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ストーブは暖房器具でありながら調理器具だった。
並びの喫茶店で食べていたトーストとは、全く違う
焼き目だったが、アルミホイルを敷いたストーブの上
に置いてもらった食パンは、食べてみれば、確かに
トーストで、マーガリンを塗るのではなく、バターの
角切りを焼きあがりを狙って、溶けるように置いてい
た。やがて、自分から父親にねだって、売り物の菓子
パンをもらい、ストーブの上に置くことを覚えた。
ストーブのアルミホイルの上に置いた菓子パンから、
中のクリーム(シュガーバター)が、溶け出しながら
アルミホイルの上に溢れ出すのを見つめ過ぎて、やや
焦がしてしまったパンもおいしかった。
餅も焼いてくれた。たぶん、前の年、いや、もっと
前からチビチビと使い続けて注ぎ口に茶色い粉が吹い
た、さしみ溜まりを醤油皿に少しだけ注いた父親は、
「あんまり多いと頭がバカになるから、これぐらいで
いい。」と、焼く餅の数と無関係に、継ぎ足しを許し
てくれなかった。初手、さしみ溜まりで染めた焼き餅
をどこまで一口で食べるかによって、その後のさしみ
溜まりの配分が決まる。失敗すると、白い醤油皿を餅
で何度もなぞり続けることになる。
昭和7年生まれの父親が、気を利かせて点けてくれ
た白黒のテレビから流れる「のらくろ」の再放送が、
白黒のテレビに違和感を感じさせずに楽しませてくれ
た。
あれから4〜50年ほど時が過ぎて、当時の街並みは
再開発で跡形もなく消え去り、今となっては、残って
いるものといえば、形のない、私の中のわずかな記憶
だけとなった。
故人にとって嬉しいのは、熱心に墓参りをして上げ
るのも悪くはないが、ふとした折りに、亡くなった方
のことを振り返ったり、思い出してあげることだと
聞いたことがある。
明日は、あの時のような寒空の下、きっとお墓の前
でそんなにもゆっくりしとれんやろから、前もって
振り返ってみたけど、なんか記憶違いがあったら、
それとなく気づかせてください。
今晩も先程歩いて来ましたが、コースは気まぐれだからねー😅おさかな餃子の食レポは、もうちょい待ってね(笑)
のらくろかぁ〜名前を知ってるくらいかなー。
ワタシも子どもの頃は、石油ストーブでいろんなものを焼いて食べたなぁ。
スルメ、お餅、アルミホイルで身欠きニシンとか…
お父様との細かいところまでの思い出、宝物ですねー
ほかっとあったかい気持ちになりましたよ🧡
ウチの父は、昭和4年生まれです…
寒いですからね…温かい格好でお出かけくださいね😊
父親が不惑の間際で授かった一人息
子だったからか、きっと喜んで可愛
がってくれたんだと思います。
ただ、息子として可愛がってもらった
という実感は薄くて、親戚やら、近所の
おじさん、おばさんから、「お父さんが
ボクのこと、いつも話してるよ」とか、
「水泳がんばってるって、お父さんから
聞いたよ」と、遠回りに聞こえてくるの
が当時はとても恥ずかしかったんですが、
今、思い返すと、天然なのか、粋な振る
舞いなのか、無口な父親の息子には見せ
ない一面を見せておいてくれて、ただた
だ、ありがとうしかないです。
ウオーキング、汗冷えで体調崩さない
ように気をつけてくださいね。🐟?🐟?
昭和ひと桁の男の息子の可愛がり方には、
きっと矜持があって、できるだけ手垢を
つけずに可愛がりたかったんじゃないか
と考えながらお墓の前に来た。
陳列した桃は、埃を払おうとしてぺた
ぺた触ると、傷みが進んでしまう
と、父親が言ってたような、言ってなか
ったような…
言ってたことにしとくからね。
"矜持"ステキな言葉ですね😍
そう!そんな感じですね、きっと…
ベタベタ可愛がることがイケナイって思ってるみたいな、男子たるもの…みたいなね😅
きっとウチの父親とは違ったタイプなのかなーとは思うけれど…ごっでぃさんのお父様の愛情は、確実に伝わっていたのですね☺️
大人になったらよりわかる、そんな父親のある種可愛い部分(ワタシはそう思うけれど)、ごっでぃさんの表現は独特ですね、"できるだけ手垢をつけずに〜"面白いなぁ〜といつも感じています。密かに🤭
この父親の可愛がり方が、正しいとか、
すべてじゃないんです。
母親には母親の可愛がり方があって、
息子と娘では、受け取り方も全く違うけど、
うちの父と息子はたまたま釣り合った、
(息子の一方的な認識で)
ってことです。
様々ある中の一つでしかないんです。
と、声を大にして言いたい。
あ!深夜だから、近所迷惑になるので…
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