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その古城山に登ろうと登山口まで行きましたが、雨の為ヤ~メタッと。周辺には土岐氏に由来する旧跡があり、それらを見て回りました。「四国堀」は尾張・伊勢・越前・近江の四つの国の加勢を受け築いた空堀と土塁、「六萬墓」は土岐氏と斎藤道三の激突で戦死した多くのもののふの骨が埋められていると云う。六萬人は大袈裟としても、当時の戦いの凄さが伝わって来る墓です。
明智光秀は土岐氏の出、光秀が使ったうぶ湯の井戸や光秀の墓「桔梗塚」がありました。光秀は山崎の戦いで戦死したというのが通説ですが、実はひそかに落ち延びて荒深小五郎の名でここに住んでいたそうです。土岐氏の水色桔梗紋にちなんで明智も桔梗紋、その桔梗紋に「明智光秀ゆかりの地」と書かれた幟旗があちこちに並んでいました。地元の入れ込みを感じましたが、雨のせいか訪れるヒトはほとんどありませんでした。
onisanさん こんばんは。
麒麟が来るが始まって以来、
何となくその時代の山城跡が気になりますね〜。
お天気の良い日に再調査へ是非〜。
andounouenさん、こんばんは。
NHKの大河ドラマ、あまり興味はありませんが、「麒麟が来る」は当地も関係していますので見ています。斎藤道三が守護の土岐氏を討ち、その道三も織田信長に討たれ、その信長も明智光秀に討たれるという、下克上の連続。戦々恐々、その時代の一端を垣間見ることが出来ました。
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