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#朝ラン #早朝ラン #ランニング
オーディブルはフィリップ・K・ディック『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』の続き。
チューZを噛んで得られる昇天世界はすべてパーマー・エルドリッチのコントロール下にあり、パーマーはその中の何にでも化けることができた。そこではかれは神のポジションを手に入れていた。しかも、一度でもチューZを口にしたものは、昇天から目覚めてもしばらくはその影響が残り続けるという。リアル世界に戻ってきたはずのレオやバーニイがそこかしこにパーマー・エルドリッチの影を感じたのはそのせいで、なかでも、妄想世界において元妻エミリーとの復縁を願うあまり、間を置かず立て続けにチューZを摂取してしまったバーニイと、パーマー本人は、その世界から逃れられなくなったという。かれらは死後も、幽霊のように、現在・過去・未来をさまよい続ける。
「いったん、やつがバーニイの体内へドラッグを入れたら、われわれの負けだ。なぜなら、エルドリッチはどういうわけか、あのドラッグで生みだされる妄想の世界のそれぞれを支配しているからだ。あのスカンク野郎がそれらのどこにもいることを、おれは知っている−−知っている! チューZが生みだす幻想世界は、パーマー・エルドリッチの頭の中にあるんだ。おれが自分で体験したように。
そして問題は、いったんその世界へはいると、あともどりがきかないことだ。そいつはどこまでもついてまわる。こっちが自由になったと思ったときでさえも。あれは一方通行の門で、ひょっとすると、おれはいまでもまだその中にいるのではなかろうか」
「生け贄にされるのはだれだろう?−−とレオは自分にたずねた。おれか、バーニイか、フェリックス・ブラウか−−この中のだれが、どろどろに溶かされ、パーマーにのみこまれることになるのか? なぜなら、やつにとっておれたちはそういうもの、ガツガツむさぼられる食べ物だからだ。プロキシマ星系からやってきた食欲の化け物、おれたちを待ってぱっくり開いた巨大な口−−それがあいつだ。
しかし、パーマーは食人種じゃない。やつが人間でないことは、おれが知っている。パーマー・エルドリッチを一皮むいた下にあるものは、人間じゃない……」
「こうしているうちにも、火星のいたるところで、あのおぞましいドラッグが配給されつつある。考えてみろ、想像してみろ、どれだけの数の人間がパーマーの幻覚世界に閉じ込められるかを、どれだけの網をパーマーが打つかを」
「アンのいったとおりだ。おれは包の半分を彼女に返して、いっしょにこれを試みるべきだった。アン、パーマー−−どっちもおなじこと、すべてが彼という創造者なんだ。それがパーマーの正体だ。こうした無数の世界の持ちぬし。ほかのわれわれはたんにそこに住んでいるだけ。そして、やつはそうしたいと思えば自分もそこに住むことができる。風景をけとばし、自分の姿を現し、あらゆるものを好きな方向へ押しやることができる。われわれの中のだれかの姿をかりることさえできる。いや、もしそうするつもりなら、われわれみんなにもなれる。時間と、そしてそれ以外のすべての次元をつぎあわせた区分の外にある永遠の存在……やつは自分がすでに死んでいる世界にさえ、はいることができる。
パーマー・エルドリッチは、人間としてプロキシマへ行き、神となって帰ってきたんだ」
「きみは幻影だ。レオがいったように。文字どおり裏が透けて見える。よろしい、きみが何者かを、もっと正確な用語でいってやろう」「きみは幽霊だ」
「その前提で、きみの生活を築いていくようにすることだな」「とにかく、きみは聖パウロが約束したものを手に入れたわけだ。アン・ホーソーンがしゃべっていたあのたわごとだよ。きみはもはや滅びゆく肉の体に包まれてはいない−−その代わりに霊の体をまとうことになったのさ。どんな気分がする、メイヤスン?」「きみは死ぬことがない。飲み食いも呼吸もしなくていい……もしそうしたければ、壁を通りぬけることもできる。いや、それどころか、どんな物体をもくぐりぬけることができる。いまにきみはそういう芸当をおぼえるだろう。どうやらパウロも、ダマスカスへの道で、この現象に似た幻を見たらしい。そのほかにも、もっといろいろのことを経験したようだ」
未来のバーニイいわく:
「エルドリッチがやったことは−−それとも、おまえがそう考えたいなら、エルドリッチがやること、といってもいいが−−大部分が表面的な変化を作りだすだけに終わっているんだ。やつは物事を自分の意のままに見せかける。だが、物事が実際にそうだとはかぎらない」
「エルドリッチはいまでもまだ姿を現すことがある。ときには大衆の前にもな。しかし、おれだけじゃなく、ほかのみんな、いちばん低級な新聞のいちばん無知な読者までが、あれはただの幻影だと知ってるよ。本物はシグマ14Bの墓の中に埋められ、ちゃんと確認もされているんだ。おまえの立場は別だ。おまえにとっては、本物のパーマー・エルドリッチがいつやってくるかもしれない。おまえにとっての現実はおれにとっての幻影だし、おまえが火星にもどっても、それとおなじことはいえる。おまえは正真正銘の生きたパーマー・エルドリッチにでくわすわけさ」
「エルドリッチがチューZを使った人間に対して持っている強みは、あのドラッグの効果から回復するのが、薄紙を剥ぐような調子でひどく手間どることなんだ。そこにはいくつもの段階があって、先へ行くほどドラッグで生じた幻覚が薄れ、ほんとうの現実の要素が濃くなってゆく。この過程がすっかり終わるまでに、ときには何年もかかることがある。国連が遅まきにチューZを禁止して、エルドリッチに敵対したのも、理由はそれだ。最初ヘバーン=ギルバートが販売を許可したのは、チューZがその使用者に現実の壁をつきぬける力を与えると信じたからだった。ところが、やがて、それを使った人間や、それが使われるところを目撃した人間が知った結果で、まさに、その正反対の−−」
ーーすると、おれはまだ最初の一服の効果から回復していないのか?
「そのとおり。おまえはあれ以来、まだ明確な現実にもどっていないんだ」
「彼はこれからどうなるの?」「後生だから教えて。彼はこれから永遠にこのあたりをさまようことになるの?」
「いい質問だ」「わたしもそれが知りたいよ。彼だけでなく、わたし自身のためにもな。ご存じだろうが、わたしは彼よりもずっと深くこれにはまりこんでいるんだ」「もうきみもそのへんは心得ていると思うが、なにもきみの正常な形態(ゲシュタルト)をとりつづける必要はないんだよ。そうしたければ、石にも、樹にも、ジェットヘリにも、断熱シールドの一部にもなることができる。わたしはそれだけじゃなく、もっとほかのいろいろなものにもなった。もし、無生物、たとえば古い丸太などになれば、きみはもう時の経過を意識しなくなる。幻影としての存在から逃れたいだれかにとっては、そうするのが一つの興味ある解決法かもしれん。わたしはいやだな」「なぜなら、わたしにとって自分自身の時空間にもどることは、レオ・ビュレロの働きかけによる死を意味するからだ。逆にいえば、わたしはこの状態でのみ生きることができる。だが、きみの場合は−−」「岩になりたまえ、メイヤスン。じっとがまんすることだ。ドラッグの効果が消えるのにどれだけ長くかかろうとな。10年でも、1世紀でも。いや、100万年でも。それとも、博物館の中の古い化石になってみるかね」
だが、これもまたパーマー・エルドリッチの策略だった。「わたしの助けがほしいか、メイヤスン?」という問いかけに頷いたバーニーは……パーマー・エルドリッチに転生させられてしまったのだ。まもなくレオ・ビュレロに殺される運命の、パーマー・エルドリッチに。
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