京ヶ倉


- GPS
- --:--
- 距離
- 5.1km
- 登り
- 420m
- 下り
- 478m
コースタイム
天候 | 午前快晴〜後晴れ |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2011年12月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
自家用車
|
写真
感想
12月24日(土)
大町労山に加入させてもらい、前日(23日)が年末登山で赤岳の予定だったのが、不都合が生じたり大雪が予想されたりで中止となり、jun1さんと2人で急遽,近隣の里山〜冬山に備えてアイゼンと靴の相性を確かめるために岩っぽい山に,と言うことで京ヶ倉に登ることにした。
巣鴨まで行ってオーダーした靴だが、前シーズンはアイゼンを使う機会がなくて未だアイゼンを装着したことがない。で、前夜,サイズを合わせるべく装着しようとして青ざめた。アイゼンの前部のバネが若干小さくて、前コバにピッタリ嵌らずフィットしないのだ。前の靴に合わせているうちにバネが変形したようにも見えるし、バネの横幅に対して靴の先端の幅が少し広すぎるようにも見えるが、微妙に合わない。無理にひっかけて踵側を締めても、1足歩けばすぐに外れる。アウトだ!
赤岳どころではなかったし、京ヶ倉でのアイゼンテスト・トレーニングもダメ。手持ちのアイゼンにこだわるなら、金具が飛び出した古い靴を踵の肉をえぐられるのを覚悟で履くしかない。やだよ! 第一紐を止める金具さえ取れてなくなっているし・・。
と言う経緯があって、京ヶ倉は単なる里山ハイキングとなる。
京ヶ倉は標高990m,生坂村のR19に沿う形でその東に位置し、痩せ尾根の途上に京ヶ倉と大城跡と言う2つの顕著なピークを有する起伏の激しい山で、下から見ると奇怪な稜線が人目を引く。大峰山や鷹狩山などの丘陵が連なる東山連山と聖高原や四阿屋山,岩殿山などの山並みの間にあって、周辺の山々がみな同じような高さなので眺望がよく、また痩せ尾根にちょっとした岩場があってスリルに富み、アップダウンがあって運動量も大きいところから近年人気が出て、ヒカゲツツジのシーズンにはバス仕立てのツアーが組まれるほどだ。
下山口を眠り峠から下る林道としてnobouの軽トラを置き、jun1さんの車で登山口の万平に向かう。車の置場にも困るほどだった登山口も10台くらいは停められるほどに拡張されていた。
8:51発。微風快晴。朝方は雲一つない好天で、家の北窓から久々に鹿島槍を望み、来る途中で朝日を浴びて金色に輝く峰々を写真に収めることができた。
登山口の高いカラマツの先端が霜で白く、また歩き始めた行く手の木々の枝先には朝日に光る霧氷が見られた。
道は国道の生坂トンネルを越えた辺りから急登となるが、木の間越しのアルプスの高峰や目の高さの向かいの山々、眼下の生坂村の集落や大きく蛇行する犀川の流れに目を奪われながら登ることになるのでさほどきつくはない。
10:30,おおこば見晴らし台と名づけられたビューポイントに着く。ここに立ってまず目につくのが、眼下,手前に向かって半島のように突き出た『裏日岐』と言う集落と、それをぐるりと囲むように流れる犀川だ。
初めてこの地形を見た時、オオサンショウウオの頭によく似ていると思ったが、何度見ても巨大サンショウウオの頭に見える。広島県西部一帯にはオオサンショウウオが多く、地元ではそれをハンザキと呼ぶ。半島のように突き出たこの地形はまさに半崎〜ハンザキと呼ぶにふさわしいと密かに思う。
おおこば見晴らし台からは、正面に有明山と燕岳,餓鬼岳,唐沢岳,南部に大天井,常念,蝶,北に蓮華,爺,鹿島槍,五竜,唐松,白馬三山の山々をほしいままにでき、しばらくは時間を忘れる。が、2000m辺りからガスが立ち始め、燕,大天井岳と鹿島槍以北の山頂部は見づらくなってきた。
15分近く展望を楽しんで次に向かう。5分で分岐点に達し、そこから左折してトラバース気味に進む。この辺りに多いヒカゲツツジは、常緑のまま葉を外側にそらせて針葉樹の葉のように細くして越冬しているのが見られる。また山肌にへばりつくイワカガミも赤く焼けた葉を外側に反らせて表面積を小さくしているのが見られる。
『稜線近し』の看板を見て10:05,稜線に出ると、いきなり根子岳・四阿山が飛び込んできた。こちらもよく晴れている。
稜線は痩せ尾根である。一帯はマツタケを多産し、大勢の人がマッタケ狩りに訪れるが、危険な岩場でのマッタケ採りで墜死する例も少なくないとのことだ。
稜線からは根子,四阿山から南に向って遠くの浅間山,近隣の四阿屋山,大沢山,旧四賀村境界の御鷹山や入山(けつだし山),美ヶ原のアンテナ群,鉢伏山,高ボッチとよく晴れて眺望素晴らしく飽きさせない。
180度向きを変えればアルプスの下,東山連山一帯の山名,地名を特定するのが楽しく、そうこうするうちに岩の上にロープが張られた細い稜線を越えて京ヶ倉直下の岩場に達し、一服後の10:41,京ヶ倉山頂着。登頂写真だけ撮ってそそくさと発ち次に向かう。
40mほど下がって鞍部を過ぎ、再び30mほど登ると大城跡と言う看板を見る。標高980mとあるが、大城は山の名ではなく、文字通りの城跡遺跡らしい。廓の跡も残る山城で狼煙台でもあったようだ。2.5万図ではここには山名は記されず、その先の919m峰を大城としている。そこは後に書く三角点のあるピークである。
大城跡(11:11着)で昼食休憩とし、11:36に発って萩の尾峠,眠り峠に向かう。
銀杏の実が混じった糞を見たり、キジバトと思われる調理場,丸裸に皮を剥かれたリョウブの木,そこだけ青々とした葉を見せるヒカゲツツジ等を見る等しながら11:54,物見台を通過,同58。三角点に着く。
この辺りの道は落ち葉でふかふかと柔らかく、また落ち葉に隠れた石や岩もなく歩きやすくて快適だ。
以下,12:00萩の尾峠着。下生坂に下る道を見送って12:19,眠り峠手前の下降点に到達。下山はここからだが一応眠り峠まで歩いて峠と林道の始点を見届け、引き返して12:29,下降点から下る。同42,眠り峠登山口に当たる林道に着く(下山)。
この峠道は、生坂地区の人々がここから登って込地と言う地区に下り、大岡や麻績に向かった道で、明治まで山青路は通れなかったので唯一の重要な道だったと解説にあり、『眠り峠』の眠りとは多くの曲がり坂を現すと記されている。
近年まで込地の子ども達は峠道を歩いて下生坂に出、さらに万平にある小中学校まで通ったのである。明治,大正の時代のことは分からないが、昭和とはそんな時代だった。
車を停めた社まで更に20分あまり歩き、13:10,万平登山口に戻って終了。山なみ荘に手入浴後散会。
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