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#朝ラン #早朝ラン #ランニング
オーディブルはフィリップ・K・ディック『火星のタイム・スリップ』の続き。
国連とコープが火星の荒れ地FDR山で大規模開発を進める情報を入手した不動産投機家レオ(ジャック・ボーレンの年老いた父親)は、地球の金持ち連中を束ねてシンジケートを結成、集めたカネで開発予定地を買い占めようと火星を訪れた。遠く離れた異国の地の土地開発に群がる金持ちというとバブルの語源となった南海泡沫事件を思い出すが、レオの場合はむしろインサイダー取引に近い。ジャックはそれを不当な利益だとなじるが、レオ本人はどこ吹く風、これが土地投機という商売だと開き直る。
亡きスタイナーの分裂症の息子マンフレッドは、たしかに未来を先読みする能力があるようで、開発予定地で「見えた光景」を絵に描いてみせる。たしかにそこにはコープの大規模マンションが描かれていたが、そこにはすでに人影はなく、荒れ放題の廃墟と化していた。マンフレッドが見たのは何年先の未来なのか。
マンフレッドはジャックとアーニーのごく近い未来の出来事も予知してみせる。どうやら二人はその日の夜に仲違いをするらしい。だが、その光景を見たのはマンフレッドか、ジャック本人が予知したのか、それともすでに経験した過去を振り返っているだけなのか、ジャック本人にもわからなくなってくる。時間間隔が失われてしまったらしい。
マンフレットが恐れるガビッシュとはなにか。現実世界に侵食して、あっというまに朽ち果てさせるさまを見ていると、超高速に増大するエントロピーの擬人化ならぬ擬クリーチャー化のようにも感じられるし、あるいは、手からこぼれ落ちていく時間そのものを指しているのかもしれない。
「この子にはどうしようもないんだ」ジャックは言った。ガビッシュ、と彼は考えた。ガビッシュとは時間を意味しているのだろうか? 少年にとって、それは、退化、荒廃、崩壊、そして最後に死を意味する力なのか? あらゆるところで、あらゆるものに作用する力。
彼の目に見えるのはそれだけだろうか?
もしそうなら、彼は疑いもなく自閉症だ。明らかにわれわれと意思の疎通は不可能だ。部分的宇宙に向かって開かれた視野−−それは時間の全貌ですらない。なぜなら、時間もまた、新しい事物を生み出していくからだ。それもまた、一種の成熟と成長のプロセスである。そして明らかにマンフレッドは、そうした側面での時間は感じないのだ。
こんなものが見える彼は病気なのか? あるいは病気だから、こんなものが見えるのか? おそらく無意味な質問なのだ、あるいは答えられない質問なのかもしれない。これが、マンフレッドに見える現実なのだ。そして、われわれから見れば、彼は重い病にかかっている。彼は、われわれが感知する現実の別の面を感知しない。彼に見えるのは現実の恐るべき部分だ。もっとも嫌悪すべき姿の現実。
ジャックは思った。それなのに人は、心の病を逃避だという! ジャックは身震いした。これは逃避ではない、生命を、朽ちてじめじめした墓穴に、なにものも去来しない場所に押しこめることだ。完全な死の世界に。
かわいそうな坊やだ、とジャックは思う。そんな恐ろしい現実と向かいあいながら、一日一日をどうやって生きているのだろうか?」
「われわれ」の側にいたはずのジャックは、いつのまにか、マンフレッドのいる世界に取り込まれていく。ガブル、ガブル、ガブル。ドリーンは彼を引き留めようとしたが、かなわなかった。
「あなたはあのこのそばにいすぎたのよ」「ジャック、あの子と同類なのよ。あなたは、あの子を、あたしたちの世界に、あたしたちの社会の現実に、ひきこもうとした……ところがじっさいは、あの子があなたを、あの子の現実にひきこんでしまったんじゃないの? 予知能力というものがあるなんて、あたしは信じない。はじめから間違っていたんだと思う。あなたはこんな仕事はやめたほうが、あの子のそばをはなれたほうがいい−−」
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