外国人登山者救助に携わった積雪期の富士


- GPS
- 09:35
- 距離
- 8.7km
- 登り
- 1,564m
- 下り
- 1,562m
コースタイム
4:15 富士宮口5合目出発
6:10 8合目小屋
7:05 9合5均上部にて外国人登山者(C氏)発見
7:40 上がってきた登山者2名(N氏、T氏)に助けを求める。共に下山開始
8:20 9合目小屋に到着。ツェルト設営
8:35 9合目小屋を出発。T氏と山頂を目指す
9:50 富士宮山頂に到着
10:50 9合目よりN氏、T氏、C氏と共に下山開始
12:50 新7合目にて救助隊と合流。それから1人で下山開始
13:50 富士宮5合目駐車場に到着
天候 | 快晴。午後に近づくにつれ雲が出てくる。 風はそこそこあったが歩行に支障をきたすほどではなかった。 |
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過去天気図(気象庁) | 2012年05月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
自家用車
夜中に到着。明け方に登山開始。 |
コース状況/ 危険箇所等 |
風はある程度あったものの、登山に支障をきたすほどではなかった。 朝は雪が締まっており、アイゼンが良く効いた。 トレースは多数あり。午後の緩んだ雪でのステップがついている。 6合目より残雪あり。 9合目からの登りは、山頂から落石や氷の塊が落ちてくるので頭上注意。 |
予約できる山小屋 |
八合目池田館
|
写真
感想
この記録をヤマレコに乗せるべきかどうか、悩んだ。
当事者が自分ひとりだけでない以上、どこまで内容を公開していいのか…。
何日か考えて最終的に、書くことに決めた。
山岳遭難の事例を載せることで、見た人がそのことについて知り、
同じような事故を少しでも減らすことができるように。
誰かの役に立てるような記録を残したくてヤマレコを始めたので、何かの役に立てばいいと思います。
積雪期の富士に初めて挑んだ今回。
まさか自分がこんな出来事に遭遇するとは思ってもみなかった。
4:15に富士宮口を出発。
その日は晴れた空、アイゼンの良く効く雪質、暑くも寒くもなく、適度な風の吹いていた。
まるで山が私を受け入れてくれているかのような、申し分の無い状況だった。
体調も、天候も良く、9合目までは調子良く登ってこれた。
この調子で行けば、3時間弱で山頂に到着できそうだった。
9合目辺りから、山頂付近の急斜面に人影のようなものが見えた。
恐らく先行している登山者だろう。初めは単純に、そう思った。
ただ、高度を上げていくにつれ、その先行者にたいし何か奇妙な印象を持ち始めた。…移動速度がやけに遅い。
もう少し近づく。その登山者は、山側を腹にして、後ろ向きでゆっくり下りてきているようだ。…なぜだろう?
更に近づくと、何故その登山者が後ろ向きでゆっくり下りているのか理解できた。
アイゼン、ピッケルを持っていない…
「そんな馬鹿な」と初めは信じられなかった。5月とはいえ、この時期の富士山に冬山装備もなしで来るなんて。
顔が分かるほどに近づいて、再び驚いた。外国人だ…
先日ドイツ人が遭難したばかりなのに、そのことについては知らないのか?
靴はスニーカー、下はジーンズ。
一言でいえば「山をなめている」を体現したような格好。
雪が緩んだ時につけられたステップを頼りに、カチカチの斜面を一歩、一歩下りている。
少しでも足を滑らせたら、滑落する可能性が非常に高い。
急いでその外国人に近寄り、声をかけた。
自分「大丈夫ですか?(大丈夫なわけないが)すごく危ないですよ?」
外国人「私は大丈夫。ゆっくり下りるよ」
少し言葉のやり取りをしたが、ある意味呆気にとられてしまっていて、なんて声をかけていいか分からなかった。
とりあえず「気をつけて」と月並みなことを言って私は再び登り始めた。
富士山の山頂は近い…。もうすぐ、残雪の富士山の山頂に立てる。
山頂へはあと15分もあれば登れそうな感じだった。
だが…少し登って、外国人登山者のことが気になった。
あの軽装。アイゼンもピッケルもなしに、雪の急斜面で滑ったら、下まで滑り落ちてしまうだろう。
そうなれば、最悪死ぬ。
頭の中で葛藤が始まった。
登るか。それとも、登るのを止めて、彼を助けるか。
助けると言っても、どうやって? 自己責任じゃないか、登山は。山を甘く見過ぎたのが悪い。
登るのか? 自己満足のために人を見殺しにするのか?
足を止めて、少し考えた、そして結論を出した。
「登山は止め。今日はこれで下りる。何とかしてあの外国人が下山できるように手を貸す」
急いで外国人登山者のところまで降りていく。雪は締まっていて、アイゼンは良く効いた。
足だけでも何とかバランスは取れそうだ。
私「やっぱりあなたをそのままにしておけません。そのまま下りるのは危険です」
外国人「ゆっくり下りるよ。私に構わなくても大丈夫。山頂に行ってください」
私「私は日本人だから、いつでもまた来れる。今日はあなたと一緒に下ります」
と、一緒に下山することを伝えた。
とりあえず、滑落停止にと、自分の使っていたピッケルを渡した。
使い方をその場で軽く教える。
しかし、分かってはいたが伝えたところでいきなりピッケルを上手く扱えるわけではない。
外国人(チェコ出身と言っていたのでC氏とする)は時々ピッケルを雪面に突き刺すものの、決して安全に下りれているとは言えない状況だった。
先日つけられたステップも、所々消えかかっており、足をかけるのが難しいこともあった。
そんな時は、私がアイゼンを装着したブーツで雪面を蹴り込み、何とか足場を作ってC氏を下らせた。
しかし、後ろ向きで恐る恐る下っている状態であり、遅々としてなかなか高度を下げられない。
こんなことを雪の無い安全な場所まで繰り返さなければならないのか、と思うと気が遠くなった。
そんな時、登りで追い抜いてきた2名の登山者が上がってくるのが見えた。
何か、C氏が安全に下山できるための手段がないか…
祈るような気持ちで2名の登山者に助けの手を求めた。
追いついてきた2名の登山者と会ったところで、事情を簡単に説明する。
1人の外国人登山者が冬山装備も無しに下っているということ。
ピッケルを貸して、足場を作りながら下山のサポートをしていること。
当然、2人が最初に見せたのは無謀な登山をしているC氏に対しての呆れた表情。
しかし2人とも協力をしてくれると言ってくれた。
これはありがたい。
2人のうちの1人(後に山岳ガイドであることが分かるN氏)が提案。
とりあえず雪の緩む11時ぐらいまで待ってもらって、それから下山してもらうのはどうか。
ここからだと9合目の小屋が近いので、そこまでまず下りよう、と。
危険な場所から早く下ろそうとばかり考えていたので、雪が緩むまで待つというアイデアは頭になかった。
これだけでも、助けを求めて良かったと思った。
キックステップと、ピッケルのブレード部分で足場を作りながら、何とかC氏を9合目小屋まで下ろすことができた。
それから、待つ間にC氏が低体温症になることを防ぐために、N氏はツェルトを張り始めた。
私もツェルトを持っていることを伝えると、二重にして張りましょう、とのことだった。
ツェルトを張り終えてから、私と2名の登山者(N氏、T氏)で救助隊を呼ぶかどうか相談した。
そして、こちらは全員が救助経験があるわけではないし、やはり救助のプロに任せた方がいいだろう、ということで通報することにした。
とりあえず、ツェルトを張り終えたし後は雪が緩むのを待つだけ…
N氏が、時間はまだあるし、今の内に富士山頂に行ってきたらどうかと提案した。
N氏は今まで何度も積雪期の富士山に登ったことがあるから、ここでC氏と一緒に残る、まだ雪の富士山の頂を踏んでいない私とT氏で行ってきたらいい、とのことだった。
完全に富士の山頂を諦めていた私にとって、その提案はすごくありがたかった。
そんなわけで、思いもよらない同行者のT氏と共に、山や山道具の話をしたり、
写真を撮りながら楽しく富士山頂へ行ってくることができた。
「雲が出てきているので早めに下山して欲しい」とN氏からお願いされたので
剣ヶ峰には行けなかったが、それでも富士山の山頂に立てただけでも十分だと思った。
富士山の山頂から、N氏、C氏の待つ9合目小屋に戻ってきたのは、11時前。
救助隊はまだ出発していないようだった。
ここで待っていると時間も遅くなり、雪が硬くなったりして救助が難しくなる可能性があるので、
「とりあえず我々だけで下りれるところまで下り、救助隊に合流した時点でC氏を引き渡す方がいいだろう」と、N氏は提案した。
異論はなかった。
下山方法であるが、N氏がアンザイレンでC氏を確保しながら下りる。私とT氏はアイゼンの無いC氏が下りやすいように、雪面を蹴り込んでステップを作りながら先行する、という形になった。
T氏がハーネスと輪つきのカラビナを持っていたので、それをC氏に装着してもらうことに。N氏がザイルでC氏を確保する。
下山開始。
初めは私が先頭に立ち、富士山の急斜面を下り始める。
登りと違って、雪が緩んでいるからしっかりとステップを刻むことができる。
…ただ、ピッケルはC氏に貸したので、私はアイゼンだけでの下山となった。
ピッケルがないと、急斜面の下りは怖い怖い。滑り落ちる可能性が頭をよぎると、足の運び一つ一つに緊張感が付きまとった。
小屋ごとに休止しながら下山する。
途中で、ピッケルの使い方を熟知していないC氏より、私がピッケルを持った方が良いとのN氏の提案により、愛用のベノムアッズは私の手に戻ってきた。
その代わり、ピッケルを持ったN氏と私の2人でC氏をサンドイッチするようにザイル確保しながら、下りることとなった。
ピッケルがあるとないとでは、斜面を下る時の安心感が違う。
新7合の小屋で休憩中に、下から救助隊が上がってきた。
そこで遭難者のC氏を引き渡して、とりあえずは一段落することができた。
今回の登山は、今年に入ってから一番…
いや、今までの登山経験で最も印象深いものとなった。
初の積雪期の富士さんで、登るだけでなく、遭難者の救助も一緒にやることになるとは。
そして、私も、N氏、T氏、C氏も皆が無事に下山できた。皆が無事で本当によかった。
山岳ガイドのN氏の的確で冷静な状況判断と指示は、本当に心強かった。
そして、富士山頂に同行してくれたT氏も、登山をより一層充実したものにしてくれた。
この場を借りて、お礼の言葉を申し上げたい。
下山後、山関連のニュースで
C氏と一緒に富士山に登ったスロバキア人の男性が行方不明になっていることを知り驚いた。
下山途中にC氏から「友達と来た。友達は先に下りた」と言うことは聞いていたが、
私たちはてっきりC氏の友人はある程度安全なところで諦め、5合目の駐車場で待っているとばかり思い込んでいた。
しかし、現実はC氏は友人と9合目付近で別れていたのだった。
その事実を知って、気が重くなった。
5月28日、現在においてまだスロバキア人男性は発見されていない。
現実的な見方をすれば、生存の可能性は低いだろう…。
無事でいてくれるといいが。
ハッピーエンドで終わらなかったのが、何だか悔しい。
だが、あの場所でできる限りのことはやったと思う。
今回、1人の登山者の救助に携わったわけだが、今度は自分が救助される側になる可能性も無きにしも非ず。
「無謀な登山者め」と言われないよう、安全第一で、チキンと呼ばれようと気にせず、時には撤退もしながら、ピークを目指してこれからも登っていきたい。
T氏、N氏の2名もブログにて今回の遭難事件を取り扱っていた。
許可を得てリンクを張らせて頂いたので、もし興味のある方は以下のURLから。
T氏ブログ
http://fujisan.rash.jp/2012/05/120524-1.html
N氏ブログ
http://lis-blog.rash.jp/michi/2012/05/fuji-sounan.html
ANZNさん、はじめまして。
このレコをアップしていただいたことに
感謝申し上げます。
多くのヤマレコのユーザーの皆さんに読んで
もらいたいなと思います。
この記事を読んで、あなたが第一発見者で本当に良かったと思いました。
スキーヤーやボーダーが多い時期。
平日の朝7時台の9合目付近には、本来登山者の姿はほとんどありません。
しかしこの日は、快速で登ってきたANZNさんと、深夜から登り始めていた私たち二人が、その場にいました。
これは、幸運が重なったというよりも、振り返るほどに必然だったような気さえしてきます。
今回の一件で、私自身も多くのことを学ばせてもらいました。
どんなに経験を積んでいったとしても、いつか事故に遭ってしまうかもしれません。
そして、誰かの力を借りることもあるかもしれません。
だからこそ、常日頃から困っている人がいたら助けられるゆとりを持った登山者でありたいと、今改めて感じています。
この経験も活かして、お互い、いい山を続けていきましょうね。
野中
初めまして。
勿体無いようなお言葉、ありがとうございます。
当初は今回のことはレコには書かないつもりでしたが、
ふと、こういう記録こそ書いた方がいいのでは方が良いのではないかと思い立ちました。
「楽しい登山」「素晴らしい登山」の謳い文句や記事はよく見ますが、
山のもう一つの側面、「怖い登山」を前面に出したものはあまり見ない。
私は自分が生きてに登って降りてくるために、山の「怖い」部分や事例を学びたい。
そういったニーズが自分の中にあったので、他にも同じようなニーズを持った人と共有できたら…と思った次第です。
富士山では本当にお世話になりました。
ありがとうございました。
野中さんの的確な指示がなければ、下山の危険度はより増していました。
リアル山岳遭難に出くわしたのは初めてだったので、
どうしたらいいのか分からない部分も大きかったです。
あの場所で出会えたのが、野中さんとTさんで本当によかったです。
しかしまぁ、本当に驚くぐらい偶然が重なって、
あの救出劇があったわけです。
本当に巡り合わせというのは予測不可能ですね。
それでは、またいつかどこかで。
とても感動しました。
私は夏ばかり富士山登ってます。
いつか ちゃんと冬山の講習受けてガイドさんと登りたいな・・・
コメントありがとうございます。
早いものであれからもうすぐ1年が経とうとしています。
厳冬期はさすがに無事に行って帰ってこれる自信がないので、今年も残雪気に富士山に登ろうと考えています。
事故や遭難とは無縁の富士登山ができるといいです(笑)
anznさんの「だからと言ってこの人が死んでいいという訳ではない」の発言には感動。
ここには書いてありませんでしたが、「僕は日本だからいつでも又富士山に登れるから」と登頂を断念した事を優しくチェコ人に語った言葉も感動。
野中さんは、去年ガイドツアーに参加して存じてましたが、以前こんな事があった事はその後たまたま知りました。本当に皆、素晴らしい!
チェコ人は助けられた命を大事にして欲しいですね。亡くなったスロバキア人?と同じ運命になるとこだったんですから。
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