前鬼から大峰奥駆け道北部縦走 吉野まで行くつもりが予定変更で山上ヶ岳から下山
- GPS
- 75:18
- 距離
- 57.8km
- 登り
- 4,292m
- 下り
- 3,786m
コースタイム
- 山行
- 6:44
- 休憩
- 1:40
- 合計
- 8:24
- 山行
- 8:23
- 休憩
- 1:39
- 合計
- 10:02
- 山行
- 7:44
- 休憩
- 1:26
- 合計
- 9:10
天候 | 朝は晴れて明けるものの稜線では霧。時折、霧雨あり |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2021年09月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
電車 バス
下山は、洞川温泉から奈良交通バスで近鉄下市口駅へ 1,300円 |
写真
感想
大峰は、関西百名山のために個別に登ってきたことから大峰奥駆け道という意味では隙間だらけで繋がっていなかった。
今回、O氏から前鬼から北奥駆け道を吉野まで歩きませんかとのお誘い、二つ返事でOKして今回の山行になった。
台風が前日の17日から18日の朝にかけて近畿地方を通り抜けるということで心配したが、初日はとにかく前鬼の宿まで行きつくことができればと決行した。
大和上市から定刻の8時30分に出たふれあいバスだったが、前日までの雨による規制によって不動窟のバス停で待機状態に。一時はタクシーを呼ぼうかという話もあったが、まあ、2時までに前鬼口に着ければいいんだからとバスの中で待っていたら、2時間待機の後、規制が解除されて運行が開始され、前鬼口には2時間遅れの12時30分頃に到着した。
歩き始めたら、前鬼までトチの実を採りに行くという人の軽トラックが通りかかり、不動七重の滝の遊歩道入り口まで乗せて頂くことができた。今回もラッキーである。以前、林道の展望台から滝を見たことはあったが、間近に見られる展望台があるということで遊歩道を降りることにした。
遊歩道を降り、吊橋を渡って左岸側を進むうち特に道らしいものも無くなり川岸の遡行に。下段の滝が見えてきたところまで進んだが、その先は水量も多く危なそうであったので引き返しながら展望台へ登る道を探したが、どうしてもその登り口が見つからず結局林道まで戻って10分ほど進んだ展望だから眺めることになった。この日は、雨の後だったこともあり遠くからでもなかなかの迫力を感じることはできた。
前鬼の小仲坊に着くと丁度作業をされていた五鬼助さんが迎えてくれた。
この日、五鬼助さんにとってお馴染みの山岳会の方や行者さんが来られていて賑やかな酒の席になっていたので早めに食事をとらせていただいたが女将さんがまた途中からはご主人まで加わってくださり昔話も含めて楽しい夕食の時を過ごすことができた。またこの宿では風呂を沸かしてくださるので翌日からの本格的な山行への体の準備にも最高であった。
その日は、本坊でなく別棟の宿泊所の方でゆっくり休ませていただき、朝起きたら同じ部屋に前日吉野を出発して真夜中の2時半に着かれたというトレランランナー二人が寝ていたのには驚いた。よくぞ1日で吉野から来れるものだ、真っ暗な中をあの険しい峰を越えてこられたものだ(よく考えてみたらほぼ満月だったから結構明るかったのかもしれないが...)と思った。
そしていよいよ二日目、前鬼の登山口を吉野へ向けて出発。853段の木階段を含む急坂を2時間余りで太古の辻へ上がり、奥駆け道に合流する。南側には南奥駆け道の標識が立っていて、この場所が80km余りの奥駆け道の丁度真ん中に当たることを示してくれていた。今回は北側へ向かういわゆる順峯(じゅんぷ)の方法になる。
目の前にそびえる大日岳の西側を巻いたところにある大日岳の登り口に到着。折角だから登ってきたらというO氏の言葉に励まされて大日岳をピストンする。勿論、行場の岩場を登るのでなく迂回路から。それでも急な岩交じりの道を上り詰めると大日如来様の像が待っていた。狭い山頂を少し出てみるとそこが行場の岩場の天辺で、太鼓の辻への登りの途中自分たちを追い抜いて行った若者が岩登りの練習のようなことをしていた。この青年には、この後、都津門の靡きでも会うことになる。山頂から眺めた釈迦ヶ岳はうっすらとガスがかかり始めていた。
30分ほどの大日ピストンの後、釈迦ヶ岳へ向かう。この頃までは未だ東側に大台ケ原の山並みが見えていたのだが、深仙宿を経て釈迦ヶ岳へ登るうちにガスが出てきて、釈迦ヶ岳山頂では周りは真っ白のお釈迦様に出会うことになった。山頂で軽く昼食を取りながら、宿泊予定の弥山までまだ6時間かかることを考えると到着は難しいのではないかと相談を始め、その後孔雀岳、仏生ヶ嶽を通過するたびにその懸念は強くなり、キャンセルの連絡ができればこの日の行程を楊枝ノ宿とすることにした。
元々、弥山小屋、山上ヶ岳宿坊の小屋泊まりを前提にした山行計画ではあったが、幸いコロナのこともあってシュラフの用意や簡単な食事や行動食の用意はしていたので避難小屋でも何とか行けるだろうという判断もあった。
大峰は全山を通じてなかなかドコモの携帯は通じにくいことが今回痛感したが、その一方でAUの携帯は結構通じるということに驚きながら楊枝の避難小屋で一緒になった前鬼の五鬼助さんと同じ苗字の従弟さんからお借りしたAUの携帯で弥山小屋と宿坊にキャンセルの連絡を入れることができた。五鬼助さんホントにお世話になりました。翌日通った弥山でも確かに圏外だった。
三日目は、八経ヶ岳、弥山を越えて行者還りの小屋まで。この日も長丁場だ。朝6時に出発し、七面山を正面に眺める気持ちの良い稜線を進み、楊枝の森を巻いて出た笹原の稜線から正面に朝日に映える明星ヶ岳のどっしりした姿を見る頃まではまだ天気も良かった。西側には伯母子岳など下辺路の山並みなども眺められたのでまあまあだった。
少し先が心配ではあったが、折角だったので七面岳へ行ってみたいと言うと、待ってるからと言って送り出してくれたO氏の好意を背に一人で七面山へ向かった。楊枝の森(1693mのピーク)に登り、そこから尾根伝いに向かう。薄いが笹原の中に踏み跡を辿りながらほぼ迷わずに行くことができた。山頂からは展望もなく、南側から眺めたような岩峰としての険しさもあまり感じることできなかったが、空身でもあったので2時間足らずで往復することができた。
待っていたO氏のところに戻って、いよいよ明星ヶ岳、八経ヶ岳、弥山という大峰山脈の最高点トリオへのアタックになる。
舟の多和、五鈷峰、禅枝の森などの靡きを通過し、細かいアップダウンを繰り返しながら高度を上げていく。途中、禅枝の森辺りだったろうか携帯の通じるエリアがあり、心配する家族に連絡を入れることができた。
数か月ぶりに登った八経ヶ岳は今回もまたガスの中でした。このピークで好天に恵まれた記憶は余り無い。巡り合わせというやつかもしれない。
そして丁度12時頃に弥山小屋に到着。山頂の奥宮にお詣りして戻った小屋で前日のキャンセルのお詫びをしてサイダーを購入。簡単な昼食を取る。
後は下って行者還りに向かうのみと思ったが、白い霧の中をただ黙々と歩くのは、これが大峰の原風景と思ってはみてもやはり退屈な時間だった。トンネル西口出合いを過ぎてかつて大普賢から縦走してきて以来のルートへ突入。一の垰、R309の90番ポストへの下山路出合いなどを通過して弥山小屋から3時間半ほどで行者還避難小屋に到着することができた。
この小屋は以前から見てきたが、しっかりした小屋で2階や狭い個室も付いた立派な小屋である。
この小屋では、新潟と東京から来たという若い男女(それぞれ単独)の登山者と同宿になる。聞いてみると二人は同じ前日の日曜日に近鉄六田駅から出発して共に大峰奥駆け道を熊野大社へ向かう予定とのこと。前日も同じ二蔵宿小屋で一緒だったということ。途中の山上ヶ岳は女人禁制なので女性の方は五番関から一旦下山して予約しておいたタクシーで和佐又へ移動して和佐又へ登り返してきたことなど。自分たちとは年代も大きく違うけれども一緒に夕食をとり乍ら北アルプスや若い頃に歩いた越後の山などの話をしながら楽しい時間を過ごすことができた。彼らは残り4日間で熊野へ抜けるため次の日の深仙宿、その次の行仙宿、その次の玉城神社ともに一緒の宿になりそう。何か素敵な結果になれば良いのになあと思いながら翌朝お別れをした。
そして四日目最終日は大峰修行の中心である大峰山寺を擁する山上ヶ岳を目指し、洞川温泉へ下山する予定。この日も6時に出発したが、わずかに朝日を浴びることはできたものの、すぐにガスがかかっていつもの大峰らしい霧の中の道をたどることになった。大普賢岳までの険しい道のりは9年前に和佐又から大普賢岳に登って歩いてきた道なので何となくそんな記憶を逆にたどりながらの行動だった。
この日の最高点である大普賢岳を越えると後は比較的なだらかなアップダウンとなり阿弥陀ヶ森の女人結界門を潜り、小笹の宿で最後の水補給を行って山上ヶ岳に登りつくことができた。山上ヶ岳は今回で3度目の登頂だったが、前2回はともに10月で寺が閉じた後の山行だったので、今回初めて開いた大峰山寺をお参りすることができた。本尊の蔵王権現さんは御簾の中だったが、予定変更にもかかわらず何とかここまで無事に歩いてこられたことを感謝した。
本来ならば初めて投宿したかもしれなかった宿坊の横を通り抜けて下山。洞辻茶屋から真っ直ぐ抜けていく奥駆け道を見送って下山路に就く。またいつかここから吉野(正確には四寸岩山までが未踏区間)まで歩く機会が来ればと願いながら、早く温泉に入りたいと思う気持ちで清浄大橋まで下り、更に3km余りの洞川温泉への道を急くようにして歩いた。
バスの時間もあって、のんびりという訳にはいかなかったが、洞川温泉で3日間の汗を流して帰宅の途に就くことができた。
今回は、予定していた行程を辿れず、区間を変更して山上ヶ岳から下山することになったし、小屋泊まりが避難小屋泊まりになって自炊などの必要も出たが、ぎりぎりその備えが有ったことは本当に幸いだった。しかし、最初からそこまで考えていたとは正直無かったのでこれからの山行の戒めにしなければなるまい。
この山行で出会った人たちとの楽しかった時間の共有を糧にして、また次の山行の活力になればと思っている。
完璧ではなかったけど良い大峰縦走でした。。
【2021年の山行18回目】
今回の歩行距離:59.7km 2021年の累積距離:339.9km
1日目:12.7km、2日目:10.3km、3日目:16.5km、4日目:20.3km
今回の累積標高:5,967m 2020年の累積標高:34,190m
1日目:1487m、2日目:902m、3日目:1395m、4日目:1492m
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