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更新日:2020年07月25日 訪問者数:196
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日本の山々の地質;第2部 北アルプス、2−16章 扇沢周辺の山々 ー蓮華岳、針ノ木岳などー
bergheil
2−16章 〜蓮華岳、針ノ木岳など〜(始めに)
 前章の烏帽子岳からいきなり北に少し飛びますが、この章では、扇沢を囲むようにそびえる蓮華岳、針ノ木岳などの地質について説明します。(なお、爺が岳は次の章にて詳しく説明します)

 扇沢は黒部立山アルペンルートの、長野県側の玄関口として知られており、多くの観光客が利用しますが、この扇沢を劇場のように半円形に囲む山々も、個性のある山がありますので、主要な山の地質、地形について説明します。
(1)蓮華岳
 蓮華岳は、扇沢ターミナルから見て南側にそびえる標高2799mの山で、日本三百名山の一つです。また花の百名山にも選ばれています。扇沢からは近すぎて山体が良く見えませんが、麓の大町市の街中や、扇沢の対岸にあたる爺が岳からは、その大きな山容が望めます。

 蓮華岳へは、扇沢から針ノ木雪渓を登り、稜線上の針ノ木峠から緩やかな稜線を登ると頂上に至ります。針ノ木峠からの緩やかな登りでは、ザクの多い道で、7月末〜8月始めのシーズンには、コマクサがそこかしこに咲いており、コマクサの名所としても知られています(文献1)。

 パット見た感じだと、ザクの多い山容から、花崗岩類が風化した地質のようにも思えますが、「地質図」を見ると、蓮華岳の山頂付近およびその北面、東面は、花崗岩ではなく、大規模火砕流堆積物(流紋岩〜デイサイト質)でできています。

 この大規模火砕流は実は、北側にある爺が岳を中心とした「爺が岳火山」から約170万年前に噴出したものです。爺が岳火山については、次の章で詳細を説明する予定ですが、7kmほど離れたこの蓮華岳まで爺が岳火山の範囲だったのか?と意外な感じがあります。

 地形学的には、山頂部に広がるザクの斜面は、「周氷河作用」(あるいは「周氷河現象」と呼ばれる、寒冷気候によって生じる風化作用の産物です(文献1)(文献2)。
(2)針ノ木岳、スバリ岳
 針ノ木雪渓が稜線に突き当たる針ノ木峠(標高 約2500m)には、針ノ木小屋があり、蓮華岳、針ノ木岳を目指す登山者の拠点になっています。ここから西へ向かうと小一時間で、針ノ木岳(標高2820m)に至ります。この山は、その名の通り尖がった山頂部を持ち、特に黒部川を隔てた立山側や、黒部ダム付近からは、その特徴的な山容が良く見えます。日本二百名山でもあります。
 
 この山は山頂部を中心として岩がちの山ですが、地質図によるとここもまた山頂部は、蓮華岳と同じく、「爺が岳火山」の大規模火砕流堆積物で出来ています。
 また針ノ木岳のすぐ北側には、兄弟峰ともいえるスバリ岳(標高2752m)がありますが、この山もまた、同じ火砕流堆積物でできており、かつ岩がちの山です。

 さて、地質は同じ火砕流堆積物なのに、蓮華岳はザクの多い風化が進んだ山、針ノ木岳、スバリ岳は岩がちの山、という違いが生じたのはなぜでしょうか?
 
 以下はあくまで私の仮説ですが、針ノ木雪渓がカギを握っていると思います。
 というのは、次の節でも説明しますが、針ノ木雪渓は、前の氷河期には谷氷河が発達し、その源頭部にあたる針ノ木岳とスバリ岳の北東面には、マヤクボカールと呼ばれる小規模なカールが存在していました(文献3)。カールにあった氷河が容赦なく岩肌を削ったせいで、山肌表面の風化した部分が取り除かれ、未風化の硬い部分が表面にでてきて、針ノ木岳からスバリ岳にかけての、岩がちの山稜、頂上を作ったのではないか? と考えられます。
 
 一方、蓮華岳はその北側中腹斜面に小規模な氷河があったことが推定されていますが、山体を大きく削るような氷河は発達しなかったようです。そのために稜線部は風化が進んで、ザクの多い斜面が形成されているものと思います。
(3)針ノ木雪渓について
 扇沢から針ノ木峠までの谷沿いに夏まで残る針の木雪渓は、剣沢雪渓、白馬大雪渓とともに、日本三大雪渓の一つに数えられます。
 登山時期にもよりますが、標高が比較的低い場所から雪渓が始まり、峠の直下まで急な雪の斜面が続き、熱い夏場でも涼しい風が吹く、気持ちの良い雪渓歩きが楽しめます。

 ここは前の氷河期(約11万年前〜約1.2万年前)には谷氷河が発達していたと推定されています。その根拠として、針ノ木谷は側面が氷河に削られた跡を持つU字谷であり、麓にあたる扇沢付近の地層は、地質図によると「氷河堆積物」が堆積しています。また、最上部の針ノ木岳とスバリ岳との間には、マヤクボ(厩窪)と呼ばれる緩斜面があり、小規模なカールだと推定されています(文献3)。
(4)扇沢周辺のその他の山々
 扇沢をぐるりと半円形に囲む山々は、針ノ木雪渓と柏原新道を使うことで、扇沢を起点に縦走が楽しめます。針ノ木岳、スバリ岳からさらに北へ進むと、次のピークは赤沢岳(標高2678m)、ここまでが、「爺が岳火山」の大規模火砕流堆積物で覆われています。その先へ進むと、鳴沢岳(標高2641m)、岩小屋沢岳(標高2630m)と続き、快適な山小屋、種池小屋に至ります。
 鳴沢岳から先、山を構成する地質は花崗岩類(花崗閃緑岩)に代わります。
 この花崗岩類も、次章で詳しく説明する予定ですが、「黒部川花崗岩(体)」という固有名がついており、爺が岳火山と密接な関係のある花崗岩類です。 
(5)烏帽子岳から蓮華岳までの稜線の山々
 前章で説明した烏帽子岳から、蓮華岳までの間の稜線の山々について、私自身が歩いたことがない、ということもあって、細かい説明をしてませんが、ここで触れておきます。

 この稜線上には、南から、南沢岳(標高;2625m)、不動岳(2595m)、船窪岳(2459m)、七倉岳(2509m)、北葛岳(2551m)といった山々が連なりますが、いずれも2500m前後と北アルプスにしては低い山であること、さらにこの部分は稜線の左右から崩壊が進み、意外と険しいこともあって、登山者は少なく、「不遇の山域」とも呼ばれています。

 これらの山域の地質は、烏帽子岳から続く白亜紀の花崗岩で、常念山脈北部(燕岳、餓鬼岳など)の山々の花崗岩(有明花崗岩)の続きでもあります。
 
 この山域の標高が相対的に低い理由や、風化、斜面崩壊が進んでいる理由を説明した文献は見つかりませんでしたので、私なりに、以下の仮説を考えてみました。

 まず有明花崗岩地帯を3区分してみます。南部地区は常念岳、大天井岳、中部地区は燕岳、餓鬼岳、北部地区は(高瀬川を挟んで)烏帽子岳〜北葛岳、とします。
 南部地区は大天井岳に代表されるように標高も高く、風化もそれほど進んでいません。中部地区は燕岳のように小岩峰とザレが混じる山容で、少し風化が進んでいます。北部地区は上記の通り、風化浸食が進み、標高も低く、かつ稜線の両側から浸食(崩壊)が進んでいます。

 ところで南部地区は部分的に、元々花崗岩体の上にあったと思われる、美濃帯の堆積層が残存していますが、中部、北部には残存していません。

 そこから推定すると、北部、中部、南部の順に、上層にあった堆積層が浸食、剥離して花崗岩体が露出、その後風化が進行していった、とも考えられます。つまり、北部地区は中部、南部地区よりも花崗岩体が露出してからの期間が長く、そのために風化浸食が進んでいる、という風に考えることもできます。ただし風化、浸食された地層は当然残っていませんので、この仮説が妥当かどうかは解りませんが・・・
(参考文献)
文献1) 小泉 「不思議を発見する山歩き 知的登山のすすめ <2>
        火山?コマクサの大群落を生む火山岩」 登山時報、12月号 (2003)
   http://www.jwaf.jp/publication/magazine/backnumber/2003/0312-3.html

文献2)「山の自然学入門」 小泉、清水 共編、古今書院 刊 (1992)

文献3) 伊藤、正木 「北アルプス 針ノ木岳・蓮華岳周辺の氷河地形と、
      氷期の地形的雪線高度」 東北地理 第39巻、p247-267(1987)
   https://www.jstage.jst.go.jp/article/tga1948/39/4/39_4_247/_pdf
蓮華岳、針ノ木岳付近の地質図
・薄い黄色;「爺が岳火山」による火砕流堆積物(第四紀)

・赤色;花崗閃緑岩 「黒部川花崗岩」(第四紀)

・薄いあずき色;花崗岩(白亜紀)「有明花崗岩」

・扇沢付近の薄い黄緑色;氷河堆積物(第四紀)
烏帽子岳〜蓮華岳間の山稜の地質図
・薄いあずき色;花崗岩「有明花崗岩」(白亜紀)

・朱色;花崗閃緑岩「黒部川花崗岩」(第四紀)

・薄い黄色;爺が岳火山の大規模火砕流(第四紀)

・濃い紫色;ハンレイ岩 (古第三紀 暁新世)

※ 左上の水色部は黒部ダム湖、右下の水色部は七倉ダム湖
蓮華岳の稜線
ザクの多い緩やかな稜線が続く。
写真では小さいが、ピンク色のコマクサが多い斜面。
 (筆者撮影)
蓮華岳、白いコマクサ
(筆者撮影)
針の木雪渓
奥に見える山は爺が岳
 (筆者撮影)
針の木雪渓上部
正面に延びる雪渓はマヤクボ沢、その奥がマヤクボカール
(筆者撮影)
爺が岳から望む、針ノ木雪渓と針ノ木岳
針ノ木岳(正面中央)の直下にある雪田が、マヤクボカール

(筆者撮影)
針ノ木岳への登道からスバリ岳を望む
岩の多い稜線であることが解る
(筆者撮影)
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この記録へのコメント

登録日: 2015/8/1
投稿数: 349
2020/7/26 14:01
 再訪したい場所
bergheilさん。コンニチワ。
烏帽子岳から種池は40年前に1回しか通過してませんが断片的ですが覚えています。bergheilさんのご説明のごとく、特徴的ある地形、地質であったことを記憶しています。
 ̄帽子〜針ノ木峠間(北上しました)
3つのことを覚えています。
1)北アとしては標高が低く地味で蓮華まで殆ど登山者と会わず。
2)船窪の大崩れ(信州側の崩壊のため、一部黒部側のハイマツの中を歩行しました)。
3)蓮華の大登り(途中で酷い雷雨に襲われ一旦森林帯まで戻りました。蓮華山頂からは針ノ木峠までは走った記憶があります(すなわち岩稜でなかった))
ずぶ濡れになり翌日下山しました(剣から三俣蓮華経由で来て白馬岳まで行く予定でしたが)。
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途中から(おそらくスバリ岳付近から)畳のように重なった岩の上を針ノ木岳まで歩いたような記憶があります。

不思議です。今は穂高や剣を再訪したい気持ちより扇沢一周をしたいです。
登録日: 2011/5/3
投稿数: 391
2020/7/26 22:40
 Re: 再訪したい場所
fujikitaさん、いつもコメントありがとうございます。

私は7-8年前に扇沢半周ルートを歩きました。添付した写真はそのときのものです。針ノ木雪渓が気持ち良かったこと、蓮華岳で白いコマクサも含めたコマクサの大群落を見れたこと、針ノ木岳から北への縦走路では眼下に黒部ダム湖、対岸に立山・剣連峰が見れたことなど、良い山行ができました。その頃は山の地質に対して興味が無く、岩石、地層の写真が無いのが残念ですが、いずれにしろ良いコースですよ。
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