1頭の馬の話を書く。
僕が初めて君を見たのは、平成4年の日本ダービーだった。お世辞にも立派とは言えない馬体。君は小柄で地味なサラブレッドだった。今だから言うけど、僕はその日まで君の名前を知らなかった。四歳サラブレッドの頂点を目指すレースに、大した成績もあげていない君が出ていることに違和感さえ覚えていた。
僕は本命ミホノブルボンと中穴マヤノペトリュースの連複を厚く買った。君絡みの馬券は一枚も買わなかった。
レースが始まる。
先頭でゴール板を駆け抜けたのは、大本命のミホノブルボン。連に絡む2着馬を探そうと後方を見る。二頭の馬が競い合っている。
一頭はマヤノペトリュース、そして、もう一頭は君だった。芦毛のきれいなマヤノペトリュースの横に、黒毛の不気味な君がいて、僕は、正直、ぞっとしたよ。ゴール前、二頭は激しく叩き合い、一瞬早くマヤノペトリュースが前に出る。僕は「取った」と思った。でも、君も負けなかった。最後に二頭は転がるようにして、同時にゴールへ飛び込んだ。
長い写真判定の後、君は2着になり、僕の馬券は紙屑になった。人気薄の君が絡んだ連複馬券は大荒れし、人々は君に悪態をついた。もちろん、僕も。君は僕の胸の中に『憎むべき馬』として刻み込まれた。
そこから君はヒールになった。
菊花賞ではミホノブルボンの無敗の三冠を阻み、あくる年の春の天皇賞では三連覇が掛かったメジロマックイーンの夢を打ち砕いた。人々は、強い馬の後ろに影のようにして張りつき、ゴール板寸前でかわす姑息な君の戦法を揶揄し、大記録の掛かった二頭の人気馬の夢を潰したことを詰り、自分の馬券が取れなかったことで君を罵倒した。
でも、君はどんなに蔑まれ、疎ましがられても独りで黙々と走り続けた。父から受け継いだステイヤーの血が、君を寡黙な長距離ランナーに仕立て上げたのかもしれない。
僕はもう少し素直になれていたらよかったな。君の勝利をフロックだと思い、認めることができなかったよ。だから、相変わらず君の馬券は買わなかった。でもね、本当のことを言うとね、君への憎しみは消えていたんだ。
小さな君は、ただ、一生懸命走り続けた。
その後の君は目ぼしい成績を残せないレースが続いた。そして、調教中に骨折が判明し、君は長期休養に入った。走ることしかできない君にとって、悪役のレッテルが剥がされないまま療養するのは、とてもつらかっただろう。
半年後、ひさしぶりに出走してきた春の天皇賞で、君は生まれて初めて「勝ちたい」と思った。孤高な君は闘志を内に秘め、骨折した足をかばおうともせず激走し、見事に春の盾を手にした。
人々は勝者の君に暖かい拍手を送り、怪我からの復活を心から祝福した。君は自分自身の力で理不尽なヒールのレッテルを剥がしたんだ。
僕も本当にうれしかったよ。馬券は取れなかったけどね。瞼が熱くなった。これからは、どんなに損をしても、死ぬまで君の馬券を買い続けようと思った。
次の宝塚記念、君はファン投票一位で選出された。もう誰も君をヒールと呼ぶやつはいない。君を罵った人々は、今、君のためだけに声援を送っている。
その声を背に受けながら、君は何を考えていたのだろうか。君は大歓声を気にすることなく、静かにゲートに収まった。
レースは淡々と進んだ。
全馬は一団となり、隊列を乱すことなく流れるように第3コーナーへ移動した。
その時だった。
突然、一頭、ガクッと激しく腰を落とした馬がいた。
君だった。
観客席から引きつったような悲鳴がおきた。君はそのまま騎手を振り落とし、馬場にしこたま腹を打ちつけ、一回転して止まった。それでも、まだ走り続けようと体を起こし、初めて自分が立てないことに気がついた。
君は首だけで騎手を探し、心配そうに鼻を鳴らした。騎手の無事がわかると、大きく首を折った。
即座に予後不良の処置が採られた。毒針が黒くて薄い皮膚を通し、君の筋肉に射し込まれた。突き抜けるような青空の中に君は何を見たのだろう。小さないななきを一つあげ、君は静かに眼を閉じた。
ライスシャワー、もう、がんばらないでいいんだよ。
もう、誰からも憎まれることはないんだ。
安心してゆっくりとおやすみ。
さようなら、ライスシャワー。
競走馬の悲運ですね。
骨折すれば安楽死。
賞金稼げなければ食用馬肉。
ライスシャワー、
私も好きでした。
私も好きでした。
的場とのコンビ。マンマークの刺客。
ステイゴールド、ドリームジャーニー、小柄な馬体の微妙な馬が好きです。
真逆のヒシアケボノも好き
今晩は
追いかけましたね!ライスの馬券買いましたね!
小柄なステイヤ−!
大好きでしたね
馬券に絡まずとも無事にゴ−ルした時は・・・うれしかったですね
でも・・・
あの最後の瞬間・・・忘れられません
あの土煙
未だに部屋の片隅にライスのビデオや写真が!
牝馬では・・イクノディクタクスが好きでした
anbyさん、Nafさん、take77さん
はじめまして、皆さん、ライスシャワーには想い入れがおありのようですね。
オグリキャップ有馬ラストラン、トウカイテイオー奇跡の復活、心に残った勝負は数あれど、私の中では、ライスシャワーのあの宝塚記念が、今でも心に深く刻まれています。
あの時、的場騎手は、すべてが終わった後に、「ライスが死んだはずがない。もう一度見てくる」と突然言い出し、すでに冷たくなったライスの元に戻ろうとしたそうですね。自身も一人で歩けない程の重症だったにもかかわらず…。
厩務員の川島は「俺の息子が!」と叫びながらライスシャワーの馬具を胸にかかえていつまでも泣き続けていたそうです。そして、ライスシャワーで燃え尽きたという言葉を残して静かに競馬界から離れていったそうです。
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