早池峰山：小田越〜大転倒で命拾い〜登山者に感謝
eikobo
体力度について
- GPS
- 09:19
- 距離
- 9.4km
- 登り
- 874m
- 下り
- 867m
アクセスを調べる
標高グラフを拡大コースタイム
- 山行
- 7:08
- 休憩
- 1:58
- 合計
- 9:06
| 天候 | 晴のち曇と霧ときどき晴 |
|---|---|
| 過去天気図（気象庁） | 2023年08月の天気図 |
| アクセス |
利用交通機関：
自家用車
|
| コース状況／ 危険箇所等 |
小田越登山口からやがて本格的なザレ場にゴロが混じる直登の急登。蛇紋岩といわれる表面が肌色の岩は、とても滑りやすく、大小のゴロの尖りなど危険で、足場の確保が特に下山で難しい道。ルートは、ロープのガイドが続き、道迷いの心配はなし。直登急登は9合目まで傾斜が連続。転倒リスクがあるので、ヘルメット必須（じつは私は下山の中間地点で大転倒をした。その反省から）。 |
| その他周辺情報 | 日帰り温泉施設 １）東和温泉（〒028-0115 岩手県花巻市東和町安俵6-135（ホテルもあり。高速インター近く） ２） ぶどうの湯（ホテルベルンドルフ内大浴場）岩手県花巻市大迫町大迫第１１地割） どちらも、河原の坊駐車場から車で20キロ以上の遠くにあり、とにかく遠い。 |
写真
小田越登山口まで舗装路を歩きます。2キロほどの登り、地味にキツくなってきました。何歩歩けば着けるのか、数えてみました。3千数百歩くらい〜〜〜たぶん。
大きな避難小屋です。30年以上前を造り替えているそうで、資材はヘリで運び、大工さんや警備員は、登山道を毎日昇り降りしているとか。数人の方々が作業中でした。
山頂から少し奥に歩いてみると、鶏頂山山頂5キロと縦走路がありました。荒々しく険しい尖った岩の尾根道です。ものすごく厳しそうな……。
頂上でくつろいだジイさんですが、まだのんびりした顔をしていますが、下山のゴロザレ急斜面で頭から転倒する運命が待っていることを知りません。結果、無事でしたが。
2
薬師岳の頂上には分厚く雲があって、ちょっと気になります。大きなトラブルは、この後起こりました。急斜面の大きなゴロの蛇紋岩に右足を滑らせて頭から転倒。一瞬、ヤバイ！ 死ぬか？ と……。
2
奇跡が起こりました。何とこの時、私のすぐ後ろに登山者が3人いらっしゃり、私の転倒を目撃して、すぐに助け起してくれました。しかも、過激な転倒で頭を討ちましたが、少し休憩して、ほとんどダメージなく下山できました。助けてくださった方々に、深く御礼、感謝申し上げます。（ここが転倒した現場写真です）
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転倒後は、ゴロの道にトラウマが出て、這いずるようにゆっくりと下りました。小田越登山口に着くと、私の転倒事故に対して山の管理の方々がレスキューの配慮をして下さっていました。こうして自分の足で、なんとか河原の坊駐車場のところの、早池峰山総合休憩所まで、戻ることができました。
1
時間がかかりましたが、一人でなんとか、下山できました。早池峰山の登山管理の方々の配慮のあたたかさをこの身で体験し、感激しました。ご心配とご迷惑をおかけしましたが、心から、御礼、感謝申し上げます。ありがとうございます。
感想
◎岩手の百名山、しかも花の百名山は、さいたまから500キロ超
偶然だが、岩手の花巻あたりで仕事があった。じつは岩手を訪れるのは初めて。さっそく山を調べると、百名山の早池峰山が目前。「登れるものなら登ってみたい」が、情報不足でどんな山かにわかに調べ、いまの時期は車で河原の坊というところの駐車場から、小田越登山口からピストンするしか登れる方法がないことがわかった。
岩手には埼玉から高速でほぼ500キロを走り抜け、花巻ICの次、紫波ICで下りたのは、朝の8時ほど。何と空には雲が厚かった。すぐそばのローソンでテンクラを調べると、前の予報ではきょうがAであすBだったが、逆に変わっていた。すぐに仕事の予定をきょうに変更し、早池峰山をあすの22日に変更。そうすれば、早朝から登れる……。
できるなら、河原の坊駐車場に早朝4時ごろには着いて、ゆっくり登りの準備をしたいと思い、宿泊はホテルはもったいないので、車中泊。さて、どこに止めて寝ようか？ 河原の坊駐車場まで行ってみようかと、東和IC近くの東和温泉で身体を流したあと、真夜中の22時くらいにナビに頼って行ってみたが、岩手の山はほとんど人家もなく人気がない。延々とこんもりとした道が連なっていて、もののけの気配が濃厚。早池峰道の駅があったので、ここで車中泊した。
◎花巻から車で駐車場まで
標高は300メートルほど、ふだんなら涼しい気候のはずだが、この8月下旬の岩手は、昼は30度をはるかに越える猛暑。夜になっても26度の熱帯夜。暑くて寝られない。そのために、携帯の大きなバッテリーをもってきたので、これで小さな扇風機を回して涼みながら、なんとか睡眠。明け方4時に起床。河原の坊に向けて、県道25号を東上すると、左にキャンプ場？の駐車上、早池峰神社の鳥居が右に見え、すこし上の左に駐車場。これがシャトルバスが出る「岳駐車場」だろうか？ 右には「早池峰岳神楽伝承館」、そのすぐ先に早池峰神社の赤い鳥居、その先の右におおきなトイレ。人家や人の気配があるのはこのあたりまでで、ここから先は、道幅が狭まり、すれ違いをどこでするか考えなければならないストレスがかかる道で、暗いと怖い。対向車がないことを願いながら登る。
河原の坊駐車場は、道がやや開けたところの直前を左に折れて下って入る。段々状態で数十台くらいの広さ。反対側に、「早池峰総合休憩所」の建物があり，トイレもある。早池峰山には、ここから登る「河原の坊コース」があるが、2016年の災害で登山道の何か所もが崩落したままのため、通行できない。小田越登山口までは、県道25号の舗装路約2キロを歩いて登ることになる。
◎トイレ事情：携帯トイレ
トイレは、河原の坊駐車場と小田越登山口にある。そこには、携帯トイレ回収箱もあった。後で気づいてのだが、河原の坊のところの早池峰総合休憩所に、「携帯トイレ無人販売」というのがあった。携帯トイレやその回収箱を見たのは、私は始めてで、自然保全の趣旨が徹底していることに驚いた。つまり、登山道に入ると、戻ってくるまでトイレがないということである。じつは、早池峰山の頂上には大きな避難小屋がある。万一の場合は、避難小屋のトイレが利用できるのがふつうだが、現在、小屋は改修の最中だった。
◎登山道：直登・急登・ザレとゴロゴロ
小田越からの登山道は、樹林帯を抜けるあたりが1合目で、そこから直登急登ザレゴロゴロの状態が、9合目まで続く。ゴロにザレが混じり、浮き石が多く、足場のコントロールが難しかった。ゴロは大中小さまざまで尖っている。足が置けるところは渇いていてもグリップが効かない。すべりやすいのは、肌色の蛇紋岩の特徴らしい。岩の足場を意図的に抉って足掛かりができているところもあるが、そこでさえ、スルッとすべる。
「ヤバイ！」と思ったが、登るしかない。
快晴だった。振り向くと、薬師岳の勇壮な山容が疲れを消す。上を見あげると、トカゲの背びれのように切り立った岩が立ち並ぶ山容にため息が出る。
この道の様子は、谷川岳と良くにていると思った。
「まだか？」と思うころ、眼前に鉄の長い階段が現れた。階段は、ツルリとした質感の巨岩の壁にかけられている。かつてはクサリ場だったのだろう。この足掛かりがすくなくすべりやすい岩を登るのは、たいへんだったことだろう。階段は2段構え、この上の急登の岩場を登り切ると、9合目の剣ヶ峰分岐となる。
◎高山植物（いま勉強中、わからない花ばかり）
早池峰山は、花の百名山としても有名。シーズンは7月ごろらしい。そのシーズン中だけ、シャトルバスが運行される。すでにシーズンは過ぎたころだが、赤紫のヨツバシオガマやハクサンチドリ、9合目の木道の両脇には、黄色いミヤマアキノキリンソウとエドニユウ？などが楽しめた（花の名、間違えているかもしれない）。
◎頂上：避難小屋改修中
頂上は、早池峰神社の奥宮で、たくさんの金属の剣が奉納されていた。頂上の山容は、ギザギザに尖った蛇紋岩が荒々しく広がる、月面のようなイメージのところだった。三角点と神社があるポイントから奥に進むと、中岳〜鶏頭山への縦走コースがある。荒涼とした風景は、荒神のイメージ。
疑問に感じたことが一つ。
頂上にある早池峰神社奥宮には、なぜ権力や威力、強さを象徴する剣が奉納されているのか？ 早池峰神社の御祭神は「瀬織津姫」である。「姫神」だとすると、剣は似合わない。剣が似合うのは、国常立尊や武甕槌。どうも解せない。ひょっとしたら、荒脛巾神ではないかと訝しんだ。
◎山頂奥宮に至る登山口に配された早池峰神社は四社あった
そんな疑問から、すこし調べてみたところ、こんな興味深い記事を見つけた。引用する。
＊
早池峰山の山名は祈願すれば清水が湧出するという意味から早池の泉と名付けられた山頂の霊池に由来するという。早池峰山の山頂に十一面観音像が祀られており、気になって調べてみた。大同元年（806年）、来内村（現・遠野市上郷町）の猟師・藤蔵が山中で十一面観音の尊像に遭遇。感銘して、後に早池峰山山頂に祠を建立したのが始まりで、斎衡年間（854年〜857年）、慈覚大師が早池峰山妙泉寺を創建したと伝えられている。明治の廃仏毀釈で「始めて早池峰に山路をつけたるは、附馬牛村の何某といふ猟師にて、時は遠野の南部家入部の後のことなり」と柳田国男の『遠野物語』（第二八話）にも記されている。早池峰山の四方に早池峰神社があり、遠野市にある早池峰神社は早池峰山山頂から薬師岳山頂との一直線上の谷にある。（https://yamap.com/activities/17804254/article）
＊
このブログ記事の元は、遠野市の早池峰神社のウェブサイトから引用してまとめたものだと分かった。早池峰神社は、一つだけではなかったのだ。修驗の山として開かれた頂上への登山ルートは、東西南北の四方向にあり、それぞれの登山口に、早池峰神社が配されていたのだ。
遠野市のウェブサイトから引用する。
＊
西の登山口（大迫町）には、元池上院妙泉寺であった早池峰神社。
東の登山口（江繋）には、元新山堂であった早池峰神社。
北の登山口（門馬）には、元新山大権現であった早池峰神社。
南の登山口には、元持福院妙泉寺であった早池峰神社。
＊
それぞれ四つの早池峰神社の奥宮が、早池峰山山頂に集合していたのである。
が、別なブログから、山頂の奥宮は、正面向かって右の石祠が遠野（南）、左側が岳（西）の奥宮となるという記述がある。そして少し西よりの石祠にある十一面観音像は、妙泉寺の時代のものであった。ただし頂上に祀られたのは、平安時代に遡る。山の四方の登山口に配された四つの早池峰神社は、明治時代の廃仏毀釈の前までは妙泉寺という仏教寺院であったのである。
現在、西の大迫町岳のは早池峰神社が有名である。長い参道とまっすぐな階段があり、巨大な杉の迫力も、社の立派さもすばらしい。遠野の早池峰神社もスケールが大きいらしく有名である。が、北の門馬の神社や、東の江繋の神社は、ひっそりとして目立たたない。なお、四方に配された早池峰神社の御祭神は、すべてが「瀬織津姫命」で同じであった。私は、蝦夷の神とされる荒脛巾神（アラハバキ神）との関係を疑っている。
◎御祭神「瀬織津姫」（セオリツヒメ）と荒脛巾（アラハバキ）
確たる証拠がないのだが、荒脛巾神は、平安時代への移行期に、大和朝廷の蝦夷平定に伴って、書き換えられて行った神である。竜神説等さまざまな説があるが、中でも、国常立尊とする説、瀬織津姫と同一視する説がある。私はこの二つの説を、両方とも「あり」と考える。そうであれば、早池峰山山頂の荒々しく厳しい山容と、その頂上の祠に奉納された金属の剣のイメージに納得できる。
瀬織津姫については、遠野物語にこんな話があった。
＊
大昔に女神あり、三人の娘を伴ひて此高原に来り、今の来内村の伊豆権現の社ある処に宿りし夜、今夜よき夢を見たらん娘によき山を与ふべしと母の神の語りて寝たりしに、夜深く天より霊華降りて姉の姫の胸の上に止りしを、末の姫眼覚めて窃に之を取り、我胸の上に載せたりしかば、終に最も美しき早地峰の山を得、姉たちは六角牛と石神とを得たり。若き三人の女神各三の山に住し今も之を領したまふ故に、遠野の女どもは其妬を畏れて今も此山に遊ばずと云へり。（『遠野物語 第二話』より）
＊
早池峰山には、女神が住んでいらっしゃることになる。さらに山名の由来を先に「早池峰山の山名は祈願すれば清水が湧出するという意味から早池の泉と名付けられた」と引用したとおり、「清水」は瀬織津姫に関係している。
じつは、瀬織津姫は謎の姫神である。記紀に一行に出てこない。その名があるのは「大祓詞」の中だけである。その部分は，こうである。
＊
〜〜遺󠄁こる罪は在らじと 祓へ給ひ�罎甬襪媚�を 高山の末 短山の末より 佐久那󠄁太理（さくなだり）に落ち多岐（たぎ）つ 速󠄁川の�鵑忘舛忽鷽ツ堵肚痢覆擦�りつひめ）と云ふ�叩‖�海原に持ち出でなむ〜〜
＊
瀬織津姫は、清流をもって罪穢れを浄化する女神である。人は罪穢れ（カルマ）がなくなれば、生まれ変わって人生をやり直すことができる。人が山や海の自然で癒されるのは、瀬織津姫の原理が働いているからではないか。山に登るのも、滝の流れを味わうのも、瀬織津姫の原理があるからではないか。つまり、瀬織津姫の働きは、日本の水が豊かな山にある――という考えに至った。
だとすれば、瀬織津姫は山の自然原理そのものである。もし、1200年前の蝦夷であったなら、この自然原理の神の名を、荒脛巾（あらはばき）としたのではないか？ 根拠はないのだが、山に登ってみると、そう思うと府に落ちる（かなり牽強付会だけれど）。
◎大転倒、しかし奇跡が起こった
早池峰山の登山道、樹林帯から抜けて、ザレゴロゴロが9合目まで連続する直登急登の登りでは、できるだけ脚の負担を少なくなるように、2本のストックを補助に、できるだけゆっくりと登った。浮き石と蛇紋岩のスベリを慎重に選んだ。が、こういう道は、登りは何とかなるが、下りが怖いことが気になっていた。
下山で、その気になっていた恐怖が、現実化した。5合目を過ぎて少し下ったところあたりだと思う。右足で着地しようとしてすべったかつまづいたか、頭から急登のゴロに向けて転倒してしまった。
ゴロに右の側頭部が受け止めた。激痛が走ったが、意識は正常。身体が頭部を下に右向きで右腕が動かない。痛みは、ゴロにうちつけた頭部と右足の脹ら脛。攣ってしまった激痛。右手のストックで防御できなかった。ゴロの間にストックの先がひっかかってしまったのかもしれない。「やってしまった」という思いが浮かんだ。
困ったことは、倒れたまま、身体が動かないことだった。頭は打ったが、大した怪我をした感じはない。身体で痛いのは、右足の脹ら脛の攣りだけだ。他に特に痛みはない。なのに、身体の態勢を立て直すことができない。右手が動かないのだ。
私の身体は、斜度45度の蛇紋岩のゴロゴロに、頭を下に横たわったまま。
「大丈夫ですか」という声がすぐに迫ってきた。
「大丈夫です。が、右手が動かないんですよ」
奇跡が起きた。何と、私が転倒したすぐ後ろに、下山する登山者が三人もいらっしゃったのだ。転倒してから1分もしないうちに、駆け寄ってくれ、私の動かない右手の様子を見てくれた。
私の腕時計のバンドの一部が、岩と岩の間に挟まれて、自力で抜けない状態だった。手を怪我したわけではない。三人の方が私の身体を起してくださった。頭は打ったが、血は出ていない。あとで小さなコブになった程度で軽症。右足の脹ら脛が、強烈な攣りの痛みで立ち上がれない。他に、怪我らしきダメージはほとんどない。助けてくくださった三人の皆様に、先に下山してくださるよう、御礼を述べつつお願いし、少し座ったまま、休息した。10分ほどで、脚の痛みが和らいだ。
大転倒をしたのに、身体は脹ら脛の攣りは起こったが、ほかには大きなダメージがないことが確認できた。しかし、ゴロゴロ蛇紋岩の急登には、トラウマが起こり、はいつくばって下りる作戦にした。スピードは遲いが、少しずつ下れば、安全に下りられる。
◎大転倒の顛末と反省
こうしてやっと、小田越登山口まで下りることができた。あとは舗装路を2キロ、下るだけだ。やっと安心できるところまで辿り着いた。
「あ、あなたね、転んだの。大丈夫ですか？」
早池峰山の登山者を見守っていらっしゃる方だった。私を助けてくださった三人の登山者の方が、通報をしてくれたのだと思った。
「ありがとうございます。はいつくばって下りてきました」
「そういう人が見えたのだけど、あなただったのね。よかったよかった」
山上の人に、下山で座り込んでいる人がいたら、連絡をするように手配してくれていたという。レスキューの準備をしてくれていたのだ。
管理人の方も来られ、私が大きな怪我はなく無事に下山できたことを、とても喜んでくださった。
「ヘルメット、もってるじゃないの」
「してなかったんですよ」
「してなきゃだめだめだよ。持っているんだから」
私はヘルメットのことを忘れていたことを恥じた。
考えてみると、頭部を強打して死んでしまってもおかしくない転倒のはずである。平らなところではなく、急斜面の岩ゴロに、頭から突っ込んでしまったのだから。右腕で無意識に受け身をとっていたのだろうと思うが、頭をガードできたわけではない。これまで何度も足をすべらせて転倒したことはあるが、そのほとんどは、足がうわずって尻餅をつくパターンだった。前のめりに突っ込むというのは、滅多にない。その、滅多にないことが起こった。アッと思うまだった。その瞬間は、何が起こったのかわからない。ズサッと倒れ込む自分の身体が、逆さまになって止まったことが分かった。幸いなことに、意識はまったく飛んでいなかったことである。倒れてすぐに、頭は痛かったが「大丈夫だ」と即座に思った。
それほどの大転倒をしたのだが、足首や膝の関節は問題なく、頭は打ったが小さなコフができた程度、右脹ら脛が強く攣っただけでそれ以外はほぼ無傷であった。さらに不思議なことは、転倒現場のすぐ後ろに、三人もの登山者がいて、私が倒れるのを目撃していた。自分で言うのも変かもしれないが、この事故では、奇跡的なことが重なっている。
どうして転んだのか、それは下山中の疲労はもちろん、私の脚力と登山技術が不足していたからである。ストックに頼るべきところでないところで、ストックが岩の間にひっかってバランスを失ったのだと思う。右足がすべったのは、登山靴のソールが軟らか目だった上、すでに数十回使っていてグリップが甘くなっていたこともある。
厳しいことを言えば、この登山コースは、私の年齢、体力、技量で登るべきではなかったのかもしれない。そのハードさは、ある程度は予測はしていたので、極力体力を温存するために、登りではできるだけ疲れないようにゆっくりと登ったつもりだったのだが、やはり下山では、一層の愼重さが必要となることを、深く反省をしている。
◎助けてくれた三人の登山者の方と山の管理の方々に御礼と感謝
＊
転倒した私に声かけしてくれ、助け起してくださった三人の登山者の方、ほんとうに助かりました。命拾いをしました。ありがとうございます。感謝です。
転倒の知らせを受け、私の下山を気づかい、レスキュー態勢の準備をしてくださった、この登山コースの管理の方（お二方）、あたたかいお言葉を賜わり、ありがとうございます。この山の自然とともに、登山者の安全を見守るあたたかい配慮を、身に沁みていただきました。
みなさまに、ご心配をかけましたこと、お詫び申し上げますとともに、御礼、感謝申し上げます。
＊
早池峰山は、転倒してしまったという恥ずかしいことをしでかしたことで、私の登山の記憶に、特別なものとなって刻まれることとなった。
◎その後の不思議な出来事
河原の坊駐車場から車で岳駐車場のあたりまで下ると、赤い鳥居が正面に見えた。じつは、山に登る前からずっと気になっていた早池峰神社である。早池峰山山頂には、この神社の奥宮であるので、里宮にもぜひお参りしたかった。
そばの駐車場に停車し、赤い鳥居から参拝した。時刻は16時、太陽はまだ西の方角に高く燦々としている。
赤い鳥居は、正式な参拝ルートではなかった。人形などが奉納された末社を横に進むと、大きな庭と巨大な杉が林立する奥に、立派に重厚に鎮座する社殿があった。振り向くと、ずっと下に下る階段と、段々と下がる数百メートルありそうな参道が一直線に見えた。それが、この神社の参拝の正式ルートだったのだ。
本殿の何段か下にある社務所は、すでに閉鎖していて人気はない。異常気象の猛暑のため、ものすごく暑苦しく、神社の杜ですずむという雰囲気もない。この周辺は小さな集落になっているようだが、この季節、この時刻に、ほとんどまったく人気がない。私がこの神社に独りやってきたことは、異常な出来事のようである。
長く下っている参道を驚いて見ていた束の間のこと、一人の少年が階段を登って来た。
「こんにちは〜〜」
少年から声をかけられた。
「こんにちは」と私は返した。
少年は、私が立ちすくしているすぐそばまで来て、何やらスマホを手に、神社の神楽殿とおぼしきところに焦点をあてて、写真を撮影したと思う。
私はそれを、そのときは深くは考えず、「奇妙な少年だなぁ。神社オタクなんだろうか」程度に考えて、気になった長く下がる階段の方向を考えていた。
そして振り返り、神社の拝殿を、数十メートルくらい遠方で、たぶん十数メートルくらい下の位置から見つめた。
私は方角が気になった。スマホの方位磁石で方位を探る。
この神社の拝殿は、きっちり西北向きである。長い長い参道は、一直線に西北から東南へのルートで登る構造になっている。
そんなふうに考えて、スマホの方位磁石を見つめていた私の左を、拝殿の方向から階段を下ってきた少年が通りすぎた。「あ、この少年は、拝殿のところで何をしてきたのだろう」と気になったが、私は、そこの左と右に生えている、高さが数十メートルはありそうな巨木の杉に意識をとられていた。ふつうは、こんな巨木が一本でもあったら、すごいと称賛されるほどの巨木が、何とこの神社には、左右に数本ずつ以上も林立しているのである。あっけにとられていた私は、少年のことに意識が薄らいでいた。
そしていよいよ、私も、この神社の拝殿に寄って、参拝をしようとして、気がついた。
「あの少年はどこに行った？」
振り向いても、すでに姿はなかった。こんな山奥の神社に、里宮だとはいえ、人影がまったく見えないのに、神社に少年がスマホをもって撮影に来るなんて、おかしくないか？ そんなオタクが都会にはいるが、ここは岩手、そしてここは人気がない神社、集落の少年であるなら、何で地元の神社の写真を撮る必要があるだろうか？ 社務所の家族の少年であるならなおさらだ。
しかも、観光客である私に、少年から挨拶をしてくるというのも、ないではないが、いまどきの少年としては稀。着ているものは、ジンベイ風な黒っぽい柄の軽装。リュックなんかは持っていない。ただ、スマホだけを手にしていた。あやしい存在である。感じは、中学生くらいに見えたが、小学生の高学年かもしれない。
ひょっとして、・・・座敷童子？
ここは、遠野ではない。花巻市である。が、遠野はすぐ目と鼻の先。早池峰神社には、じつは、座敷童子が出るというウワサがあった。そしてこの神社には、本物の神が住み賜うという話しもある。早池峰というところは、自然も山も神域も、奥深い。
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