大荒れの月山山開き、カズガスの雪渓を歩く


- GPS
- 04:41
- 距離
- 8.1km
- 登り
- 611m
- 下り
- 510m
コースタイム
- 山行
- 4:17
- 休憩
- 0:20
- 合計
- 4:37
天候 | 曇り&爆風のち雨 |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2025年07月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
電車 バス
庄内交通 鶴岡サンモール-月山八合目 2140円 https://www.shonaikotsu.jp/sp/tourism/harugo.html 月山志津川線 姥沢-西川IC 500円 交通系IC使用不可 https://www.town.nishikawa.yamagata.jp/uploaded/attachment/2451.pdf S Sライナー夕陽号 西川BT-仙台駅前 2000円 要事前予約 https://www.miyakou.co.jp/bus-express/tsuruoka-sakata-sendai/ |
写真
感想
幸運などそう長く続くものではない。爆風とガス。山開きを迎えたはずの月山は登山口から大荒れだった。下界は予報通りの曇り空だったが、山の上は別世界だ。ここまでの二日間、予報を裏切る好天に恵まれたがその揺り戻しが来たらしい。それも、かなりの代物だ。ピストンならば背を向けることも容易だがこの日の行程は反対側の姥沢へ下り、バスで西川ICへ、さらに仙台へと抜ける予定であった。引き返すという選択肢はかなり面倒であった。
風は強く、視界は利かない。だが山頂までは一本道のはずだ。道迷いの懸念はない。風は爆風とはいえ昨日の秋田駒ヶ岳の稜線で経験したものに比べればまだマシだった。雨は、まだだ。同じバスの登山者たちも停滞することなく、やがて覚悟を決めたように歩き始めたが、その会話から察するに多くは弥陀ヶ原の散策が目的のようだった。
悪天候とはいえ時間には余裕がある。あえて弥陀ヶ原を大きく回るコースをとった。整備された木道の脇ではニッコウキスゲが風に身を捩っている。揺れる花にカメラの焦点を合わせるのは骨が折れた。やがて鳥居と建物が霧の中から姿を現す。御田原参篭所。この鳥居を潜ればいよいよ本番だ。緩やかな登りが続くがガスは晴れることなく、風景は色を失っていた。ウグイスの鳴き声だけが姿を見せずに頻繁に響く。
退屈な風景を一変させたのは雪だった。月山の雪渓はこれまでに見たどの夏山のそれとも比較にならぬほど長大だった。ガスのせいで斜面の下方は見えず、雪はどこまでも続いているように思える。厄介なことに先行者の足跡は曖昧で、進むべき方角を見失った。一本道という油断が大きな誤算を生む。登山道を見逃し、雪渓を直進してしまう恐怖。俺は大きく迂回し、雪渓の端近くを山なりの軌道で進んだが正解は直進だったらしい。雪山を知らぬ俺だが、ガスと雪の中で道を見失う恐怖のその一端に触れた気がした。
仏生池小屋から山頂までは長くはなかった。だが雨が降り始め、風はさらに牙を剥く。山頂手前はかなりの距離を雪の上を歩いた。この時は目印も下山者もいたため迷うことはない。雪は山頂を越え、月山神社まで続いていた。山頂は狭く、百名山のそれとは思えないほど質素だった。小さな標識があるだけだ。途中、道を尋ねた男はそこを山頂とは呼ばず、三角点と呼んだ。ガスで眺望もない。すぐに神社へ向かう。入場料500円で、神主がお祓いをしてくれる。この荒れた山行で神の力添えを得られるのは悪くない。旅の無事を固く祈り、姥沢への下りにかかった。
当初は姥ヶ岳を経由するつもりだったが、この悪天候だ。リフトへ直行するルートに心は傾いていた。登ってきた男に聞けば、姥ヶ岳ルートの方が雪は少ないという。この悪天候の中でもリフトが動いているという情報もありがたかった。分岐の牛首まで行き、そこで決める。そう決断した。
牛首までの道が地獄だった。岩が転がる足場の悪い急坂を下から爆風と雨が突き上げる。ペースは上がらず、視界は相変わらずない。やがてまた雪渓が口を開けた。下りだ。視界がないため、この雪渓がどこまで続くか読めない。周囲の十人ほどの登山者のうち、チェーンスパイクを着けたのは一人だけだった。迷った末、俺も装着することにした。持ってきた以上、使わねば意味がない。
雪渓に足を踏み出す。装着に手間取ったせいで、他の登山者の姿はもうない。雪は硬く、足跡は不明瞭だ。斜面と平行に進むとやがて雪渓の終わりに着いたが、その先は登山道には見えなかった。逡巡していると斜面の下から熊鈴の音が聞こえた。まさか、この斜面を下るのが正解なのか。ガスの向こうの音だけを頼りに足を踏み出した。
チェーンスパイクの爪が頼もしく氷雪を噛む。道標は熊鈴の音だけだ。その音を追い、慎重に下るとやがて岩場に上がった先行者に追いついた。「この道で合っているか」。男は黙って岩に描かれた赤いペンキの丸を指差した。礼を言い、先へ進む。
牛首に着いた時、心は決まっていた。リフトへ直行する。姥ヶ岳の高山植物への未練など疾うに消え失せていた。人の多いルートを選ぶのがこの状況では最善だ。チェーンスパイクがある今、雪への恐怖は薄らいでいる。
牛首を過ぎると道は雪渓だらけになった。ロープで誘導され、ルートは明瞭だったが急斜面を長く下る。雪に不慣れな俺には緊張を強いられる時間だった。周囲のほとんどが軽装備だったから、転倒に巻き込まれぬよう距離をとった。一瞬、ガスが晴れ、美しい雪山の稜線が姿を見せた。回復への期待がよぎったが、すぐに白い闇がすべてを塗りつぶした。
リフトを下り、辿り着いた下界は、蒸し暑い曇り空だった。視界は明瞭で雨の気配すらない。まるで別世界だ。山頂を見上げれば、相変わらず分厚いガスが覆い尽くしている。絶景には出会えなかったが、いい経験だった。事前に他の登山記録を読み、チェーンスパイクを携行した判断が俺をここに無事に立たせている。使うことのなかった防寒着もまた頼もしいお守りだった。
姥沢からのバスで西川ICへ向かい、仙台行きの高速バスに乗り換える。そこから新幹線で帰るまでには、まだ時間がある。この3日間の旅を無事に終えた褒美に、仙台で牛タンでも食らうことにしよう。そう決めた。
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