今日、俺は死ななければならない。父が亡くなってから、まだ、1ヶ月も経っていないのに、俺は謀反の疑いを掛けられ、自害しなければならないのだ。親友の川島が裏切ったとの噂がある。真偽の程は分からない。確実なのは「今日死ぬ」ことだけだ。これは、もう、動かしようが無い。
(しくまれた罠…)そう感じている。悔しく無いと言えば嘘になるが、ここでじたばたするのは、男らしくない。せめて、最後は、潔く行きたいものだ。
俺自身は、至極真っ当に、衒いや驕りを捨て、人に対して、ただただ正直に接してきただけのことだ。
好かれようとも嫌われようとも考えず、学問を愛し、武芸を好み、自由気ままで、規則にこだわらず、謙虚な態度をとってきただけなのだ。それが逆に人望を集めたらしい。俺自身は全く意識していないのだが、月刊「日本書記」という雑誌では、今年の抱かれたい男ナンバー1になっていた。複雑な気持ちもするが、悪い気はしない。
黒幕が誰なのかは何となく分かっている。鵜野讃良のおばさん。たぶん、あのおばさんだろう。
おばさんが父の正妻なのは分かる。所詮、俺の母は側室だ。だけど、正妻だからって、なんでもしていいっていう道理は無いだろう。
おばさんは、どうやら、俺に対する世間の声が気になって仕方が無かったようだ。自分の息子、草壁の地位が脅かされるとでも思ったのだろうか。だけど、俺もそれほど馬鹿ではない。草壁を蹴落とすようなことをすれば、自分がどうなるかぐらい分かっている。ただ、父の死は、俺にとって想像以上に堪えた。動転した中、俺の取り乱した言動が相手に隙を与えた。言葉尻りを捉えられ、俺は無実の罪を着せられた。
一番心配なのは、後に残される妻、山辺のことだ。彼女は俺のことを本当に愛してくれている。俺が死んだ後も生きていて欲しいが、それを望むのは酷な事かもしれない。
伊勢に住むたった一人の姉、大伯のことも気に掛かる。父の容態が徐々に悪化し始めた時、俺はいてもたってもいられなくなって、いけないとは思いながら姉のもとに向かった。次の日、都へ帰る時、俺の背に向って姉は悲しい和歌を読んだ。
「二人行けど行き過ぎがたき秋山をいかにか君がひとり越ゆらむ」
(二人で行っても寂しい秋の山道をあなたはたった一人で帰ってゆくのか)
「大丈夫だよ、おねえちゃん。僕は男の子だから、一人で行かなくちゃだめなんだ。お父ちゃんの天武天皇は、ついこの前亡くなりました。だけど、僕は男だし、涙を見せたらだめなんだ。ごめんね、おねえちゃん。つい、今しがた、僕は、ジガイしました。もう、おねちゃんとは、会えません。お姉ちゃんに会ったこの前の晩のことが、瞼に焼きついて離れない。お姉ちゃんと別れてから、夜道で僕は泣きました。僕のたったひとりのおねえちゃん。いつも、僕を見守ってくれた優しいおねえちゃん。さようなら。そろそろ行くね。最後に一つだけ、おねえちゃんの前で泣かなかった僕をほめてください。」
現在、大津皇子の墓は二上山の雄岳の頂上にあり、宮内庁に管理されている。墓の前は柵が置かれ、一般人は立ち入ることができないようになっている。頂上からの見晴らしが悪いため、ほとんどのハイカーはあまり長居をせず、墓をちらっと見ただけでその場を通り過ぎる。昼間でも静かで、ときたま墓の上に木洩れ陽が落ちる。
先月に二上山に登った時に何も知らず大津皇子のお墓に手を合わせてきました
私は歴史的なことは全く知識がないので
その時は“大津皇子??誰?”って感じで…(^_^;)
Paperbackさんの日記を読ませていただき
ちょっと感激〜!
ありがとうございました♪
彼のお姉ちゃんの歌が好きです
うつそみの人なる我や 明日よりは 二上山を 弟と我が見む
(明日からは あなたが眠る二上山を あなただと思って眺めながら暮らします)
はじめまして。
昔、藤川桂介の「宇宙皇子」を読んで初めて名前を知りました。
ファンタジーだから大分違うでしょうが…
歴史に詳しいと、山も別の楽しみ方ができそうですね
mittiさん、katatumuriさん、816さん
コメントありがとうございます。
>mittiさん
はじめまして
実は僕も、歴史には疎いほうで、大津皇子に関しては、二上山に上るまで全く知らなかったのです。
二上山に上った後、自分なりに調べたら、大津皇子という人は実は悲劇の皇子で、今でいう超イケメンの人気皇子だったようなのですが(日本書記の中ではベタボメらしい)、その人気がアダとなって妬まれて殺されたようなのです。
この日記は一気に書き上げました。(最後の大津皇子の独白は全くの作り物ですが・・・)
感動頂けて、うれしいです。
>katatumuriさん
はじめまして
うつそみの人なる我や 明日よりは 二上山を 弟と我が見む
(明日からは あなたが眠る二上山を あなただと思って眺めながら暮らします)
姉の弟に対する気持ちが本当によく現れていますよね。
一説によると、その気持ちは実は「恋愛」だったのでは、との話もあります。
姉は伊勢神宮で神に仕える身だったので、「恋愛」はおろか、男性とは会うことさえ、禁止されていたとの事です。
そんな姉と一晩を共にする…(まあ、あまり邪推をするのはやめましょう)
>816さん
はじめまして
ご紹介頂いた、藤川桂介の「宇宙皇子」、残念ながら僕は知りませんでした。
機会があれば、紐解いてみたいと思います。
先ほども書きましたが、私も歴史には疎く、大阪、奈良近辺の山々には、色々な歴史が、それこそ、宝石箱のように詰まっているようですね。私も、気になったところから一つづつ調べ、できれば、この日記等で紹介させて頂ければと思っています。
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