記録ID: 7393514
全員に公開
無雪期ピークハント/縦走
紀泉高原
葛城二十八宿経塚巡行【復刻版】第16番 流谷金剛童子 から第15番岩湧山、第14番 光滝寺
2015年11月16日(月) [日帰り]


- GPS
- --:--
- 距離
- 18.9km
- 登り
- 711m
- 下り
- 663m
コースタイム
日帰り
- 山行
- 5:41
- 休憩
- 2:15
- 合計
- 7:56
8:04
17分
スタート地点・天見駅
8:31
6分
8:31流谷
8:37
4分
8:37第16番経塚入口
8:41
8:47
13分
8:41▲第16番経塚8:47
9:00
9:24
5分
9:00■朝食休憩9:24
9:29
8分
9:29竹のタワ
9:37
13分
9:37ループ
9:50
6分
9:50トチ谷線
10:20
10:25
33分
10:20■岩湧古道分岐10:25
11:28
19分
11:28▲行者堂
11:47
13分
11:47▲第15番経塚岩湧寺
12:00
26分
12:00岩湧の森境界
12:26
30分
12:26タツガ岩眺望点
12:56
15分
12:56扇畑谷分岐
13:11
13:36
0分
13:11○権現滝上昼食休憩13:36
14:05
19分
14:05滝畑ダム
14:24
12分
14:24夕月橋
14:52
14:57
3分
14:52■光滝寺口14:57
15:30
15:55
5分
15:30滝畑観光茶店15:55
16:00
前回までに、第13番鎌のタワまできている。第13番鎌のタワから第14番経由、第15番岩湧山経塚までのルート取りはちょっと頭をひねった。当初は、鎌のタワから尾根づたいに蔵王峠−大畑の里−桃の木ダオ周辺で宿泊−南葛城山の第14番一本杉鏡の宿−岩湧山−岩湧寺−流谷のコースを考えた。しかし、それでは光滝寺が中ぶらりんとなるし、正規の(江戸時代以前の)行者道を調べると、
蔵王峠−光滝寺−滝畑−横谷−岩湧寺−流谷・・・となっている。
アプローチも考慮し、逆コースにはなるが、
(1)天見−流谷(第16番)−岩湧寺(第15番)−横谷−滝畑−光滝寺(第14番)
(2)天見−根古峯−岩湧山分岐−一本杉(第14番)−南葛城山−大畑(行所)−蔵王峠−第13番鎌のタワ−蔵王峠−光滝寺
の2分割ルートした。
今回は(1)コースで、登山はなし、全部林道または車道歩きとなる。従ってまたアプローチシューズ。
【コースタイム】
1.流谷金剛童子
8:04天見−8:21天見八幡神社前−8:31流谷−8:37第16番経塚入口−8:41▲第16番経塚8:47−9:00■朝食休憩9:24−9:29竹のタワ−9:37ループ−9:50トチ谷線−9:56行司河原分岐
2.岩湧の森
−行司河原分岐9:56−10:20■岩湧古道分岐10:25−10:58○岩湧寺昼食休憩11:22−11:28▲行者堂−11:47▲第15番岩湧寺−12:00岩湧の森境界
3.横谷
−岩湧の森境界12:00−12:26タツガ岩眺望−12:56扇畑谷分岐−13:11○権現滝上昼食休憩13:36−14:05滝畑ダム
4.光滝寺
滝畑ダム14:05−14:24夕月橋−14:36バス停−14:52■光滝寺口14:57−15:00▲光滝寺15:21−15:30滝畑観光茶店15:55−16:00バス停
■休憩、○昼食休憩、▲経塚
-----------------------------------------------------------------------------------
■対応元記事
https://stellabyhydra.blog.fc2.com/blog-entry-268.html
https://stellabyhydra.blog.fc2.com/blog-entry-269.html
https://stellabyhydra.blog.fc2.com/blog-entry-270.html
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蔵王峠−光滝寺−滝畑−横谷−岩湧寺−流谷・・・となっている。
アプローチも考慮し、逆コースにはなるが、
(1)天見−流谷(第16番)−岩湧寺(第15番)−横谷−滝畑−光滝寺(第14番)
(2)天見−根古峯−岩湧山分岐−一本杉(第14番)−南葛城山−大畑(行所)−蔵王峠−第13番鎌のタワ−蔵王峠−光滝寺
の2分割ルートした。
今回は(1)コースで、登山はなし、全部林道または車道歩きとなる。従ってまたアプローチシューズ。
【コースタイム】
1.流谷金剛童子
8:04天見−8:21天見八幡神社前−8:31流谷−8:37第16番経塚入口−8:41▲第16番経塚8:47−9:00■朝食休憩9:24−9:29竹のタワ−9:37ループ−9:50トチ谷線−9:56行司河原分岐
2.岩湧の森
−行司河原分岐9:56−10:20■岩湧古道分岐10:25−10:58○岩湧寺昼食休憩11:22−11:28▲行者堂−11:47▲第15番岩湧寺−12:00岩湧の森境界
3.横谷
−岩湧の森境界12:00−12:26タツガ岩眺望−12:56扇畑谷分岐−13:11○権現滝上昼食休憩13:36−14:05滝畑ダム
4.光滝寺
滝畑ダム14:05−14:24夕月橋−14:36バス停−14:52■光滝寺口14:57−15:00▲光滝寺15:21−15:30滝畑観光茶店15:55−16:00バス停
■休憩、○昼食休憩、▲経塚
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■対応元記事
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過去天気図(気象庁) | 2015年11月の天気図 |
---|---|
アクセス |
利用交通機関:
電車
|
写真
8:05頃天見の駅を出発。今日も5時起きで眠たい。今日は山登りはなく、距離も15kmほどなのでのんびりと歩く。天見名物?オカマ(8:17)。
家用の風呂釜にしては大きいが何に使ったのだろう。向うに丸いフタのようなものが見える。
家用の風呂釜にしては大きいが何に使ったのだろう。向うに丸いフタのようなものが見える。
妙法蓮華経 如来寿量品第十六之地
中には地蔵菩薩と不動明王がいらっしゃるということだが、見えない。横にある石碑は、新しいもので(昭和53年)、祠の修理にあわせて建立されたものらしい。
中には地蔵菩薩と不動明王がいらっしゃるということだが、見えない。横にある石碑は、新しいもので(昭和53年)、祠の修理にあわせて建立されたものらしい。
お参りをすませ辞去する。帰りしなに竹薮のところで、竹伐りの地元の方が作業しておられた。
「えらいとこから降りてくるんやな」
ボクは帽子をとって、
「すみません、お参りさしてもらいました」
「ああそうかいな、それはどうも」
かなり年配で70代以上の人だったので、「お参り」で委細了解という感じだった。ありがとうございます。
「葛城の峰と修験の道」中野榮治著 を見ていると、さっきの経塚の地は「上の不動」といい、元々は山の上にあって、通常は遥拝していたのを降ろしてきたものらしい。それでは「下の不動」とは?それは高さ2mほどの巨大な石で、、先程の電話ボックスから降りてきた川にあるらしいのだが、はてそんな大石は見えなかったが・・・それは高さ2mというので、草が茂っていても見落とすはずはないのだが・・・・小川付近から電話ボックスをみても、そんな大石は見当たらない。もっと別の場所にあるのか?これは再訪やな。
サイズ変更PB160420
「えらいとこから降りてくるんやな」
ボクは帽子をとって、
「すみません、お参りさしてもらいました」
「ああそうかいな、それはどうも」
かなり年配で70代以上の人だったので、「お参り」で委細了解という感じだった。ありがとうございます。
「葛城の峰と修験の道」中野榮治著 を見ていると、さっきの経塚の地は「上の不動」といい、元々は山の上にあって、通常は遥拝していたのを降ろしてきたものらしい。それでは「下の不動」とは?それは高さ2mほどの巨大な石で、、先程の電話ボックスから降りてきた川にあるらしいのだが、はてそんな大石は見えなかったが・・・それは高さ2mというので、草が茂っていても見落とすはずはないのだが・・・・小川付近から電話ボックスをみても、そんな大石は見当たらない。もっと別の場所にあるのか?これは再訪やな。
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林道とち谷線(9:50)
あれ、またとち谷線入口。地図をみると、どうやらここが旧道で、それを利用して林道を作っているようだ。この先でUターンして、さっきのとち谷に入って行くようになっている。WEBを見ていると、この谷の溯行も面白そうだ。長大な谷で、遡っていくと五つ辻に至る。
あれ、またとち谷線入口。地図をみると、どうやらここが旧道で、それを利用して林道を作っているようだ。この先でUターンして、さっきのとち谷に入って行くようになっている。WEBを見ていると、この谷の溯行も面白そうだ。長大な谷で、遡っていくと五つ辻に至る。
行司河原分岐(9:56)
これから岩湧寺への登りになる。
行司河原分岐からは、やや道が広くなった。と思ったら一応府道だった。しかし、林道に毛が生えたようなものなのだが・・・
林道が分岐するところに「岩湧の森」のサインがあった。 「岩湧の森」についてはほとんど知識はない。「府民の森」と同じようなものだろうか?できてから20年くらいというので、設立年代と指定管理者の差くらいのものか?
これから岩湧寺への登りになる。
行司河原分岐からは、やや道が広くなった。と思ったら一応府道だった。しかし、林道に毛が生えたようなものなのだが・・・
林道が分岐するところに「岩湧の森」のサインがあった。 「岩湧の森」についてはほとんど知識はない。「府民の森」と同じようなものだろうか?できてから20年くらいというので、設立年代と指定管理者の差くらいのものか?
お地蔵さんは「最近」、清掃中に見つけられたものとか。いつが「最近」なのか分からないが、「最近」らしい。祠や看板はいい塩梅に古びてきてはいる。お地蔵さんのお顔が黒いのはナントカならんのやろか?
どこかに書いてあったが、岩湧寺までの道には丁石のように10体の地蔵さんが安置されていたということだが、三体しか見えなかった。せっかくなので、水を汲ませてもらった。
どこかに書いてあったが、岩湧寺までの道には丁石のように10体の地蔵さんが安置されていたということだが、三体しか見えなかった。せっかくなので、水を汲ませてもらった。
岩湧寺に行ってみる。 岩湧寺は、大宝年間(701〜704)に修験道の開祖・役小角が開基、後に文武天皇の勅願寺に定められ、山伏の修験道場として栄えたという。始めは天台宗だったが、明治に融通念仏宗に帰依したという。帰依したと当たり障り無く書いてあるが、修験道弾圧のせいだろう。
これは多宝塔。もう少し季節が早ければ、シュウカイドウが咲き乱れるという場所だ。名残の花もあったが、ちょっとくたびれていた。
多宝塔は室町時代の建立と推定されていて、国の重要文化財。多宝塔の本尊である大日如来坐像(重要文化財)は、桧材寄木造、平安時代末期の作という。
これは多宝塔。もう少し季節が早ければ、シュウカイドウが咲き乱れるという場所だ。名残の花もあったが、ちょっとくたびれていた。
多宝塔は室町時代の建立と推定されていて、国の重要文化財。多宝塔の本尊である大日如来坐像(重要文化財)は、桧材寄木造、平安時代末期の作という。
本堂
掃除中らしく、脚立がナントモ。
本堂は江戸時代初期、天文年間頃に建てられ、国重要文化財。本堂には本尊十一面観世音菩薩・右役小角・左 不動明王が安置されている。
10月4日に特別公開があったようなのだが・・・・それを狙って来るほどの仏像ファンでもない。
掃除中らしく、脚立がナントモ。
本堂は江戸時代初期、天文年間頃に建てられ、国重要文化財。本堂には本尊十一面観世音菩薩・右役小角・左 不動明王が安置されている。
10月4日に特別公開があったようなのだが・・・・それを狙って来るほどの仏像ファンでもない。
行者堂に行ってみる。第15番岩湧寺には経塚が東西2つあると言われていて、東の経塚は不明になっているが、その候補が行者堂付近とされている。
林道(加賀田滝畑線)のカーブを少し上がると、いわわきの道、きゅうざかの道への分岐がある。
写真はきゅうざかの道といわわきの道の分岐点だが、いわわきの道を登る
林道(加賀田滝畑線)のカーブを少し上がると、いわわきの道、きゅうざかの道への分岐がある。
写真はきゅうざかの道といわわきの道の分岐点だが、いわわきの道を登る
行者堂の尾根は結構大きいように思えたのだが、地図ではそれが現れていない。なので、地図上に行者堂の位置が正確にポイントできていない。最初は、もう一つ東の尾根の北東のでっぱりだと思ったのだが、その東の谷はいわわきの道が登って行く谷だった。
岩湧寺には修験らしい風景は希薄だっただ、やっと修験の行場らしい風景を見ることができ、満足した。
岩湧寺には修験らしい風景は希薄だっただ、やっと修験の行場らしい風景を見ることができ、満足した。
経塚のすぐ下の尾根先はスパッと切れ落ちていて、その前には杉の大木があり、ヒデがお供えされていた。この光景は行者堂の光景と酷似している。
ここからは東の行者堂は木々に隠れて見えないが、木々が低い時、葉っぱが落ちた時など見通せるのではないか。柿ノ多輪と行者堂のロケーションや光景をみていると、対になっているとしか思えない。
臥龍ノ窟など見落とした所もあるので、季節を代えてもう一度きてみたい経塚ではある。
ここからは東の行者堂は木々に隠れて見えないが、木々が低い時、葉っぱが落ちた時など見通せるのではないか。柿ノ多輪と行者堂のロケーションや光景をみていると、対になっているとしか思えない。
臥龍ノ窟など見落とした所もあるので、季節を代えてもう一度きてみたい経塚ではある。
尾根道をのんびり下る。今は林道滝畑横谷線が鋭い尾根を巻いて、最後には尾根道となるので、のんびり歩けるが、昔はそうはいかなかっただろう。
滝畑から岩湧寺へのルートとして、古い文献にはこうある。
【瀧畑の下を右東の谷の口に熊野有。是より川に付て上れば描谷也。檜留 道の上に金剛童子有。右の谷を左の道へ十丁斗往ば、左山原に柿木四五本有。左の原を尾へ登り、右東の方へ上り、左方の山伝いに往、岩湧の上へ出る也。】
(「葛城峯中記」 千勝院 鎮永 著、「葛城の峰と修験の道」中野榮治著より)
これを以下のように理解すると、現在の林道と良く似たコースとなる。
--------------------------
瀧畑の下を右東の谷=横谷川
熊野=熊野滝=熊野権現
猫谷=横谷
道の上に金剛童子=?
右の谷を左の道へ十丁=フナサコ林道、金山谷へ入らず横谷川を横谷集落へ
左の原を尾へ登り=今の林道滝畑横谷線が尾根に上がる辺りで北の尾根に上がる。地理院地図では斜面がやや緩やかになって、破線路がついている辺りを尾根にのぼる
右東の方へ上り=尾根づたいに東
左方の山伝いに往=コンター550と描いてある鋭い尾根を巻くか、谷沿いに遡って峠を越して、岩湧寺への峠に至る.
--------------------------
しかし、林道を歩いて周囲をみてみると、これはとんでもなりコースだ。滝畑から岩湧寺へは、岩湧山ピークを乗り越える以外にこの道しかなかったのだろう。ここを歩くこと自体が修行のようだ。ボクは林道をのんびり下っている。
滝畑から岩湧寺へのルートとして、古い文献にはこうある。
【瀧畑の下を右東の谷の口に熊野有。是より川に付て上れば描谷也。檜留 道の上に金剛童子有。右の谷を左の道へ十丁斗往ば、左山原に柿木四五本有。左の原を尾へ登り、右東の方へ上り、左方の山伝いに往、岩湧の上へ出る也。】
(「葛城峯中記」 千勝院 鎮永 著、「葛城の峰と修験の道」中野榮治著より)
これを以下のように理解すると、現在の林道と良く似たコースとなる。
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瀧畑の下を右東の谷=横谷川
熊野=熊野滝=熊野権現
猫谷=横谷
道の上に金剛童子=?
右の谷を左の道へ十丁=フナサコ林道、金山谷へ入らず横谷川を横谷集落へ
左の原を尾へ登り=今の林道滝畑横谷線が尾根に上がる辺りで北の尾根に上がる。地理院地図では斜面がやや緩やかになって、破線路がついている辺りを尾根にのぼる
右東の方へ上り=尾根づたいに東
左方の山伝いに往=コンター550と描いてある鋭い尾根を巻くか、谷沿いに遡って峠を越して、岩湧寺への峠に至る.
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しかし、林道を歩いて周囲をみてみると、これはとんでもなりコースだ。滝畑から岩湧寺へは、岩湧山ピークを乗り越える以外にこの道しかなかったのだろう。ここを歩くこと自体が修行のようだ。ボクは林道をのんびり下っている。
岩湧アルプス
タツガ岩も含めて、この辺りは岩場が多く、その筋の人々の間では「岩湧アルプス」と言われているようだ。「岩湧」という名前そのものが、「岩が湧いている?」ことから名づけられたんだろうか?行者さんが好みそうなエリアだ?
タツガ岩も含めて、この辺りは岩場が多く、その筋の人々の間では「岩湧アルプス」と言われているようだ。「岩湧」という名前そのものが、「岩が湧いている?」ことから名づけられたんだろうか?行者さんが好みそうなエリアだ?
何かと思ったら、サルの前栽の登り口(13:01)
名前がおもしろいので記憶にはあったが、こんなところから登るのか?そういえば、近くの空き地にクルマが数台停まっていた。サルの前栽登りか。いろんなレポートを見ると、サルの前栽も岩場だそうな。
前栽を愛でる風流なサルもいるのか?最初、「サルの前菜」かと思っていた。
名前がおもしろいので記憶にはあったが、こんなところから登るのか?そういえば、近くの空き地にクルマが数台停まっていた。サルの前栽登りか。いろんなレポートを見ると、サルの前栽も岩場だそうな。
前栽を愛でる風流なサルもいるのか?最初、「サルの前菜」かと思っていた。
権現滝(13:11−13:36)
昼飯から2時間ほど経って、若干腹も減ってきた。休憩もしていない・・・ちょうどよい空き地があったので休憩。
小さな尾根を切り通して林道が作ってある。
昼飯から2時間ほど経って、若干腹も減ってきた。休憩もしていない・・・ちょうどよい空き地があったので休憩。
小さな尾根を切り通して林道が作ってある。
休憩後、林道が谷を渡ったところに差しかかると、降り口があった。かなり太いロープが設置してあった・「権現滝」という滝のようだ。「葛城峯中記」にあった、熊野とはこの熊野滝で、熊野権現であると、やっと分かった次第だ。なるほど、この横谷が行者の道になったのもわかる気がした。
とりあえず先に光滝寺に行くことにして、滝畑湖畔の茶店は通過。
周辺には駐車場、バーベキュー場がたくさんある。ここだけでなく、茶店下流にも相当広い場所が作ってあった。街には焚き火もできて、バーベキューできる場所がまずないので、人気の場所なんだろう。
周辺には駐車場、バーベキュー場がたくさんある。ここだけでなく、茶店下流にも相当広い場所が作ってあった。街には焚き火もできて、バーベキューできる場所がまずないので、人気の場所なんだろう。
たしかに江戸時代までは葛城修験二十八宿の霊場で、このお寺か周辺に「佛徳多輪」なる第十四経塚があったらしいが、その詳細は今となっては分からず。「安楽行品」を埋納し、柚多輪とも言ったらしい。
どうも修験のよすがが感じられない。今、宗派は融通念仏宗だし。「葛城の峰と修験の道」中野榮治著によると、本堂前には法華塔があり、これが経塚かも知れないと書かれ写真もあるのだが、見当たらない。旧光滝寺の仏像は何体か「滝畑ふるさと文化財の森センター」に移設されているそうなので、そこにヒントがあるかもしれない。
参道脇に「大峰三十三度」の記念碑があった。修験との関りはこのくらいか?しかし、こういうものはどこにでもあるし・・・
参道脇に「大峰三十三度」の記念碑があった。修験との関りはこのくらいか?しかし、こういうものはどこにでもあるし・・・
撮影機器:
感想
今回は経塚3つにお参りでき、充実した1日だった。15km位の予定が、19kmくらいのウォークだった。
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