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#朝ラン #早朝ラン #ランニング
オーディブルは藤井一至『土と生命の46億年史』が今朝でおしまい。
第4章「土の進化と動物たちの上陸」より。
微生物・植物と動物の違い。①水や風によって運ばれない動物は生息地をどこでもドアのようには拡大できない。②細胞壁の有無。動物は体をつくる炭素源のすべてを植物の光合成に依存している。
〈自分で糖分を生みだせない以上、食料を探して食べないと生きていけない。エサを探し回るための運動能力、目やセンサー、それを統括する脳が欲しい。かみ砕く口と顎、消化器官も欲しい。陸上で生きるための装備が余計に必要だった。〉
〈柔軟な細胞の集合体を支え、陸上で動き回るには、筋肉と骨格が必要になる。ただ硬いだけでなく、関節を備えた骨格が欲しい。それが無理なら、昆虫やミミズのような体節や殻(皮)でもいい。骨格(殻)を作る方法は二つある。カタツムリ、有孔虫やサンゴは炭酸カルシウムで骨格を作る。ミミズは骨格を持たないが、やはり炭酸カルシウムによって100以上の体節を連結している。もう一つは、私たちの骨や歯と同じカルシウムとリンの結合したリン酸カルシウムによって骨格を作る方法だ。これにはリンが大量に必要になる。
動物にとって陸地のハードルが高かった理由の一つは、必須なリンは岩石にしかないにもかかわらず、リンを岩石から取り出す能力は植物と微生物にしか備わっていなかったことだ。動物は、筋肉を作る炭素と窒素、骨格を作るリンのすべてを、究極的には植物や微生物からかき集めてこないといけない。食物連鎖と物質循環は、植物と微生物がいないと回らない。炭素と窒素とリンの循環に余剰が生まれるまで、多くの動物は上陸できなかったのだ。〉
〈動物の上陸のタイミングに影響するもう一つの要因は、塩だ。6億年前、海底でプレートどうしが衝突し(地殻変動)、プレートが隆起することで陸地面積が増加した。地上に岩石が露出すると、風化が始まる。さらに植物の根や菌根菌が風化を加速する。〉
〈岩から放出されたナトリウムは雨に洗われ、河川、そして海へと運ばれる。これが火山由来の塩素ガスが溶けこんだ塩化物イオンとセットになることで塩化ナトリウム、つまり塩になる。植物・微生物の上陸による岩石風化の活発化、ナトリウム供給の増加は、海水をより塩辛くするように働く。電気を帯びた粘土の好き嫌いが海水の組成を変化させ、植物と動物の運命に大きな影響を与えた。〉
〈生理食塩水が点滴に用いられているからといって、ナメクジに食塩(塩化ナトリウム)をかけると喜ぶどころか、浸透圧によって水をとられて死んでしまう。不足しても多すぎてもダメなのが塩だ。岩石風化による海水の塩分濃度の変化は、海の生き物にとっては大事件だった。〉
〈体内と水中の塩分濃度が違うと、塩をかけられたナメクジのように水を奪われてしまうため、環境に適応できた生物の血液の塩分濃度は外界の塩分濃度に近いことが多い。ところが、ヒトの血液の塩分濃度は約0.9%で、現在の海水の塩分濃度(3.4%)の約4分の1しかない。ヒトの先祖と同じ頃に上陸したミミズの場合、血液の塩分濃度は0.5%しかない。塩分濃度の低い河口付近で暮らしていたのだろう。(中略)ミミズやヒトの祖先が塩分濃度の低い環境に適応していたとすると、海水の塩分濃度上昇を嫌って上陸したのかもしれない。〉
〈結果論でしかないが、ミミズやヒトの祖先は高濃度の塩水対策の要らない陸地を選んだ。海に残ることを選んだ海水魚の場合、海水を体内に取り入れても、水を吸収して塩分を鰓から排出する仕組みが発達した。海に戻った哺乳類であるクジラやイルカには鰓はないが、オシッコを我慢して節水することで塩水に耐えている。ヒトの祖先を含む動物にとって、新たな捕食者(魚類)と塩分濃度の変化から自由になる方法の一つが上陸だった。岩の風化と土の誕生から始まる環境変動が、動物の多様化のきっかけとなった可能性もあるのだ。
植物上陸から1億年後、ようやくミミズが上陸した。窒素やリンを含む落ち葉や腐植がないことにはミミズは生きていけない。砂ばかりでは腸壁が傷つくので、粘土も欲しい。土ができるのを待っていたというのが1億年も遅刻したミミズの言い分である。〉
4億年前に上陸した個性派たち:脚はないが無数の剛毛があるミミズ、脚が50本くらいのムカデ、100本くらいのヤスデ、8本のクモ、ダニ、サソリ、6本のトビムシ、14本のダンゴムシ。跳躍力のあった6本脚のトビムシから昆虫が進化し、乾燥した陸地に森と土が発達した3億年前にゴキブリやシロアリが登場、倒木や落ち葉、腐葉土を食べる分解者となる。脚6本、体が3部に分かれた昆虫の中には飛翔するための羽をもつものも多くいた。
〈鳥類以外の恐竜が絶滅した一方で、土壌動物のなかまが何億年も生き延びられた秘訣は、見えない進化にある。「花の4億年組」のサソリは見た目の変化こそ小さいが、一つの種の中にも驚くべき遺伝子の多様性を秘めている。サソリやミミズを含む土壌動物たちは細菌を身体に取り込み、腸内細菌として抱え込んだ。さらには、腸内細菌の出す酵素の活性を最大にするために、腸内環境を酸性やアルカリ性に変えるものも登場した。外見よりも内面を変えてきた歩みには学びが多い。
もう一つの特徴は、土壌動物が土を再生産できる持続性にある。土の中では、カビをセンチュウが食べる。センチュウをトビムシが食べる。トビムシをムカデが食べる。ムカデをモグラが食べる。ここまでは、ただの食物連鎖(腐食連鎖)だ。ところが、土壌動物の食物連鎖は単なる一方向のエネルギーの移動現象ではない。トビムシやムカデのフンや遺体は、カビのすみかやエサとなる。カビの匂いに誘われたトビムシがカビのコロニーを食べ、そのフンがカビの胞子を散布する。センチュウがカビを食べた後に排泄される窒素やリンは、植物の栄養源となる。ミミズなど土壌動物は、動植物遺体の腐る過程、リサイクルする物質循環の中に居場所を見つけることに成功した。
〈花の4億年組(ミミズなど)、森の3億年組(昆虫)が現在まで生き延びることができたのは、微生物との結びつきによるものだ。恐竜は息が長いほうだが、数億年前から現在まで生き延びた大型動物はいない。これに対し、小さな微生物は世代交代が早く、自力で対応できなくても土壌動物は微生物を取り込むことで環境変化に適応できる。数億年も地球で生き延びてきた土壌動物の生存戦略は、土とともに生きることだった。〉
〈植物が上陸した5億年前、生物の生活圏は川や池の周りに限られていた。シダ植物が出現した4億年前になってもその状態は変わらない。ミミズのように土の中で暮らす生物の多くは充分な乾燥対策を持たず、泥炭土など水辺の湿った土で暮らしていた。ところが、今から3億年前には種子を持つ裸子植物が現れ、乾燥した地域にも土が拡大した。動物にも乾いた土や地上で暮らすための乾燥対策が必要になる。最も深刻なのは、いかに尿で水を失わないかというオシッコ問題であった。
カブトムシからヒトまで、動物の筋肉や臓器はタンパク質でできている。身体は生きている限り新陳代謝を繰り返し、アミノ酸を代謝したあとの老廃物としてアンモニアが大量に発生する。高濃度のアンモニアは毒だ。老廃物を尿として捨てる必要があるが、可能な限り水を失いたくない。魚類(サメのなかまを除く)は、アンモニアのまま垂れ流しにすることで排出している。広くて大きい海ならば、毒を薄めてくれる。しかし、陸上ではそうはいかない。臭い物にフタをする文化(トイレ)を持たない多くの生物にとって、トイレは生活空間と同一であり、毒の放出は環境汚染を意味する。
この問題に対して両生類が見いだした答えが、尿素である。カエルの場合、水中で暮らすオタマジャクシ時代はアンモニアのまま排出す、陸で暮らすカエル成体は尿素に変えて排出する。私たち哺乳類はカエル成体の流儀に倣っている。肝臓でアンモニアを毒性の低い尿素に変えて、腎臓まで運び、尿として排出する。これは尿素回路と呼ばれ、オルニチン(シジミ汁やキノコ汁に多いアミノ酸)とアンモニアを尿素に変える仕組みだ。尿素のかたちで濃縮する時に、腎臓や大腸で水をリサイクルする。そうでなければ、私たちは毎日170リットルの水を飲まないといけない。それが2リットルの水分摂取で済んでいるのは、99%の水を再吸収する腎臓の役割であり、高い濃度で老廃物を放出できるオシッコの意義だ。ヒトよりもさらに乾燥に強い昆虫や爬虫類、鳥類は、尿酸(鳥の排泄物の白い部分、痛風の原因物質)として老廃物を排出する。両生類や哺乳類が水辺や湿った土の中を離れて暮らせるようになったのはオシッコ排出技術の進化の賜物である。
土へと排出された尿素は数日もすれば土壌微生物によってアンモニアや硝酸へと分解され、やがて植物に吸収される。窒素が潤沢に循環する熱帯林や犬の散歩コースの公園では、動物の尿由来と思われるアンモニア臭が漂うこともある。
これとは逆に、アンモニアや硝酸の分解が遅い永久凍土地帯では、微生物と植物の窒素をめぐる競争が激しく、土壌中の尿素をそのまま根から吸収する樹木(クロトウヒ)や、動物の尿を葉面から直接吸収する植物もいる。アンモニア、硝酸、アミノ酸よりも効率が悪いが、背に腹は代えられない。土の種類や土との距離感が異なることで動物や土壌微生物の代謝パターンが異なり、それが植物の適応戦略の違いを生み、多様な生態系を生みだしてきた。〉
〈大気中のガス成分は地球史を通して大きく変動してきた。まず、酸性だった太古の海が中和されたことで、海には大量の二酸化炭素が溶けこめるようになった。今や海は地球最大の炭素貯蔵庫だ。次に陸上に進出した植物が炭素を固定し、土壌中に腐植として炭素を貯めこむ。土壌には、大気中の二酸化炭素ガスの約2倍、植物体中の約3倍の炭素が貯蔵されている。産業革命以前の地球では、大気中の酸素や二酸化炭素の濃度は火山、大気と海、そして植物と土のあいだの物質の循環によって決まっていた。大気組成はこれらの微妙なバランスに依存し、植物が光合成しすぎると大気中の二酸化炭素が減少してしまうし、微生物が土の有機物を分解しすぎると二酸化炭素が増加してしまう。
これが杞憂ではないことは歴史が証明している。石炭紀には、リグニンの合成によって分解されにくくなった倒木や落ち葉が未分解のまま泥炭土として堆積し、石炭として化石化したことで大気中の二酸化炭素濃度が急減した。微生物による有機物の分解を上回るスピードで植物が光合成をしたことで酸素濃度が上昇し、『風の谷のナウシカ』の世界のように節足動物は巨大化した。酸素濃度が高ければ、巨大化しても体中に酸素が行きわたる。しかし、やがてキノコの分解能力が高まると酸素濃度は低下し、巨大節足動物たちは姿を消した。
また、今から2.5億年前(ペルム紀と三畳紀の境界)にはシベリアで巨大噴火(スーパーホットプルーム)が起きた。今でこそ地衣類に覆われた静かな永久凍土地帯だが、この噴火で放出された火山灰は地球深部に多いニッケルを大量にまき散らした。ニッケルは、メタンを発生させる酵素を作るのに必要な元素だ。それまで30億年以上にわたって地表はニッケル不足だったが、あるメタン生成古細菌のグループはニッケルを使う新しい酵素を生みだした。さらに酢酸を効率良く利用する遺伝子を細菌からもらって成長できるように進化し、酢酸からメタンを排出するようになった。海全体が還元的になると、田んぼやオナラとは比較にならない大量のメタンが発生する。メタンは10年ほど大気中に滞留するが、最終的には酸素を消費して二酸化炭素と水になる。この結果、海水中の酸素濃度は低下し、史上最大の大量絶滅の一因となった。酸素欠乏によって海底に住む三葉虫も絶滅した。三葉虫との共通祖先から分岐したダンゴムシは上陸したことで、あやうく難を逃れたことになる。
この大量絶滅を経て、大気中の二酸化炭素濃度は現在の20倍にまで高まり、今よりも10度ほど温暖な時代が到来した。酸素に乏しい環境は爬虫類にとって有利だった。肺のポンプが一方通行式で、酸素を取り込む効率が良かったためだ。
特に恐竜は効率良く酸素を取り込める気嚢という呼吸システムを獲得した。哺乳類も横隔膜を獲得したが、気嚢の低酸素への対応力の高さは、恐竜の末裔とされる鳥類が上空で高山病にならないことが証明している。土と大気の変化に対応できなかった生物たちが絶滅したことは、気候変動に直面する人類には重い事実だ。〉
2.5億年前の大量絶滅で生じたニッチにおさまったのが爬虫類で、酸素濃度が回復するとともに巨大化したのが恐竜。6600万年前にユカタン半島に直径10kmの隕石が衝突し(その証拠に隕石由来のイリジウムの白い粘土層が世界各地に残っている)、地球が寒冷化したことが原因で絶滅したとされる恐竜だが、恐竜絶滅と関わりを疑われる物質には他にもチョーク、石油、土がある。
〈アンモナイトを含む石灰岩は、ジュラ紀から白亜紀(白亜はチョークに由来)にかけて存在した広大な亜熱帯の浅い海(テチス海)でサンゴが化石化したものだ。日本の龍泉洞(岩手県)、伊吹山(岐阜県・滋賀県)、秋吉台(山口県)の石灰岩も同じ仕組みでできている。
この時代、サンゴだけでなく、テチス海で大繁殖した植物プランクトン(シアノバクテリアなど)が酸欠現象(海洋無酸素事変)のたびに大量死して赤潮となり、化石化した遺体が今日の中東の石油(およびオイルシェール)となった。この結果、大気中の二酸化炭素が大量に地下に固定された。
同じ白亜紀に陸地で増加したのが、被子植物とキノコだ。ブナ科やフタバガキ科などの被子植物は外生菌根菌のキノコとともに多様化・繁栄した。被子植物の葉脈は裸子植物よりも細かく、光合成の能力が高い。植物の生産量が高まれば、それを支える根っこも増える。根とキノコの働きで岩石の風化も促進され、土もずいぶんと深くなる。岩石の風化によって土ができるプロセスは主に炭酸水による溶解反応として進むため、結果として大気中の二酸化炭素が消費される。
陸と海の療法で二酸化炭素が消費され、地球は寒冷化した。巨大化した恐竜は温暖環境に適応したスタイルであり、寒冷化に対応できずに絶滅した。巨大隕石だけでなく、チョーク、石油、そして土という身近な存在が恐竜絶滅に関わっていたことになる。恐竜にとって代わって増加したのは、小型の鳥類と私たちの祖先、哺乳類である。〉
哺乳類と鳥類の特徴。①脳がでかい。同じサイズの魚類に比べて10倍の大きさ。②外骨格ではなく、中心にリン酸カリウムでできた骨格。③昆虫、魚類、両生類は腸壁をキチン(カニの甲羅などを構成するムコ多糖の一種)で防御したうえで腸内細菌を住まわせているが、哺乳類はキチンの防御壁を取り払い、腸内細菌と腸壁とが一体化している。
〈腸内の柔毛を覆う腸内細菌のバイオフィルムは、風にそよぐ花畑のように揺れていることから腸内フローラと呼ばれる。哺乳類は鎧を脱ぎ捨てて、腸内を〝お花畑〟に変えたのだ。哺乳類は、細菌の定着した腸壁の粘膜ごと新陳代謝する。その結果、排泄物であるウンチは水と食べかすだけでなく、むしろ腸内細菌の遺体と腸粘膜を主成分としている。
腸内からキチンの防御壁を取り払った哺乳類が、代わりに採用した防御機構が温血性・恒温性だ。自然界に潜む病原菌は土の温度(地温)で最も活発になるものが多い。比熱の小さい砂漠や砂浜を除いて、土の温度はふつう25度以下である。それに対して、哺乳類の体温はおおむね37度(アルマジロは例外的に34度)、鳥類の体温にいたっては41度に調節されており、地温よりも高く設定されている。高温を維持するにはコストもかかるはずだが、25度で活発に増殖する土壌微生物の8割が37度では増殖できない。腸内の防御壁を取り払った哺乳類は無防備になっただけではなく、温血性・恒温性によって高温に弱い病原菌への感染リスクを下げている。その一方で、母から子へと継承・選抜された腸内細菌は人体に適応して37度で最も活発化し、その働きによって水溶化した有機酸などを私たちは腸壁から吸収できる。
恐竜が絶滅した6600万年前、隕石の衝突で森林が壊滅し、分解者であるカビ・キノコが大増殖したことが知られている。カビによる病気は、現存する鳥類に感染するものが比較的多いことから、鳥類の祖先と考えられている変温性の恐竜はカビ由来の病気で淘汰され、高温性の哺乳類・鳥類が選抜されたという説がある。また、隕石衝突時には、硫黄を含む岩石から発生した硫酸の雨によって土壌が極度に酸性化し、森林が破壊され、食料源を失った大型恐竜が一掃されたという説もある。土が恐竜の絶滅、哺乳類の台頭を促したのだとすると興味深い。〉
第5章「土が人類を進化させた」より。
〈岩からできた土の成分は少しずつ風化や侵食によって流され、一部は海底に沈んで堆積岩となる。さらに、その一部は地下のマグマとなって、また岩に戻る。それがまた隆起や噴火で現れれば、新たな土の材料となる。数千〜数億年周期の岩石サイクルと呼ばれる流れだ。
地質学的な時間スケールで土も新陳代謝している。人間の場合、新陳代謝で常に若々しくいられるわけではなく、徐々に代謝が遅くなり、老廃物が蓄積する部位も出てくる。土も同じだ。
地形の急峻な日本では、土の新陳代謝が活発だ。隆起も活発なので、新しい岩石も供給される。火山灰や黄砂も降り積もる。このため、日本の土を1m掘った程度では縄文時代(1万年前)までしかさかのぼれない。これを「土が若い」という。一方、地質年代が古く、地形がなだらかなオーストラリア大陸やアフリカ大陸中央部や南米大陸では土の新陳代謝が起きにくく、風化しにくい成分が残留する。これを「土が古い」という。
ブラジルは平坦な土地でダイズやトウモロコシ、サトウキビを大規模に生産しているが、開発されずに残る丘が点在する。生暖かい風が吹く小高い丘の頂上には、赤い鉄の石(ラテライト)が無造作にぽつぽつと落ちている。ラテライトも、もとは土だった。
初期の土には鉄は数%しか含まれないが、ラテライトは約50%が鉄だ。風化によって数百万〜数千万年にわたって数m〜数十m分の土から栄養分が失われ続け、厚さ1mの風化しにくい鉄と砂だけが残された。ラテライトは、いわば土の墓標だ。オーストラリアのエアーズロック(砂岩の一枚岩)も主に鉄サビと石英の砂からなっている。長い侵食と風化を受けた土の最期の姿である。もはや土ではなく、食料生産は期待できない。〉
〈人間の老化は腰痛や記憶力の低下として現れるが、土の老化は栄養分の低下として現れる。若い土は、スメクタイトやバーミキュライト、雲母などの粘土鉱物が多い。そこではケイ素・アルミニウム・ケイ素のトリオによって結晶構造や電気が保たれている。ところが、初期メンバーのケイ素が流出すると、粘土の結晶構造が崩壊する。
残されたアルミニウムとケイ素はデュオのユニットを再結成してカオリナイト粘土としてやり直す。さらにケイ素が流出すると、最期にはアルミニウム酸化物だけのソロになる。その間、粘土はマイナスの電気を失い続ける。粘土の電気がなくなると栄養保持力が低下し、肥沃な土ではなくなる。最後に残るのは、風化しにくい砂(石英)とアルミニウムと鉄の酸化物ばかり。栄養分を失った赤土が固結するとラテライト、化石化するとボーキサイト(アルミニウムの原料)となる。
この時、深刻なのがリンの減少だ。生物にとって、リンは遺伝子やエネルギーの生産に欠かせない。しかし、リンは究極的には岩石中の鉱物(アパタイト)しか供給源がない。アパタイトは私たちの骨や歯とほとんと同じ組成の鉱物である。岩から土に成長する段階では、鉱物は徐々に風化されることで植物や微生物が吸収できるリンが増加する。ところが、リンは窒素と違い、大気や雨から供給される見込みがない。風化・流出しても補給されないため、時間とともに土壌中のリンは減少してしまう。さらに、残されたわずかなリンはプラス電気を帯びた鉄サビ粘土に強く吸着される。〉
〈鉄サビ粘土に吸着されたリンはこの状態に近く、多くの植物は簡単には吸収できない。このため、オーストラリア大陸やアフリカ大陸中央部、南米大陸の赤土はリンの不足という問題を抱えることになった。〉
〈土壌中でリンは最も溶出しにくい栄養分の一つだが、人体(水を除く)にはリンが3%も蓄積されている。魚類や鳥類のリンの含有量の1.5〜2倍にもなる。体内でリンが最も多い場所は骨や歯(リン酸カルシウム)だが、その次にリンが濃縮している場所は脳だ〉
〈ところが、動物は岩石を溶かしてリンを直接吸収することができない。このため、哺乳類にとって土と植物を介したリン循環が生命線となる。〉
〈哺乳類から霊長類へ、そしてその中でもヒトに至る進化の過程において、脳のエネルギー消費量はどんどん大きくなる。脳の要求を満たすべく、大型類人猿は高カロリーでリンを豊富に含む食料を求めた。その欲望を満たしたのが熱帯雨林のトロピカル・フルーツだ。実際、寒さ厳しい下北半島まで分布を広げたニホンザル、北極圏まで拡大したヒトを除けば、サルの分布は熱帯雨林に集中している。
熱帯雨林と一括してしまったが、現在の地球では南米のアマゾン、アフリカ大陸中央部、東南アジアが三大地域である。このうち、アフリカや南米の木々は樹高が40mくらいしかないが、東南アジアのフタバガキ林は樹高60mもの木々が電信柱のように立ち並ぶ。木と木の間をつなぐツル植物が少なく、滑空という移動手段を持つ生物が有利となる。フタバガキ科の樹木が増加した同時期に、滑空するサル、トカゲ、カエルが出現した。この時、滑空を選ばなかったサルが霊長類の祖先である。〉
〈東南アジアとアフリカでは土が違う。地形が急峻な東南アジアの赤黄色土のほうがアフリカの赤土よりも土が若く、マイナス電気を帯びたバーミキュライト粘土も多く残存する。この粘土に水素イオンやアルミニウムイオンが多く吸着するため、アフリカの赤土よりも酸性が強い。酸性土壌ではリンが溶けにくくなるが、キノコ(外生菌根菌)は菌糸から有機酸や酵素を放出することで土壌中のリンを効率よく溶解して根に供給する。熱帯雨林にありながら相対的に若い土の存在とキノコとの共生がフタバガキの巨大化を可能にした。フタバガキの森には多様なドリアンも育ち、多くのリンを求める霊長類の胃袋を満たした。〉
第6章「文明の栄枯盛衰を決める土」より。
〈狩猟採集生活では10平方kmあたり1〜7人しか生きられないが、焼畑農業では300人分の食料を生産することができる。そして、移動したり土を休めたりする必要のない水田農業では、3000人分もの食料を生産することができる。農業とは、地球の物質循環の法則を利用し、土から効率よく食料を得ることに成功した大発明である。
その一方で、ヒトは忙しくなった。土を耕し、種子をまき、雑草を取り除いてやらないといけない。作物のために働かされているようにも見えるため、哲学者たちによって「ヒトは作物によって家畜化された」と揶揄されることもある。また、狩猟採集生活よりも農耕で労働時間が増えた点、一部の富裕層のために大多数の農民が苦しむ社会構造を生んだ点は無視できない。しかし、ヒトの繁殖能力の高さは、単位面積あたりの収穫が多く安定的な食料獲得手段を求めた。農業はそれに応えた。〉
〈ヒトが畑に変える以前の土は、砂漠を除く陸地のほとんどは、自然の森や草原に覆われていた。〉
〈ところが、肥えた土であっても酷使すると、やがて痩せてしまう。人間と同じだ。収穫物は持ち去られ、畑の土の栄養分が目減りする。腐植が微生物によって分解されると、団粒構造が壊れ、土は硬くなる。微生物もミミズも減少する。雨風によって、栄養分ばかりか土そのものも失われてしまう。土を耕しすぎると、10年もしないうちに厚さ1cmの土が簡単に失われる。
畑から失われた栄養分は再び岩石の風化によってゆっくりと土へと補給される。しかし、植物と微生物が厚さ1cmの土を作るのに100〜1000年もかかる。
栄養分の赤字収支が積み重なると、やがて土の貯えがなくなる。1年ごとの土の変化は見せにくいが、積もり積もって大きな土壌劣化になる。乾燥地における土壌劣化を特に砂漠化という。湿潤地域では土が酸性に傾くこと(土壌酸性化)が多い。
私たちが土から栄養分を絞りだす以上、土の疲労は避けられない問題だ。土が痩せると雑草や病気も増え、収穫量も落ちてしまう。そこで、耕作後に畑を草原や森林に戻して土を休ませて(休閑という)、他の場所に移動して畑を耕すのが焼畑農業だ。〉
〈しかし、人口が増加すれば、土地を休めている余裕がなくなる。土を酷使して収穫量が落ちてしまった場所はやがて放棄される。特に乾燥地で灌漑のために地下水を利用すると、塩類(塩化ナトリウムなど)を多く含む地下水が上昇し、水が蒸発すると地表に塩類が集積する。塩類集積による放棄地だけで毎年150万ヘクタール、およそ岩手県一つが失われている。15秒でサッカーコート1枚分の土地が失われる計算だ。慌てて土を休ませても、自然植生の種子やそれを運ぶ動物が残っていない条件では、植生回復すらままならない。土壌劣化に苦悩するアフリカの現状である。20万年以上の人類史、赤土本来の回復力の低さは日本とは異なる。
人類の農業を振り返れば、過去の自然植生下で蓄積した土壌の肥沃度を消耗してきたことのほうが多い。人類は土によって繁栄したが、土そのものが繁栄の代償となったということもできる。これが、人類が繁栄と文明崩壊を同時に招くことになった土の理由である。〉
〈農地の面積には限りがあり、自然の回復力を待てないとなると、人為的に栄養分を補給して既存の畑の土を改良するしかない。家畜の少なかった日本で、誰にでも手が届いたのが人糞尿の堆肥(下肥)と里山である。〉
〈同じ頃、家畜(主にウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ)を基盤としたヨーロッパの農業では下肥ではなく、主に家畜糞堆肥を利用した。そのための家畜飼料(カブ、クローバー)と麦とを数枚の畑でローテーションしていく三畝式農業や混合農業が発展する。〉〈肉食文化で生じる家畜の骨(リン酸カルシウム)は刀剣の柄に使われるが、残りのゴミはリン肥料となる。家畜の骨に硫酸をかけると、過リン酸石灰ができる。家畜小屋の土にしみこんだ尿も無駄にしない。土壌微生物(硝化細菌)が尿素を硝酸に変えたところに、草木の灰汁を加えること硝石(硝酸カリウム、火薬の原料)に加工した。
人糞尿や家畜糞堆肥とは異なり、家畜の骨や硝石は有機物ではない。リン、窒素、カリウムを主成分とした化学肥料の登場である。それまでは植物は腐植をそのまま吸収して育つと考えられていたが、ドイツの化学者リービッヒらによって植物は主に無機栄養を吸収するという知見が一般化され、土だけに依存しない農業が可能になった。〉
〈家畜の骨のリサイクルから始まったリン肥料だったが、人口増加ととともに家畜の骨だけでは足りなくなる。イギリスはヨーロッパの古戦場(ベルギーのワーテルローなど)の遺骨を掘り返して肥料とした。
さらに、チリ沖の島々で採掘できる海鳥の糞尿の化石グアノを利用した。グアノは、南極から北上するペルー海流に乗ってやってくるアンチョビ(カタクチイワシ)を食べた海鳥のフンの堆積物、つまり〝トイレ土壌〟の化石である。
世界のリン需要が高まると、次はかつて海だったアフリカ北部(モロッコ)や中国で見つかる脊椎動物(クジラなど)の骨の化石(リン鉱石)に頼った。骨の主成分はリン酸カルシウムだ。現在、少なく見積もっても、私たちの身体リンの4割はクジラなどの骨の化石に由来している。
原材料のリン鉱石はそのままでは反応しにくいので、硫酸をかける必要がある。一方、銅(10円玉など)の精錬工場や石油や石炭を使うコンビナートでは、廃棄物として硫酸が排出される。工業は市場としう〝生態系〟で経済的に効率的でなければ淘汰される。コスト削減のために、ゴミも利活用したい。化学肥料の製造は軍需産業を含めた重化学工業と利害が一致し、ともに発展した。
化学肥料の製造工場はプラントというが、語源は植物だ。工場のパイプ、反応装置、貯蔵施設はそれぞれ植物の茎、葉、根に対応している。また、硫酸でリン鉱石を溶かす手法は、植物の根が有機酸を放出して鉱物からリンを溶かしだす仕組みと似ている。
ただし、使っている石油、石炭、グアノ、リン鉱石は、植物プランクトン、植物、魚と鳥、クジラの遺物だ。現在の陸地を構成する花崗岩と玄武岩だけでは満足せず、地球史の過去メンバーの化石に総動員をかけて食料を生産している。人類は、リサイクルのお手本となるバンクシアとフクロミツスイのようなリン循環の仕組みを持たない。これが現代文明の一つの特徴となっている。〉
〈世界の高地は15億ヘクタール(陸地面積の約10%)まで増加してから、徐々に頭打ちの傾向を示している。人口増加とともに一人当たりの農地面積は減少するため、人類は面積当たりの収穫量を高めるように努めてきた。ただし、化学肥料のなかった時代、堆肥や人糞尿を精一杯リサイクルしたとしても、収穫量は土壌中の窒素の量に制限されていた。窒素は植物の葉緑体を作るために必要な養分だ。
自然条件で土に供給される窒素の〝収入〟は、地球全体で1億2000万トンにもなる。カミナリやマメ科植物の根粒菌が大気中の窒素を固定し、その植物遺体が土に供給され、微生物によって循環する。ただし、土壌中の窒素の多くがタンパク質で水に溶けない。微生物は酵素によってタンパク質をアミノ酸、アンモニア、硝酸へと分解し、それらを植物が吸収する。この自然の窒素循環速度が世界人口を現在の5分の1、16億人に制限していた。それがちょうど戦争の世紀といわれる20世紀初頭のことだ。〉
〈対策として、家畜小屋の床下だけでなくチリの砂漠地帯でも発見された窒素肥料となる硝石を、チリ硝石としてヨーロッパに輸出した。しかし、チリ硝石もやがて枯渇する。そんな中、第一次世界大戦前夜に発明されたのが、工場で窒素ガスをアンモニア(窒素肥料)に変えるハーバー・ボッシュ法である。化学肥料だけでなく火薬にもなるアンモニア製造技術の発明は、チリ硝石の確保に悩んでいたドイツで起こり、第一次世界大戦の引き金ともなった。
窒素は大気にあるのだからアンモニア(窒素肥料)もタダだと思いがちだが、細菌による窒素固定には膨大なエネルギーを要する。このため、マメ科植物と共生する根粒菌は植物根から大量のエネルギー(光合成産物)をもらって窒素を固定し、対価として窒素を植物に渡している。
人類は石油や石炭などの化石燃料を使って工場(プラント)で窒素ガスを固定して窒素肥料を作り、畑で待っている作物に肥料を貢ぐ。収穫物をいただく代わりに、また石油と石炭を採掘して肥料を生みだす。これは大掛かりな根粒菌の真似、生物模倣のようでもある。哲学者はやはり「人類は植物に奴隷化された」と笑うかもしれない。しかし、生物的窒素固定に匹敵する1億トンを超える人工的な窒素固定によって化学肥料が利用できるようになり、世界人口は窒素不足に悩んでいた20世紀初頭の5倍にまで増加した。私たちの身体の窒素2kgのうち半分は化学肥料に由来している。〉
〈リンと同じく、窒素もまた現存する生物だけでは物質循環が完結していない。石油となった植物プランクトン、石炭となった植物など過去の生物の化石に一方的に協力を仰ぐことで成立する仕組みだ。共生ではないために石油、石炭を生みだした生物に協力の対価を払わずに済んでいる。これは経済的には魅力だが、代わりに大きなツケを払うことになってしまった。それは大気中の二酸化炭素濃度の上昇であり、より深刻なのは、いつかは枯渇する石油、石炭など化石燃料への依存体質である。文明の繁栄は崩壊のリスクと対をなして巨大化する特徴を有していた。〉
〈化学肥料に反応してよく育つ作物が選抜(品種改良)されると、作物は貧栄養な土、乾燥した土を生き抜いてきた野生を忘れる。このため、効率的な作物生産には化学肥料や灌漑水をまいた肥沃な土が選択的に利用される。採算をとるために機械化、大規模化が進む。この結果、肥沃な農地の分布する陸地面積の11%で世界人口の8割、60億人分の食料を生みだすといういびつな構造を生んでいる。肥沃な土はウクライナなどの東欧、北米のプレーリー、南米のパンパのチェルノーゼム(黒土)や、インドの玄武岩地帯、中国の黄土高原に局在する。
食料の生産地から消費地への土の栄養分の移動が大規模化(グローバル化)すると、江戸時代の勤勉革命のような排泄物のリサイクルができなくなる。肥沃な土は栄養分と腐植を失い続け、消耗することになる。北米プレーリーのチェルノーゼムは過去100年で腐植の半分を失ったが、日本の酪農地帯のように牛糞堆肥のやり場に困っている地域もある。肥沃な土の局在は、熱帯雨林を出た時から今日まで人類の運命を翻弄している。〉
第7章「土を作ることはできるのか」より。
テラフォーミング(惑星地球化計画)のために人工土壌をつくる試み。土を宇宙に持っていくのは重すぎるから、微生物を選抜する必要がある。
〈岩を砕いた砂だけでは土の機能を果たせない。植物がよく育つ土を作るためには粘土と腐植も必要だ。風化によって粘土を作るには酸性物質が必要となるが、塩酸や硫酸を地球から持っていくのは非現実的だ。5億年かけて土が生成したように、植物根や微生物が放出する炭酸や有機酸に頼るしかない。腐植を作るのにも微生物の力が欠かせない。〉
〈多様性を高める技術は腸内細菌が参考になる。〉
〈大雑把に捉えると、土と腸の生態系は似ている。土では、ミミズやダンゴムシが落ち葉を粉砕する。ヒトの場合、口の中で食べ物をかみ砕く。それを微生物が受けとる。根の表面からは糖分や有機酸がしみだし、共生微生物が住みつく。腸内細菌も腸内で居場所とエサをもらう。いずれの場合も、微生物の酵素によって有機物が低分子化することで栄養分は水に溶けるようになり、根や腸から吸収できるようになる。共生微生物には病原菌からの防御機能もあり、植物や人体の健康を左右する。〉
〈しかし、腸内細菌と田んぼの土が似ているのは、見かけの構成メンバーだけだ。腸内では細菌の8割が活動的だが、栄養の乏しい土の中では微生物の8割は出番が来るまで休眠している。腸内細菌の一つである大腸菌を試験官で培養すると世代交代は8時間で起こるが、土の微生物は世代交代に数ヶ月〜半年もかかる。同じ微生物でも、土の中と腸内では振る舞いが全く異なる。
この違いを引き起こす原因の一つは、微生物の静止を制御するウイルスの密度だ。大さじ1杯(10g)の土には100億個の細菌が存在するが、そこでは10億個のウイルスが共存している。細菌の10個に1個はウイルスに感染している計算になる。活発な微生物の割合は少なく、ウイルスの密度も低い。一方、腸内細菌のウイルス感染率は土の10倍(細菌1個にウイルス1個)以上で、ウイルスに感染した腸内細菌の屍はウンチとして排出される。消化が活発に継続されているのは、ウイルスのおかげだということもできる。
土壌は地球上で最も微生物の多様性が高い生態系であり、大さじ1杯の中の土壌細菌の種数は同じ量の糞便中の腸内細菌の10倍にもなる。私たちヒトの腸内は栄養たっぷりだが、酸素が乏しいために、一部の酵母を除き、好気性のカビやキノコはいない。腸内と比較すると土の中は栄養分(糖分やアミノ酸)が乏しく、団粒構造の内外に酵素が届く場所、届かない場所が入り交じっている。大さじ1杯の土の中ではキノコやカビ、1万種類もの細菌が住み分ける。「超」多様性と世代交代の遅さこそ、土の微生物を腸内細菌のようには簡単に変えらない理由だ。〉
〈微生物はただ土に住み着くだけでなく、環境をどんどん改変していく。〉〈破壊と創造を繰り返しながら土は新陳代謝し、多様な微生物のゆりかごを提供し続ける。〉
〈団粒の外側には、有機酸を生産する根やキノコやアンモニアを硝酸に変える細菌が多く存在し、土を酸性に変える。団粒の内側では、。細菌(脱窒菌)が有機酸をエネルギー源として消費しながら硝酸を窒素ガスに戻し、土を中性に戻す。微生物の代謝物質や死菌体が加わることで土は変化し続け、それが新たな微生物を呼び込み、新たな変化を土に加える。土そのものが生きているかのように変化し続ける。土壌動物や微生物の多い土を指して「土は生きている」と例えることがあるが、「土は生きている」という言葉も本当の意味は、生物と土の相互作用にこそある。
個々の微生物のあいだで設計図が共有されているわけではなく、無数の微生物が環境と相互作用しながら個々の役割を全うし、一体の生物であるかのように機能している集合体を超個体という。この結果、個々の微生物の働きの足し算ではなしえない高度で複雑なシステムが構築される。これを創発現象という。
超個体が土を作り、自らも変化し続けるシステムには、自律性と持続性がある。これが「土=砂+粘土+腐植」よりも大切な土の本質であり、人工土壌に求めたい機能である。〉
〈ヤミ鍋状態ではあるが、地球上には1兆種類もの土壌微生物が存在すると推定されている。その大半に名前はまだない。個々の微生物の機能を調べたくても、土から取り出すと死んでしまうため、99%の土壌微生物は実験室で培養することができない。〉
〈土の微生物を取り出すと死ぬだけでなく、そもそも土から遺伝子を抽出することすら容易ではない。遺伝子が粘土の電気に引き付けられ、吸着してしまうためだ。遺伝子を抽出するための液体中にスキムミルク(カゼイン)を混ぜて遺伝子の吸着を抑制し、抽出効率を最大化するのが最先端の遺伝子抽出技術の一つである。だが、遺伝子のすべてを取り出せるわけではないので、全貌は分からない。また、首尾よく取り出した遺伝子の4割は、ずっと昔に死んだ微生物の遺伝子断片だという。土の中は、死菌体だけでなく遺伝子断片も幽霊のようにさまよう魑魅魍魎の世界だ。〉
〈現状、最も成功している人工土壌は、身近な景観の中に溶けこんでいる。田んぼである。そのことに気付かされたのは、福島第一原発事故後の土壌調査の時だった。放射性物質に汚染された水田土壌を除染のために取り除いたり、天地返しをしたりすることで、数百年、数千年かけて培われた表土が失われてしまった。実験室で数グラムの土を浄化するならともかく、重金属や放射性物質に汚染された大量の土を浄化する手段を人類はまだ持たない。
表土を取り除いた後、花崗岩の山を削った真砂土を入れて地面を均し、畦で囲う。私はそれを見て感傷的な気分になったが、日本の水田はそもそも人工的な景観で、水田土壌の多くが最初は人工土壌だったということに気付かされた。花崗岩由来の土では雲母や仮ナイトなどの粘土しかないはずだが、やがて田んぼではスメクタイト粘土が生成する。これは40億年前の地球の海底で最初に誕生した粘土と同じだ。
除染後、腐植は減少しており不作は確実と思われたが、荒れ地を開墾して1年目の水田のいくつかでは、大豊作でびっくりした。正直、困った。なぜなのか。水を張る前の田んぼの父の中では、カビなどの微生物がヒトと同じ酸素呼吸をする。水を張ると、酸素の代わりに硝酸、鉄サビ、硫酸を利用してエネルギーを生みだす細菌が順次登場する。最後は、食酢造りのように酢酸発酵が進み、最終的には酢酸をメタンにしてエネルギーを生みだすメタン生成古細菌が出現する。急激な変化の中で次々と微生物がバトンタッチし、死菌体は次に増殖する微生物のエサとなり、放出された栄養分がイネを育む。それが開墾1年目の大豊作を生む。あくまで考えられる経路の一つである。
土はウソをつかない。2年目以降の収穫には土壌の質が強く響く。材料の真砂土には砂鉄は多いが鉄の総量は少ない。細菌の中には、鉄サビを還元して大気中の窒素から肥料を作り出すものがいる。結果として土から鉄サビが溶けだすと、鉄サビと結合していたリンも溶けだす。やがてリンと鉄が再濃縮・結合すると、ビビアナイトという鉱物になる。ビビアナイトは、宝石店なら40グラム8万円で取引される宝石だ。田んぼの土からビビアナイトを集めて一つの結晶にできるなら、1ヘクタール当たり20kg4000万円にもなる。だが、顕微鏡でやっと観察できるほど結晶は小さく、〝宝石〟は少しずつ溶けてイネに吸収されるか酸素に触れて鉄サビに戻り、秋には姿を消す。〉
〈40億年前のスメクタイト粘土、35億年前の酸素のない地球で進化した古細菌と酸素のない時代に生成した宝石ビビアナイト、20億年分の細菌進化の歩みを人工的にぎゅっと濃縮したものが水田土壌だった。土や生命を自在に操ることは簡単ではないが、数千年かけて培われた技術にはまだまだ秘訣がありそうだ。〉
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