![]() |
「だって、体は動かすためにあるのだから。」
についての持論を。
あくまで持論であるため、様々なご意見を
お持ちの方に不快を生じることがあるかも
しれませんので、念のため。
→目 的×
筋トレとウォーキング →副産物○ ボディメイク
←手 段×
↓目的 ↑手段
山行に余裕をもたらす
筋力の向上と適切な体重
↓目的 ↑手段
体力的に余裕を感じながら
安全で自然の中で自分を見つめる山行
↓目的 ↑手段
無事、帰宅して充実した山行と
体力の余裕を味わいながら就寝
↓目的 ↑手段
寿命を全うする直前まで
自身の体力に不安を感じることなく、
自然の中で自分を見つめた経験を
大切にしながら元気に過ごす
といった多重の目的と手段を構築していますが、
たとえば、
「幸せに暮らすために良い就職が必要だから
勉強する」といった取組みで、「良い就職」は、
「幸せに暮らす」ための手段の一つでしかないのに
目的にしてしまったり、「勉強」は、「良い就職」
のための手段の一つでしかないのに同じように目的に
してしまったりといった、目的と手段を取り違えて
しまうと、取り組み自体が破綻してしまい、
「あれ、こんなはずじゃなかったのに?」といった
ことになりかねないので、
綿々とした因果が織りなすこの世界で生きていくために
目的と手段は、広い視野で的確に構築せんとかんね
という持論でした。
さて、
私の構築した目的と手段が私にもたらすものは…
うまく目的と手段が絡み合っていて
相互作用が出来ていて
面白いです。
私は単純です。
楽しいので低山に登ります。
理由は、よくわからないけど
新しい道は、新しい発見が
必ずあるので
楽しんでたら
自然に痩せてた
がいい、、、?
単純に安心して楽しみたいがために、
楽しんだり、熱心に取組んだりしてる間に、
知らず知らずのうちに、目的と手段を
取違えたりして、迷ってしまってることにすら
気がつかなくなる前に、予め、目的と手段を
構築しておいただけです。
道に迷いながらの山行は、不測の事態と
隣り合わせなので、予めルートを確認して
おくのと同じだと思っています。
そして、
また、自分の気づきに従って、
自分の目的と手段を再構築し続けて、
単純に安心して楽しみ続けられたらいいな
と思ってます。
思考は限界をつくりがち
本当に広い視野を
山の景色が
気づかせてくれる
山の景色に思うのは、
自分を運んできた自分と
自分に運ばれてきた自分。
自分の中に生じた乖離が、
下山後には同一化している。
この自分の中に生じた不思議な感覚を
観察して、言語化する。
きっと、
これからも、自然を通していろんな感覚を
自分の中に見つけていくんだろうと思います。
コメントを編集
いいねした人
コメントを書く
ヤマレコにユーザー登録いただき、ログインしていただくことによって、コメントが書けるようになります。ヤマレコにユーザ登録する