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1.ネイスミス式
距離と標高差からコースタイムを推定する式として、ネイスミス式というものが従来から知られている。これは
合計時間 = 水平移動距離/a +登り標高差/b
という形のものである。百年以上前にネイスミスという人が提唱したもので、「コースタイムは始点と終点の間の水平距離(道なり)と標高差で決まる」という経験則である。言い換えると「コースタイムはルート長とルート全体の平均勾配で決まり、途中の個々の勾配がどうであるかは関係しない」ということになる。あくまで経験則であって、厳密に成り立つわけではないが、大きく外れることもない。
ネイスミスは下りについて何も言及していないが、下記の形で下りも含めて扱うことがある。
合計時間 = 水平移動距離/a +登り標高差/b + 下り標高差/c
これを拡張ネイスミス式と呼ぶことにする(スイス山岳会式ともいう)。aは水平面での歩行速度である。bとcは標高差がある場合に余分にかかる時間を求める係数であって、垂直面の登下降速度という意味ではない。a、b、cの値としては、一般的な値として知られているものを使っても良いが、各人の歩行実績から統計的に求めることもできる。拡張ネイスミス式の両辺を水平移動距離で割ると
歩行ペースの水平成分 = 1/a + 平均登り勾配/b + 平均下り勾配/c
となる。勾配をX軸、歩行ペースの水平成分をY軸に取ったグラフを作成すると、勾配ゼロで二つに折れた直線となり、その切片は水平面における歩行ペースとなる。登りのみの場合について、両辺の逆数を取ると
歩行速度の水平成分 = ab/(a*平均勾配 + b)
となる。下りのみの場合はbをcに変える。つまり、拡張ネイスミス式はちょっと特殊な傾斜ー歩行速度関数ともいえる。
2.ヤマレコの傾斜ー歩行速度関数
らくルートで山行計画を作成すると、合計時間、水平移動距離、累積標高(登り)、累積標高(下り)の値が表示される。複数区間を連結してルートを作成し、ルート全体の数値が表示されるというのが普通の使い方だが、単一区間だけのルートを作成すれば、その区間だけの数値が表示される。
らくルート化されているルートから、ほぼ登りのみ(あるいは下りのみ)の区間を多数選んで、登りと下りの両方向について上記の数値を記録し、下記の式で勾配と歩行ペースを計算して、X-Yグラフを作成した(第1図)。
勾配 (%) = 累積標高差(m) ÷ 水平移動距離(m)
歩行ペース(min/km) = 合計時間(min) ÷ 水平移動距離(km)
らくルートの区間ごとの歩行時間は、1分単位または5分単位に丸めた数値で表記されている。5分単位のものはグラフ上で大きくバラつくので、多くは除外した。特に富士山ではこの割合が高く、6割を除外した。
拡張ネイスミス式で算出した値であれば、データは勾配ゼロで折れた2本の直線に乗るはずである。しかし、このデータは3点で折れた4本の直線上に分布するように見える。この直線を2本ずつセットにして、次のように表すことができる。
歩行ペース = p*登り勾配 + q*下り勾配 + r ・・・ (1)
勾配 < -14% または 勾配 >= 7%の時、p = 200, q = -100, r = 8
-14% <= 勾配 < 7%の時、p = 100, q = -50, r = 15
つまり、ヤマレコでは2セットの拡張ネイスミス式を勾配によって使い分けているようである。両辺に水平移動距離を掛けると
合計時間 = 水平移動距離/a +登り標高差/b + 下り標高差/c ・・・ (2)
勾配 < -14% または 勾配 >= 7%の時、a = 7500, b = -600, c = 300
-14% <= 勾配 < 7%の時、a = 4000, b = -1200, c = 600
これをさらに変形して
歩行速度の水平成分 = ab/(a*勾配+b) ・・・ (3)
として、グラフ化したのが第2図である。拡張ネイスミス式のグラフは勾配ゼロで不自然に鋭く尖るが、ヤマレコ方式では2セットを組み合わせることでこれが若干緩和されている。ヤマレコがどういうデータと分析に基づいてこの傾斜ー歩行速度関数を作成したのか、興味あるところである。
3.標準コースタイム計算方法
拡張ネイスミス式を使う場合、普通はルート全体の距離と累積標高差のデータから所要時間を計算するが、区間ごとに区切って計算してそれを合計しても同じことである。一方、勾配によって2セットのパラメータを使い分けるためには、ルート全体の所要時間を一度に計算することはできず、必ず区間ごとに計算する必要がある。
具体的には、ルートの位置情報(緯度、経度、標高)からデータ点間の水平距離、標高差、勾配を求め、区間ごとに(2)式を使って所用時間を計算し、順次足していけば、途中の経過時間とルート全体の合計時間が算出される。ただし、ルートの位置情報としては、らくルートやGPSログの生の値を使用するのではなく、ヤマレコ式の累積標高差計算(6月30日の日記で片側20m最大化法と呼んだ方法)の結果を用いるのである。
以上で示した方法を「片側20m2分割ネイスミス方式」と呼ぶことにする。この方法でヤマレコの標準コースタイムに近い値が計算できるが、ヤマレコが実際にどのようにして標準コースタイムを計算しているのかは知らない。
なお、ルートを結合した場合、結合したルートの累積標高差は結合前の各ルートの累積標高差の和と一致する。単純累積標高差計算ではそうであるが、片側20m最大化法ではこれが成り立たない(大きな差ではないが)。らくルートの累積標高差は、各区間の累積標高差の合算ではなく、全体を通して計算した値である。
一方、らくルートのコースタイムは、各区間のコースタイムの合算である。区間によっては、ルートの傾斜以外の要素を考慮してコースタイムが調整されており、連結したルート全体で計算し直すとこの設定が消えてしまうからだろう。
4.検証
らくルートの区間ごとに示される所用時間と、「片側20m2分割ネイスミス方式」で計算した時間のX-Yグラフを第3図に示す。使用したのは、東京近郊の一般登山道147区間のデータである。その多くは区間の中にアップダウンがあるという点で、傾斜ー歩行速度関数推定に用いたデータと異なっている。
この図で1対1線から大きく離れている点の多くは、らくルートの時間の方が大きくなっている。これは傾斜以外のルート状況を考慮して、所用時間を長めに調整した結果かもしれない。それを除いて、さらにらくルートの所要時間表記の丸めの影響を考慮しても、ややばらつきが大きすぎるような気がする。拡張ネイスイス式のパラメータが違っている可能性はもちろんあるが、そうであればもう少し系統的なズレが生じそうなものである。
これとは別に、ルートの位置情報に「片側20m2分割ネイスミス方式」で作成した時刻を加えてgpxファイルにして、これを山行記録に登録し、歩くペースの値をチェックする、という方法でも検証してみた。多くは概ね妥当な結果になる。しかし、ルートを徐々に長くしていくと、ある所から歩くペースが大きく変化するという不可解な現象が生じることがある。ヤマレコ側に問題がありそうだが、これについてはさらに検討して別の機会に報告したい。
5.ヤマップの標準コースタイムとの比較
第1図と第2図には、ヤマップの標準コースタイム計算用の傾斜ー歩行速度関数も赤線で示してある。これをヤマレコと比較すると以下のようになる。
勾配<-10%:ほぼ同じ
-10%<=勾配<10%:ヤマレコの方が速い
勾配>=10%:ヤマップの方が速い
したがって、平均勾配10%以上の登山ルートでは、ヤマレコの方が長い標準コースタイムを算出することになる。日本の登山ルートのほとんどはこれに該当するだろう。
ただし、このヤマップの標準コースタイムというのは、山行記録(活動データ)に対して計算されるものである。ヤマップの山行計画のgpxファイルを山行記録に登録してみると、平均ペースは100%よりかなり大きかったり小さかったりするので、山行計画の標準コースタイムは山行記録用とは別の傾斜ー歩行速度関数で計算されている可能性が高い。これをヤマレコの場合と同じやり方で推定しようとしたが、無理だった。ヤマップの山行計画の区間所用時間はほぼすべて5分単位の丸め表記であるため、勾配と歩行ペースのX-Yグラフ上でのばらつきが大きすぎ、傾向が掴めないからである。
なお、ヤマップは累積標高差についても、山行計画と山行記録で異なる計算を行なっており、同じルート位置情報に対して山行記録の方が小さい値になる。山行計画については単純累積標高差だが(ただし、データ間隔が20mに固定されている)、山行記録についてはもっと複雑な処理を行なっている。これに対して、ヤマレコは累積標高差、標準コースタイムとも、山行計画と山行記録で同じ計算を行う。ヤマレコの方が一貫性があるという見方もあるかもしれないが、ヤマップの方が位置情報の信頼性を考慮した扱いをしているという見方もあるだろう。
(2025年7月12日の日記を削除し、内容を修正して再投稿した)
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