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2024年09月09日 22:54北アルプス南北全踏破全体に公開

北アルプス南北全踏破、Day8 八ツ峰主稜

Day 8: 八ツ峰主稜 2024.8.4
剣沢キャンプ場から剣沢キャンプ場

剣沢キャンプ場には富山県警山岳警備隊劔沢派出所があり、いつでも彼らに登山道や雪渓の状況を質問することができる。昨日も水を調達がてら、長次郎谷(ちょうじろうたん)の雪渓の状態を聞きに行った。

「明日八ツ峰をやる予定なんですが、長次郎谷の雪渓の状態はどんな感じですか?」

「えっと、上半(かみはん)ですか?」

「いえ、下半(しもはん)からやろうと思っています」

「この時期、下半からやる人は聞いたことないですね...」

え?耳を疑った。この時期の長次郎谷は雪渓が崩壊し、5、6のコルまで詰めるのは困難だと思っていたからだ。約1ヶ月前にチャレンジした時ですら、1、2峰間ルンゼの取付き付近で既に雪渓は崩壊していた。だからこそ、1、2峰間ルンゼから早めに稜線に出る下半のルートしか逆に無理だと思っていた。そういえば、アルペンルートでたまたまTbさんの隣に座った人も、「来週、八ツ峰の上半やります」と言っていた。それを聞いて僕らは、「まだ雪渓を歩ける前提なんですかね!?」と、「無理だよ、それは!」と後で2人で言い合った。

外で待っていたTbさんに「どうでした?」と聞かれ、「あんまり分かってない人しかいなかったみたいで、『この時期下半行く人は殆どいない』と言ってました」と僕は答えた。その山岳警備隊の男性はかなり若かったので、「多分まだ警備隊に入ってすぐなんじゃないですかね?」

何も分かってないのは僕らの方だった。

スタートは午前2時半だった。一人なら1時間前に起きるところだが、1分もTbさんを待たせたくなかったので、午前1時に起きた。こんな時間でも、同じように身支度しているパーティーの物音がしていた。準備が整ったので、早いがテントの外に出た。当然Tbさんのテントにも明かりがともっていた。

昨日の夕方、僕のテントの前のパーティーが、「明日は結構雨予報になってきた」と「気楽に」言い合っているのを耳にした。多分彼らは昨日剱岳に登頂して、今日は下山するだけだったのだろう。剣沢キャンプ場はドコモはあまり電波が入らず、僕はヤマテンの予報が見れずにいたので、彼らに声をかけ天気予報を見せてもらった。あまり見たことのない天気予報サイトだったが、確かにお昼頃からしっかり雨予報になっていた。僕はかなり不安になりそれをTbさんに伝えると、「自分はそれはあまり気にしなくていいと思いますよ」と、恐らく色んなソースで天気予報を確認して、雨は降らないと見ていたのだろう、心強い反応だった。ルートに不安を感じている時は色んな事が気になるものだ。2人で行くメリットはその不安をシェアし緩和出来るところにもある。逆に言うと、やはりソロは精神的なタフさを要求される。

時間ピッタリにスタートした。Tbさんが水場に寄り、水をハイドレーションに入れるのを待つ。そこで、「あっ、コンタクトを付けるのを忘れました!」とTbさんが声を上げた。彼は視力はそれほどよくないが、いつも山行中は裸眼で行動している。やはり、僕らの年齢になると、コンタクトをするとその分近くが見にくくなるからだろう。そもそも彼はブラックスタートを殆どせず、視界が悪い時は極力行動しない超優良登山者だった。僕とは正反対だ。しかし、前回八ツ峰にチャンレンジした時、剣沢雪渓に下りるまでの狭い登山道が真っ暗で殆ど見えず、かなり怖かったらしい。その時は僕が先頭を歩き、彼は「怖い、見えない」とずっと言いながら、僕の後を付いてきた。「やっぱり、コンタクト付けた方がいいんじゃないですか?」と、その時僕が箴言した時は、それでも付けたくない雰囲気だった。しかし、今回はスタート前から「今回はコンタクト付けます」と言っていた。やはり暗いとどうしても歩くスピードがゆっくりになり、今回は行程時間がタイトなので、彼なりに妥協してくれたのだろう。しかし、コンタクトを付ける習慣がなかったので、付けないままここまで来てしまったようだ。Tbさんは水場に荷物を置き、急いでコンタクトを付けにテントに戻った。「すみません、今日は自分が待たせてしまって...」。いつもは毎回僕が待たせるのだが、なかなかうまくいかないものだ。

少し予定よりは遅れたが、コンタクトのおかげで前回よりも随分楽に歩けるようで、その分スピードは上がった。前回(7月中旬)はまだ雪渓が上の方まで残っていたので、夏道トラバースから比較的すぐに雪渓に下りた。しかし、今回は前回雪渓に下りた場所には雪がなかったのか、なかなか雪渓に下りられそうなところが見つからなかった。仕方がないので、ずっと夏道を歩いて行く。しかし、暗さのせいか途中から夏道が分かりにくくなり、このままトラバースを続けるのが危険に感じ始めた。「これ、ボツボツ危ないですね。そろそろ雪渓に下りますか...?」。先頭を歩いていた僕は、後ろのTbさんに声を掛けた。一方で、雪渓も崩壊が進んでいて本当に上を歩けるかどうか怪しかった。「どちらがより危なくないか」という後ろ向きの選択を迫られた格好だ。相談して雪渓を選択し、土砂崩れの跡がある場所が若干下りやすそうに見えたので、そこから雪渓に下り立った。

ザックを下ろしアイゼンを装着する。前回の八ツ峰チャレンジで導入したペツルのレオパードを今回も持ってきた。レオパードは、今回の縦走で僕が履いているTXガイドのようなアプローチシューズにも取り付け可能な、アルミ製10本爪クランポンだ。取り付け方法には2パターンあり、よりシューズにフィットさせたい場合は、紐をたすき掛けのように左右に交差させる'Alternative Method'がいい。少し面倒で付けるのに時間がかかるが、結局この方法の方が時間の節約になる。僕がレオパードを使っているのを見て、Tbさんもレオパードを今回から導入した。しかし、彼はレギュラーメソッドで装着し、途中何度もアイゼンが外れて難儀していた。

幸い雪渓は安定していた。ただ真っ暗な中を歩くので、足元を異常に気にしながら歩いて行く。そんな時、前方から複数のヘッドランプの光がこちらに近付いて来るのが見えた。「お、こんな時間に他にも歩いてる人いるよ」と嬉しくなる。しばらく歩くと、そのパーティーとすれ違う距離に来た。男性1、女性2の3人組だった。クライミング装備ではなく、恐らく真砂沢ロッジから雪渓を上がってきたのだろう。「この先、雪渓の状態はどうですか」と聞いてみた。すると、「かなり崩壊してますが、ピンクテープがしっかりあって、右岸に誘導されます」と教えてくれた。かなり不安だったので、実際に歩いてきた人に状況を聞けて、ものすごく安心した。こんな所をソロで歩き、かつ誰もいなかったら気が狂いそうになるだろう。

彼らの言ったように、ピンクテープがくくりつけられた岩が雪渓に出始めた。彼らは右岸と言ったが、ピンクテープは左岸へと誘導していた。Tbさんは、「彼らは右岸と左岸を間違ってるんじゃないですかね?」と言った。そう、右岸と左岸は勘違いしやすい言葉だった。沢を「上流」から見て左が左岸、右が右岸だ。基本登山者の意識は登りに集中しやすいので、下流から見て左を左岸と、頭では分かっていても勘違いすることがある。ちなみに、ややこしいが、右俣は下流から見て右だ。

引き続き左岸に誘導され続け、一旦雪渓から山の斜面に乗り上げさせらた。しかし、斜面をしばらくトラバースするとまた雪渓に下され、前方に「右岸」に向けてピンクテープの岩が等間隔で伸びているのが見えてきた。「あ、やっぱり右岸に誘導されますね!」。この辺り(平蔵谷出合から長次郎谷出合の間)は複雑に入り乱れるクラックを避けるため、左岸・右岸を激しく行き来するようだ。完璧に誘導岩を置いてくれた山岳警備隊に感謝した。右岸の端に来ると、また夏道に上げさせられた。引き続き、夏道沿いにピンクテープが施されていた。しばらく夏道を進むと、ちょうど長次郎谷の出合いが前に見える所までやって来た。ここから雪渓に下り、長次郎谷出合いまで雪渓を横切るのだが、雪渓に下りるようにはピンクテープが付けられていなかった。「ここを本当に下りてもいいんですかね?」とTbさんが不安そうに言う。確かにピンクテープがないのは不安だったが、行くしかないやつだ。「まあ、多分ピンクテープは一般登山道を歩く登山者向けじゃないですか?八ツ峰に行く人は自分で判断しなさいと...」と僕は答えながら、雪渓に下りて行った。雪渓は特に問題なかったが、少しドキドキしながら長次郎谷出合いに向けて、雪渓を横切った。

出合いで少し休憩し、長次郎谷の雪渓を登っていく。傾斜は緩やかで息も殆ど上がらず、時折吹き下ろしてくる風が冷たかった。不思議だったのは、その冷たい風に混じって、たまに生暖かい風が吹くことだった。少し気味が悪かった。

しばらく歩くと、1、2峰間ルンゼの取付きに到着した。ここは、よく「岩小舎」が目印と書かれているところだ。地形図を見ると岩崖マークが密集している。岩小舎とは、別に小屋があるわけではなく、自然にできた岩の洞窟で、その洞窟でビバークが可能だから小舎と呼ばれるのだろう。しかし、前回も今回もそれらしい洞窟は見当たらなかった。ここが、そこだと分かる理由は、ここで雪渓が完全に途切れ、雪渓をそのまま詰めることができなくなるからだ。セオリーでは、ここで「右岸の岩に飛び移り、しばらく右岸の岩場(スラブ)を登り、適当に戻れるところで左岸に戻る」だ。しかし、まず右岸に飛び移るのがそんなにイージーではない。雪渓と岩場の間には深〜い隙間が空いており、落ちたら命はない。隙間が広い所も多く、まずは飛び移れるくらい隙間が狭いポイントを見付けなければならない。しかし、それだけでは十分ではない。飛び移った先の岩場の足元にそれなりにスペースがあり、かつ、そこから登れそうなスラブであることが必要だ。この3つの条件を満たすポイントは、僕が見る限り1箇所しかなかった。

その場所の雪渓側に立ち、レオパードの片足を外したところで、そこはアイゼンなしでは滑ってちゃんと立てないことに気が付いた。これから岩場に飛び移るので、雪渓側でしっかり踏ん張る必要があり、もう片方のアイゼンは岩場に乗り移ってから外すことにした。雪渓が薄くなっているので怖かったが、雪渓のキワキワまで寄り、大股で岩場へと「えい!」と飛び移った。岩場側の足元もちゃんと広い所を選んだので、そこでもう片方のアイゼンを外し、ザックにしまった。この場所の上のスラブは傾斜がキツく危険なので、ワンムーヴ、微妙なトラバースで1つ左の小テラスに移った。その小テラスの上はイージーなスラブだった。そこでTbさんを待つ。

その飛び移りポイントで、Tbさんはヘルメット付けようとした。しかし、手が滑ったのか、あろうことかヘルメットを落としてしまった!雪渓をヘルメットが転がり始める。彼は既にアイゼンを外していたので、危なっかしい足付きでヘルメットを追いかけた。なかなか追い付けず、これまでか⁉と思った時、雪渓の凹凸のおかげが、ヘルメットの下降スピードが落ちた。その隙に何とかTbさんはヘルメットを押さえつけた。これから八ツ峰をやるのに、ヘルメットなしでは危険すぎる。危うく、挑戦する前に撤退するところだった。僕が岩場から大声で「よっしゃー!」と吠えたことは言うまでもない。

気を取り直し、Tbさんも右岸に映ろうとするが、やはりアイゼンなしではツルツル滑ってちゃんと立てない。しかし彼は這いつくばるようにして岩場に乗り移った。やはりアイゼンを付けたまま移るのが正解だろう。それを見届け、スペースを開けるため、先にスラブを登り始めた。Tbさんもすぐに僕の後に続いた。

スラブを登ったはいいものの、どんどん雪渓が遥か下になり、とてもじゃないけど左岸に戻れる感じてはなかった。しかも、仮に移れたとしても、ここからルンゼに取り付く所も、右岸と同じように雪渓とルンゼに隙間が空いていた。その空き具合は、7月中旬の段階で飛び移れそうになかったので、今日はさらに広がっているだろう。「どうしますか...これ」とTbさんと顔を見合わせる。「もう少し上に上がって左岸に戻れる場所を探すしかないですね...」と岩場を登り続けた。すると、1、2峰間ルンゼはかなり過ぎてしまったが、雪渓が消え沢幅が狭まり、簡単に渡渉できるポイントが出てきた。「これですね!」と言いながら、そこを渡渉し無事に左岸に戻ることができた。

その渡渉した先には「簡単そうな」ルンゼが目の前に見えた。「これ、登れそうですね!」と2人で喜んだ。これでやっと八ツ峰をスタートできる。念のため、ヤマレコでここに「みんなの足跡」が付いているかを確かめた。しかし、表示をクライミングの足跡に変えても、足跡は全く付いていなかった。「う〜ん...。ヤバイんかな」。下からみる限り、何の問題もないルンゼだったし、YouTube動画でもこういう所を臨機応変に登り、1、2峰間ルンゼに戻っているような気がしたので、ここを詰めることにした。

完全な間違いだった。

最初は確かに問題のない登りだった。まあ、ちょっとしたバリエーションルートといった感じだ。しばらく問題なく登っていると、Tbさんが声を上げた。「あれ!?スマホがない...」。彼はかなり動揺している。普段はスマホを失くしたくらいで動じる人ではないのだが、後から聞くと、八ツ峰の後も予定が目白押しで、LINEでしか繋がっていない人と会う予定だったという。ここでスマホを失くすと、その人と連絡が一切取れなくなる。既に少し時間が押していたが、Tbさんは登って来たルンゼを下りてスマホを探しに行った。ここは電波がないので、スマホを鳴らせてあげることはできなかった。彼はルンぜの取り付きまで下りてスマホを発見した。普段からスマホをわざと落として探す訓練をしているらしいが、その時でも必ず見つかるものらしい。

一度下りたルンゼを全部登り返してTbさんは戻って来た。今日は怖いくらい彼はトラブル続きだった。スタート時のコンタクト付け忘れ、頻繁に外れるアイゼン、そしてスマホ紛失。それでもそれを全部合わせても「1時間くらいの遅れですよね」と決定的なダメージではないと前向きに考えることにした。八ツ峰下半・上半の行程は15時間を見込んでいたが、Tbさんはビバークを覚悟していた。腰に不安があり、12時間を超える行程の場合歩けなくなるリスクがあったからだ。「Szさんは多分八ツ峰終わってもまだまだ元気でしょうから、自分を気にせず下山してください」と言われいた。僕は翌日以降も長い縦走が残っているので、ヘッデンになっても剣沢まで下山する予定だったが、できれば2人で明るいうちに下山したかった。

しばらく休憩を入れ、再スタートした。しかし、この辺りから斜面が狭く急になり、ルンゼは徐々に険しくなっていった。登りでも神経を使い、ルート取りを慎重に考える。そう、もはや登りのレベルがクライミングに変わってきたのだ。引き続きフリーで登っていたが、「これはダメだ」と、遅ればせながらやっとギアを出した。

高度感のあるバランシーな登りをこなし、狭い凹角に来た。上を見上げると、ここを1段登ると行く手が開けそうに見える。しかし、登った先がどうなっているかは想像でしかなかった。地形図的にはこのルンゼの適当なところから右にトラバースすれば、1、2峰間ルンゼに合流する筈だが、全く確信は持てなかった。「もし、この先で行き詰ったらロープ使っても下りられなくなるかも...」と恐怖に支配され始めた。Tbさんと相談し、「これは下りた方がいい」と意見が一致した。「しかし、これを下りるんか...」。ここまでかなり無理して登っていたので、下りることも容易ではなく、「どう下りますかね...」と半ば途方に暮れる。登ってきたルートをクライムダウンするのは、危険過ぎて無理だ。反対側から懸垂下降することができないかを見極めようするも、適当な支点が見当たらない。唯一あったギリギリ使えそうな細い数本の枝は、斜面に対して下を向いていた。「これでやるしかないですね...」とお互い全く自信がなかったが、他に選択肢はなさそうだった。

今回八ツ峰の懸垂下降支点の強度が不安だったので、潤沢に捨て縄・捨てカラビナを用意していた。僕は北アルプス南北全踏破途中での八ツ峰なので、荷物軽量化のため全部Tbさんに持って来てもらった。Tbさんはその下を向いている数本の枝をまとめ、持ってきた捨て縄を掛けた。しかし、枝は下を向いているので、掛けた捨て縄がそのまますっぽ抜けそうで恐ろしい。すっぽ抜け防止のため、掛けた捨て縄のわっかが広がらないように、捨てカラビナを真ん中にかませた。「これで理論的にはすっぽ抜けしないとは思いますが...どうにも頼りないですね」とTbさんはセットした捨て縄を何度もチェックした。僕もその様子をみて、猛烈に不安だった。Tbさんは、「先に自分が下りますよ」と、捨て縄をセットした責任感からか、先に下降することを申し出た。僕は支点の近くに立ち、もし捨て縄が外れそうになったら、捨て縄を手で引き上げる態勢に入った。緊張しながら捨て縄をじっと睨む。Tbさんが懸垂下降を始めた。案の定、枝はロープに引っ張られ、ますます下に向き始めた。びびりながら、いつでも引き上げられる臨戦態勢に入ったが、意外に「フリクション」が効いてくれた。イメージはハンモックが木からずり落ちないのと同じ原理だ。「ちょっと怖いが何とかなるのかなぁ...」。無事にTbさんが懸垂下降を終え、一段下に下り立った。次は僕の番だ。しかし僕の場合は誰も支点を見守ってくれない。「できるだけクライムダウンで降りよう」。なるべく確保器に体重をかけず、バックアップと思って下りていった。途中、少し確保器に頼りつつも、基本クライムダウンで何とか下り切った。「これがリアルアルパインか…」

しかし、まだ完全に危機からは脱していなかった。そこからもう1ムーヴ、核心が残っていたからだ。ここから本当に安定した場所に戻るには、微妙なバランスのトラバースをこなす必要があった。沢で培ったサバイバル力に長けたTbさんは、そこを何とかフリーでこなし、「よし、自分は何とか戻れた!」と、興奮気味に声を上げた。次は僕の番だ。Tbさんにアドバイスを受けながらトラバースにトライするも、かなり難しい。足がなく、手も届かない。「これ、かなり怖いですね...」。「怖いですよね...」とTb さんも同意する。落ちたらただでは済まないので、思いきったムーヴは出来ない。Tbさんは、「ちょっと待ってください、ロープ出します」と言って、ロープの末端を僕に放り投げ、僕は何とかそれをキャッチした。そのロープの末端を、クーロワール(シットハーネス)にエイトノットで必死に結び着けた。それほど安定した場所ではないので緊張したが、何度もやった動作だけに問題なかった。そして、Tbさんは、ものすごい弱い枝一本で支点を構築した。本当にそれしか支点になるものが他になかったのだ。「これ(支点)は本当に最悪の場合のためのもので、あまり信用しないでください!」と、Tbさんは僕に念を押した。「落ちるわけにはいかなんだ」と、僕は自分に言い聞かせた。再度トライする。やはり難しい。Tbさんが、「左手で掴んでいる枝を、限界まで先っちょにして!」とアドバイスしてくれる。それに従い、身体を限界まで右に伸ばした。すると、安定したガバに右手が届いた!「よし、いける!」。これでムーヴが完全に安定し、僕も核心を越えることができた。「よーし!生還した!!」

無事に撤退できたのはよかったが、正直こんな追い詰められると想像だにしていなかった。「やっぱり、八ツ峰甘くなかったな...」。八ツ峰Includedできなかったと落胆したが、やっぱりどうしても諦められない。僕らはここでスパッと上半で八ツ峰をやることに頭を切り替えた。ここから登って来たルンゼを下りるのが一番安全策だったが、そうするとかなり戻ることになる。Tbさんが、「ここから上にトラバースしましょう」と提案し、途中で行き詰まるリスクを取り、上部に向かって草付きをトラバースし始めた。道は当然荒れていて、草もぼーぼーだった。足元が草のせいで殆ど見えない。「足を置いたら地面がなかった」を避けるため、ゆっくり慎重に歩く。所々リアルな熊の糞があり、ここには熊が出没することが分かった。

トラバースを終え、無事に雪渓に下りることができた。ここでアイゼンを装着しながら休憩していると、丁度下からガイドパーティーが上がってきた。僕らがあり得ない場所を登っていたので、「どこに行こうとうしているのかなぁと思ってました」と声を掛けられた。ここまでのパニックを説明しながら、これから5、6のコルから上半をやりますと彼らに伝えた。そのガイドパーティーも同じく上半をやるようだ。「どうせ抜かれると思いますが、お先です」と彼らはそのまま登って行った。

その休憩ポイントから5、6のコルの取付きは本当にすぐだった。そこで、先ほどのパーティーがアイゼンを脱ぎながら休憩していて、これから再スタートするところだった。「ここはちょっと岩が不安定なので、もう少し上からコルに行った方がいいかも」とガイドの男性は親切に教えてくれた。僕らもアイゼンを外し、それほど岩が不安定には見えなかったのでこのポイントから上がって行くことにした。実際登り始めると、彼の言ったように確かに岩は不安定で、何度が岩が崩れた。少し危ないトラバースを行き、コルへの最後の登りになった時に、そのガイドパーティーには先を譲ってもらった。

八ツ峰の上半は、はっきり言って歩くだけだった。会の先輩が言っていた通り、登りでロープを出すようなポイントはなく、下りも半分くらいはクライムダウンで下りられた。ただ、「上半に限っては全部クライムダウンできる」と言っていた猛者もいたが、特に8峰からは到底クライムダウンできそうには見えなかった。心配した懸垂支点は、上半についてはすぐそれと分かり、かつ、山岳警備隊によってしっかり整備されていた。捨て縄、捨てカラビナの出番はなかった。懸垂で振らされるところが何ヵ所かあり、そこだけ要注意だ。下手をすると岩に激突する恐れがある。

特にトラブルなく八ツ峰の頭に到着した。隣に見えるチンネ左稜線には、大学生のようなパーティーが取り付いていた。先頭の青年は、チンネ頭に到達するとなぜか狼のような遠吠えを上げた。この山岳会のルールなのか。残念なことに、彼は下山時のマナーが最低だった。ザレバを猛烈なスピードで駆け下り、落石させまくった挙げ句謝りもしなかった。途中でグループ全員で集合し、ミーティングのようなことをしていたので、その中のリーダーのような女性に大学を聞いてみた。「立教の山岳部です」。彼女は礼儀正しかったので、「頑張って下さい」と声を掛けて終わりにした。

八ツ峰の頭から2回の懸垂下降で、無事に池ノ谷乗越に下り立った。ここから北側には悪名高き「池ノ谷ガリー」が下に続いていた。北方稜線を歩く場合はここを下るのだが、ものすごく険しく見えた。「ホンマにこれ行けるんか?」。とても普通に歩けるようには見えなかったので、ここを去年歩いたTbさんにそう言うと、「まあ、そう見えますが道はちゃんとありますよ」と、意外に問題なく歩けるらしい。

ここから北方稜線を登り返し、剱岳本峰に向かう。登りは岩場に慣れていれば、ロープなしで快適に登れる。しかし、最後に左から行けばお助けロープがある分岐で、間違えて右を下ってしまった。その下りは浮き岩もあり少し危険で、下りきると崖の下りになった。崖の下を覗き込み、「まあ、クライムダウンできそうだけど...ロープ出しますか?」。向かい側の崖にはお助けロープが垂らされていた。僕らはロープを持っているのである意味どこを行っても対応できるが、普通の登山者は慎重なルーファイが必要だ。もう使わないと思っていたロープをまたザックから取り出し懸垂下降した。崖を下り、Tbさんに「さすがにもうこれが最後ですね(笑)」と、やれやれと言った感じで確認し、ザックにロープをしまった。

もう剱岳はすぐそこだ。序盤の苦労を思い出し、久しぶりに徐々に感極まってくる。最後は無駄に難しいムーヴを交えながら、剱岳山頂に到着した。目が涙で滲む。Tbさんとがっちり握手し、涙を手で拭った。「やったよ...八ツ峰includeしたよ」。山頂に人があまりいなければ、もっと吠えるところだった。Tbさんはこういう時でも、自分から嬉しさを爆発させることはない。喜んでいる仲間を見て、それで自分も嬉しくなるらしい。どこを登るかよりも誰と登るかを大事にする熱い人だった。喜びはしゃいでいる僕にそれを説明しながら、「Szさんと八ツ峰をやれて、その事が本当に嬉しいですよ」と言ってくれた。心に沁みた。
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コメント

TimDerivさん
おはようございます。
毎回ドキドキしながら拝読しています。今回は緊張で喉がカラカラになりました。怖いよ!
2024/9/10 7:49
makovooさん
ありがとうございます!やっぱりヤマレコの🐾はちゃんと信用した方がいいと思いました😅
2024/9/10 9:47
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