記録ID: 8614264
全員に公開
ハイキング
京都・北摂
雲ヶ畑街道上道 満樹峠越え
2018年11月04日(日) [日帰り]


体力度
1
日帰りが可能
- GPS
- 00:14
- 距離
- 15.6km
- 登り
- 552m
- 下り
- 507m
コースタイム
日帰り
- 山行
- 4:55
- 休憩
- 1:10
- 合計
- 6:05
8:40
18分
スタート地点・烏丸鞍馬口
8:58
4分
8:58大宮頭
9:21
24分
9:21久我神社
9:45
9:48
30分
9:45水垣町公園■休憩 9:48
10:18
13分
10:18 高橋
10:31
3分
10:31 京都トレイル入口
10:34
10:49
28分
10:34 大岩上平坦地■休憩 10:49
11:17
3分
11:17 谷分岐
11:20
22分
11:20 尾根先登高開始
11:42
11:52
28分
11:42 平坦地目前■休憩 11:52
12:20
12:30
2分
12:20 寺山分岐■休憩 12:30
12:32
18分
12:32 満樹峠
13:54
14:11
34分
13:54 市ノ瀬■昼食休憩 14:11
14:45
ゴール地点・岩屋橋BS
※若狭街道(雲ヶ畑街道・小浜街道)の再録です。即ち、大宮頭−万寿峠−雲ケ畑−尾桟敷−井戸−品谷峠−佐々里−田歌−五波谷峠−小浜という長大?な街道の全体像を書き留めておきたい、もっといえば「赤線つなぎ」をしておきたい訳です。
複数の手書きのルートをkmlファイルにして合体しているので、S,Gマークが本来の位置にありません。ピストンの区間も片方しか登録されていないので、距離の短くなっています。概算距離はコースタイム中に記述しています。
-----------------------------------------------------------------------------------------------
2018/11/4
今日は晴れそうなので歩いてみる。雲ケ畑街道で市ノ瀬まで、高橋から市ノ瀬はいわゆる「上道」、満樹峠越えである。このルートは小浜街道の一部でもある。しかし、元来の峠道である西賀茂側から満樹峠に突き上げる谷は、金久昌業さんの時代から、荒れていて通れそうもないので、その南側の尾根道を登ってみる。今なら京都トレイルである谷道を登って小峠経由、尾根道で満樹峠というのが順当なところだろうが、あえて尾根道。上道が活用された時代でも、谷道が荒れた場合など尾根道を通ったのではないか?そんな想定の元である。
このコースを企画したのは2016年5月、ハナノキ段に登ったとき、麓のスペースウッドにてこの看板(写真1)を見たことに始まる。これは歩かなあかんとて、真っ先に歩き始めて、祖父谷峠から井戸までは途切れているが、因縁の品谷峠も越えられたし、田歌、須後までは歩いた。尾桟敷ー井戸はそのうち歩くとして、最初の一歩は早めに歩いてしまいたい。
金久昌業さんの「北山の峠」上によると、雲ケ畑街道は旧大宮通を北上して西賀茂、車坂となっている。旧大宮通は大宮通の北端(大宮頭)から別れた(昔は大宮通は紫野の若宮神社付近で行き止まりで、西に折れて大徳寺に至っていた)、今は大徳寺通と言われている道である。ならば、スタートは大宮頭にしよう。
2017年には計画はしていたが、色々あって越年。さらに色々あって夏。いくらなんでも京都の町中を夏に歩くのかということで秋になった。
■対応元記事
https://stellabyhydra.blog.fc2.com/blog-entry-387.html
■コースタイムと距離
本日は山旅ロガーが作動していなかったので、距離はGooglemap読み、時刻はデジカメのタイムスタンプを利用。
距離km 着時刻 場所 発時刻
------------------------------------------------
0 8:40 烏丸鞍馬口 8:40
1.2 8:58 大宮頭
1.4 9:02 北大路大徳寺
2.7 9:21 久我神社
3.4 9:32 大宮小学校・左弘法大師道
4.2 9:45 水垣町公園■休憩 9:48
5.3 10:00 西賀茂中学校
6.6 10:18 高橋
7.5 10:31 京都トレイル入口
7.7 10:34 大岩上平坦地■休憩 10:49
8.8 11:17 谷分岐
8.9 11:20 尾根先登高開始
9.3 11:42 平坦地目前■休憩 11:52
9.7 12:20 寺山分岐■休憩 12:30
10.0 12:32 満樹峠
10.8 12:50 十三石山■休憩 13:05
11.6 13:16 満樹峠
13.9 13:54 市ノ瀬■昼食休憩 14:11
16.8 14:45 岩屋橋BS
16.8km/6時間5分(内休憩70分)
複数の手書きのルートをkmlファイルにして合体しているので、S,Gマークが本来の位置にありません。ピストンの区間も片方しか登録されていないので、距離の短くなっています。概算距離はコースタイム中に記述しています。
-----------------------------------------------------------------------------------------------
2018/11/4
今日は晴れそうなので歩いてみる。雲ケ畑街道で市ノ瀬まで、高橋から市ノ瀬はいわゆる「上道」、満樹峠越えである。このルートは小浜街道の一部でもある。しかし、元来の峠道である西賀茂側から満樹峠に突き上げる谷は、金久昌業さんの時代から、荒れていて通れそうもないので、その南側の尾根道を登ってみる。今なら京都トレイルである谷道を登って小峠経由、尾根道で満樹峠というのが順当なところだろうが、あえて尾根道。上道が活用された時代でも、谷道が荒れた場合など尾根道を通ったのではないか?そんな想定の元である。
このコースを企画したのは2016年5月、ハナノキ段に登ったとき、麓のスペースウッドにてこの看板(写真1)を見たことに始まる。これは歩かなあかんとて、真っ先に歩き始めて、祖父谷峠から井戸までは途切れているが、因縁の品谷峠も越えられたし、田歌、須後までは歩いた。尾桟敷ー井戸はそのうち歩くとして、最初の一歩は早めに歩いてしまいたい。
金久昌業さんの「北山の峠」上によると、雲ケ畑街道は旧大宮通を北上して西賀茂、車坂となっている。旧大宮通は大宮通の北端(大宮頭)から別れた(昔は大宮通は紫野の若宮神社付近で行き止まりで、西に折れて大徳寺に至っていた)、今は大徳寺通と言われている道である。ならば、スタートは大宮頭にしよう。
2017年には計画はしていたが、色々あって越年。さらに色々あって夏。いくらなんでも京都の町中を夏に歩くのかということで秋になった。
■対応元記事
https://stellabyhydra.blog.fc2.com/blog-entry-387.html
■コースタイムと距離
本日は山旅ロガーが作動していなかったので、距離はGooglemap読み、時刻はデジカメのタイムスタンプを利用。
距離km 着時刻 場所 発時刻
------------------------------------------------
0 8:40 烏丸鞍馬口 8:40
1.2 8:58 大宮頭
1.4 9:02 北大路大徳寺
2.7 9:21 久我神社
3.4 9:32 大宮小学校・左弘法大師道
4.2 9:45 水垣町公園■休憩 9:48
5.3 10:00 西賀茂中学校
6.6 10:18 高橋
7.5 10:31 京都トレイル入口
7.7 10:34 大岩上平坦地■休憩 10:49
8.8 11:17 谷分岐
8.9 11:20 尾根先登高開始
9.3 11:42 平坦地目前■休憩 11:52
9.7 12:20 寺山分岐■休憩 12:30
10.0 12:32 満樹峠
10.8 12:50 十三石山■休憩 13:05
11.6 13:16 満樹峠
13.9 13:54 市ノ瀬■昼食休憩 14:11
16.8 14:45 岩屋橋BS
16.8km/6時間5分(内休憩70分)
過去天気図(気象庁) | 2018年11月の天気図 |
---|---|
アクセス |
写真
鞍馬口通りを歩く。
新町頭・新町鞍馬口。新町通北方向を覗く。ここが雲ケ畑街道の起点という話もあったが(金久昌業氏)・・・
金久昌業さんの「北山の峠」上によると、雲ケ畑街道は旧大宮通を北上して西賀茂、車坂となっている。旧大宮通は大宮通の北端(大宮頭)から別れた(昔は大宮通は紫野の若宮神社付近で行き止まりで、西に折れて大徳寺に至っていた)、今は大徳寺通と言われている道である。ならば、スタートは大宮頭にしよう。
新町頭・新町鞍馬口。新町通北方向を覗く。ここが雲ケ畑街道の起点という話もあったが(金久昌業氏)・・・
金久昌業さんの「北山の峠」上によると、雲ケ畑街道は旧大宮通を北上して西賀茂、車坂となっている。旧大宮通は大宮通の北端(大宮頭)から別れた(昔は大宮通は紫野の若宮神社付近で行き止まりで、西に折れて大徳寺に至っていた)、今は大徳寺通と言われている道である。ならば、スタートは大宮頭にしよう。
■1■旧大宮通をゆく
8:58、若宮神社
このあたりが大宮頭のはずである。大宮通はこの神社の南で行き止まりで、西北に曲がり大徳寺門前に至っていた。明治時代の地図(今昔マップ)にはこの様子が描かれている。昭和初期に区画整理があり、大宮通はストレートになった由。
8:58、若宮神社
このあたりが大宮頭のはずである。大宮通はこの神社の南で行き止まりで、西北に曲がり大徳寺門前に至っていた。明治時代の地図(今昔マップ)にはこの様子が描かれている。昭和初期に区画整理があり、大宮通はストレートになった由。
9:02、雲林院を過ぎると大徳寺の角。右の南北道路が旧大宮通で、今は大徳寺通でこの道を歩いていく。先程の今昔マップで旧大宮通が結構大きな里道として描かれており、古の雲ケ畑街道であろう。
9:12、紫竹高縄町付近
明治の地図をみると、この付近の街道筋には民家が集中しており賑わいの街道筋だったのが分かる。今は静かな住宅地であり、新しい家も建っているが、昔風の町家も残っている。近くには銭湯もあり、昭和の京の街という香りが強い。街道は区画整理された直線でなくゆらゆら揺れていて、歩いていても楽しい。赤の看板はちょっと良さげな喫茶店。
明治の地図をみると、この付近の街道筋には民家が集中しており賑わいの街道筋だったのが分かる。今は静かな住宅地であり、新しい家も建っているが、昔風の町家も残っている。近くには銭湯もあり、昭和の京の街という香りが強い。街道は区画整理された直線でなくゆらゆら揺れていて、歩いていても楽しい。赤の看板はちょっと良さげな喫茶店。
9:32、大宮小学校の南縁に 左 弘法大師道 の道標があった。
西の方を探すと(地図で)神光院というのがあり、本尊は弘法大師(空海)像だそうな。東寺、仁和寺と並んで「京都三大弘法」として有名であるそうな。ボクは知らなかったけど。地元では「西賀茂の弘法さん」「厄除け大師」として親しまれている。この道だろう。
西の方を探すと(地図で)神光院というのがあり、本尊は弘法大師(空海)像だそうな。東寺、仁和寺と並んで「京都三大弘法」として有名であるそうな。ボクは知らなかったけど。地元では「西賀茂の弘法さん」「厄除け大師」として親しまれている。この道だろう。
昔は、すぐ先にあるこのあたりから山道に入っていたと思うけれど、いまはフェンスがあるので、大回りして山幸橋まで足を延ばすことになる。
大宮頭から1時間半足らずであったが、霧雨が降ってきたしりて、イマイチ快適という訳にはいかなかった。
大宮頭から1時間半足らずであったが、霧雨が降ってきたしりて、イマイチ快適という訳にはいかなかった。
11:22、意を決して尾根を登る。結構な角度で、直登はシンドイのでどうしてもジグザグに登る。途中、ソマ道らしい踏み跡が横切り、少しトレースするが、降ったり右手の谷の方に行ったりするので尾根芯を登ることになる。
結構時間を食って、もう小一時間も登ったかと思ったが、まだ20分も経っていなかった。もう少しで傾斜がゆるくなると思うのだが、ここを過ぎたあたりで。息が切れてきてダウン、10分ほど休憩した。雨がピリピリ降ってきてうっとおしい。
12:04、ヤレヤレ
平坦な尾根を登っている途中、前方のヤブからずんぐりした黒っぽい動物が走り去って行った。シカではない、イノシシか?それとも黒っぽい動物だったので、まさか!登山口には「クマ目撃」という掲示があったし、西賀茂の麓では目撃情報が多数あるらしいのでクマだったとしても不思議ではないのだが・・・
平坦な尾根を登っている途中、前方のヤブからずんぐりした黒っぽい動物が走り去って行った。シカではない、イノシシか?それとも黒っぽい動物だったので、まさか!登山口には「クマ目撃」という掲示があったし、西賀茂の麓では目撃情報が多数あるらしいのでクマだったとしても不思議ではないのだが・・・
12:20、尾根道に到着、寺山への分岐で尾根を乗越す峠みたいになっている。ちょうど1時間かかった。まあこんなものかな。
ここで10分休憩。トレランの大会が行われているらしく、何人もの、何グループもの人々が通り過ぎていった。そういえば、平坦尾根を登っているとき、十三石山のほうから「ワイワイキャアキャア」と大きな話し声がしていた。
ちゃんとした団体らしく、きちんと挨拶してくれる。なかにサンダル履きで走って(歩いて)いる人がいた。そういうジャンルもあり、何か考えがあってのことみたいだが、町中ではいざ知らず、いくら何でも危ないのでは。そういうボクもサンダル履きでハイキングに行ったことがあるのでいい加減な批判はできないのだが・・・ボクの場合は山中ではなく、整備されたハイキングコースだった。確か、醍醐から石山寺に抜けた気がする。
ここで10分休憩。トレランの大会が行われているらしく、何人もの、何グループもの人々が通り過ぎていった。そういえば、平坦尾根を登っているとき、十三石山のほうから「ワイワイキャアキャア」と大きな話し声がしていた。
ちゃんとした団体らしく、きちんと挨拶してくれる。なかにサンダル履きで走って(歩いて)いる人がいた。そういうジャンルもあり、何か考えがあってのことみたいだが、町中ではいざ知らず、いくら何でも危ないのでは。そういうボクもサンダル履きでハイキングに行ったことがあるのでいい加減な批判はできないのだが・・・ボクの場合は山中ではなく、整備されたハイキングコースだった。確か、醍醐から石山寺に抜けた気がする。
12:33、満樹峠。せっかくなので、十三石山に登ってくる。平坦な尾根なのでそれほど時間はかからないだろう。
ちょっと暗い場所で写真がボケボケだったので、十三石山から戻ってきた時の写真を載せておいた。
ちょっと暗い場所で写真がボケボケだったので、十三石山から戻ってきた時の写真を載せておいた。
13:16、10分ちょっとで満樹峠に戻ってきた。
西賀茂方面の谷道を覗いてみる。谷上部は古道がジグザグに降りていくが、この先大荒れになってくるらしい。この谷にあった良樹が平安京造成の際盛んに切り出されたらしい。その後あまりメンテもされなかったのだろう、徹底的な収奪といえる。金久さんは「千年経っても回復しない乱伐の祟り」と嘆いておられた。雲ケ畑の人々は死人が出たらわざわざ持越峠を越して埋葬したというのにね。
ちなみに、雲ケ畑街道の下道が開削されたのが文政5年。江戸時代後期であり、バスが開通したのが昭和5年だそうで、それまでは上道、下道が併用された。昭和以後は上道が使われなくなったので、メンテもなく荒れ放題になったらしい。なんや、現代人のせいやないの。使い捨ての峠道。あちこちでこのような様子をみることはできる。
西賀茂方面の谷道を覗いてみる。谷上部は古道がジグザグに降りていくが、この先大荒れになってくるらしい。この谷にあった良樹が平安京造成の際盛んに切り出されたらしい。その後あまりメンテもされなかったのだろう、徹底的な収奪といえる。金久さんは「千年経っても回復しない乱伐の祟り」と嘆いておられた。雲ケ畑の人々は死人が出たらわざわざ持越峠を越して埋葬したというのにね。
ちなみに、雲ケ畑街道の下道が開削されたのが文政5年。江戸時代後期であり、バスが開通したのが昭和5年だそうで、それまでは上道、下道が併用された。昭和以後は上道が使われなくなったので、メンテもなく荒れ放題になったらしい。なんや、現代人のせいやないの。使い捨ての峠道。あちこちでこのような様子をみることはできる。
バスを待つか、下道を下るか、それとも岩屋橋まで行くか・・・どっちみち岩屋橋までは歩いておきたいし、下りバスが来たらその時点で歩きをやめて近くのBSで待てば良い、というわけで岩屋橋まであるくことにした。
写真は市ノ瀬の廃屋
写真は市ノ瀬の廃屋
感想
これにて、GoogleMapに手書きしたルートは全部kmlないしgpxにできたはず。雲ケ畑街道経由の小浜街道の全体像をまとめてみるか。
お気に入りした人
人
拍手で応援
拍手した人
拍手
訪問者数:4人
いいねした人
コメントを書く
ヤマレコにユーザー登録いただき、ログインしていただくことによって、コメントが書けるようになります。ヤマレコにユーザ登録する