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HOME > ヤマノート > 日本の山々の地質;第6部 関東北部の山々の地質 6−9章 越後三山 −個性的な地質を持つ三つの山― 
更新日:2021年02月17日 訪問者数:172
ジャンル共通 技術・知識
日本の山々の地質;第6部 関東北部の山々の地質 6−9章 越後三山 −個性的な地質を持つ三つの山― 
bergheil
越後三山の地質図
・赤紫色(中ノ岳を含む);ハンレイ岩(中ノ岳ハンレイ岩体)
・(中央上側の)水色(越後駒ケ岳を含む);結晶片岩(泥質片岩等)、(水無川変成岩)
・(中央やや左手の)薄いベージュ(八海山を含む);礫岩(八海山礫岩層)

※産総研「シームレス地質図v2」を元に、筆者加筆
越後三山とその周辺の広域地質図
(上記地質図以外の地質について)

・下部の水色部分;泥岩(トリアス紀;「奥利根層群」)
・右手に多い薄いピンク色;花崗岩(白亜紀末)
・(六日町盆地に散在する)黄色部分;安山岩質溶岩、火砕岩(中新世;「大倉層」)
右手の楕円形の薄いベージュ部分:デイサイト/流紋岩質大規模火砕流堆積物(中新世、「荒沢火山」)



※産総研「シームレス地質図v2」を元に、筆者加筆
越後駒ケ岳
枝折峠からの登山道より、

(筆者撮影)
越後駒ケ岳東面、水無川変成岩の岩壁
八海山稜線部より

(筆者撮影)
中ノ岳、露出しているハンレイ岩の岩場
中ノ岳山頂付近、

(筆者撮影)
八海山頂上稜線部の岩峰群
礫岩(「八海山礫岩層」)で出来ている、独特の岩峰群

(筆者撮影)
(はじめに)
この章では、「越後三山」の地質を取り上げます。

 越後三山とは、新潟県の中越地区、六日町盆地の東にそびえる山々で、越後駒ケ岳(「魚沼駒ケ岳」とも呼ばれる:2003m)、中ノ岳(2085m)、八海山(はっかいさん:1778m)の3つの山からなります。魚沼三山とも呼ぶようです。
 上越新幹線の車窓を見ていたり、関越道を車で走っていると、まじかに、標高差 約1700mの高さで眼前にそびえている越後三山の姿は、2000m前後の山々とは思えないほど迫力があります。

 (文献1)では、日本百名山として越後駒ケ岳(文献1中では「魚沼駒ケ岳」と表記)を挙げていますが、文章を読むと、駒ケ岳―中ノ岳―八海山の三山縦走の思い出を書いてあり、まとめて百名山と評価していると言っても良いでしょう。
 (文献2)でもこの三山を称して、「いずれも一騎当千の荒武者が、互いに肩を組み、足をそろえてすっくと立ったかのようなさまは、まさに越後の圧巻といえよう」と賛辞しています。

 この三山は実は一つづつ、異なった地質よりなっており、地質学的にも興味深い山々です。
以下、それぞれの山の地質を説明します。
1)越後駒ケ岳の地質 −古い変成岩によってできている山―
 越後駒ケ岳は、この三山の代表格で、山頂付近に山小屋もあるので良く登られている印象があります。私も2回、登ったことがあります。

 東側はそうでもありませんが、西側は水無川の渓谷まで、急峻な断崖を形成しています。
 登山道は、東側の枝折峠(しおりとうげ)か、麓の大湯温泉から小倉尾根を登るルートが一般的です。ほかに中ノ岳への縦走路があります。

 さて、越後駒ケ岳の地質を、産総研「シームレス地質図v2」にて確認すると、山体全体が変成岩でできています。この変成岩は、駒ケ岳の西側に深く切れ込んでいる水無川流域にも分布しており、「水無川(みずなしがわ)変成岩」と呼ばれています(文献3)。

 この、越後駒ケ岳を形成している「水無川変成岩」について、主に(文献3)、(文献4)をベースに、(文献5)、(文献6)も参照した結果を元に、説明します。
 とはいっても(文献3)、(文献4)いずれも、アマチュアの私では理解がかなり難しい内容でしたので、解る範囲で説明することを、あらかじめご了承ください。

 まず、この「水無川変成岩」は、周囲の地質とは孤立した岩体であり、以前からその帰属(どこのグループに所属するか)が問題となっていたようです。
(文献3)によると、

  a)上越変成帯の一部とする学説(1969:文献7)、
  b)「上越帯」を西側の「谷川岳帯」と、東側の「片品帯」に分けたうえで、
    「片品帯」に属するという学説(1982:文献8)。
     さらに(文献8)では、水無川変成岩を含む「片品帯」を、
     中国地方、近畿地方北部に分布する「舞鶴帯」の東方延長とする学説。
  c)「足尾帯」の地質を源岩とした変成相とする学説(文献3、4)。

 など、複数の学説がこれまで提案されていたようです。

 (文献3,4)によると、水無川変成岩はそもそも、最初に高圧型(緑色片岩相相当)変成作用を受けて変成したのち、さらに白亜紀に、その北側に貫入してきた花崗岩体の熱による接触変成作用を受けて、一部がホルンフェルス化(注1)しています。
 こういう、変成作用を複数回受けたタイプの変成岩を「複変成岩」と呼びます。 

 水無川変成岩は変成度として低めなので、詳しく調べると源岩のなごりが解るようです。

 (文献3)では、ホルンフェルス化した部分を除く水無川変成岩を詳しく調べ、変成前の源岩を推定したうえで、以下の3つの要素に分類しています。
  
   ・A1層;泥質岩と層状チャートを主要素とするメランジュ相(注2)。
        見かけの層厚:約800-1000m
   ・A2層:珪質層/泥質岩層の互層で、異地性岩体として、チャート、  
        砂岩、変成玄武岩、変成はんれい岩などのブロックを含む層。
         見かけの層厚:約1000-2800m
   ・B層 :黒色泥岩層/珪質層の互層、およびチャート/砂岩層/黒色泥岩層の
        互層よりなる層で、一部には礫岩も含む。
         (礫岩の種類はチャート、玄武岩、石灰岩等)。
         見かけの層厚;約300m

 (文献3)では、水無川変成岩に近い、小出(こいで)地区東方の非変成堆積層(足尾帯に属する地質)も詳しく調べられています。この地層は大きく、上権現堂山(かみごんげんやま)層群、干溝(ひみぞ)層群の2つの地層群に分けられ、それぞれについて詳細に調べられています。

 内容を簡単にまとめますと、
   ・「上権現堂山層」は、層状チャートと層状頁岩(注3)が主体の地層。
   ・「干溝層群」は、珪質岩と頁岩との互層、及び砂岩と頁岩との互層が主体の
     地層で、異地性岩体として、緑色岩、チャート、石灰岩、砂岩のブロックを
     含む。
 ことが確認されています。

 (文献3)では、この水無川変成岩と、小出地区東方の、上記の足尾帯構成堆積岩との比較により、水無川変成岩は、小出地区東方の足尾帯構成岩類と、うまく対応していることから、水無川変成岩は、ジュラ紀付加体である「足尾帯」構成岩類が源岩であること。それが後に変成作用を受けたものであること。従って「上越帯」グループの構成要素ではなく、おそらく「足尾帯」に属する、
と結論付けています。

 (文献4)は、水無川変成岩の微細構造から、この岩体の変形様式を検討した論文です。素人の私にはなかなか難しく、詳細内容は半分も理解できませんでしたが、
結論を簡単にまとめると、

 (1)ジュラ紀に、海洋プレート沈み込み帯で、現在の足尾帯に相当する
    付加体が形成された。
 (2)付加体のうち、地殻下部まで潜り込んだ部分は、変成作用
    (緑色片岩相相当)を受け、変成岩となった。
 (3)その後、低角断層(スラスト)に沿っての2段階の上昇過程を経て、
     地表に現れた。
と説明されています。
 
 なお高圧型変成作用を受けた時期は、産総研「シームレス地質図v2」の説明では「トリアス紀〜ジュラ紀」とされています。
 一方、(文献4)では、白亜紀に貫入した花崗岩による接触変成作用より前に、上記の高圧型変成作用を受けていることなどから、ジュラ紀後半から白亜紀初期に変成作用を受けた、と推定されています。


  
2) 中ノ岳  −謎のハンレイ岩体でできた山―
 中ノ岳(2085m)は、「V字型」をした越後三山の配置の中で、要の位置にあり、また標高ももっとも高い山です。ただし、奥まった位置にあるので、麓からは全容はなかなか見えません。
 水無川の側から望むと、巨大な山体をしていますが、山頂部付近は以外と穏やかな傾斜です。山頂部には避難小屋があります。

 さて、中ノ岳は、産総研「シームレス地質図v2」を見ると、ハンレイ岩(注4)という岩体で出来ており、日本の地質学の世界では「中ノ岳ハンレイ岩体」注5)と呼ばれています(文献6)。
 このハンレイ岩体と、越後駒ケ岳を構成する「水無川変成岩」ゾーンとは断層関係にあります。またのちに述べる八海山を形成している礫岩層とも、断層関係にあり、孤立した岩体です。
 その分布域は、中ノ岳の南西部にある十字峡あたりを中心とし、おおよそ 南北10km、東西15kmあります。

 (文献9)などによると、ハンレイ岩は、海洋地殻の下部を構成している深成岩であり、日本列島ではあまり見かけないものです。日本で他に、ハンレイ岩体で構成されている山は、関東の筑波山(上半分)、関西の生駒山(一部)がある程度です。その他、付加体中に小岩体として含まれていることはあります。

 海洋地殻の構成要素でもある「ハンレイ岩」の岩体が、山中に周囲から孤立して存在するのは奇妙な感があります。

(文献6)によると、この岩体はゆるい層状構造を持ち、構造的下位から順に、
     変ハンレイ岩/角閃岩(注5)/変玄武岩 
 という構成です。


 (文献9)によると、このハンレイ岩体は、「上越帯」の構成要素で、はるか西方、中国地方から近畿地方北部に分布する「舞鶴帯」の中にある、「夜久野(やくの)オフィオライト」注6)と呼ばれる複合岩体の東方延長ではないか?と推定されています。
 
 (文献10)では、「夜久野オフィオライト」も、「中ノ岳ハンレイ岩体」も、未成熟な島弧またはその島弧の背弧海盆の地殻として形成された岩体ではないか、と推測しています。

 また(文献6)によると、中ノ岳ハンレイ岩体には、(変成)玄武岩(海洋地殻上部を形成する岩石)、(変成)カンラン岩(上部マントル由来の岩石)も確認されていることも含め、「オフィオライト」性の岩体と推定しています。

 いずれにしろ、中ノ岳を形成しているハンレイ岩体の由来はまだ明確ではないようです。

 (文献6)によると、この中ノ岳ハンレイ岩体が地中で形成されたのは、古生代末〜中生代のトリアス紀初期ではないか?と推定していますが、明確な証拠はありません。

 また、ハンレイ岩体以外の構成要素(変玄武岩、変カンラン岩、角閃岩)も含め、全体に変成作用を受けていますが、その時期は、前述の水無川変成岩の変成時期とおなじではないか?と(文献6)では推定しています。ただしこれも、明確な証拠はありません。

 なお、実際に中ノ岳に登ってみると、山頂部付近は笹原に覆われており、あまり岩場がありません。観察するなら十字峡付近が良いかもしれません。
(3)八海山 −礫岩の岩峰が立ち並ぶ修験道の山―
 八海山(はっかいさん:1778m)は、越後三山のうち、もっとも標高は低いのですが、六日町盆地に接してそびえており、盆地内から、頂上稜線部のギザギザした岩峰群も見え、その標高以上に、威圧感のある名山です。
 また、この山はその険しい姿から、古くから修験道の山であるとともに、八海山信仰(いわゆる「講」)の霊山としてもあがめられていたようです(文献12)。山頂岩峰もそれぞれ、「薬師岳」、「地蔵岳」など仏教的な名前が付けられています。

 余談ですが、日本酒の銘柄で「八海山」というものもあります。

 登山道は、六日町盆地の麓から登るルートのほか、ロープウエーを使って七合目まで登って頂上へ往復するルートがよく使われているようです。私も2回登っていますが、いずれもロープウエーを使った日帰りコースをとりました。
 他に、中ノ岳への縦走路もありますが、途中には「オカメノゾキ」と呼ばれる険しい稜線があり、難度が高いようです。

 さて、八海山の地質を、産総研「シームレス地質図v2」にて確認すると、頂上部も含めた大部分が、新第三紀 中新世(約20-14Ma)に形成された礫岩層でできています。
 この礫岩層も含め、六日町盆地の東部には、「城内(じょうない)層群」という堆積岩性の地層群があります(文献13)。そのうち下部は「大倉層(おおくらそう)」と呼び、安山岩(溶岩)、安山岩質凝灰岩などで形成されています。八海山付近では大倉層は、その山麓に少し分布しています。

 一方、その構造的上位の地層は、「八海山層」と呼ばれています(以降、「八海山層」全体を、「八海山層群」と記載することにします)。
 さらに細かく言うと「八海山層群」は、「八海山礫岩層」、「坂戸山砂岩頁岩層」、「金城山火山円礫層」の3つに分けられます。

 「八海山層群」と下位の「大倉層」との関係は、(文献13)によると「不整合」関係であり、大倉層が堆積したのち、しばらくは大倉層が浸食する時代があり、その後に「八海山層群」が堆積したものと思われます。

 この「八海山層群」の分布は、八海山の頂上山稜部のうち、北の薬師岳から南の大日岳まで、また八海山の西側斜面から西側の山麓まで分布しています。八海山ロープウエーの上の駅付近やそこから頂上稜線部までの登山道もこの礫岩層でできています。
 それ以外に、越後駒ケ岳の北側にも小さい分布域があり、「水無川変成岩」の上に残るような形で分布しています。

 一方、八海山の東側斜面(水無川側)や、頂上稜線部の最南端の入道山(にゅうどうやま:1778m)付近は、(越後駒ケ岳)の項で説明した、「水無川変成岩」で構成されています。中ノ岳への縦走路も、ほとんどが水無川変成岩で構成されており、部分的に「緑色岩類(玄武岩やハンレイ岩が変質したもの)」が分布しています。難所の「オカメノゾキ」も水無川変成岩でできています。

 さてこの「八海山層礫岩」ですが、(文献6)(文献13)によると、礫はほぼ丸い形(円礫)であり、礫と礫との間のマトリックス部分は、凝灰岩質砂岩、もしくは砂岩でできています。礫岩自体の組成は、安山岩質のものが大部分です。
 この地層の厚さは、(文献13)によると、約500mもあります。「シームレス地質図v2」の説明によると、「非海成」と記載されており、陸上の、例えば扇状地や盆地のような環境で堆積したと思われます。(文献13)によると、一部に植物化石も確認されています。

 なお、八海山の山頂部や西側斜面は礫岩層でできていますが、少し離れた、六日町市街地に近い、坂戸山(さかどやま:634m)は、砂岩、頁岩層が分布しています。(文献13)によると、この地層は「坂戸山砂岩頁岩層」と名付けられています。分布は比較的狭いのですが、層厚は、350m以上あります。「八海山礫岩層」との上下関係はやや不明確です。

 また金城山(きんじょうさん:1300m)の北斜面は(文献13)によると、流紋岩質、安山岩質の「火山性円礫岩層」が分布しています。(文献13)によると、「八海山礫岩層」を覆うように分布しています。円礫と角礫と両方を含んでいるようです。


ーーーー

 さて、(文献6)、(文献13)を元に、八海山とその麓付近の地質を細かめに述べましたが、それらの文献を読んでも、この八海山の礫岩の由来など、詳しいことは書かれていないようでした。そこで、地層をもとに、以下のような地史を推定してみました(私見です)。
 
 なお、以下の各ステージのうち、ステージ1〜3までは、「日本海拡大/日本列島移動イベント」(約20Ma〜約15Ma)という、日本にとっては第一級の大きな地殻変動が起きた時期でもあります。
 その大きな地殻変動の一環として、越後三山地域もいろいろな地殻変動が起きたものと思われますが、その詳細は不明です。


ステージ1;
 中新世(バーディガリアン期=約20−16Ma?)に、現在の越後三山や六日町盆地がある場所の近くで、火山活動が生じ、安山岩質の溶岩がこの一帯に流れて、城内層群の下部層である小倉層を形成しました。また火山灰も降下して、凝灰岩層を形成しました(小倉層群が安山岩質の溶岩及び凝灰岩でできていることから推定)。
 この時期、この一帯はまだ山地ではなかったと思われますが、詳細は不明です。

ステージ2;
 上記の火山活動が収まってからしばらくは、地殻変動が少ない期間があり、小倉層の表面は多少、浸食されました。(小倉層と八海山層との間が不整合関係にあることから推定)

ステージ3:
 その後、中新世のバーディガリアン期後半からランギアン期にかけ(=約17−14Ma?)※、上記の火山活動があった部分が山地となり、そこから流れる河川によって、火山由来の安山岩の岩屑が流れてきて、おそらく盆地もしくは扇状地状の地形であったこの一帯に堆積しました。
(八海山礫岩が角礫ではなく、河川によってはこばれたと推定される円礫であること、礫が安山岩質であること、さらにシームレス地質図の注釈に基づくと「非海成」とされていることなどより推定)。
 これはかなり長い期間続いた可能性が高いと思われます(礫層の層厚が500m程度あることから推定)。
 この一帯の一部では、砂岩、頁岩(海成?)が堆積しました。その後、金城山付近では、安山岩、流紋岩質の礫が堆積する時代がありました。

ステージ4:
 「八海山層群」の堆積後の経緯は不明ですが、その上位の地質、地層がこの地域に分布していないことから推定すると、この一帯は陸化し、浸食される時代が長く続いたと思われます。

ステージ5;
 時代が大きく進んだ鮮新世末〜第四紀更新世前期(約300万年前ころ?)から、この付近は東西の圧縮応力場となり、その圧力により、越後三山を含む越後山地が隆起を始めました。
 八海山礫岩層は分断され、東側は隆起して八海山の山稜部や、水無川変成岩地帯の上に乗る形となりました。
 一方、西側部分は隆起が少なく(もしくは沈降して)、現在の六日町盆地に残りました。(現在の八海山礫岩層が、八海山の山頂部と、麓部分の両方に分布していることから推定、なお越後三山の隆起開始時期はまったくの推定)


※ 以上の記載は、あくまで私の想像です。また年代は、産総研「シームレス地質図v2」に記載の形成年代を元に、少し修正したものです。
(注釈の項)
注1)「ホルンフェルス」について
 「ホルンフェルス」とは、熱変成岩(接触変成岩)の一種で、マグマの熱で変化した岩石です。いわば「焼き」が入っていて、非常に硬いという特徴があります。しばしば、大きな鉱物結晶粒を含みます(文献9)。

注2)「メランジュ相」について
 元々の文献(文献3、4)では、「オリストストローム相」と記載されていますが、最近の付加体地質学では、同じような岩相を「メランジュ相」と呼ぶことが多いようです。
 日本語では「混在岩:こんざいがん」と言います。この章では「メランジュ相」という表現に統一しました。

注3)「頁岩」について
 「頁岩:けつがん」とは、泥岩が、弱い圧力を受けてできた変成岩の一種です。
 「頁(ページの意)」という表記のとおり、薄くはがれやすい性質を持っています。(文献9)

注4)「ハンレイ岩」について
 「ハンレイ岩」は、日本語では、「はんれい岩」、「斑レイ岩」、「斑れい岩」とも書き、地質学の分野でも表記が統一されていないようです。英語名は “Gabblo”(ガブロ)で、日本語文献でもそのまま「ガブロ」と書いてあるものもあります。この章では「ハンレイ岩」という表記に統一しました。
 ハンレイ岩は深成岩の一種で、定義としては全岩石中のシリカ(SiO2)分が、45〜52wt%のものを指します。(文献9、ほか)

注5)「中ノ岳ハンレイ岩体」について
 ここでは「中ノ岳ハンレイ岩体」と表記しましたが、細かく言うと、変成作用を受けているため、より正しくは、変成しているという意味で、「中ノ岳変ハンレイ岩体」とも呼ばれます。


注6)「角閃岩」とは
 (文献9)によると「角閃岩(かくせんがん):“Amphiobolite”」とは、変成岩の一種で、玄武岩質の岩石(岩体)が、主に海洋プレートの沈み込みによって地下深くに運ばれ、地下5-30km/温度500-800℃の条件下でできた変成岩です。主要な鉱物は「角閃石(かくせんせき)」です。


注7)「オフィオライト」とは
 (文献11)によると「オフィオライト」(“ Ophiolite”)とは、海洋プレートを構成する岩石(a:玄武岩=海洋地殻上部を構成、b:ハンレイ岩=海洋地殻下部を構成、c:カンラン岩(もしくはそれが変成した蛇紋岩)=上部マントルを構成)の少なくともこの3つの、異なった種類の岩石がまとまった、層状複合岩体を意味します。

 また、海洋プレート起源のオフィオライト(MORタイプ)以外に、海洋プレート沈み込み帯(島弧―縁海系)で形成されるもの(SSZタイプ)もある、と説明されています。岩石の化学組成に基づく分類では、3つのタイプ(リグニア型、夜久野型、パプア型)に分けられるようです。

 3つの岩石がそろったオフィオライトとしては、日本では、京都府北部の「夜久野(やくの)オフィオライト」、北海道 日高山脈の「幌加内(ほろかない)オフィオライト」、「幌尻(ぽろしり)オフィオライト」が知られています。他に日本では、夜久野オフィオライトにほど近いところに「大江山(おおえやま)オフィオライト」があります。それ以外に世界各地のプレート沈み込み帯や衝突帯に分布しているそうです。
(参考文献)
  文献1)深田久弥 「日本百名山」(新潮文庫版、1978)
      のうち、「魚沼駒ケ岳」の項

  文献2)「山渓カラー図鑑:日本の山」 山と渓谷社 刊 (1981)
      のうち、「越後三山」の項

  文献3)竹之内
      「水無川変成岩類の構成と変形相」
       地質学雑誌、第94巻、p479-491 (1988)

https://www.jstage.jst.go.jp/article/geosoc1893/94/7/94_7_479/_article/-char/ja/
(J−stage サイトにリンク、このリンク先より文献(PDF)をダウンロードできる)

  文献4)竹之内
     「ジュラ紀付加体足尾帯、水無川変成岩類における 2つの変形時相と
       2段階の上昇過程」
       地質学雑誌 第106巻 p743-761 (2000)

  https://www.jstage.jst.go.jp/article/geosoc1893/106/11/106_11_743/_pdf/-char/ja
  (J−stage サイトにリンク、このリンク先より文献(PDF)をダウンロードできる)

  文献5)日本地質学会 編
     「日本地方地質誌 第3巻 関東地方」朝倉書店 刊 (2008)
      のうち、2−4章 帝釈山脈、2−4−2節「上越帯」の項

  文献6) 茅原、小松
      「地域地質研究報告、 新潟(7)第64号」
      「八海山地域の地質」 (旧)地質調査所 刊 (1992)

     https://www.gsj.jp/data/50KGM/PDF/GSJ_MAP_G050_07064_1992_D.pdf

  文献7)Hayama, etal.
    “The Joetsu metamorphic belt and its bearing on the geologic structure
     of the geolojic structure of the Japanese Island.”
      Mem. Geol. Soc. Japan , No.4 p61-82 (1969)

  文献8)茅原、小松
     「飛騨外縁帯(特に青海―蓮華帯)及び上越帯に関する諸問題」
        地質学論集 第21巻、p101-116 (1982)

    https://ci.nii.ac.jp/naid/110003025124
     (リンク先より、国立図書館デジタルアーカイブにアクセスするとPDF
      ファイルをダウンロードできる)

  文献9)西本 
     「観察を楽しむ 特徴がわかる 岩石図鑑」ナツメ社 刊 (2020)
      のうち、「頁岩」、「ホルンフェルス」、「斑レイ岩」、「角閃岩」の各項。

  文献10)森本、石渡
     「新潟県中部、上越帯の中ノ岳変斑れい岩の岩石学的研究」
     
  https://www.jstage.jst.go.jp/article/geosocabst/2011/0/2011_0_383/_pdf/-char/ja

  文献11) 金沢大学 石渡先生 作成、ネット内情報
      「オフィオライトのページ」        
          2021年2月 閲覧

   http://earth.s.kanazawa-u.ac.jp/ishiwata/ophiol_J.htm
   
  文献12)坂野
    「新潟県・八海山を対象とした山岳信仰の展開」
      歴史地理学 第45-5巻 p1-18 (2003)

 http://hist-geo.jp/img/archive/216_001.pdf

  文献13)柳沢、茅原、鈴木、植村、小玉、加藤
      「地域地質研究報告、 新潟(7)第63号」
      「十日町地域の地質」  (旧)地質調査所 刊 (1985)

   https://www.gsj.jp/data/50KGM/PDF/GSJ_MAP_G050_07063_1985_D.pdf
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