飛行機からピレネー山脈が見えてテンションMax. ただ、6月だとまだ雪が多いなあ。
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6/16 7:39
飛行機からピレネー山脈が見えてテンションMax. ただ、6月だとまだ雪が多いなあ。
Cantallopsはとても美しい村だったが、結構な登りで疲れてしまった。
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6/17 13:40
Cantallopsはとても美しい村だったが、結構な登りで疲れてしまった。
初日のHutはCol de l’Ouillatで個室。レストランが併設していて食事はまあまあ美味しかった。シャワー付きはありがたかった。
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6/18 6:40
初日のHutはCol de l’Ouillatで個室。レストランが併設していて食事はまあまあ美味しかった。シャワー付きはありがたかった。
2日目はRocの多いバリエーションルートで40kmをclimbingし、過換気障害が出てしまった。
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6/18 17:27
2日目はRocの多いバリエーションルートで40kmをclimbingし、過換気障害が出てしまった。
美しい風景の廃墟の近くでテント泊。星空も最高だった。
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6/19 4:33
美しい風景の廃墟の近くでテント泊。星空も最高だった。
今日もclimbing全開。ブルーの矢印はバリエーションルートを示すらしい。
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6/19 8:10
今日もclimbing全開。ブルーの矢印はバリエーションルートを示すらしい。
とても暑かったため、透き通るような綺麗な川で水浴び。3日目は日本人が初めてというアルルのホテル(les Glycines)で宿泊。
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6/19 10:54
とても暑かったため、透き通るような綺麗な川で水浴び。3日目は日本人が初めてというアルルのホテル(les Glycines)で宿泊。
4日目のルートは、ピレネーの最も美しい季節である6月を代表するような自然の植物園って感じだった。泊まったのはCharlet Hutで、野生食(couscoueille)は美味しくなく、名物Cold showerは寒くて使えなかった。
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6/20 15:50
4日目のルートは、ピレネーの最も美しい季節である6月を代表するような自然の植物園って感じだった。泊まったのはCharlet Hutで、野生食(couscoueille)は美味しくなく、名物Cold showerは寒くて使えなかった。
今日は有名なCanigou山に登山。登りはとてもきつかった。下りは岩場でclimb down。20kg前後の重いテント荷物を背負っはとてもタフだった。
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6/21 8:49
今日は有名なCanigou山に登山。登りはとてもきつかった。下りは岩場でclimb down。20kg前後の重いテント荷物を背負っはとてもタフだった。
途中の小さな避難小屋の前でボルドーからHeute routeを逆に縦走しているカップルと一緒になった。一緒に深めの川を渡渉。
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6/21 12:25
途中の小さな避難小屋の前でボルドーからHeute routeを逆に縦走しているカップルと一緒になった。一緒に深めの川を渡渉。
山と牛は絵になるなあ。このころは牛の怖さを理解してなかった。
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6/21 14:34
山と牛は絵になるなあ。このころは牛の怖さを理解してなかった。
5日目は頂上近くの避難小屋で宿泊。中は意外と広く貸し切り。
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6/22 6:27
5日目は頂上近くの避難小屋で宿泊。中は意外と広く貸し切り。
リンドウが群生しているのを初めて見た。美しいものを踏みたくないけど、それは困難。また、初めて見るマーモットがチョロチョロ走ってるよ。今回の山旅で見たかったものの一つで感激だった。
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6/22 8:57
リンドウが群生しているのを初めて見た。美しいものを踏みたくないけど、それは困難。また、初めて見るマーモットがチョロチョロ走ってるよ。今回の山旅で見たかったものの一つで感激だった。
6日目、標高2500mにあるTirapitzの避難小屋は中に雪が残って入れず、小屋の前のテントの跡の岩を修復して造設。星空は綺麗だった。
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6/23 6:15
6日目、標高2500mにあるTirapitzの避難小屋は中に雪が残って入れず、小屋の前のテントの跡の岩を修復して造設。星空は綺麗だった。
これから縦走するピレネー山脈の一部と手前のお花畑。雲海もとても綺麗。7日目の滞在はAppart'Vacancesで半額のセールだった。
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6/23 11:24
これから縦走するピレネー山脈の一部と手前のお花畑。雲海もとても綺麗。7日目の滞在はAppart'Vacancesで半額のセールだった。
Carlit山は雪渓からのアプローチとなった。厳しい急傾斜で、アイゼンをつけるべきだった。下りは砂利の急斜面で最も危険な場所の一つだった。下に人が居なくて良かった。
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6/24 12:20
Carlit山は雪渓からのアプローチとなった。厳しい急傾斜で、アイゼンをつけるべきだった。下りは砂利の急斜面で最も危険な場所の一つだった。下に人が居なくて良かった。
体力がほとんどなくなり、また大変な風邪をひき唾も飲み込めないほどの咽頭痛で、予定より手前の美しい湖畔でテントを張った。
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6/24 19:04
体力がほとんどなくなり、また大変な風邪をひき唾も飲み込めないほどの咽頭痛で、予定より手前の美しい湖畔でテントを張った。
次第にルート上に積雪が多くなってきた。9日目は小さな町のGite I'Hospitalitéに宿泊。マーモットが好きみたいで部屋の壁には写真が沢山飾ってあった。
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6/25 9:54
次第にルート上に積雪が多くなってきた。9日目は小さな町のGite I'Hospitalitéに宿泊。マーモットが好きみたいで部屋の壁には写真が沢山飾ってあった。
風邪も極期を迎え微熱もあるため、AndoraはGR11を通ることにした。10日目は地元の人に勧められたNordic Hotelに滞在。二人94€で豪華2食付、ジャグジー付きは最高だった。
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6/26 16:54
風邪も極期を迎え微熱もあるため、AndoraはGR11を通ることにした。10日目は地元の人に勧められたNordic Hotelに滞在。二人94€で豪華2食付、ジャグジー付きは最高だった。
GR11と馬鹿にしていたが、急登もあり疲労困憊。Andora最後のHotel Comapedrosaに滞在。スタッフの感じが悪かった。別の場所でステーキを食べ、栄養補給した。
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6/27 13:43
GR11と馬鹿にしていたが、急登もあり疲労困憊。Andora最後のHotel Comapedrosaに滞在。スタッフの感じが悪かった。別の場所でステーキを食べ、栄養補給した。
いよいよCentral Pyrenessに入り、次第に標高高くなった。湖も綺麗な氷河湖となり、雪渓上の危険なトラバースが多くなる。二度ほど軽く滑り、カラスに笑われてしまった。明日、Estat登山を考えて、Refuge Vallferreraに宿泊。
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6/28 12:17
いよいよCentral Pyrenessに入り、次第に標高高くなった。湖も綺麗な氷河湖となり、雪渓上の危険なトラバースが多くなる。二度ほど軽く滑り、カラスに笑われてしまった。明日、Estat登山を考えて、Refuge Vallferreraに宿泊。
Estat登山を予定していたが、体調が思わしくないのと、天気が崩れそうなため、今回は断念し巻道を選択。初めての鎖場となった。
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6/29 7:40
Estat登山を予定していたが、体調が思わしくないのと、天気が崩れそうなため、今回は断念し巻道を選択。初めての鎖場となった。
体調思わしくなく、予定の手前の避難小屋の前にテント泊。この後、避難小屋を含めたテント泊が4連泊となり、食料は乏しくなるとは。
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6/29 18:37
体調思わしくなく、予定の手前の避難小屋の前にテント泊。この後、避難小屋を含めたテント泊が4連泊となり、食料は乏しくなるとは。
湿った道には必ず生息する巨大なスペインのナメクジが交尾する姿は珍しく、まさに陰陽を表す太極図そっくりだった。14日目は地図にない小さな避難小屋で宿泊。玄関には動物の頭蓋骨が飾ってあり、中は薄暗く雰囲気のある蝋燭が置いてあった。夜中中、松ぼっくりを貪る音が続き、一睡もできなかった。
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6/30 18:27
湿った道には必ず生息する巨大なスペインのナメクジが交尾する姿は珍しく、まさに陰陽を表す太極図そっくりだった。14日目は地図にない小さな避難小屋で宿泊。玄関には動物の頭蓋骨が飾ってあり、中は薄暗く雰囲気のある蝋燭が置いてあった。夜中中、松ぼっくりを貪る音が続き、一睡もできなかった。
それはそれは美しい別天地に辿り着き、連続する滝を遡行してコルまで登る。
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7/1 8:41
それはそれは美しい別天地に辿り着き、連続する滝を遡行してコルまで登る。
やっと上がったコルからはCertascan山が見えた。しかし。地獄はこれからだった。ここからのHPRのルートは超急斜面の雪渓上だったが、逆コースの登山者が動けなくなり、ザックを投げ下ろしているのを見て、回避ルートを選んだ。しかし、これがまた不明瞭でコルまでがかなり苦戦した。その下りは斜度70度以上(?)でかつ溶けかかっており、アイゼンを履いているにも関わらず、表層雪崩のように雪ごと80mほど滑落。奇跡的にも両肘の擦過傷のみだった。
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7/1 14:00
やっと上がったコルからはCertascan山が見えた。しかし。地獄はこれからだった。ここからのHPRのルートは超急斜面の雪渓上だったが、逆コースの登山者が動けなくなり、ザックを投げ下ろしているのを見て、回避ルートを選んだ。しかし、これがまた不明瞭でコルまでがかなり苦戦した。その下りは斜度70度以上(?)でかつ溶けかかっており、アイゼンを履いているにも関わらず、表層雪崩のように雪ごと80mほど滑落。奇跡的にも両肘の擦過傷のみだった。
悪いことは続くもので、連れが手前の雪解けで増水した川に転落した後、疲れてテントを張った。しかし、カウリングを鳴らしながら牛の集団がやってきてテントや自分達を取り囲み、今にも襲撃する体勢。諦めそうもないので、仕方なくテントをたたみ、数km先の別の場所でテントを造設。
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7/1 18:46
悪いことは続くもので、連れが手前の雪解けで増水した川に転落した後、疲れてテントを張った。しかし、カウリングを鳴らしながら牛の集団がやってきてテントや自分達を取り囲み、今にも襲撃する体勢。諦めそうもないので、仕方なくテントをたたみ、数km先の別の場所でテントを造設。
16日目は、逆コースのカップルにEstanyという湖畔のテント場が良いと教わりそこで宿泊。とても美しい風景だった。今日は珍しく平和な1日だった。
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7/3 6:22
16日目は、逆コースのカップルにEstanyという湖畔のテント場が良いと教わりそこで宿泊。とても美しい風景だった。今日は珍しく平和な1日だった。
HPRのルートは何度もコルを越えて大変だがとても美しい。このコルからは遠くのAnetoとプレゼントのタオルで撮影。美しい反面、牛の糞が多く、常に座る場所に注意しなければならない。17日目は待ちに待った町であるSalardu泊。久しぶりのシャワーと食事でとても嬉しかった。
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7/3 10:59
HPRのルートは何度もコルを越えて大変だがとても美しい。このコルからは遠くのAnetoとプレゼントのタオルで撮影。美しい反面、牛の糞が多く、常に座る場所に注意しなければならない。17日目は待ちに待った町であるSalardu泊。久しぶりのシャワーと食事でとても嬉しかった。
今日は途中のホテルBanhs de Tredosに立ち寄った。ここはカエルのモニュメントのあるプールが有名で、近くの池には普通のオタマジャクシが飼育されたいた。
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7/4 10:49
今日は途中のホテルBanhs de Tredosに立ち寄った。ここはカエルのモニュメントのあるプールが有名で、近くの池には普通のオタマジャクシが飼育されたいた。
18日目は川のほとりのRestanca小屋に泊まる。新鮮でおいしいサラダだった。壁に貼ってあった地図では、この小屋がピレネー山脈のちょうど真ん中あたりだだった。
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7/4 12:50
18日目は川のほとりのRestanca小屋に泊まる。新鮮でおいしいサラダだった。壁に貼ってあった地図では、この小屋がピレネー山脈のちょうど真ん中あたりだだった。
昨日まで18日間全て晴れという記録は終わり、朝から霧雨だったが、歩けないほどではなかった。夜は天気が回復し満天の星空だったが、凍えるような寒さでテント内は零下となり、結露で凍っていた。
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7/5 8:43
昨日まで18日間全て晴れという記録は終わり、朝から霧雨だったが、歩けないほどではなかった。夜は天気が回復し満天の星空だったが、凍えるような寒さでテント内は零下となり、結露で凍っていた。
天気予報に反して晴天なり。靴の傷みがひどくなってきた。さらにチェーンアイゼンでは滑りやすいと判断。予定していたアネトー登山は諦めて、南回り(GR11)を選択。後半は林道歩きで、今までより断然楽。アネトーキャンプ場のバンガローに泊まれた。レストラン、スーパーマーケット、温水シャワー何でもありで快適だった。
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7/6 15:45
天気予報に反して晴天なり。靴の傷みがひどくなってきた。さらにチェーンアイゼンでは滑りやすいと判断。予定していたアネトー登山は諦めて、南回り(GR11)を選択。後半は林道歩きで、今までより断然楽。アネトーキャンプ場のバンガローに泊まれた。レストラン、スーパーマーケット、温水シャワー何でもありで快適だった。
雷雨の予定が晴天。Posets山のコルを越えて、途中から雪に覆われた巨大なアネトー山が見え、後ろ髪を引かれた。Viados小屋は満室で、離れの使用人用の避難小屋に8€で泊まれた。とても静かで暖かく最高だった。逆コースの区切り打ちのベルリンからのカップルに出逢って話が弾んだ。
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7/7 11:50
雷雨の予定が晴天。Posets山のコルを越えて、途中から雪に覆われた巨大なアネトー山が見え、後ろ髪を引かれた。Viados小屋は満室で、離れの使用人用の避難小屋に8€で泊まれた。とても静かで暖かく最高だった。逆コースの区切り打ちのベルリンからのカップルに出逢って話が弾んだ。
振り返るとPosets山の姿が広大。綺麗な水を貯めたダムを抜けて、Parzonという町に到着。たまたま、La Fuenという宿に空きがあり宿泊。近くのレストランでこの旅で初めてのPaellaは美味しかった。
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7/8 10:14
振り返るとPosets山の姿が広大。綺麗な水を貯めたダムを抜けて、Parzonという町に到着。たまたま、La Fuenという宿に空きがあり宿泊。近くのレストランでこの旅で初めてのPaellaは美味しかった。
久々の35km長を超えて歩く。本日三つ目のコル越えで(2600m高さ)、コル付近で完全にWhite out. 急斜面の雪渓歩きは続くし、雷雨も重なり遭難寸前だった。道を失い、険しい岩壁に着いてしまった。一か八かよじ登ると奇跡的にコルに出て助かった。死と隣り合わせの恐怖を感じた。
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7/9 15:59
久々の35km長を超えて歩く。本日三つ目のコル越えで(2600m高さ)、コル付近で完全にWhite out. 急斜面の雪渓歩きは続くし、雷雨も重なり遭難寸前だった。道を失い、険しい岩壁に着いてしまった。一か八かよじ登ると奇跡的にコルに出て助かった。死と隣り合わせの恐怖を感じた。
山から町が見えたときは嬉しかった。23日目はモンゴルのゲルのような離れに生まれて初めて泊まった。夜はもちろん星空撮影。
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7/9 18:44
山から町が見えたときは嬉しかった。23日目はモンゴルのゲルのような離れに生まれて初めて泊まった。夜はもちろん星空撮影。
今日は観光地Gavarnieへ。手前の登山道途中の小屋からしか見えないローランドのU型の裂け目をみた後、ヨーロッパで一番の落差を誇るGavarnie Fallを観光。宿泊したホテルLe Marboréは日本語で書かれていた。町はとても観光地。
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7/10 13:51
今日は観光地Gavarnieへ。手前の登山道途中の小屋からしか見えないローランドのU型の裂け目をみた後、ヨーロッパで一番の落差を誇るGavarnie Fallを観光。宿泊したホテルLe Marboréは日本語で書かれていた。町はとても観光地。
今日はいよいよ楽しみのVigmale山へ。その途中には沢山のマーモットと出会う。Vigmaleを眺めてるマーモットはかわいかった。
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7/11 14:21
今日はいよいよ楽しみのVigmale山へ。その途中には沢山のマーモットと出会う。Vigmaleを眺めてるマーモットはかわいかった。
小屋の直前には石で造られた避難穴あり。その後、ピレネーで最も標高の高い(2651m)、Bayssellance小屋に到着。Vigmaleの東面は翌日見る西面の姿とは全く違う。星空は残念ながら雲が多かった。
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7/12 6:26
小屋の直前には石で造られた避難穴あり。その後、ピレネーで最も標高の高い(2651m)、Bayssellance小屋に到着。Vigmaleの東面は翌日見る西面の姿とは全く違う。星空は残念ながら雲が多かった。
コルを越えて見えるVigmaleの西面からの姿。一枚岩でできているのかと思わせる山で中央に溝が見られる。沢山の山を見てきたが、美しさは生涯ダントツだと思われた。
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7/12 8:59
コルを越えて見えるVigmaleの西面からの姿。一枚岩でできているのかと思わせる山で中央に溝が見られる。沢山の山を見てきたが、美しさは生涯ダントツだと思われた。
午前中大雨は初めて。途中のWallon小屋で泊まりを考えたが、コルまで長〜いGran Fetchを越えて、やっとRespomuso小屋に到達。
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7/12 15:48
午前中大雨は初めて。途中のWallon小屋で泊まりを考えたが、コルまで長〜いGran Fetchを越えて、やっとRespomuso小屋に到達。
朝はとても不明瞭な道を進み、このあたりでしか見なかったサラマンダーを発見。やっとのおもいで到着したオッソー山は、クライミングルートしか発見できない岩山。その肩にPombie小屋があるのだが、通常は使用しないような3段ベットの最上段で身動きできない狭い場所だった。
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7/14 6:56
朝はとても不明瞭な道を進み、このあたりでしか見なかったサラマンダーを発見。やっとのおもいで到着したオッソー山は、クライミングルートしか発見できない岩山。その肩にPombie小屋があるのだが、通常は使用しないような3段ベットの最上段で身動きできない狭い場所だった。
今日は綺麗な湖を幾つか通っていくのだが、途中豚や羊の群に執拗に追われた。また、子羊を多数の鷲が円陣を組んで襲っているという光景は、まさに自然の脅威であった。Lescunまで行く予定が手前のMaison Bergounに宿泊となった。
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7/14 11:09
今日は綺麗な湖を幾つか通っていくのだが、途中豚や羊の群に執拗に追われた。また、子羊を多数の鷲が円陣を組んで襲っているという光景は、まさに自然の脅威であった。Lescunまで行く予定が手前のMaison Bergounに宿泊となった。
29日目はMamitouあたりの水場のあるテント場に宿泊を決めた。テントを造設した時は晴れであったが、次第に悪くなり、翌日は暴風雨で沈殿となった。食料も乏しくなりほとんどパンのみ。
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7/15 19:00
29日目はMamitouあたりの水場のあるテント場に宿泊を決めた。テントを造設した時は晴れであったが、次第に悪くなり、翌日は暴風雨で沈殿となった。食料も乏しくなりほとんどパンのみ。
暴風雨は30時間を越えて続いたので、このまま永遠に山を降りられず餓死するのかと恐怖だった。しかし、夜中起きて星空を見た時は助かったと涙が出そうであった。こういう時の朝焼けは綺麗なんだよね。
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7/17 3:24
暴風雨は30時間を越えて続いたので、このまま永遠に山を降りられず餓死するのかと恐怖だった。しかし、夜中起きて星空を見た時は助かったと涙が出そうであった。こういう時の朝焼けは綺麗なんだよね。
テント沈殿で憔悴しきったため、町が恋しくなり、残りをGR11を歩くことにした。途中、予定外のレストランで美味しいステーキが食べられた。綺麗なApartamentos Isabaに宿泊できた。問題は無数の蝿が部屋の中に飛んでいて、あまり眠れなかった。スペイン人は蝿にはかなり寛容らしい。
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7/17 12:39
テント沈殿で憔悴しきったため、町が恋しくなり、残りをGR11を歩くことにした。途中、予定外のレストランで美味しいステーキが食べられた。綺麗なApartamentos Isabaに宿泊できた。問題は無数の蝿が部屋の中に飛んでいて、あまり眠れなかった。スペイン人は蝿にはかなり寛容らしい。
緩やかな山の上に大きな一枚岩の板があり、休憩には最高だった。その後、雲行きが怪しくなり急いでブナ林に入った。その途端に雷雨とビー玉サイズの氷が降ってきた。短時間だったため、歩き続けてAguerreの唯一のHostelに到着。満室だったが、宿の人の部屋に泊めてもらえて感無量だった。帰国後、お礼に着物を送った。
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7/18 15:21
緩やかな山の上に大きな一枚岩の板があり、休憩には最高だった。その後、雲行きが怪しくなり急いでブナ林に入った。その途端に雷雨とビー玉サイズの氷が降ってきた。短時間だったため、歩き続けてAguerreの唯一のHostelに到着。満室だったが、宿の人の部屋に泊めてもらえて感無量だった。帰国後、お礼に着物を送った。
靴は穴が開いてボロボロになったため、Aguerraで破棄した。翌朝は晴天で淡い雲海は幻想的だった。比較的短い距離を歩いて昼頃にはRoncesvallesのAlbergueに到着。建物や中庭は綺麗だったが、受付はとても事務的で食事も質素だった。ベットは普通の二段ベット。
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7/19 8:29
靴は穴が開いてボロボロになったため、Aguerraで破棄した。翌朝は晴天で淡い雲海は幻想的だった。比較的短い距離を歩いて昼頃にはRoncesvallesのAlbergueに到着。建物や中庭は綺麗だったが、受付はとても事務的で食事も質素だった。ベットは普通の二段ベット。
今日からはSantiagoに向けてCaminoを500マイルほど歩く。今までとは全く違った惑星に来たようなもので、比較的平坦な道を長く歩くことになった。道標は今までの矢印から貝のマークに変わり、道端には亡くなった人達のお墓が数多くあり。
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7/20 7:33
今日からはSantiagoに向けてCaminoを500マイルほど歩く。今までとは全く違った惑星に来たようなもので、比較的平坦な道を長く歩くことになった。道標は今までの矢印から貝のマークに変わり、道端には亡くなった人達のお墓が数多くあり。
43km歩いてPanplonaに到着。大都会で欲しいものは全てあった。まず、スポーツ店で小さ目の33LバックOspreyを買って、今までの大きなザックは不要となり、郵便局で日本に送った。レストランには美味しいピンチョスが食べれた。スペインの便器は二重になってないことが多く、便器に座るには最初勇気が必要だった。
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7/21 6:15
43km歩いてPanplonaに到着。大都会で欲しいものは全てあった。まず、スポーツ店で小さ目の33LバックOspreyを買って、今までの大きなザックは不要となり、郵便局で日本に送った。レストランには美味しいピンチョスが食べれた。スペインの便器は二重になってないことが多く、便器に座るには最初勇気が必要だった。
時々出現するひまわり畑はとても綺麗。ペルドン峠はいつも雲に覆われているらしいが、今日は近づくにつれて快晴となった。峠には沢山のモニュメントが見られた。草に実がなっているように見える正体は数珠状のカタツムリだった。
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7/21 8:54
時々出現するひまわり畑はとても綺麗。ペルドン峠はいつも雲に覆われているらしいが、今日は近づくにつれて快晴となった。峠には沢山のモニュメントが見られた。草に実がなっているように見える正体は数珠状のカタツムリだった。
宙に浮いて見えるシラユキの町を通り抜けて、EstellaのAlbergueで宿泊。途中に可愛いカエルのモニュメントがあった。Estellaはお祭りで仮装された人達で賑やかだった。また、出店でストックを買った。
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7/21 14:01
宙に浮いて見えるシラユキの町を通り抜けて、EstellaのAlbergueで宿泊。途中に可愛いカエルのモニュメントがあった。Estellaはお祭りで仮装された人達で賑やかだった。また、出店でストックを買った。
楽しみにしていたワイン工場の玄関にある蛇口からのワインは空だった。その後、山頂に修道院の建物があり、麓に綺麗なラベンダー畑を有する美しい場所を通り、ViancaのAlbergueであるAndrés Muñozに宿泊。高台にあるため、絶景の街を見渡せた。
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7/22 7:41
楽しみにしていたワイン工場の玄関にある蛇口からのワインは空だった。その後、山頂に修道院の建物があり、麓に綺麗なラベンダー畑を有する美しい場所を通り、ViancaのAlbergueであるAndrés Muñozに宿泊。高台にあるため、絶景の街を見渡せた。
今日は何もない緩やかな山を超えて、Azofraに行った。途中は農作業で多量の噴煙が充満し、40度近くで喉がカラカラになった。Aubergue Municipaleは綺麗で個室で10€、足湯付という快適なところで、一押し!のアウベルゲ。
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7/23 16:31
今日は何もない緩やかな山を超えて、Azofraに行った。途中は農作業で多量の噴煙が充満し、40度近くで喉がカラカラになった。Aubergue Municipaleは綺麗で個室で10€、足湯付という快適なところで、一押し!のアウベルゲ。
無限とも思える道の広大な平原がカミノの典型的な景色だ。左は分岐部で見られる種々の矢印やモニュメント。右は貝の形をしたスイーツ。スポーツ店で靴を一新した。宿泊したのはCuantro Cantonesで、プール付きのアウベルゲは珍しく、その上1時間ほどヨガをやってもらえた。
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7/24 8:36
無限とも思える道の広大な平原がカミノの典型的な景色だ。左は分岐部で見られる種々の矢印やモニュメント。右は貝の形をしたスイーツ。スポーツ店で靴を一新した。宿泊したのはCuantro Cantonesで、プール付きのアウベルゲは珍しく、その上1時間ほどヨガをやってもらえた。
途中、広大なV時型の谷を越えて、大きなブルゴスの町に到着。いろんな銅像が飾られており、大聖堂はとても立派だった。泊まったHotel Norte y Londresは綺麗な個室で専用のバスタブあり快適であるが、アウベルゲのように共同のキッチン(冷蔵庫、レンジ)やランドリーがないのは不便だ。
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7/25 9:53
途中、広大なV時型の谷を越えて、大きなブルゴスの町に到着。いろんな銅像が飾られており、大聖堂はとても立派だった。泊まったHotel Norte y Londresは綺麗な個室で専用のバスタブあり快適であるが、アウベルゲのように共同のキッチン(冷蔵庫、レンジ)やランドリーがないのは不便だ。
ルート上には何もないと思っていたのに、アントン修道院の前にお店があり、沢山のスイカをいただけたのは嬉しかった。今日はCastrojerisのRosalia Hostelに宿泊し、郷土料理であるHummusを食べた。
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7/26 14:56
ルート上には何もないと思っていたのに、アントン修道院の前にお店があり、沢山のスイカをいただけたのは嬉しかった。今日はCastrojerisのRosalia Hostelに宿泊し、郷土料理であるHummusを食べた。
いつも通り、朝日を浴びて広大な平原を出発する。いろんな標識に落書きあり、Poco!Poco!というのは少しずつ少しずつという意味でとても励まされる。宿に着いてテレビをつけると日本列島を東から西に移動する台風12号がいるではないか。こんなへそ曲がりの台風は生まれて初めて見たぞ。
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7/27 7:32
いつも通り、朝日を浴びて広大な平原を出発する。いろんな標識に落書きあり、Poco!Poco!というのは少しずつ少しずつという意味でとても励まされる。宿に着いてテレビをつけると日本列島を東から西に移動する台風12号がいるではないか。こんなへそ曲がりの台風は生まれて初めて見たぞ。
ヒマワリ畑に巨大な散水機が動く姿はなんと表現したら良いか言葉が出ない。昼の月に何かの境界線を示すかのように雲がかかっている風景はここ数日見られた。途中の店でラーメンのようなものが出ていたので思わず注文してしまった。インスタントラーメンのようだったが、とても美味しかった。今日はSahagùnで泊まった。
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7/29 8:48
ヒマワリ畑に巨大な散水機が動く姿はなんと表現したら良いか言葉が出ない。昼の月に何かの境界線を示すかのように雲がかかっている風景はここ数日見られた。途中の店でラーメンのようなものが出ていたので思わず注文してしまった。インスタントラーメンのようだったが、とても美味しかった。今日はSahagùnで泊まった。
巨大な街レオン。建造物の美しさはピカイチ。
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7/30 6:56
巨大な街レオン。建造物の美しさはピカイチ。
途中のOlbigoの町はカミノ道で最も美しい町だと思い、宿泊したかったがまだ時間が早く進んだ。車が近づいてきて止まったかと思うと寄付を強要され手製の十字架を渡された。スペインにはこういう輩がいるのだなあ。やっと到着したAstorgaのアルベルゲが満室で、修道院のようなところを紹介された。そこは闇の宿貸しのようだったが料金は比較的やすかった。中は神聖な写真が飾られていた。
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7/30 14:55
途中のOlbigoの町はカミノ道で最も美しい町だと思い、宿泊したかったがまだ時間が早く進んだ。車が近づいてきて止まったかと思うと寄付を強要され手製の十字架を渡された。スペインにはこういう輩がいるのだなあ。やっと到着したAstorgaのアルベルゲが満室で、修道院のようなところを紹介された。そこは闇の宿貸しのようだったが料金は比較的やすかった。中は神聖な写真が飾られていた。
今日はカミノ最大標高1500mを超えた。初めて教会のてっぺんにコウノトリを発見し興奮した。カミノで二箇所しかコウノトリは居なかった。Malinasecaの町では、最も安いCasa morroscosに泊まった。屋根裏部屋はとても綺麗だったが天窓しかない。扇風機があったのは納得。下腿の日焼けがひどくなり、沢山の道ゆく人を驚かしてしまった。
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7/31 8:53
今日はカミノ最大標高1500mを超えた。初めて教会のてっぺんにコウノトリを発見し興奮した。カミノで二箇所しかコウノトリは居なかった。Malinasecaの町では、最も安いCasa morroscosに泊まった。屋根裏部屋はとても綺麗だったが天窓しかない。扇風機があったのは納得。下腿の日焼けがひどくなり、沢山の道ゆく人を驚かしてしまった。
今日の小屋PescadorはBookingで個室で30€でプール付きとあったが、魚の池だった。スタッフはフレンドリーだったが、日本人ということで箸と自宅菜園の野菜を強要された。夕食は珍しいマス料理。
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8/1 17:25
今日の小屋PescadorはBookingで個室で30€でプール付きとあったが、魚の池だった。スタッフはフレンドリーだったが、日本人ということで箸と自宅菜園の野菜を強要された。夕食は珍しいマス料理。
今日は有名なセブレイロ峠を越えていく。峠からは雲海が見えた。Tricasteraのアルベルゲは高めだったが、料理は美味しく、エアコンがあるのは初めて。下腿の日焼けを近くの薬局で綺麗だけど怖そうなお姉さんに処置してもらう。
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8/2 9:26
今日は有名なセブレイロ峠を越えていく。峠からは雲海が見えた。Tricasteraのアルベルゲは高めだったが、料理は美味しく、エアコンがあるのは初めて。下腿の日焼けを近くの薬局で綺麗だけど怖そうなお姉さんに処置してもらう。
ガリシヤ地方に入って、湿度が高く不快。38〜40度で熱中症気味で倒れそうになる。やはり下腿の日焼け跡は皆に怖れられる。痛みは、歩くと無くなるが、立ち止まると鬱血のせいか耐え難くなる。サンチアゴまで残り100kmの道標があったが嘘表示で、後に本当の100km道標が出てくる(下側)。今日は小さな村のCasa Marujaに泊まる。石作りの家のせいで、室内はひんやり涼しい。
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8/3 17:53
ガリシヤ地方に入って、湿度が高く不快。38〜40度で熱中症気味で倒れそうになる。やはり下腿の日焼け跡は皆に怖れられる。痛みは、歩くと無くなるが、立ち止まると鬱血のせいか耐え難くなる。サンチアゴまで残り100kmの道標があったが嘘表示で、後に本当の100km道標が出てくる(下側)。今日は小さな村のCasa Marujaに泊まる。石作りの家のせいで、室内はひんやり涼しい。
今日も湿気、温度高く、歩くのが辛かった。メリデでお金を下ろし、数少ないチュローを食べた。日本のものとは全く異なり、暖かくドーナツの感じで美味しかった。Arzuaの町に泊まったが、ブルゴス以来の喧騒で4時まで睡眠不足。スペイン人は騒いだり、喋ったりが好きなうるさい民族で、未熟な自分には良い試練だった。
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8/4 16:07
今日も湿気、温度高く、歩くのが辛かった。メリデでお金を下ろし、数少ないチュローを食べた。日本のものとは全く異なり、暖かくドーナツの感じで美味しかった。Arzuaの町に泊まったが、ブルゴス以来の喧騒で4時まで睡眠不足。スペイン人は騒いだり、喋ったりが好きなうるさい民族で、未熟な自分には良い試練だった。
ちょうど50日目でサンチアゴとは感慨深い。まずは修了書をいただき、ミサに出席。残念ながらボタフメイロは動かなかった。完走者の国籍が読まれるはずだったが、Japonとは聞こえなかった。パラドールはいくつか泊まったうちここが最高に良かったが、エアコンで寒かった。知り合いになった4人と打ち上げした。
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8/5 14:26
ちょうど50日目でサンチアゴとは感慨深い。まずは修了書をいただき、ミサに出席。残念ながらボタフメイロは動かなかった。完走者の国籍が読まれるはずだったが、Japonとは聞こえなかった。パラドールはいくつか泊まったうちここが最高に良かったが、エアコンで寒かった。知り合いになった4人と打ち上げした。
大部分の人はSantiagoを最後にするようだけど、映画(星の旅人)の影響を受けると、海まで行きたくなるのは自然なことだと思う。Santiagoを抜けると綺麗な広い滝を過ぎて、川で朝寝している人を見つけた。恐らく飲み過ぎだろう。予定していたSanta Mariaは満室でその他の小屋も空きがなく、そこからさらに10km歩いて山を越えた所の街にあったCasa Jurioに泊めてもらえて、とても嬉しかった。
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8/6 11:05
大部分の人はSantiagoを最後にするようだけど、映画(星の旅人)の影響を受けると、海まで行きたくなるのは自然なことだと思う。Santiagoを抜けると綺麗な広い滝を過ぎて、川で朝寝している人を見つけた。恐らく飲み過ぎだろう。予定していたSanta Mariaは満室でその他の小屋も空きがなく、そこからさらに10km歩いて山を越えた所の街にあったCasa Jurioに泊めてもらえて、とても嬉しかった。
地の果てを意味するFistelaの町には広い大西洋があった。小豆島巡礼で託された若くして亡くなられたご住職の杖の被り物をザックにつけて長い距離を歩いてきたわけだが、やっと約束を果たしたような気がした。ここに0mの道標があった。町ではガルシア地方名物のタコのガルシア風を筆頭に海の料理がとても美味しかった。ただ、人が沢山でとても観光地化した町だった。これで終わりにしたくないなあと感じ、映画の最終舞台となったMuxiaに即行くことを決めた。Muxiaから戻れる方法があるかどうかは不明だったが、行ってから考えることにした。
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8/7 17:24
地の果てを意味するFistelaの町には広い大西洋があった。小豆島巡礼で託された若くして亡くなられたご住職の杖の被り物をザックにつけて長い距離を歩いてきたわけだが、やっと約束を果たしたような気がした。ここに0mの道標があった。町ではガルシア地方名物のタコのガルシア風を筆頭に海の料理がとても美味しかった。ただ、人が沢山でとても観光地化した町だった。これで終わりにしたくないなあと感じ、映画の最終舞台となったMuxiaに即行くことを決めた。Muxiaから戻れる方法があるかどうかは不明だったが、行ってから考えることにした。
Fistelaの夜明けは快晴でとても美しく激励ともとれた。遂に53日目にして本当に最後の町Muxiaに到着。この日が自分の誕生日8月8日だから都合の良い話である。Muxiaはとても静かな町で最後を迎えるには最適な場所であった。近くの十字架の立った丘の上からの風景は絶景で、同じ場所からの夜景は絶句であった。ここでも、終了賞をいただいた。明日はSantiago行きのバスが2便のみ出るということで、この旅の終わりを自覚した。
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8/9 3:18
Fistelaの夜明けは快晴でとても美しく激励ともとれた。遂に53日目にして本当に最後の町Muxiaに到着。この日が自分の誕生日8月8日だから都合の良い話である。Muxiaはとても静かな町で最後を迎えるには最適な場所であった。近くの十字架の立った丘の上からの風景は絶景で、同じ場所からの夜景は絶句であった。ここでも、終了賞をいただいた。明日はSantiago行きのバスが2便のみ出るということで、この旅の終わりを自覚した。
上は1800km(1000マイル)の全行程。下は一度盗難され、もう一度マドリードの書店で購入した3Dのピレネーの地図です。
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8/28 15:00
上は1800km(1000マイル)の全行程。下は一度盗難され、もう一度マドリードの書店で購入した3Dのピレネーの地図です。
湯俣温泉の晴嵐荘で足湯をご一緒させていただいたみわはです(妻の方です)
聞かせていただいたお話を思いだしながら素敵な写真を見せていただきました😄
またどこかでお会いできたら嬉しいです😄✨
こんにちは。見ていただけて嬉しいです。みわはのoutdoor日記拝見しました!素敵な動画で、チェンネル登録しました❣️ どこかでまたお会いできたら嬉しいです😃
嬉しいです❤️
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