涸沢岳西尾根から奥穂高岳
- GPS
- 18:52
- 距離
- 22.1km
- 登り
- 2,583m
- 下り
- 2,596m
コースタイム
- 山行
- 6:20
- 休憩
- 0:05
- 合計
- 6:25
- 山行
- 8:11
- 休憩
- 0:56
- 合計
- 9:07
過去天気図(気象庁) | 2019年01月の天気図 |
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アクセス |
写真
感想
2年前の3月にソロで挑んだ涸沢岳西尾根。
そのときはテン場以降のトレースが夜間の降雪で消え、ラッセルで進むものの蒲田富士で時間切れ敗退となった。
今回は時期を変え、会合宿として、心強いメンバーと共に涸沢岳西尾根へ臨んだ。
南岸低気圧通過後は冬型気圧配置になるイメージがあったので、山行前は気を揉みながら天気図を見つめるが続いた。
当初はいいのか悪いのかぱっとしない天気図だったけれど、日が近づくにつれて良い予報へ変わっていった。
これならいける、として山行決行。
結果、3日間ほぼ雪には降られず快晴の下で穂高の頂に立つことができた。
新穂高で登山届を提出して出発。
3パーティ先行しているとのこと。
穂高平までのショートカット道はトレースがあったものの通らず、林道を歩き通した。
白出沢を渡ってすぐのトウヒの札から西尾根へ取り付く。
先行者によりしっかりトレースがついていた。
序盤に急登と倒木跨ぎ・潜りがあっていきなり体力を消耗する。
緩やかになる部分もあるものの、取り付きの標高1550mからひたすら登りが続く。
フィックスロープがある2000m付近、2200m幕営適地〜2400m幕営適地間の2ヶ所にも急登がある。
取り付きから4時間あまり、約800m登り2400m手前の幕営適地へ到着。
急登続きのため意外とあっさり標高は稼げてしまうものの、やはり疲労する。
今日はもう登らなくていいんだ、という安堵にやられたのか、潜り込んだテントで足が攣ってしまった。
幕営地にはすでに3張。
良さそうなところはすでに張られており、しっかりと整地しないといけないところしか残っていなかった。
さらに上にも適地があると言って登っていった方もいたが、自分たちが張ったところのように数張分のスペースがあるところはなかった。
根菜たっぷりの豚汁で温まり、翌朝に備え就寝。
翌13日、3時起床。棒ラーの朝食。
2時頃から準備を始めているパーティもあり、5時の出発時点で残っているのは1パーティだけだった。
ヘッデンを点けて出発。
早速の急登が続く。
左下の槍平を見下ろすと、槍へ向かうらしい光の点が散らばっていた。
暗くてはっきりしないものの、尾根が狭まってくる。
雪庇ができているのがわかる。
すでに何人も通っているので、トレースを辿っているうちは踏み抜きの心配はないと思うけれど、緊張。
先行者の灯りはかなり高いところを進んでいる。
あそこまで上がるのか、、と少し気が滅入りながらも黙々と歩を進める。
やがて急な登りの終わりが見えてくると、そこがジャンクションピーク。
既に赤旗が一つ立っているものの、持参した赤旗を新たに立てる。
もう一本を尾根の下りにも。
ジャンクションピークからは蒲田富士への急登を見上げる。
徐々に傾斜が増す形になっていて、最後はフィックスロープのついた雪壁になっている。
2年前の3月に来た時には真っ白な雪壁になっていて、フィックスロープは出ておらず、ステップの決まりにくい雪を難儀して登った。
今回は先行者によるステップあり、フィックスロープありでさほど難儀せず通過することができた。
この雪壁を越えると、蒲田富士のリッジ帯へ入っていく。
このあたりでヘッデンがいらないくらいの明るさになってきた。
イントロダクション的な簡単なリッジを過ぎると一旦尾根が広がる。
そしてまた狭まっていき、両雪庇のナイフリッジとなる。
3月のときとは違い、雪庇の発達は不十分で、途中から反対側に張り出す雪庇もあまりはっきりとはしていなかった。
トレースを辿ってナイフリッジを通過。
風もなく難しさ、怖さはなかった。
F沢のコルへ下降し、いよいよ涸沢岳本体への登りにかかる。
幅広のルンゼ状の急斜面を登っていく。
先行者によるステップができているものの、所々浅いステップ、雪付きが悪くてずり落ちるところもあり、緊張を強いられる。
遠目でもわかるくらいのかなり長い急登なため、疲労も溜まってくる。
休憩ポイントもなく、修行のようなつらい登りの末に、涸沢岳の肩のようなテラスに出た。
格好の休憩ポイントで、一気に標高を上げたためか、北穂や大キレットが近くに見えた。
槍の先もちらっと見えている。
涸沢岳までに限れば、核心部は越えた。
あとは偽ピークに一喜一憂しながら涸沢岳山頂を目指すのみ。
ずっと影の中を歩いていて寒かったけれど、このあたりから朝日を浴びるようになる。
やはり太陽の光は暖かい。
ほぼ無風の快晴に恵まれ、涸沢岳へ登頂。
2年越しの再チャレンジが実った。
涸沢岳登頂は9時前。
奥穂高岳へ行くには10時までには到着していないと、と期限を切っていたものの、これなら大丈夫そう。
というわけで奥穂高岳を目指す。
夏道をコルの小屋へ向かって下降。
小屋の側で大休憩とする。
快晴無風でポカポカすらする、上々のコンディション。
冬季小屋の前にはスコップが用意されていたものの、入り口は雪の下だった。
中の様子を見てみたくて少し掘りかけたけれど、一向に扉が見えてこないので諦めた。
休憩しながら奥穂高岳から下降してくる人の様子を見てルートを確認。
ハシゴ2段の後は急な登り。
アンザイレンで下降しているパーティもいた。
噂の滑落キャッチネットは設置されていた。お世話にならないようにせねば。
ハシゴ上の急斜面の後はトラバースが続き、山頂近くにももう一度急斜面があった。
それをこなせば奥穂高岳の山頂が近くに迫ってくる。
標高3,190mの北アルプス最高峰。
冬のこの時期に来てしまえるとは。
喜びよりも驚きのような気持ちのまま、山頂の祠へたどり着いた。
見渡す範囲、ここより高いところはない。
見上げれば雲ひとつない青空と輝く太陽のみ。
ここは冬の北アルプスのど真ん中なのにこんなに静かで穏やか。冬の北アルプスってこんなんじゃないだろう、恵まれすぎ、と内心苦笑してしまった。
個人写真や集合写真を撮って過ごし、下山にかかる。
早速急斜面を下る。
クライムダウンで下るものの、足元のステップがよく見えず、そのステップも時々薄いものがあり怖かった。
もう一度ある急斜面の方が長いものの、一度やって慣れたのと、ネットがある安心感から比較的サクサク下ることができた。
小屋の前で再度休憩して、涸沢岳を夏道でトラバースして西尾根を下る。
疲れも溜まってきた頃で、後続に追い抜かれていく。
ルンゼ状の長い下りを下降する頃には陽射しで雪が緩み、急斜面の下りでも直下降で一気に下ることができた。
快晴無風で危険の少ないのコンディションで蒲田富士のナイフリッジを通過し、ジャンクションピークで赤旗を回収してテン場へ帰還。
往路であったテントはほとんど撤収済みで、我々のテントより上部にあった3/5、同じ場所に張っていたうちの3/4がこの日のうちに下山してしまった。
だからみんな朝の出発が早かったのか。。と合点がいった。
我々はのんびりすることに決め込み、祝杯をあげつつおいしいパスタをいただいて登頂の喜びに浸った。。。
翌朝は4時起床、7時前出発。
急斜面ではあるものの下山は快調。
登りで苦労したところは避ける形でトレースがついていたりして、苦労せずどんどん標高を下げていく。
取り付きまで1時間半ほどで着いてしまった。
林道も往路よりさらに歩きやすくなっていて、穂高平からはショートカット道も活用し、10時に新穂高へ帰ってくることができた。
まだ新穂高の駐車場に陽が差さない時間帯だったので、路面が凍結したままでドロドロにならず快適に下山後処理をすることができた。
温泉はすぐ近くの中崎山荘、昼食は旧41号線沿いの国八食堂。
どちらも初めてだったけれど、今後利用していきたいところだった。
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