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残念ながら雨のGWスタートですが、緊急事態宣言の折、感染拡大防止の点では まぁ良かったのかもしれませんね。
ということで、今日は おうちで山登り です。
先週、三浦分水嶺を歩こう!ステージ④を敢行しました。
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-3104307.html
山科台から山地にはいりYRPに抜ける分水嶺の主稜線を歩いたのですが、そこで気になったのは、稜線のアップダウンと蛇行の激しさでした。旧陸軍衣笠弾薬本庫跡(現横須賀公園墓地)を取り囲む形でコンクリート柵が稜線上に設けられ、それに沿って山道が付けられています。現地では戦争遺構として感慨を持って見聞し、よくもまあこんな険しい山中に作ったものだと感心していたのですが、そもそも この険しい深山がなぜに三浦の地にあるのか?と素朴な疑問を持ちました。
そこで、ヤマレコの歩行記録の地形図を眺めていたら、はたと気がつきました。
図1がその地形図なのですが、北西から南東へ右下がり約30度できれいな直線が浮かび上がっています。長者ヶ崎から くりはま花の国の南側 千駄ヶ崎に抜ける薄ピンクの線です。そして、先日歩いた山科台からYRPへの稜線は、その線に沿った道であることがわかりました。
北武断層だ!😲
驚きました。知識としては知っていましたが、なんとその断層崖の稜線を歩いていたのですね。図2に三浦半島の地層と断層の様子を示します。北武断層は葉山層群と逗子層の接するラインに位置しています(ネットからお借りしました)。
図1に戻り、これまでの歩行記録図に北武断層線を重ねてみると、これまでも断層上を歩いていたことがわかります。
2011年の大震災によって、北武断層とその南の武山断層は30年以内に大地震の発生確率が全国でも最も高まった(とは言え0-3%)エリアとして報道され、三浦の民を震憾させました。それからはや10年。発生まであと20年内(の高確率)になったということ?まずいなぁ。怖いなぁ。どうかこのまま大人しくしていて欲しいものです。
まぁ、しばらくは大人しくしていてくれるでしょうから、これだけ地形図にもはっきりと痕跡が浮かび上がる北武断層に沿って実地見聞して歩いてみたいなと思います。三浦分水嶺歩きが終わったら次の企画として計画しようかな?😉
nao515さん、こんにちわ。初めまして。
小生は2年ほど前から地学の面白さに目覚めました。
今年になって4〜5回三浦三島を訪れました。
観音崎付近では海岸でも丘陵地帯でも見事な地層を確認でき感動しました。
特にトンネル内は凄かったです。内側をコンクリートで覆っていないトンネルが幾つかあり、奇麗な地層に触れることができました。
東京在住です。
緊急事態宣言が解除されたら、観音崎京急ホテルで浦賀水道を眺めながらコーヒーを飲みたいと思っています。
fujikitaさん、こんにちは😊 コメントありがとうございました。
私は地学はまったくの素人でわかりませんが、ブラタモリで地学と歴史と生活のつながりを知り、また地層の複雑・宝庫な三浦半島をたくさん歩いて実地見聞するにつれ、地学にも好奇心が湧いてきました。
観音崎は、トンネルや切通しに、神奈川県内でもトップクラスの素晴らしい露頭があるようですね。逗子層が中心のエリアだと思いますが、三崎層や池子層の美しい地層が見れるようですね。私にはまだ見分ける力はありませんが、ぜひ触れてみたいと思います。
私は葉山に住んでいるので、硯のような硬い葉山層群の沢と、鎌倉の歴史を作った池子層の遺跡がお気に入りです。
緊急事態が明けたらぜひのんびりと三浦の地をお訪ねくださいね。
ぜひいろいろ教えてください😊
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