や願教寺山の堂々とした緑の姿が目に入った。一番奥の雲に隠れているのは,三ノ峰かな。
三角点が見つからなかったのは残念だが,下山も藪漕ぎかつ沢下降なのでそうゆっくりしていられない。濃密な笹薮に乗っかるようにして北側へと下降していくと,藪の間から,日岸山や願教寺山の堂々とした緑の姿が目に入った。一番奥の雲に隠れているのは,三ノ峰かな。
岐阜県側の谷に迷い込まないように慎重に藪斜面を下り,何とか無事,ねらっていた新谷に降り立った。
岐阜県側の谷に迷い込まないように慎重に藪斜面を下り,何とか無事,ねらっていた新谷に降り立った。
新谷は概ね穏やかな谷で,優しげなナメ滝が多く,豪快な直瀑が多い草池谷と好対照を成している。
新谷は概ね穏やかな谷で,優しげなナメ滝が多く,豪快な直瀑が多い草池谷と好対照を成している。
谷一面に広がるナメ床をひたひたと歩く。
谷一面に広がるナメ床をひたひたと歩く。
中ノ水谷に合流。緑豊かな美しい谷が続く。イワナの影も多い。
中ノ水谷に合流。緑豊かな美しい谷が続く。イワナの影も多い。
知土谷と出合ってすぐ,20mほどの大滝に阻まれるが,左岸を大きめに巻き下りた。写真は巻きながら眺めた20m滝。美しい直瀑だ。木の葉の間から撮ったので,ぜんぜんピントあってませんが…
知土谷と出合ってすぐ,20mほどの大滝に阻まれるが,左岸を大きめに巻き下りた。写真は巻きながら眺めた20m滝。美しい直瀑だ。木の葉の間から撮ったので,ぜんぜんピントあってませんが…
もうすぐ草池谷出合,というところで地図にない巨大なスリット堰堤に通せんぼされ,慌てさせられる。仕方なくロープを出して懸垂下降。スリット部に支点を取ったため,地味に空中懸垂となった。
もうすぐ草池谷出合,というところで地図にない巨大なスリット堰堤に通せんぼされ,慌てさせられる。仕方なくロープを出して懸垂下降。スリット部に支点を取ったため,地味に空中懸垂となった。
しばらく下ると,これも地図にない廃林道が現れ,それを辿って今朝入渓した草池谷出合に戻った。
しばらく下ると,これも地図にない廃林道が現れ,それを辿って今朝入渓した草池谷出合に戻った。

装備

備考 ・ 沢足袋使用。ぬめりはそれほどひどくない印象だったため,ラバーソールの沢靴でもいいかもしれない。
・ 40mロープ携行。草池谷左俣では使用しなかったが,下山時に中ノ水谷のスリット堰堤での懸垂下降で使用(懸垂距離10mほど)。

感想

「…その山あいに巨大な栃ノ木が一本立っていた。目通りは四メートルもあったろうか,分かれている大枝が,普通の栃の大木くらいなのであった。見上げているだけで吸い込まれそうな気持ちになる。…薙刀山と聞けば,森の精のようだった大栃が浮かんでくる。」
 増永迪男氏の「福井の山150」(静かな詩情を湛えた文章と煙るような空気感の写真がうつくしい本)の一節である。今回の山行を計画したのは,増永氏が草池谷の源頭で見たというこの大トチノキに会いたくなったからだった。積雪期の薙刀山しか登ったことのない私には,この「森の精」のような大トチノキに会わなければ,本当の薙刀山を知ったことにはならないような気がした。
 草池谷の左俣は,想像以上に厳しい谷であった。暗く切り立った谷にすらりと白く落ちる直瀑が次々に前途を阻み,その度に草付きや灌木にかじりつきながら危うい高巻きを重ねた。近年,人が分け入った形跡は皆無で,自分が薙刀山という奥深い山の,そのさらに奥深いところに入り込みつつあることを,滝を乗り越えるたびにひしひしと感じた。
 7月の薙刀山は,背丈を越える一面の笹薮に覆われていた。先日登った小白山のような気持ちの良い腰丈の笹原の稜線を期待していたのだが,薙刀山の藪はあくまで頑強で,生き物の侵入を拒絶しているようにすら感じられた。だだっぴろい稜線の,いつ終わるとも知れない深い薮の中へとひとり突入するときの心境は,無事登り切ることができるか五分五分の滝のホールドに最初の一手を掛けるときや,先がどうなっているか分からない不気味なゴルジュの淵の中に飛び込むときの心持ちとそう変わらない。ひとたびその中に入ってしまえば,同じ場所に引き返すことが困難だからだ。それでも先に進もうとするのは,藪漕ぎ自体が好きだからというよりは(もちろんそれもあるけれど),…藪の向こうに誰も見たこともないような風景が広がっていることをどこかで夢見ているからだと思う。
 ようやくたどり着いた薙刀山の山頂は,深い笹藪で立錐の余地もないほどで,切り開きすらなく,三角点を見つけることも叶わなかった。背伸びすると笹の葉越しにようやく見える野伏ヶ岳や日岸山が,照りつける夏の日差しの下で,緑の笹原に覆われた堂々たる山体を黙って輝かせていた。
 ところで,大トチノキはどうなったか。草池谷の最後の滝を登り切ってたどり着いた源頭は,確かにブナやトチノキの大木の森に包まれていた。しかし残念ながら,これは,と目を見張るような巨樹に出会うことはできなかった。奥美濃の川浦谷・銚子洞の沢ノ又で出会ったような圧倒的な大トチノキを夢見ていたのだが,想像を膨らまし過ぎてしまったのだろうか。それとも,深い藪の中で枝谷の選択を間違え,見逃してしまったのだろうか。後者だと信じたい。私が出会えなかった大トチノキは,この谷の源頭のどこかで,本当に森の精のように,今もひっそりと聳えていると。今度は紅葉の頃に,また訪ねに行きます。

お気に入りした人
拍手で応援
拍手した人
拍手
訪問者数:613人

コメント

まだコメントはありません
プロフィール画像
ニッ にっこり シュン エッ!? ん? フフッ げらげら むぅ べー はー しくしく カーッ ふんふん ウィンク これだっ! 車 カメラ 鉛筆 消しゴム ビール 若葉マーク 音符 ハートマーク 電球/アイデア 星 パソコン メール 電話 晴れ 曇り時々晴れ 曇り 雨 雪 温泉 木 花 山 おにぎり 汗 電車 お酒 急ぐ 富士山 ピース/チョキ パンチ happy01 angry despair sad wobbly think confident coldsweats01 coldsweats02 pout gawk lovely bleah wink happy02 bearing catface crying weep delicious smile shock up down shine flair annoy sleepy sign01 sweat01 sweat02 dash note notes spa kissmark heart01 heart02 heart03 heart04 bomb punch good rock scissors paper ear eye sun cloud rain snow thunder typhoon sprinkle wave night dog cat chick penguin fish horse pig aries taurus gemini cancer leo virgo libra scorpius sagittarius capricornus aquarius pisces heart spade diamond club pc mobilephone mail phoneto mailto faxto telephone loveletter memo xmas clover tulip apple bud maple cherryblossom id key sharp one two three four five six seven eight nine zero copyright tm r-mark dollar yen free search new ok secret danger upwardright downwardleft downwardright upwardleft signaler toilet restaurant wheelchair house building postoffice hospital bank atm hotel school fuji 24hours gasstation parking empty full smoking nosmoking run baseball golf tennis soccer ski basketball motorsports cafe bar beer fastfood boutique hairsalon karaoke movie music art drama ticket camera bag book ribbon present birthday cake wine bread riceball japanesetea bottle noodle tv cd foot shoe t-shirt rouge ring crown bell slate clock newmoon moon1 moon2 moon3 train subway bullettrain car rvcar bus ship airplane bicycle yacht

コメントを書く

ヤマレコにユーザー登録いただき、ログインしていただくことによって、コメントが書けるようになります。
ヤマレコにユーザ登録する

この記録に関連する登山ルート

この場所を通る登山ルートは、まだ登録されていません。

ルートを登録する

この記録で登った山/行った場所

関連する山の用語

この記録は登山者向けのシステム ヤマレコ の記録です。
どなたでも、記録を簡単に残して整理できます。ぜひご利用ください!
詳しくはこちら