記録ID: 5486768
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ハイキング
近畿
大和三山(耳成山、天香久山、畝傍山)と藤原京の史跡巡り
2023年05月10日(水) [日帰り]



体力度
2
日帰りが可能
- GPS
- 07:28
- 距離
- 19.8km
- 登り
- 312m
- 下り
- 299m
コースタイム
日帰り
- 山行
- 5:51
- 休憩
- 1:37
- 合計
- 7:28
距離 19.8km
登り 313m
下り 301m
三山ともに標高200m以下の山。
暗いところはやぶ蚊がいます。
暗いところはやぶ蚊がいます。
天候 | 晴れ |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2023年05月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
電車
|
写真
「香具山は 畝火ををしと 耳梨と相あらそひき 神代よりかくにあるらし古昔(いにしへ)も 然(しか)にあれこそ うつせみも 嬬(つま)をあらそふらしき」(巻1、13) 『万葉集』では、三山を男女の三角関係に例えた中大兄皇子の歌にも詠まれるなどしている。ふむふむ。。。
「春過ぎて夏来にけらし白妙の 衣干すてふ天の香具山」(持統天皇)
「香久山は、多武峰(とおのみね)、音羽山につづく龍門山塊の一部で、一番山容は目立たず、面積も9ヘクタールと小さいが一番知られている山」
「香久山は、多武峰(とおのみね)、音羽山につづく龍門山塊の一部で、一番山容は目立たず、面積も9ヘクタールと小さいが一番知られている山」
天香久山の山頂に鎮座する國常立(くにとこたち)神社。
山というよりは小高い丘の印象であるが、古代から「天」という尊称が付くほど三山のうち最も神聖視された。天から山が2つに分かれて落ち、1つが伊予国(愛媛県)「天山(あめやま)」となり1つが大和国「天加具山」になったと『伊予国風土記』逸文に記されているとのこと。
山というよりは小高い丘の印象であるが、古代から「天」という尊称が付くほど三山のうち最も神聖視された。天から山が2つに分かれて落ち、1つが伊予国(愛媛県)「天山(あめやま)」となり1つが大和国「天加具山」になったと『伊予国風土記』逸文に記されているとのこと。
祭神として祀られている國常立神は日本神話の根源神で、『古事記』では神世七代の最初の神とされている。小さな祠の前に深さ1mほどの壺が埋められており、雨乞いの神事に使われるそうだ。
「天武天皇が皇后(後の持統天皇)の病気平癒祈願のために建立した寺。文武天皇2(698)年、藤原京に完成した。現在の場所へは平城京遷都に伴って移築された。現在では遺構として金堂跡と東西両塔跡に大きな礎石だけが残されている。」
頂上まで、くねくねと迂回しながら、ずっとゆるやかな登りが続く。大和三山では一番標高が高いが、一番登りやすい。
登山道は歩きやすい。
田の畝のようにくねくねした尾根を多く持つことから、畝傍山(うねびやま)と名付けられたそうだ。
登山道は歩きやすい。
田の畝のようにくねくねした尾根を多く持つことから、畝傍山(うねびやま)と名付けられたそうだ。
感想
大和三山とともに、橿原市の歴史ある寺社・史跡をめぐることができた。
大和三山のうち、特に天香久山は、百人一首「春過ぎて夏来にけらし白妙の 衣干すてふ天の香具山」(持統天皇)という和歌に、どんなところだろうと高校時代から思っていた場所だった。その場所に立てて念願がかなった。但し、そんな余韻は感じられなかった。1400年前は、もっとも神聖でかつ、人気のスポットだったのだろうか。。。
八木辻の交流館では、日本遺産に登録されている竹内街道・横大路(大道)、奈良とをつなぐ下ツ道のクロスポイントにあり、1400年以上前からの古い歴史に触れることができた。紹介ビデオを見るとともに、学芸員の方から、詳細な説明をいただいた。
今度は、堺から竹内街道・横大路を歩いて、今井町の古い町並みも見たい。
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