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高所キャンプの岩角を越えると、突然眼前の風景がひらけた。チョーオユー、この山の向こうはもうチベット高原だ。ローツェの南璧は黒々として5000mの岩と氷の壁。最高峰エベレスト。今年2月にようやく冬期初登頂を許した難峰マカルー。そしてはるか東の方角にはカンチェンジュンガが見渡せる。世界の高峰群のうち、5つの8000m峰を一度に眺めていることになる。
巨大な懸垂氷河が輝き、アイゼンを蹴りこむ足元から氷の破片が転がり落ちる、氷塔が軋む、おぉ・・・おぉ・・・さすがは・・・山。
私は無意識に、仲間が登っている山頂を振り返った。
『みんな!そこからこの景色、見てるかー!』
私は今日、ヒマラヤの高峰から降りる。もうここには来ないような気がする。
眼前の巨峰群にお別れを言う。
『さよなら、エベレスト。さよなら、マカルー。さよなら、カンチェ。ありがとう。ありがとう。ありがとう!』
西の谷へと雪が流れ、山はただひっそりと言葉も無い。
『これだけの景色を自分の目で見たのだから、もう満足して良いではないか?』
その昔、人類初めての8000m峰アンナプルナに初登頂したエルゾーグは、「山を降りよう。人生にはもう一つのアンナプルナがある。」と言った・・・
『失敗ばかりの人生だったような・・・』
カンジロバヒマール遠征やガッシャブルム主峰西陵初登の仲間の顔が目に浮かぶ・・・
『失敗ばかりでも、自分に嘘はついてなかったね?』
『そんな人生なら、良いけれど・・・』
私にそんな自信は無いが、多くの過去の夢は、それが叶わなかったものであっても、嘘ではなかった。
ニュージーランド時代の同僚が、もう一度サザンアルプスへ来いと誘ってくれている。
日本の仕事仲間は、私のためにモンゴル・ホロンバイル草原への旅を企画してくれる。
カムチャッカのウスリー川流域のタイガ踏査は、私にとって年来の特別な計画だ。
それらはどれも過去の人生が今の私に与えてくれる夢であり、不自然なものは一つもない。
私には、自らの身体でヒマラヤの山脈を越える力が無かったが、山から苦労して学んだ何かがある。
その何かを道連れに、この目の前の巨峰を越えたとき、山の向こうにはいったい何があるのだろう?
はじめまして。
この、軽ーい登山の登山記録サイト「ヤマレコ」には似合わない重ーい記載に おおっと 思いました。
まだ40代の様ですが、ヒマラヤにサヨナラしなくても良いのではないかなあと思いますよ。
私は、真逆で、20代にちょこっと高所登山やってから、その後20年ほどのブランクを経て(一途に外科医の仕事に邁進しておりました)、また登り始め、できればヒマラヤ(脳がやられるのは嫌だからせいぜい6500mほどまで)に行こうと目論んでいる50代のオヤジですよ。
登山記録の登録楽しみにしています。
ありがとうございます。高所登山の先輩からのお言葉、とても励みになりました。
だからという訳ではないのですが、やはり潔くサラバできず、この冬にまた行ってきます。無節操で恥ずかしいですが、メラピークでリベンジを兼ねた順応後、すぐ近くのPeak41に登ってみようかと、、、今夏は岩場でアイゼンを脱がないつもりです。
さて、どこまで出来るか、今度は何を思うのか、自分でも理解らないところが面白いのかもしれませんね(^^)
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