奥久慈男体山ブナの木ルンゼ(筆者勝手に命名、バリエーションルート)


- GPS
- 06:25
- 距離
- 6.1km
- 登り
- 465m
- 下り
- 157m
コースタイム
- 山行
- 6:14
- 休憩
- 0:11
- 合計
- 6:25
写真の撮影時刻を基に補足します。
西金駅:5:50
取り付き:7:20
杉林通過:8:00
岩の大テーブル(第1のチョックストーン):8:30
大テーブル通過:9:00
第2のチョックストーンと岩壁:9:10
第2のチョックストーン通過、絶望的なスラブ:10:00
スラブを高巻く道を発見:12:40
稜線に出る:13:10
ブナの木ルンゼ−狭い谷分岐:13:20
狭い谷通過:14:10
ブナの木フェースに阻止され、ブナの木ルンゼへ下降を決定:14:40
ブナの木ルンゼへ下降(懸垂下降2ピッチを含む)を完了:15:45
最後の狭いガリー(岩溝):16:10
岩溝通過、一般コース合流:16:40
男体山山頂:17:10
健脚コース展望台岩:18:10
健脚−一般分岐:19:10
西金駅:20:20
天候 | 朝のうち雪、午後晴れ |
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過去天気図(気象庁) | 2019年01月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
自家用車
大円地、古分屋敷、滝倉に広くはありませんが駐車スペースがあります。 結構離れますが弘法堂の駐車場も利用可能です。 |
コース状況/ 危険箇所等 |
(注意1) 本ルートは地図に記載のないバリエーションルートで、(いわゆる「健脚コース」も含めた)一般ルートではありません。鎖はありません。途中から岩稜登はんと薮こぎがあります。命を落とす危険性がかなり高いルートなので、その前提でお読みください。実際、一般コースでは遅くても2時間で頂上に登れるところを、今回の山行はルートファインディングやら絶壁の懸垂下降やらで10時間かかってます。 バリエーションルートではありますがかなり新しい赤テープがあり、今回の登山はそのテープに助けられたところもあります。 (注意2) 本山行記録に登場する「ブナの木ルンゼ」「ブナの木フェース」は筆者が勝手に命名したものです。正しい呼び名をご存知の方はぜひお知らせください。注意1に挙げましたように赤テープが残っているので案外知られているルートかも知れません。 (注意3) 奥久慈の岩は礫岩質のためホールドはたくさんあるのですがすぐにすっぽ抜けるので体重をかける前に強度を確かめる必要があります。 (注意4) 藪こぎの容易さ、沢の水の無さ、ルートファインディングの容易さから考えると、葉が落ちて笹が枯れている冬季がおすすめです。しかし冬季でも枯葉が積もった岩場を登高することはかなり危険が伴います。 (コースの概要) 健脚・一般分岐の直後に、茶畑越しに岩峰が見えます。その左側の沢を詰めます。沢の下流は大円地山荘横を流れる川になってますので。この川岸沿いに進む方法もあります。 ちょっと薮をこいだ後に杉林に入ります。杉林を過ぎると両端が切り立った谷になります。 この谷の山場は二つのチョックストーンです。一つ目は、くぐれます。二つ目は左側を高巻きます。高巻けそうな箇所が二つありますが上側です。下側は途中で足の置き場がなくなります。 高巻くと二つ目のチョックストーンの背後に出ますが。ブナの木ルンゼを目指す場合、正面の谷は詰めません。左側のに高巻けそうな緩斜面があるのでそこを登ります。ここに赤テープがあるのでわかります。正面の谷はかなり難しいうえに、頑張って攀じてもあまり良いことがありません。 ブナの木ルンゼはこの尾根を乗り越した反対側ですが、下部は自分は未踏査です。尾根沿いに急斜面を登りました。太い木の根が固定ロープのように下がっているので利用できますが、墜落注意です。 尾根に出て暫く進む緩い岩の斜面が現れ、どちらに進むか迷うところです。ブナの木ルンゼは左側です。先の難しいスラブの上部が、この右側の狭い谷です。このとき自分はリタイアを考えていたので、すぐに一般コースに戻れそうな右側を選びました。しかし大間違えでした。右側を進むと最後に本物のブナの木フェースが現れます。とても登はんできそうにない岩壁で、一般コース側も崖とは言わないまでもかなりの急斜面でクライムダウンは厳しいです。かといってぶなの木ルンゼ側も途中から崖になって尾根沿いに引き返すことになります。 ブナの木ルンゼは距離はありますが、明るくて広い谷なので終盤までは快適に進めます。 終盤、斜度が上がり、足場が滑りやすくなります。さらに最後の最後に狭い岩溝を這いあがるのですが、狭すぎてザックを背負ったままではかなり厳しいです。自分は空身で上がってザイルでザックを引き上げるという作戦を取りました。 朝積もった雪は、健脚コースの東屋ー山頂では残ってました。凍結の恐れもあります。健脚コースの鎖場はよく乾いておりました。 |
写真
装備
備考 | 重登山靴 靴は底の硬い重登山靴を使用したのですが、サイズにやや余裕があるため、細かいフットホールドには立てず、こんなときクライミングシューズがあればなあと感じることしみじみでした。もっとも無理して墜落する危険を考えるとこれでよかったのでしょう。 アイゼン アイゼンは雪用というよりは谷が凍っていたときを想定して準備しました。今回出番はありませんでした。 ヘルメット ピッケル ピッケルは手掛かりのない土の急斜面を登るとき、岩場に積もった枯葉を払ってホールドを探るとき、枯葉の下の地面の様子を探るとき、手の届かないホールドを取るとき、果ては、岩の溝に引っ掛けて足場にしたりと大活躍でした。このルートをやるときは季節を問わず必需品だと思います。 ザイル30m ハーネス エイト環 安全環つきカラビナ カラビナ2 スリング3 普段ロープ等登はん具はお守り程度なのですが、今回はルートの変更を余儀なくされて谷に降りる時の懸垂下降と、ラストの岩溝を空身で登り、ザックを引き上げるときと大活躍でした。 ヘッドランプ 非常食、水 GPS(スマホ) タオル、ハンカチ ちり紙 目だし帽 ゴム引き軍手 ゴム引き軍手ではかなり寒く、序盤は苦労しました。試したことはないのですが、防寒テムレスが有ったらよかったかもしれません。 |
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感想
■山、山、山
奥久慈男体山の一般コースを登っていると、左手が絶壁になっているのだが、このどこかを攀じて一般コースに飛び出したらどれだけ気持ちが良いだろうと思うことがある。大概は登はん要素が強すぎて手の出ようがないのだが、一箇所ここならいけるだろうという場所がある。大円地越からひと登りして、ブナの大木のある斜面を下りきったところに口をあけている細いガリー(岩溝)である。筆者はそこを勝手にブナの木ルンゼと命名し、かねてからやってみたいと思っていた。2018年はほとんど山行きしていないが、男体山の紅葉が過ぎる冬、入山者も減り、地面も乾いて登りやすい季節、うまく空いた週末を利用して取り組むことにした。決行日の前暫くの間は、久しぶりに、一日中山山山、と考えてわくわくする日々が訪れ、久しぶりに使う道具を確かめたり、パッキングしたり。
真冬でバリエーションルートだから、登り始めの時刻は7時くらいになるように家を出た。実際には4時前に目が覚めてしまって、出発のための時間調整を必要とするほどだったのだが。
恒例により、西金駅駐車場に車を停めて、5時40分に出発した。折しも雪が降った後で、林道はうっすらと雪化粧していた。下山のころには融けてしまうだろう。つかの間の雪国感を楽しませてもらった。田舎の朝は早く、まだ暗いとはいっても人家に明かりはともっていたし、犬の散歩に出ている人もいて感心した。
古分屋敷が近づくとあたりも明るくなり始めた。曇り空の中、ところどころ雪化粧した奥久慈山稜、そしてその盟主男体山が姿を現した。今日はバリエーションルートだ。自分に言い聞かせて気持ちを引き締めた。雪で人は極少なかった。7時の段階で大円地駐車場には車が1台止まっていただけだ。先行パーティ一組だ。山頂で会うだろうかなどとのんきなことを考えていた。午前中のうちにさっと登りきって午後は別の用事を足そうと考えていたのだ。
■取り付く
健脚・一般分岐点で薮こぎ用レインパンツをはき、ハーネス、ヘルメットを装着し、ピッケルをハーネスに刀差した。登はん具やヘルメットは仮に出番がなくても、これから登るところは危険なのだという心構えを自分に与えてくれる。
今日は茶畑の向こうに見えるブナの木フェースの左側の谷を詰めるのだ。ぶなの木フェースは筆者が勝手に命名したもので、一般コースのブナの木の森に直結しているであろうと思ったからなのだが、間違えであった。ブナの木の森はこの小岩峰よりずっと奥にあるし、尾根筋が違っている。
取り付く方法は二つ考えられた。大円地山荘横の川に下りて、川岸沿いに詰める方法と、茶畑の向こうの薮をこいで入山する方法だ。後者を取った。かなりの薮こぎを覚悟していたのだが、冬で大概の植物が枯れていたのと、なんとなくではあるが、踏み跡らしきものも見て取れ、杉林には簡単に入ることができた。杉林の中では倒木と大岩の中を越えていくのだが、このあたりの景色は滝倉沢の序盤戦とよく似ているなと思った。高度をどんどん稼いで右手に小岩峰の基部が見て取れるようになると、両側を絶壁で閉ざされた峡谷が現れた。時折舞う粉雪に薮や、ロックガーデンが雪化粧された、モノクロームの景色を展開した。このままぶなの木ルンゼまですんなり行ければ良かったのだが、、、。
■困難
雪化粧のロックガーデンを歩いていくと谷をテーブル状の大岩が塞いでいるのが目に入った。左側の隙間を突くのか、右側の高巻きを行くのか。左側の隙間はテーブルのオーバーハングが邪魔していてうまく入り込めず、右側の高巻きはやさしそうに見えるが斜度は高く、高度感が著しい。これ以上は進めないのか?休んで考えようと少し引いてみると、テーブルの下の隙間が目に入った。「もしかして、この岩くぐれるのか?」空身になって、恐る恐る体を通してみる。ザックを背負ったままでは無理だが、ザックを先に通してやって、そのあと自分がくぐれれば何とか通れそうだ。岩の扉を開く魔法の呪文を得たような気分になって、第1のチョックストーンを通過した。
ところがすぐに第2のチョックストーンが現れた。チョックストーン自体は隙間が開いていてくぐれそうだが、その下の岩壁を登はんしなければならない。右側の登はんは第1のチョックストーン同様に高度感が半端ではない。岩の左側の凹核に取り付いてみるが、ホールドが滑りやすくて高さをまるで稼げない。左側の谷には赤テープがあった。左側から高巻きを試みた。枯葉の積もっているところはきっと足場を取れるはず。ピッケルで落ち葉を払いながら前進したが、やがてへつるには心許ない岩壁となった。
一旦谷底に戻り、谷をよく眺めてみると、今撤退した岩だなのさらに上にもうひとつ岩棚がありそうだ。岩棚の途中には潅木があり、ホールドとして取りやすそうだ。再び雪と落ち葉を払いながら高さを稼ぎ、岩棚を探っていった。潅木までたどり着いた。チョックストーンを見下ろす高さで緊張はするが他のルートに比べれば見た目ほどの危険はない。何とかチョックストーンの裏側までたどり着いた。
そこにはスラブ状の枯れ沢が待っていた。雨季には川になっているのであろう。岩がかなり磨かれていてスラブの直登は難しそうだ。右側には微かに、幅2cmほどの窪みが走っている。ここにピッケルを使って踏み台を作れば上がれるかもしれない。しかしピッケルを打ち込めるわけではなく、ほとんど置いてあるだけのピッケルに立てるのか?
■パズルの答え、そして間違え
そうこうしているうちに体力が落ちてきた。安全地帯とはいえ、5センチほどの出っ張りに爪先で立っていると足の力が抜けてくる。ホールドを探る手も徐々に握力が落ちてくる。このまま続けると力が抜けて落ちるからと一旦降りて再挑戦する。ピッケルの踏み台に自信がない。筋力が落ちてくる。降りる。休んでやり直す。こんなことの繰り返しで2時間以上も費やした。
答えは、目の付け所を変えるとやってきた。谷をぐるりを見渡すと自分が高巻きしていた岩棚の更に上方に赤テープがあった。赤テープから谷底からは、やぶがちの急登ではあるが今まで挑戦してきたルートに比べるとはるかに安全な斜面があった。そこから左側の斜面のてっぺんまでは、太いつるをか木の根が走っていて、ホールドに使えそうだ。
赤テープまでは楽勝だった。ところがその先のつるを使っての登はんが予想以上に大変だった。スラブへの挑戦で手指の力をずいぶんと消費してしまったようで。つるをつかむ握力が登はん中に抜けていく様子が感じられた。離す気はなくても離れてしまう危険がある。さらに手のひらがつりそうになってきた。このままではいけないと握る代わりに小脇に抱きかかえるようにした。幸い足は十分に踏ん張れる土つき斜面だったから。抱える摩擦程度の力でも十分に休むことができた。このようにして握力の低下を補いながら、つるの根元を握ってゴールしたとき。今日はこれで死なないで済むだろうと思った。しかしとんでもない間違えだった。
■リタイヤできずに、ブナの木ルンゼへ転進
尾根筋に出て暫く薮をこぐと、岩の緩斜面が現れてルートが二つに分かれた。左側は恐らくブナの木ルンゼだが、まだこの先どれだけ続くかわからない。一方右側は恐らく大円地越えの近くに飛び出すのであろう。時刻も遅かったので、今回はリタイヤのつもりで右側を選んだ。
右側は先ほど登り損ねたスラブの上部に当る狭い谷だった。谷の終盤、倒木が先を塞いでいた。右側は岩、左側はやや難しそうだが薮。今日は岩についていないから薮を選ぶことにした。薮を抜けても倒木が邪魔をして先に進めず、枯れ木の上に立つ危険を冒さなければならないが、何とか通過することができた。古い赤テープが目に入った。先ほどまで見ていた新しい赤テープではないが、このルートも登られているのだろう。きっとこの尾根をたどれば、一般コースのどこかに合流できるのであろう。ブナの木ルンゼはまた今度にしようと、やぶがちの尾根を直進した。
すると、暫くして目の前に絶対登はん不可能に見える岩壁が現れた。これがまさにブナの木フェースだったのだ。そして、岩壁の左側はブナの木ルンゼまで切れ落ちている。右側も樹林帯ではあるがかなりの急斜面で、クライムダウンは無理だろう。そして何よりもまだ大円地越えはかなり先で、右側の一般コース側をクライムダウンしても、どこに出るかはよくわからない。同じリスクを取るならば、多少なりともわけのわかっているブナの木ルンゼを詰めることにしよう。多少の戻りは必要だけれども。
少し引き返し、斜度の低い場所を狙って左側の谷に下り始めた。するとやがて急斜面は完全な崖になってしまった。崖さえ降りてしまえば。先ほど見えていた開けたぶなの木ルンゼだ。安全なところまで引き返さなければならないか?いや、こういうときのためにザイルを持ってきているのではないか。立ち木には事を欠かないから支点は何度でも取れる。
ロープが30mと短めだったため、1度で降りるには少しだけ長さが足りず、安全のため2ピッチで降りたのだが、途中急斜面でセルフビレイするためのスリングを下におとしてしまい、一時的に全く確保されていない状態で(ただし立ち木の根元に立つことはできる)支点を取り直さなくてはならないところがどきどきしたが、今までの急登を思えば、確実に確保されて降りる懸垂下降はむしろ快適だった。何とかぶなの木ルンゼに降り立たつと、祝福するかのように赤テープが目に入った。ここからまだ距離はある。ここまで6時前からグミと水しか口にしていなかったから、非常食を摂って気持ちを落ち着け、先を急いだ。
■最後の岩溝はしょっぱかった
ぶなの木ルンゼの下部は広くて明るい谷だ。距離はまだあったがほとんど大きな困難もなく距離を稼ぐことができた。そして、遠くにずっと待ち焦がれていたものが現れた。細い岩溝とその先に通せん坊をするように渡された(倒れた?)倒木。ブナの木ルンゼの印だ。今度こそ本物のゴールだ。
しかし岩溝に近づくにつれて、岩がちになり、ピッケルの打ち込みが聞かなくなってきた。枯葉は深くホールドは取り辛い。それでも岩溝までは何とかたどり着いたが、岩溝で困ってしまった。狭すぎて先へ進めないのだ。当初はここは体を挟み込んで突っ張りながら登はんすれば大丈夫と考えていたのだが。狭すぎてザックを背負った身ではうまく突っ張れない。しかも岩溝の底は濡れて滑りやすくなっており、突っ張り損ねると下のほうへずり落ちる。最後の最後まで試練だった。さてどうするか?空身だったら登れるのではないか。岩溝が狭すぎてザックをザイルで吊り上げるときに岩溝につっかえてしまう危険がある。吊り上げるときに、わざとザックを谷のやや下のほうに残し岩溝の広いところまで移動して吊り上げれば、途中でつっかえることなく回収できるだろう。
ザイルの一端をハーネスに、もう一端をザックに結わいて、ピッケルだけ持って岩溝に挑んだ。今度はツッパリがうまく利く。じわじわと高度を上げて岩溝の口まで上がってきた。最後の一手が勝負。今は突っ張っているだけで体を支えているので、最後に岩溝の上に抜ける一瞬、体が支持されていない状態になる。確実に抜けないと墜落する。ピッケルのブレードを上端の土に打ち込んだ。足を蹴りながらピッケルを引き寄せるようにすれば、大丈夫だろう。それほど難しくはないはずだが、しくじったら死ぬという局面では結構体がすくむ。しかし怖気づいていては体力を消耗して、突っ張っていること自体できなくなる。やるならすぐのほうがいい。勇気を出して、1,2,3!成功した。
とりあえず今度こそ死ななくて済みそうだ。次はザックの回収だ。ザイルを手繰り上げる。なるべくザックが岩溝の付け根へ引きずられないよう、自分が岩溝の入り口側に移動した。滑落のリスクは多少大きくなるが荷物を岩溝につかえさせないためには仕方がない。恐る恐る引き揚げた。まず余っているザイルが団子のようになって上がってきた。そして若干の手ごたえはあったものの、岩溝の縁からザックが無事に顔を出してきた。緊張がやっとほぐれた。これで憧れのブナの木ルンゼを一応完登したのだ。曇りがちだった空が晴れて、ルンゼを夕陽が照らした。谷が黄金色に染まった。
■下山まで気を抜かない
取り付きから9時間以上、久しぶりの登はんでかなり疲れているが、ここまで来たなら山頂を踏み、感謝してくることにしよう。足取りは決して軽くなかったが丁度2年前の滝倉沢をやったときのように日没直前の登頂となった。大きな怪我もなく憧れのルートを登らせていただいたことを感謝して下山に取り掛かった。
下山はいつものように健脚コース。通常なら鎖に頼らないで降りるのだが、今日はかなり体力を消耗しているので、謙虚に鎖に頼って降りることにした。ヘッドランプ頼りの登はんはある程度やっているはずなのだが、ここ1年で視力が落ちてきたのか、フットホールドをうまく探すことができなくてやや難儀した。鎖があるとはいっても鎖を握る握力がそれほど残っているわけではない。ずるっと落ちたときに停めることができるかどうかはわからないのだ。夜間登はんのときは昼間以上の安全重視、足がしっかり立てることを確認しつつ、ゆっくりと高度を下げていった。
展望台岩を通過し、最後の鎖を過ぎると、杉林の登山道になる。ここも結構悪い。特に今回は体力の消耗があって、元気なときほどバランスが良くないのだ。まして視野がヘッドライトで限定されている。普段ならすたすた歩けるところもあえてクライムダウンするなどして、じっくりとゴールを目指した。いつものように最後の草のトンネルを通過して茶畑という展開に気づかないまま、気がつくと茶畑横に飛び出していた。
星が明るい。微かでは有るが、今回も天の川が見えるようだ。前回は全くの静寂状態の中の下山だったが、今回は遠くで風の音が聞こえる。そして畑の中では侵入者と思しき草を分ける音が聞こえた。帰ってきたのだ。
しかし、まだ一仕事残っている。西金駅まで約1時間歩かねばならない。しかし疲れているとはいえ、憧れのコースをやった後なので、足取りは比較的軽かった。8時を少々回ったところで西金駅のマイカーにたどり着いた。
今回はリタイヤしようとしてできずに本来のルートに戻るという形で成功したので、必ずしも計画通りとは言えない。ブナの木ルンゼ自体が初めてのルートだから、上から見る限りシンプルであろうという想像はつくけれども、リタイヤルートがリタイヤできなかったことと同じように、ブナの木ルンゼも岩溝の前に巨大な壁が立ちはだかっている可能性もあった。また極めて難しいところは赤テープに助けられたという面もあり、薄氷を踏むような成功だった。
■エピローグ
下山して緊張の糸が切れたのか、下山直後から一気に全身の筋肉痛攻撃に襲われた。両太もも、腹筋、背筋、肩、二の腕、手の指、大胸筋。下山後丸1日が過ぎて痛みの引く気配はないが、よく登山中に痛みが出ないで持ちこたえてくれたものだと、筋肉たちにも感謝したい。
コメント
この記録に関連する登山ルート

takahashisuさん、こんばんは。
「この程度で『御無事で何より』とは何事だ!」などと怒らないでください。
いや〜、嗜好が違うとは言えこれはヤバいです。どこを目指してるんですか?でも、これこそが人間なんでしょうね。そこだけは理解できます。
しかも、そんな場所にテープがあるとは
もちろん後追いすることはありませんが、ログが途切れたのは残念でした。
そして更に強く思うのは、その時々の臨場感たっぷりの表現、文章力の素晴らしいこと。羨ましい限りです。
言うまでもありませんが、今後も安全第一で楽しんでください。
ところで山とは関係ないのですが、多摩の奥が奥多摩であるように、奥が付かない久慈エリアってあるんですか?
Kinoeさん、ご無沙汰しております。
「御無事で何より」のお言葉、胸に染み渡ります。
基本的にバリエーションルートはいつもやばいです。やばいので、死ぬかもしれないと予感したらそれ以上は進まないということだけは肝に銘じております。ちなみにたいてい1回くらいは死ぬかもしれない場面に出会い、ルート変更してます。Kinoeさんのお言葉に、安全第一をこれからも心掛けます。
「どこを目指してるんですか?」は、実は自問自答しております。
・(テントを持っているのに)わざわざ雨の中ビバークしたり、
・(昼間歩く時間があるのに)わざわざ夜間ハイキングしたり、
・わざわざ健脚コースを鎖なしで下ったり、
訓練ですからと言っているけれど、訓練した先の「本番」は一体どこにあるのだろう?
ただ、今回の山行はゴールのひとつかな、などと考えております。
また、駄文に対する賛辞は、お恥ずかしい。
ヤマレコの感想は「自分自身」を読者に想定して書いたものでございます。自分がわかれば十分と考えて何でもかんでも詰め込んでおりますので、文章力をほめられてしまうと赤面します。
さて、お尋ねの「久慈」の件、私も関心を持ちつつ、ぼんやりと袋田や男体山の辺りが奥久慈で、平野が久慈くらいに考えておりましたがはっきりしてはいなかったので調べてみました。
すこぶる荒っぽい言い方をすると、久慈川流域が久慈で、上流流域が奥久慈と考えます。
実は今も茨城県には久慈郡がございます。ただし現在久慈郡に属すのが大子町ひとつなので、久慈郡という言葉は県内でもまず見かけません。Wikipediaで調べてみたところ、久慈郡は明治時代には今よりずっと広域で現在の大子町、常陸大宮市、常陸太田市、そして日立市南部の一部を含んでいたとあります。このエリアがほぼ久慈川流域になるので、久慈側流域のうち、上流流域が、奥久慈に相当するのかと推定します。
久慈の語源をこれまたWikipediaで調べてみますと。「鯨」から来ているようで
(ここからコピペ)
奈良時代の『常陸国風土記』の記述に「古老のいへらく、郡より南近くに小さき丘あり。かたち、鯨鯢に似たり。倭武の天皇、よりて久慈と名づけたまひき」とあるのに由来するといわれている。
(以上Wikipediaよりコピペ)
とのことです。
岩手県にも久慈市という地域がございますが、こちらの地名の由来は「くびれた地形」「崩れた地形」を指す北方の民(アイヌ)の言葉から来ているそうで、リアス式海岸のことを指しているようです。
またまた、こんばんは〜。
ご丁寧な返信をありがとうございます。
レベルは違いますが、私も決して無理はしないことを念頭に山に入っています。ただそれ以上に、その「無理かどうかの基準」が緩まないように心掛けています。周知のことですが、最も怖いのは「慣れ」ですからね。
所詮道楽なのですから、
奥久慈の件もありがとうございます。時間を使わせてしまいました。
岩手の久慈まで調べていただき感謝です。(岩手は我が故郷です。と言っても南北の外れ同士で正直あまり馴染みはないのですが。)
それぞれ由来が異なるのに同じ字が充てられるというのも不思議と言うか妙ですね。
では、いずれまた。(返信不要です)
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