![]() |
![]() |
![]() |
Day10 : 2024.8.6
五色ヶ原から薬師峠
時間 10:06
距離 16km
登り 1556m
下り 1666m
2時に目を覚ますと雨が降っていた。「マジか...」。朝日小屋で停滞して以降、雨には降られていなかったが、遂に雨の中を歩かないといけないのか...。昨日の行程が結構堪えていた僕は、かなり弱気になっていた。「本当にこの縦走、休暇期間中に終えられるんか?」。3連休明けの8月13日には会社に出勤しなければならない。3日の予備日を持ってスタートし、1日を朝日小屋停滞で使ったので、残りは2日だった。「この後また雨で足止め食らったりしたら...」。今回の北アルプス南北全踏破を振り返って見ると、この日が一番先が見えず不安だったかもしれない。「多少の雨なら頑張って歩いて駒を先に進めねば」
雨が小降りになってきた頃、トイレに行くためにテントから外に出た。すごい霧が立ち込めていて、ヘッデンを照らしても全く先が見えない。トイレ棟にたどり着くのも一苦労だった。テントに戻り、雨が止むのを願いながら時間を潰していた。しかし、今日は昨日より更に長い行程だ。午前4時にはスタートしないと、まともな時間に薬師峠にたどり着けないかもしれない。レインウェアを上下着込み、諦めてテントの撤収を始めた。雨がぱらつく中、びしょびしょに濡れたレインフライを雑巾で拭き上げる。この時間に起きて撤収をしているのは僕だけだった。ここに来るような登山者は、多分ゆったりとした登山を目当てに来ているのだろう。それを羨ましく感じながらも、まだそれでは満足できない自分がいた。
撤収を終え、小雨の中を五色ヶ原山荘へ木道を登って行く。山荘に寄り、昨日買ったお摘まみのゴミを引き受けてもらった。ちなみに、ビールの缶はキャンプ場に捨て場が用意されている。ここから稜線に上がった辺りで、幸運にも雨が止んだ。ザックを下ろし、レインウェアを脱いで雨蓋に収納した。この稜線は前方の見晴らしがよく、これから歩いて行く道のりがよく見えた。まず最初のピークの鳶山に登頂した。ここから越中沢乗越までは250m以上の大下りだ。しかも序盤は斜度も急で少し危ない。その這松混じりの急下りの登山道の真ん中に生々しい熊の糞を見つけた。自分が熊の生息地を歩いていることを改めて思い出させられる。「ちょっと声出していくかな...」
下り続けてコルが迫って来た時だった。稜線左前方の斜面を黒い物体が走っているのが見えた。まさかとは思ったが、やはり熊だった。一気に鼓動が速くなる。「また出たよ!」。彼は僕に背を向け必死に走り続け、登山道を横切り、稜線の右の斜面の藪の中へと消えていった。僕が熊に気付くより先に彼が僕に気付き、逃げ始めてくれたようだ。かなり長い距離を走って逃げていたので、走り去る彼の後ろ姿をたっぷりと観察することになった。僕からは十分な距離があり、こちらを一切見ずに一目散に走り去ったにもかかわらず、僕はパニックになった。その熊が逃げ込んだ繁みの横を、これから歩かないといけないのだ。少し立ち止まり、時間を開けた。「できるだけ遠くに逃げていてくれよ...」
びびりながらその繁みを通過した。幸いもうそこにあの熊の気配はなかった。去年の12月初旬、三ノ沢岳独標尾根に続く風越山登山道(ほぼ廃道)で2頭の熊に追いかけられて以来の熊遭遇だった。今回は熊との距離が十分あり、僕から逃げていってくれたので、僕の精神的負荷は低かったが、あまりにも頻繁に熊に会いすぎではないだろうか?
コルから越中沢岳までは傾斜の緩い登山道を登っていく。途中だだっ広い平原のような所も出てきた。特にここまで辛くはないのだが、近くに来てから中々越中沢岳に着かず、「ここかな?」という期待を何回か裏切られた。「これでもか!」とめげずに進んで行くと、やっと山頂標識が見えてきた。山頂標識はとても質素で、古ぼけた板に手書きで越中沢岳と書かれているだけだった。眺望はよく、ここからの先が延々と続いているのが見え、小さくスゴ乗越小屋も見えた。それがスゴ乗越小屋と分かったのは、山頂標識の横にある道標にこう書かれていたからだった。「近くて遠いはスゴの小屋。アップダウンが続くよ!」。確かにかなりワイルドな岩峰が近くに見え(スゴノ頭か)、その手前のコルにかけて大下りし、岩峰を全部登り返し、スゴ乗越へ激下りだ。そして、スゴ乗越からの登り返しの途中にスゴ乗越小屋が小さく見えたのだ。この山頂道標の言葉はかなり控えめな警告だった。
越中沢岳からの下りはかなり危険だった。慎重に下りる必要がある。途中、登ってくる登山者数人には熊がこの先で出たことを伝えた。初めてすれ違ったトレラン装備のような男性に、「この先、越中沢岳の先のコルの辺りで熊が出ました」と教えると、彼は戸惑っているようだった。そして、'I'm from Taiwan.' と申し訳なさそうに彼は答えた。「なるほど、こんな秘境を台湾人がトレランするのね...」と思いながら英語で熊が出たことを説明した。「コル」の英語が思い付かず、at around the lowest spot after Ecchusawa-dakeと言ったが、伝わったかどうかわからない。bearにはかなり反応していたので、まあよしとした。
スゴノ頭(2431)の辺りは平らになっていて、休憩ポイントだ。夫婦のような男女2人と、大学生のような男性4人組が休憩していた。この大学生達は、折立からスタートしたらしく、何日目かわからないがかなり疲弊している様子だった。リーダーが一番疲れている1人を何とか励まし(騙し?)ながら、この先の行程を続けようとしていた。多分五色ヶ原まで頑張るのだろう。僕も結構疲れて来ていたので、ここでザックを下ろし小休止した。
スゴノ頭からの下りは意外感を持って始まった。這松に覆われてはいたものの、やたらとでかい岩のゴーロ帯だったのだ。飛び石の要領で岩のてっぺんを踏みながら下っていく。しばらくすると想像通りの樹林帯の下りに変わった。しかし、名前の通りスゴ乗越まではすごい下りが続き、なかなかコルに着かなかった。その後に登り返しがあるのが分かっているので、延々と下るのは精神的にもかなり辛い。「もう勘弁して...」と思った頃にコルに到達した。名前に比べてかなり地味なコルだったが、ちゃんと「スゴ乗越」の道標が立てられ、「ゆとりこそ無事故につながる道しるべ」と書かれていた。オレ、今日ゆとりあるんかな...。薬師峠までまだまだだよな...
スゴ乗越小屋までの間には1つピークがあり、そこから少し平らになり、また登る階段上の地形に見えた。最初のピークまでの登り返しがガレた登りで辛く感じた。後で地形図を見ると、次の登り返しも同じくらいの標高差なのだが、その登り返しの辛さの記憶はあまりなかった。スゴ乗越からスゴ乗越小屋までも1時間もかかっていなかった。
スゴ乗越小屋の前には、まずテント場が現れる。結構広く、平らで気持ちのよさそうなテント場だった。次はここで幕営するのもいいかもしれない。そこからすぐに小屋に到着した。時刻は9時を少し回った頃だった。五色ヶ原のキャンプ場から約5時間かかっていた。ザックを小屋前の日陰のベンチに下ろし、小屋の中に入っていった。小屋に来たらできれば何かを食べたい僕は、何故か都会風のロン毛の小屋番のお兄さんに、「軽食やってますか?」と、まだ9時過ぎなのでダメ元で聞いてみる。「まだですね...、でもカップラーメンはできます」。今山行中に何度聞いたセリフだろう。「ゴミは預かってもらえますか?」と聞くと、「もちろんです」。まあ、カップラーメンで我慢するか...。スゴ乗越小屋は少し変わった趣で、受付にはお香がたかれていた。何とも言えないいい香りで、若干エスニックなアジアンテイストが漂っていた。500円を支払うと、何故かカップラーメンを持って奥の部屋にお兄さんは消えていった。なかなか戻ってこないので不思議に思っていると、「はい、カップラーメンできました!」と、出来上がったカップラーメンをお箸とともに持ってきてくれた。「これ、新鮮やな...」。ちょっとした気遣いだが、やたらとそれが嬉しかった。
外に出てザックを置いていた日陰のベンチでカップラーメンを食べようすると、バングラデシュ人かインド人とおぼしき小屋番が、「今からここを(履き)掃除するので、すみません(移動してもらえますか)」と言ってきた。仕方がないので、猛烈な太陽が照りつけるテーブルへと移動した。カップラーメンを食べながら前を見ると、少し離れたベンチで休んでいる若いソロの男性登山者が目に入った。「薬師峠からですか?」と、そこそこ疲れているように見える彼に声を掛けた。「ええ、五色ヶ原ですか?」と恐らく負けじと疲れていた僕に彼も質問した。「はい、まあまあでしたよ」。すると彼も、「こっちからもなかなかでした(笑)」。「ここまでどれくらいでしたか?」と聞かれたので、「大体5時間くらいですね」と答えると、「僕も同じくらいです」。やっぱりそれくらいかかるよね...。「でも、そっち(薬師岳)からだと下りだから、こっちからだともう少しかかるかも...」と僕は弱気になった。さらに追い討ちをかけるように彼は言った。「あと、間山からの下りが、今までで一番ザレザレで大変でした」。マジか...こんな所に過去一のザレ場あるんか?
スゴ乗越小屋は入口扉のすぐ近くに蛇口の水場がある。かなり離れた沢から水を引いていて有料だ。でも手軽に補給できるのでとてもありがたい。必要最低量だけ調達し、後半戦をスタートさせた。びびりながら迎えた間山への登りは、全く問題がなかった。ザレていたのは間違いないが、ごくごく普通のザレ度合いだった。しかし、間山山頂に着く頃には天気が悪化し、ほぼ真っ白けになってしまっていた。ここから北薬師岳、薬師岳とキツイアップダウンの稜線を越えていかなければならない。キレイな稜線を見ながら歩ければかなり気分が上がるのに、眺望はいい時でも今一だった。
真っ白な中ゴーロ帯を歩き、雷鳥にも会いながら、丁度お昼12時頃、北薬師岳に登頂した。山頂には若い男性3人パーティーが休んでいた。少し先を行くパーティーの声が聞こえていたような気がしていたので、彼らかなと思ったが、彼らは薬師峠から来たそうだ。この時間にここにいるので、今日は恐らくスゴ乗越小屋までの行程なのだろう。彼らのうちの1人が、ソロの僕に気を遣い、頼む前から写真を撮ってくれた。かなり疲れていたので長めに休憩を入れる。「五色ヶ原からここまで来んのエラいしんどいな...。スゴ乗越サイテー、めっちゃ下る。ただスゴ乗越小屋はすごいよかった」と、ビデオを撮りながら感想を入れる。前に見える薬師岳を見ながら、思わず呟く。「薬師岳遠いな...」
しっかり休憩した後、薬師岳へと行動を再開した。ここからも同じような真っ白けな天気が続いた。途中すれ違う年輩の男性ソロの方に「もう少しの辛抱ですよ!」と励まされながら、ひーひー言いながら登っていく。「やっぱり五色ヶ原から薬師岳、えらい遠いわ...」。めげずに登り続けていると、やっと山頂の祠が視界に入ってきた。「五色ヶ原から薬師岳、めちゃくちゃエグいぞ...」。よろよろしながら祠に近付いていく。祠の側まで来ると、やたら祠が新しいことに気が付いた。「あれ、これ前来た時にはボロボロやったのに、新しくなってる!」。祠には鐘が付けられ、短く叩きにくい木の棒もくくりつけられていたので、数回叩いてみた。そこから直ぐの山頂標識にやっとのことでたどり着いた。時刻は丁度午後1時だった。北薬師岳から約1時間の行程だった。ザックを下ろし、そこにいたカメラが得意そうなソロの女子に写真をたくさん撮ってもらった。
山頂を後にしてから、僕は薬師岳山荘で軽食が食べられるかどうかが気になっていた。山頂から一緒に下っていたさっきのカメラ女子は、「確か1時半までだと言ってたような...」と教えてくれた。もう後20分くらいしかなかったので、かなり微妙だった。その女子の歩くスピードは僕より大分ゆっくりだったので、「お先にどうぞ」と先を譲ってくれた。結局、薬師岳山荘にはギリギリ1時半には間に合わず、軽食にはありつけなかった。ただ通過者へ軽食のサービスをやっているかどうかも微妙に感じた。(後でウェブサイトを見ると軽食サービスはありそうだった)
ここから薬師峠までが遠かった。3年前に一度歩いたことがある道だったが、それでもかなり辛く感じた。記憶に残る道を延々と下っていく。嫌になるほど続く下りを高速で下り切って、やっと薬師峠(テント場)に到着した。時刻は午後2時半前だった。まだテント場はそこそこ空いていて、できるだけ平らな場所を物色する。このテント場はどこもあまり平らではなく、納得のいく場所を求めて何度もザックを移動させた。結局広さは今一だが、比較的傾斜がましな場所を今夜の寝床に定めた。場所が狭いので、エリアを区切っている周囲の石を少しどかし、スペースを拡大させながら幕営した。
薬師峠キャンプ場は、管理している太郎平小屋からかなり離れている。早めに歩いても片道15分はかかるだろう。3年前に来た時は、折立からスタートし、太郎平小屋でテント場の受付をして薬師峠に向かった。その場合は先に太郎平小屋があるので、無駄な歩きは発生しない。しかし、今回は先に薬師峠があるので、太郎平小屋へのテント場の受付は無駄に歩くことになる。前回太郎平小屋で受付した記憶が色濃く残る僕は、何の疑問も抱かずビールを入れるためのアタックザックを持って、太郎平小屋へテントの受付に向かった。ちなみち水場とトイレは薬師峠にある。
やはり15分ほどかかって太郎平小屋に到着した。テントの受付棟に入り順番を待ち、「テントの受付をしたいんですが...」と小屋番に伝えた。すると、「あ、今はテントの受付はテント場でやっています」。なぬ⁉? 何のためにここまで歩いて来たんや...。「あ、そうかビールを買いに来たことにしよう」とポジティブに考えることにした。500mlの缶ビールを2本買い、また来た道を戻った。薬師峠に戻ってくると、さっきのカメラ女子も到着していた。何故かやたらとビールの缶を持っている登山者が多かったので彼女にそれを言うと、「ここの受付で買えるみたいですよ」。なぬ⁉? 何のために太郎平小屋に行ったんや。「でも350mlしか売ってないみたいです」。よし、「俺は500mlの缶ビールを買いに往復30分歩いたんや」と、無理やり自分を納得させた。
北アルプス南北全踏破2024八ツ峰Included: https://www.youtube.com/playlist?list=PLNdyNlVYCXFUA90Cus7t558HScbVmhgZl
コメントを編集
いいねした人
コメントを書く
ヤマレコにユーザー登録いただき、ログインしていただくことによって、コメントが書けるようになります。ヤマレコにユーザ登録する