なんだかなー雪無武奈ヶ岳(登山は中動態)


- GPS
- 07:09
- 距離
- 21.5km
- 登り
- 1,691m
- 下り
- 1,659m
コースタイム
- 山行
- 5:35
- 休憩
- 1:35
- 合計
- 7:10
過去天気図(気象庁) | 2023年12月の天気図 |
---|---|
アクセス |
利用交通機関:
電車
|
写真
感想
年末恒例の(知らんがな)武奈ヶ岳へ。
比良駅から、通ったことのない道でイン谷へ。汗だくになって青ガレ登る。金糞峠を過ぎても雪ない。コヤマノら辺でうっすら残雪。天気は快晴。武奈ヶ岳では白山がよく見えます。いつか行ってみたい。しばらく景色を堪能します。ほいで、北稜を下って釣瓶岳へ。途中、登山者二名と行き違う。ナガオ尾根を下って広谷へ。そこから間違った支流を辿ってしまい彷徨う。八雲ヶ原で遅めの昼めし。いつものダケ道で下山。比良とぴあ♨でサッパリしてボヤッキーして🐸
~以下駄文~
しかしまーなんですなぁ。ないない。なにが。雪が。寒さも風もない。早春の登山みたい。が、なんか違う。それは太陽が低いから。つまり地球の自転軸が太陽の公転軸に対して23.4度傾いているため。で、陽光が優しい。母親の愛情に包まれるかのように。なんか子どもの頃を思い出すような。郷愁。大分むぎ焼酎、二階堂のCMみたいな。「幼き自分に会いに行く」てな感じのコピー。
山を歩いてると、ふと、この道通ったなと感じることがある。デジャヴュ。実際以前来たことがあったり、あるいは他の山道で似たようなとこを思い出したりする。山行を重ねていくと経験が増えるので、益々そんなことが起こり得るのだろう。
事実、今日のルートは ♪ちょうど一年前に この道を通った夜 昨日の事のように 今はっきりと想い出す♪ ではないがちょうど一年前に来たルートで↓
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-5041508.html
私は去年の自分と出会い、追いかけ追い越して行く。
そんなノスタルジアな気分に浸ってしまうのは、ズバリ、老いてきたからであろう。歳をとることは死に近づくこと。死を身近に感じることが増えてきたため、望郷の念にかられ、そのこと自体を心地よく思う、もしくは思わずにはいられなくなっているのだろう。若者はそんなことを感じないし、快くは思わない。なぜなら、当たり前だが、若者には輝かしい(と思しき)未来がある。過去を省みることはしない。そんなこと感じながら登山している若者がいるとすれば、それはもはや若者ではない。骨肉は若いが中身は年寄りのそれだろう。中高年で「登山」にはまる人が多いのは若く無いから。「若者」が志向するのは「登山」ではないのだろう。
(若者が往々にしてフリカエル過去はトラウマの記憶だろう)
私自身、登山を始めたのは、30代になってからである。山へ向かうのは意識的というよりは、内部的と外部的の要因が組み合わさったものが登山へと仕向けさせているようにおもう。案外というより、実際のところ、人は自分の行動の原理には気づいていない。
畢竟、「登山という行為は中動態、or and ≒登山は暇つぶしである」という仮説をここに立てて、本日の山行感想を終わりにする。多少思考が飛躍しているのは自覚しているが、与えられた紙幅が既に尽きたから、これで擱筆する外はない。
で、何が言いたかったんかちゅうと、そんなことをつらつら思索、愚考するのには、冬の武奈北陵、ナガオ尾根は最適なのであるということです。
"ひとさじの紅茶、私がマドレーヌの一切れをやわらかく溶かしておいた紅茶を、唇にもっていった。唇にふれた瞬間に、私は身震いした。すばらしい快感が私を襲ったのであった・・・いったいどこから私やってくることができたのか、この力強いよろこびは?それは紅茶とお菓子の味につながっている・・・"
『失われた時を求めて』
昨日みた映画は市子でした。
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