記録ID: 915437
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ハイキング
東北
角館城址(古城山城跡)
2016年07月09日(土) [日帰り]


体力度
1
日帰りが可能
- GPS
- 00:36
- 距離
- 1.1km
- 登り
- 78m
- 下り
- 69m
コースタイム
日帰り
- 山行
- 0:29
- 休憩
- 0:08
- 合計
- 0:37
距離 1.1km
登り 78m
下り 81m
秋田駒ヶ岳近くの笹森山から乳頭山縦走の計画だったが,登山口に着くとあいにくの雨。結局,旧乳頭スキー場から笹森山往復で下山してきた。下山後は雨が止み,帰りに角館の古城山(ふるしろやま)公園に立ち寄ることに。
NHKのにっぽん縦断こころ旅で火野正平さんが訪れたのが放映されたようで,同行者の方の提案で行ってみようということになった。古城山は小松山とも呼ばれているようだ。
東屋の展望台から角館の街並みが一望できる。
NHKのにっぽん縦断こころ旅で火野正平さんが訪れたのが放映されたようで,同行者の方の提案で行ってみようということになった。古城山は小松山とも呼ばれているようだ。
東屋の展望台から角館の街並みが一望できる。
天候 | くもり |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2016年07月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
自家用車
|
写真
装備
個人装備 |
長袖シャツ
Tシャツ
ズボン
GPS
カメラ
|
---|
感想
ーーーーー 角館城関連のメモ ーーーーー
戸沢氏はもともとは岩手郡雫石庄戸沢邑に勢力をもっていたために戸沢を称したとされる。戸沢氏が門屋城から角館の古城山(小松山)に本拠を移した時代には諸説あり,応仁の後の文明年間(1469-1486)というのも有力。門屋城は古城山から桧内川を直線距離にして約6.5km北へさかのぼったところに位置する。戸沢氏は関ヶ原の戦いの後,常陸国松岡へ転封,その後元和8年(1622年)に出羽国新庄へ移り,明治維新を迎えた。
関ヶ原の戦いの後に出羽国の秋田・仙北には常陸から佐竹氏が移り,戸沢氏に代わって蘆名義広(盛重)が角館城主となり,現在の角館の元となる町割を行った。蘆名義広は佐竹義宣の実弟。大坂夏の陣後の元和元年(1615年)の一国一城令に伴い,古城山にあった角館城は元和6年(1620年)に廃城となった。以来城主は麓の屋敷に居住した。明暦2年(1656年),蘆名氏が断絶すると佐竹北家の佐竹義隣が出羽長野紫島城から角館へ入部し、以後明治まで続いた。ちなみに佐竹氏は一国一城令の中にあって久保田城,大館城,横手城の三城を認められていた。現在の秋田県知事の佐竹敬久氏は佐竹北家の出身。
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