開聞岳〜頂上まで1時間以内に挑戦
- GPS
- --:--
- 距離
- 11.0km
- 登り
- 894m
- 下り
- 898m
コースタイム
天候 | 晴! |
---|---|
アクセス |
利用交通機関:
バス
|
写真
感想
もうかなり昔のこと、大学入学の直前に、九州を福岡−長崎−島原−熊本−阿蘇−高千穂−宮崎−霧島−指宿−池田湖−開聞−枕崎−坊津と、10日間ほどかけて旅をした。その時に登った開聞岳のことについて。
前日に指宿に着くや否や、バスで池田湖に向かった。ネッシーならぬイッシーと巨大ウナギがいると噂の池田湖は南九州ゆえに春爛漫、湖畔のお花畑は色鮮やかで遠くに開聞岳の美しい姿が望めたことを覚えている。
地元のおじさんから学生かと尋ねられたのをきっかけに、九州を北から南へ旅している旨を話すと興味を持ってくれたのか、おじさんの学生時代の話も出て30分ほど話し込み、楽しい時間を過ごした。
帰りは開聞駅の方へ出たかったのだが、生憎そちらに向かう路線バスは数時間先までなかった(あるいは路線がなかったかもしれない)。タクシーに乗る金はなく、歩いていくしかないかと思案していたところ、開聞駅方向へ出発しようとしている観光バスを見つけた。運転手さんに開聞駅まで乗せていってほしいと交渉したが、当たり前のことだが、ツアー客以外を乗せるわけにはいけないと断られた。
それでも諦めきれない自分は、バス後部のちょうど良い場所に把手が二つ付いているのを見つけ、バス出発のタイミングを見計らって取っ手をつかんでバンパーの上に足を乗せ、身を伏せたのだった。(今考えるととんでもないことをやっています。)
バスは池田湖を離れて坂を下っていく。風が身を切って気持ち良かったのだが、屈んだ姿勢が窮屈になって一瞬身を伸ばしたところ、たまたま後ろを振り返った最後部席のお客さんと目が合ってしまった。
バスは間もなく止まり、下りてきた運転手さんから、危険だからやめるよう叱責された。バレてしまったものは仕方ないので、素直に謝ってバンパーから下り、バスが走り去った坂を歩いて下ったのだった。
とぼとぼと歩く目の前に、開聞岳の姿。歩くうちにその姿がだんだん大きくなっていくので、それを気持ちの支えにして歩いた。4月1日に国鉄からJRに変わったばかりの開聞駅まで着くと、開聞岳はどーんと聳え立っていたのだった。
明日は登ってみようと思った。
その晩泊った指宿のユースホステルで、宿の主人に開聞岳にはどれぐらいの時間で登れるのか尋ねたところ、普通2時間はかかる、しかし最近泊まった自転車ツーリングの学生は45分で登ったと話していたよ、と教えてくれた。
2時間かかるところを45分で登るとは、とんでもない奴がいるものだと思った。
翌朝始発に乗って、開聞駅に着いたのは6時過ぎだったか。降車した客は自分以外いない。早朝の開聞岳は朝日を受けて、美しさが際立っていた。その姿を見ているうちに、前夜聞いた話の45分は無理だとしても、1時間以内ならばどうか挑戦してみようと思った。
登山口に着いたが、やはり誰もいない。どんな山道か想像つかないが、登りっぱなしの道であることは間違いない。旅道具を入れたザックを両肩に懸けなおし、気合を入れて登り始める。
山の中に入ると、らせん状に登り道は続く。灌木に囲まれて眺望はほとんどなかった。どこまで登ったのか目印になるのは「○合目」の看板のみ。頂上からの絶景だけを心の頼みにして登り続けた。8合目付近からは、息が上がって大変だった。登る人にも、下る人にも会うことはなかった。
山頂に着いた。やはり誰もいなかった。時間を確かめると、45分は切れなかったが、50分ちょっとだった。風が少し強かったが、汗だくの体に心地よかった。
雲はほとんどなく、360°の大パノラマが広がっていた。南側の足元は太平洋の波が洗い、北を望めば昨日歩いた池田湖とその周辺が手に取るように見下ろせる。そして薩摩半島独特の形が地図でも見るように俯瞰でき、指宿の町もはっきり確認できる。
この絶景をただ一人借り切ったようなものだ。だから、誰もいない山頂で何の遠慮もなく、腹の底から何度となく叫んでみた。爽快だった。
春の早朝、穏やかな日差しの中で、いつまでもそこに留まっていたい気分だった ―
今振り返ると、池田湖の件といい開聞岳の件といい、なぜこんなことをやったのか、できてしまったのか、我ながら不思議に思える。
今となってはとてもできないことを、やってしまったこと、できてしまったこと。
それが、無謀さも含んだ若さの力、というものなのだろう。
(2015年9月 記)
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