![]() |
![]() |
![]() |
高校の修学旅行が長崎・沖縄だったから15年ぶりと言えばそうだけど初めてのようなもんだ。
名の知れた観光地はもちろん、
綺麗な海に沖縄料理、琉球の時代の城跡や祈りの場所である御嶽、
天気にも恵まれて暑いくらいの沖縄を楽しんでこられた。
子供の頃から寒いのが嫌いで暖かい沖縄に憧れがあって、中学にあがったくらいに兄が買ってきたTHE BOOMの島唄にハマって沖縄に住みたいな〜なんて言っていた時に、母が沖縄は悲しい歴史のところなのよ。みたいなことを言ったのを思い出す。私だって義務教育で教わったことくらいは知っている。
今の授業でこんな事を言うのかは知らないが、と言うよりもう言えなくなってきているのかもしれない。小学の歴史の授業で戦時・戦後の事を知っているおじいさんおばあさんに貴重な話を聞いてみましょう的な事を言われた。
70過ぎても元気で自分の愛車でどこにでも連れてってくれて末っ子の私に甘くて小中学校の卒業式にも壇の上で挨拶をするようなじいちゃんが誇らしくて大好きだった。
でも、満州へ行って…くらいで
じいちゃんはあまり話をしてくれなかったのを覚えている。
楽しいはずの旅行で暗い気持ちになるかもしれないけど、雨の降り出した最終日に平和記念公園に行った。
時間をかけて資料を見た。
ここにあるものが全てではないし、間違っていることもあるかもしれない。偏っているかもしれない。
本当のところは今の誰にもわからない。
でもきっと間違いないのは、母が言っていたような悲しい歴史の中にあった人達の想い。そこにあった暮らし。
想像することしかできないじいちゃん達の苦しみ。
高校生から大人になった私は
自分がその時代にいたとしたら、自分の愛する人たちが悲しい思いをしたらと考えるとたまらなくなって
花粉による症状は止まっているのに鼻をすすって涙を戻す。弱い雨に隠して涙を流す。
…きっと連れにはバレてはいない。
2泊目の本部町での夕食にホテルの近くに見つけた店、「民謡居酒屋かなさんどー」に行った。
いっぺーかなさんどー、でとても愛しています。だそう。
沖縄の家庭料理に、店の顔であるオジーとオバーの唄(でも兄弟らしい、またそんなにお歳でもない)。
最後にお客さんみんなでカチャーシー。祝い事の時に踊るものくらいは知っていたけどもちろん踊れるわけでもない。それでも三線の音と唄にまかせて身体を動かしたのは楽しくて、私の沖縄のイメージに新しく深く残った。
沖縄の観光地は私達と同じレンタカーナンバーの車でいっぱい。
キレイなビーチにキレイな海の色。
楽しそうなひとたち。
平和だよな。
これはこれでいいんだよな。
平和だからこそのしょうもないことや、残る問題もあるだろうけど
それでさえ今のこの世の中になったからなんだろう。
カチャーシーは「かき混ぜる」
身体を動かした後に調べたネットサイトには
喜びも悲しみもかき混ぜて分かち合う
、とあった。
賑やかな街に沖縄の山、綺麗な海にも、悲しい思いがあふれている。
今みんなが笑顔でいるビーチにも苦しい最期を迎えた人達がいたはずだ。
きっと私には本当の悲しみなんてわかりっこない。私にできることもありはしない。
でも私は沖縄に来たから、
改めて美しい景色や三線の音と唄の美しさの意味も知ったし、喜び喜べることの尊さがわかる。
大事な人に
いっぺーかなさんどー、って言える日常がありがたいことなんだよな。
換気扇の下でタバコをくわえて、
両手を上へ。
伸ばした指を握ったら
下手くそなリズムで足を踏む。
もしご覧になってお気に障った方がいたらごめんなさい。お許しください。
pisai5さん、沖縄はこのような旅だったのですね。
以前、沖縄に行った時に、『ひめゆり平和祈念資料館』という
冊子を買ってきました。何ができるわけではないし、読み直す
わけでもないのですが、度々「持っているな」と思い出します。
平和とか、安全とか、そういう心掛けが大切なのかもね。
公共の場所でお知らせすることではありませんが、
pisai5さんの気持ちに賛同してコメントを入れさせてもらいました。
>弱い雨に隠して涙を流す。
>…きっと連れにはバレてはいない。
話したらいいのに。
お母さま、おじいさま、いいご家族ですね。
そういうご家族の中で育ったのですねー。
だから、pisai5さんは穏やかでいい人なのですね。
>最後にお客さんみんなでカチャーシー。
それは、三線に合わせて、両手を上げて踊る、あれでしょうか。
それだとして、気持ちいいですよねー。
ずいぶん前に、妹と相方と座間味に遠泳大会に行きました。
その表彰式が宴会で、他の参加者の方々や村長さんと
踊りましたよ。
楽しい思い出です♪
コメントありがとうございます。
難しい面もある事柄なので少し考えましたが
自分の気持ちの整理も含めて日記にしました。
忘れてはいけないことだけど、
忘れたほうがいいこともある。
沖縄の人が笑顔でカチャーシーを踊ることにも
じいちゃんが悲しい話を私に聞かせなかったことにも、意味があると思うのです。
大事な人に涙の理由を聞いてほしいことがあっても、その理由を聞いた人はまた違う悲しみを覚えるかもしれない。
だからバレないようにしたのです…。
なんつって!
とか言って!
よそ者の私には計り知れない悩みがきっと残っている沖縄。私には何もできない。
でもだからこそ、一緒に踊ったカチャーシーが大切に思えました。
ramiさんの持つ冊子にあたるものが、私に残った下手くそなカチャーシーなんです。
コメントを編集
いいねした人
コメントを書く
ヤマレコにユーザー登録いただき、ログインしていただくことによって、コメントが書けるようになります。ヤマレコにユーザ登録する