記録ID: 121057
全員に公開
無雪期ピークハント／縦走
中央アルプス
信州・奈良井 高遠山〜鳥居峠縦走
2010年10月09日(土) [日帰り]
Junjapa
- GPS
- --:--
- 距離
- 11.5km
- 登り
- 757m
- 下り
- 754m
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標高グラフを拡大| 天候 | 雨 |
|---|---|
| 過去天気図（気象庁） | 2010年10月の天気図 |
| アクセス |
利用交通機関：
自家用車
|
| コース状況／ 危険箇所等 |
天気予報は下り坂を告げていた。三連休だから最低でも一日は山に行きたい。諦めるほどの雨ではないし、この雨で諦めていたら本州横断の旅も進まない。ヤブ山は展望が期待できないから雨でもかまわない。そんな気持ちでひとりで行くことにしたのだった。 静岡の出発は夜10時。ナビに目的地を入れると、名古屋経由で中央高速を北上するルートを示している。そちらが近いのだろう。初めてのルートだ。高速に乗ると混んでいる。東名の集中工事も夜中や週末はやっていないのでそこにしわ寄せが来ているのかも知れない。奈良井は遠いなぁと思いながらも快調にクルマを飛ばす。夜中の0時ころ空腹を覚えたので、サービスエリアのマックで100円ハンバーガーを買う。食べたら急速に睡魔が襲ってきた。PAで仮眠することを決めるのに時間は要しなかった。 寒くもなく暑くもない気持ちのよい眠りだったが、逆にそれがまずかった。目が覚めると果たせるかな空はしっかりと明るい。時計を見れば6時だ。何てことだ・・・本格的に寝てしまった。大あわてでハンドルを切って本線に出る。 奈良井「道の駅」は国道19号線の左側にある。国道と並んで流れる奈良井川との間の狭い場所にその駐車場がある。すべるようにして入るとクルマを止める。エンジンを切るとしとしとと降っていた雨脚が強くなってきた。数台の車がさびしげに濡れそぼっている。空をみれば雲が垂れこめて陰鬱な雰囲気だ。しかし登山を中止するわけには行くまい。せっかく来たのだから、高遠山だけあるいは鳥居峠だけでもと身じたくを整えて歩き始めた。8時35分だった。 奈良井川にかかっている奈良井大橋を越えて対岸にわたる。ヒノキで造られた立派な太鼓橋だ。中央西線を横切る。地元の人が使うほそい道をたどり、簡素な鉄製とびらをあけてそのままの線路をわたるのである。「観光客は利用しないでください」とあるがそれは無理というものだろう。道があれば通るというのが人間と道の正常なあり方というものである。 奈良井宿はまさに宿場町だ。江戸時代の雰囲気を十二分に醸し出している。ひとりで雨ふりの宿場沿いに奈良井駅に向かって歩く。店は開いていない。観光客もいない。山に向かう自分だけがいる。奈良井駅を右に見ながら左斜めにあがる車道をたどっていく。このあたりの民家は、ふつうの家の造りで江戸時代から現代に引き戻される。昨夜の洗濯物が干しっ放しになっていてそこには毎日の生活がある。 この道は、そのままたどれば鳥居峠に行く道である。今日は雨だから、この道を下りてくるかも知れないなとふと思う。ヘアピンカーブを曲がると長靴を履いたおじさんと犬が歩いているのが見える。犬は左右の畑に入っては出て遊びながら進んでいる。おじさんに追いついた。「おはようございます」と声をかけると挨拶を返してくる。人の良さそうなおじさんだ。 「どこから来たの?」 「静岡からです・・・」と私。 「どこ登るの?鳥居峠?」 「いや高遠山に」 「ほぉ、高遠山にねぇ・・・・高遠山は有名かね。」 「うーん、有名ではないですねぇ」と正直に答える。 「道はありますかね」と私。 「この上、あがって行きゃいい。道はあるさ。昔は、よく昔は遠足で登っただがね、向こう側の谷に行く道もあるけんどね。」 ちょうどいい、ちょっと聞いてみようと思った。 「高遠山から北の方は道がありますかね?」 「いや、どうかな、行ったことねぇからなぁ。ま無理しねぇ方がいいな」 「そうですか。まぁ登るのなら冬なんでしょうね。雪はこのあたりは降るんですか?」 「12月から1月くれぇかね。昔は良く降ったが、最近は、そうさなぁ暖ったかくなっちまってクリスマスのあたりからかな。このくらいは積もるよ」 と膝あたりにひろげた手の平をぶつけている。 「膝あたりでも歩くのは大変だから3月なら雪も固まるから歩きやすくなるさ」 「ところで高遠山から鳥居峠までは道がありますかね」 「いんやぁ、どーかな。行ったことねぇからな」 「ま、行ってみます」と私。 「冬くるんなら靴はちゃんとしてきた方がいいよ」 「えぇ、わかってます。ちゃんと冬の登山靴はいて来ますから」 「それなら、でぇじょうぶだ」 ゆっくり歩きながら話していたが、おじさんが道を外れたので目をやると栗がたくさん落ちている。 「あー、栗ですね。大きいですねぇ-」と私。 「けっこう虫喰いだけどなー、こいつらは・・・」とおじさんが長靴で落ちている栗を左に右に蹴りわけている。 それからおじさんは、自分の作業着のズボンのポケットから取り出した栗を手の上に広げて見せて「ほぉら、こんなだ」。 目の前には、丸々と太った立派な栗がころころと並んでいる。 「ひゃー、いいですねぇ。喰ったらうまそー」と思わず言ってしまった。 おじさんは「なんなら、持ってけ」と栗を私の方に差し出した。 「えっ? いや、いいんですか?、どうも済みません」と嬉しさのあまり言葉より自分の手の方が先に出ていた。 「気をつけてな」という言葉を最後におじさんとは別れた。 ブルーだった心も、おじさんとの会話で少し温かくなっていた。おじさんと別れるとまたひとりだ。もう一度ヘアピンカーブを切ると、ドウボラ沢を横切る。「ドウボラ沢」とかかれた看板のある小屋がそれを教えてくれる。小屋の脇にはドラム缶の水場があって上を見ればDOCOMOの中継所が建っている。ここから道は砂利道に変わった。軽自動車が私を一瞥しながら過ぎていった。 9:10 最後のヘアピンカーブを切るとすぐに中信木曽福島線の高圧線巡視路の入口が右側に現れる。そこには「NO74→」の表示があり、樹脂製の階段があるが、それがなければ、気づかずに行き過ぎてしまうところだ。 「道がある」という情報でことで気持ちも少し前向きになって登っていったが、それも鉄塔までで、そこから道はあやしくなった。ふみあとは薄くときどき失いそうになる。ふみあとというよりは、ときどき土が掘れているのが認められる足あとといった方がいいところもある。尾根は北西より南東に張り出していて、コンパスが北西を指し示す限りは間違いないと確認しつつ登る。ところどころに現れる赤布が自分を助けてくれたし、何よりヤブがほとんどないのがいい。 林道入り口が1035m、稜線の高さが1280mで実質250mほどの登りだ。標高差も少ない。 北西を目指している。よし。を繰り返してやがてピークらしきところに出る。そこには、崩壊した小屋がありトタン板が散乱している。こうした人間くささが自分の心の支えだ。赤布もところどころにある。やぶはなく切り開きが明確だったのでだんだんとコンパスの確認を怠ってしまっていた。実はこのあたりから、道は北西から西にそして南西に変わっていたのだ。 尾根上には2つほどコブが出現し、地形図上ではそれを確認できなかったが等高線に現われていない小コブだと“勝手に理解しながら”尾根上を進んでいった。こわい思い込みの始まりだった。 突然だった。右手20mほどに立っている木の幹に明確な赤白テープがことさら厳重に巻かれているのに気づいた。あれ?あれはいったいナンだろう。尾根を登っている最中に右側に赤布がある。おかしい。尾根に右側からあがってくる道だろうか。急に鳥肌が立ってきた。 自分が登ってきた尾根は東西に走る主稜線から南東に張り出している。登りきれば東西方向の尾根径にぶつかることになるはずだ。まだ自分の立っているところからは高みが見えるから、この尾根にはまだ高みがあり登りが少し残されている。よくは見えないが、この上で主稜線にぶつかるとして、尾根の右側にことさら注意をひくような赤白テープはいったい何を意味するものだろう?。 尾根道から外れ、赤白まで行ってみたが、そこから先はヤブが旺盛で先が見通せない。行けば行けるようなふみ跡はあるようでもあるがハッキリしない。自分の尾根道とこの袋小路の盲腸のような赤白の存在・・・。 元の尾根上に戻ってコンパスを見て愕然とした。自分は南東方面から上がってきたと思っていたのにいつの間にか北東からここに上がってきていたのだ。なぜだ。よくみると目の前の高みは北西を目指すのではなく南西を目指している。 迷ったか。迷ったら戻れだ。焼山の下りで聞いた岳友のあの言葉は心に焼きついている。その通りだ。今なら戻れる。しかし思い込みを排除するために集められる情報はとにかく集めてみよう。それからの判断でも遅くはない。 とにかく目の前の高みまで登ってみることにした。確認するとこの尾根は明らかに南西に伸びている。そうか、そうだったのか。自分はすでに登っていた尾根を登りきっていつの間にか主稜線上にいる。いま、自分は踏破するべき主稜線上にいる。なぜいつの間に自分は主稜線上にいるんだ?。いちども三叉路にはぶつかっていない。そのまま稜線上にワープするわけはない。 よく地形図を見た。あっ!インターネットの情報にあった登るべき尾根、それはさきほど林道で横切ったドウボラ沢の西(右岸)の尾根にあたるが、自分はドウボラ沢の東(左岸)の尾根、すなわちひとつ手前の尾根を登ってきてしまったのではないか。 ひとつ手前の尾根ならば、すべての説明がつく。2つほどコブがあったこと、主稜線に東方面から来ること。主稜線は赤白から北に屈曲するとすればその地点は複雑な地形となっているし、自分が来た尾根はそれに対して直角に東に張り出していること。 なぜ尾根を間違えたか。インターネットでは最後のヘアピンを曲がり再び林道がドウボラ沢を横切った向こう側に登路があり、そこには指導標NO74→があり、樹脂製の階段があるとある。自分はドウボラ沢を渡ることなく、NO74→を確認し、さらに樹脂製の階段を登った可能性がある。どういうことか?すなわちドウボラ沢の両岸の尾根の両方に「NO74→」があり、「樹脂製の階段が同じようにある」という可能性がなかったのだろうか。NO74は送電線の番号であり、どの尾根からもその送電線にアクセスする道がある可能性もあるし、林道からは同じような樹脂製の階段がしつらえられていた可能性がある。 自分のミステークだった。登山口がドウボラ沢を横切った地点にあることを確認せずに��NO→74と�⊆�脂製の階段と��それに続くふみあと�だ嵒曚桝戮気譴討靴泙辰燭里世辰拭� 自分が見た赤白はまさに主稜線から複雑な地形を示す鞍部への屈曲点だったのだ。ここに非力な自分は主稜線が北への屈曲点から勢い余って東側に派生させた尾根上を、本来より一本東の尾根をたどってやってきたというわけだ。 しからば、本来登るべきだった尾根とこの主稜線との三叉路はどこにあるのだろうか。これは確認できなかった。よく探せばあるはずだったしそこまで情報収集をすれば完璧だったが、先を急ぐこととした。 さて、赤白からは、複雑な鞍部だ。おまけにヤブだ。数歩進んでは、コンパスを振るということをした。よく見ると赤布がある。赤布をみつけては、先に進む。いよいよひとりぼっちを感じる。不安だ。そのうちに比較的明確なあぜ道のようなフミアトに出た。ヤブは濃くはない。日本山岳会の資料では、両側が湿原となっているあぜ道のような地形であるとあったが、その場所であることを確認した。あぜ道をおそるおそる行く。赤布がある。そのうちに赤布は、尾根の左側、すなわち西側の山腹を行くようになる。赤布は散発的に出てくる。しかし一向に上にあがる気配がない。ずっと右上に山腹を見ながら進む。左側は谷だがそう深くはない。どうもおかしい。そのうちに左側からあがってくる沢の左岸(沢の右側)を登るようになる。明確な沢だ。明らかにおかしい。また迷った。やばい。高遠山は諦めて戻ることをここで決めた。今度来よう。心は明らかにそう呟いていた。 ヤブは薄いから容易に上に登ることができるから逆にやばい。上に登れば高遠山にいけるだろうが、下りはどうする?インターネットでも高遠山の下りには要注意とあった。 まずは「迷ったら戻れ」だ。戻ることにしよう。先ほどのあぜ道まで戻ってみる。待てよ。あぜ道からそのまま高みを目指して直登する道はないか。赤布はまったくない。よく見ると切り開きのようにはなっている。フミアトは確認できないが、そこから高み、高みの方向を目指して試登してみる。どうだろう。行って行けないことはない。赤布はまったくないが、よく見ると腰高のヤブがV字型に凹んでいてそこを行けそうだと思うようになる。まったく弱気と強気の狭間で自分の心はかげろうのように揺れ動いている。それにしても先ほど赤布はまったく出てこない。昔は遠足で登ったはずなのに痕跡はほとんどない。わずかなヤブにあらわれたV字の凹みだけである。しかし、そこはフミアトがところどころ残っているところもある。それに意を強くしてひたすら登っていく。 そのうちに、銀色の赤布が一本ぶらさがっていた。嬉しい。自分が認められたような気分だ。それからはあと2本だけ金や銀の赤布を見た。結局3本のみだった。登りきるといったん数mくだったあと向こう側に高みがある。向こう側の高みは平坦な地形であたり一面が腰高のササである。V字の凹みの以前フミアトがあったあたりを見つけながら進むと、一番高いところがぽっかり直径1m程度の切り開きになっていて、三角点があった。二等三角点が頭まで埋まっている。高遠山の頂上だった。樹林は育ち、展望はない。おまけに雨だ。 11:00頂上着。 先ほどまでひと呼吸おいていた雨も強くなってきた。頂上から北を見るが腰高のササがあるが、進むのは問題はなさそうだ。 ザックをおいて雨に濡れながらメロンパンを食べる。メロンパンの袋を見て380Kcalもあるんだななんて場に合わないことを思ったりした。雨が激しくなってくる。下山にかかることにする。11:15発。 さきほどのコブを乗り越えて下る。下りは要注意だ。なにもテープ類を持ってこなかったことを悔いた。単独なんだからより慎重になるべきだった。事前の資料では「坊主岳」を正面に常に見ながら下れとあったが、今日はその展望はまったく望めないし、そもそも林が育ってその展望があるかどうかもわからない。 1340m地点でどういうわけか明確にあるフミアトをたどり、西側の尾根に入り込んだ。フミアトがあるのにおかしい。もしかしたらジグザグを切っているのかも知れない。とにかく方向は西に向かっている。再度、地形図をみて、登り返し、コンパスを振って東側の本来登ってきた尾根に載った。ほっとした。迷ったら戻れだ。そこから少し、顕著な尾根となるが、ふたたび尾根は曖昧になる。 1220m付近で再び、下って迷ってしまった。左に高い尾根が見えるし、地形図では尾根はそこで東に屈曲している。再び、迷ったら戻れで登り返し、そこで登ってきたヤブのV字型のクボミをみつけたのだった。 あぜ道まで戻ってきた。さきほど沢まで行った道は、どうもこの鞍部を東から西に越えている昔ながらの道のようだった。どうしてこの道に比較的多くの赤布が付けられているのかはわからない。あぜ道を辿り、さらに赤白まで戻る。さきほどびくびくしていたこの地点がまるでよくわかった地点のように見える。向こうの尾根が輝いてすら見える。 赤白の先からは、主稜線上を鳥居峠までたどることとした。道ははっきりしている。まったく問題のない道だ。刈り払いのない縦走路といった方がいいかも知れない。ただし、のぼりおりが明確でなく自分のいる場所がなかなか確定しがたい。当面、迷いようがないので、がんがん進む。自分が本州横断のその道をたどっていると思うとわくわくしてくる。そうなんだ、これなんだと思いながら。 ・1357m独立標高点の先で尾根は一旦右に屈曲する。そこが現在地点の確認しやすい場所だ。その先のピーク1350m圏内ピークで直進せずに左に曲がることに注意する。フミアトがあり迷うことはないだろう。・1346m地点は縦走路上の一地点だが、4等三角点があることを偶然見つける。尾根も広く違うところを歩いていたら気がつかずに通過していたことだろう。 ・1300圏内の尾根で尾根は二手に分かれる。そこは塩尻市の赤白のあたらしいポールが立っている。そこは右の尾根を取る。ここもフミアトがあり積雪期でもない限り迷うことはないだろう。 やがて送電線に出るといよいよフミアトは明確になり、最後は、目の前に壁のような峠山を見ながらジグザグを切って車道の通り鳥居峠に降り立った。13:10着。そこは鳥居峠の50mほど西の地点であり、正面に峠山への林道が上がっていく地点でもある。薮原への遊歩道もそこから下っていくが、入り口に熊よけの鐘がある。 いよいよ雨が激しくなってきた。ここで登山活動を打ち切ることとした。50mほど東に行くと鳥居峠の切通しだが、車が一台通過できるだけのごく幅の狭い峠である。中仙道はここを越えており、昔の旅人たちの大変さが偲ばれる。 峠を越えると峠の東側50mには峰の茶屋がある。13:15着。名前は茶屋でも避難小屋で、中はだだっぴろい板の間があるだけである。しかしとてもキレイで新しい。いよいよ雨脚が強まってきた。 一休みすることにして中に入ると、屋根に叩きつける雨の音がとても激しい。部屋に常備しているノートを見ると圧倒的に奈良井宿から登ってくる旅行客が多い。自分のように高遠山から縦走してきたような人は皆無である。ひとしきり自分が異端であることを感じる。しかしひとそれぞれである。 そうこうしているうちに雨の中を傘をさして歌を歌いながら峠に上がってきた変わり者がいる。いやだなーと思っていたら、「こんちはー」なんていって小屋に入ってきた。 「あ、こんちは」と僕。 見ると中年のおっさんである。 「ひどい雨ですねー、今日はこれから悪くなるんですかね」 「いや、天気予報ではこれから悪くなりますよ。今晩は豪雨ではないですかね」と僕。 「あー、そうですか。これからどこまで歩けるかな。薮原を越えて宮ノ越まで行こうと思っているんですがねー」 「中山道を踏破しようとでもなさっている?」 「実はそうなんです。今年の1月から初めて」 「どのくらいかかるんですかね。ぶっ通しでやって3ヶ月ほど」 「いや、それほどはかからないと思いますけどね。」 どうもそのおっさんは埼玉県に住んでいて、電車を乗り継いでは、前回の終点から歩き始めて終点から電車に乗って帰っているようだ。 「なかなか不便なところが多くてね。電車賃がかかって仕方がない」 「クルマを使ったらいいじゃないですか」 「クルマだとそこまで戻ってこなくてはならないですからね」 「それは仕方がないですね。相棒がいれば2台で行ってなんてことも可能ですがね」 「だいたいは歩いては飛び込みでビジネスホテルなんかに泊まるんですわ。一泊5000円くらいで、場合によっては朝飯もついていますからね。」 「中仙道は69宿でしたっけ、どんな感じですか。」 「一部は車道を通る部分ももちろんあるけれど、変化はありますよ。それにしてもね、歩いてみるとわかるが、地方が疲弊している。ナンにもないですよ。田舎は。それに誰もいない。」 「どんどん中央に集まってきてるんですね。中央にいるとますます人が集まるから余計に地方の疲弊がわからない・・・」とぼく。 しばらく話すと「ま、そろそろ行きますわ」と立っておっさんは行ってしまった。 またひとりになったかと思うと、屋根を打つ雨の音が激しい。 林道を東に下ると、すぐに歩道が下りている。途中、中の茶屋があるが、これは単なる壁のない掘っ立て小屋の休憩所である。その先に葬沢(ほうむりざわ)という物騒な名前の沢を横切る。昔、武田勝頼と、木曽義昌が戦って、木曽が圧勝して、勝頼軍2500名がこの地で戦死したという。その遺体がこの沢に埋められているという伝説からこの名前がついたのだという。 途中で雨の中を中年の夫婦がふうふういいながら上がってくる。変わった人もいるもんだ。 石畳になり右の分岐をとると、道の最奥の人家につきさらに奈良井の宿まではすぐである。 宿の一番上手にある鎮(しずめ)神社の脇に楢川歴史民俗資料館がある。入館料が200円とお手ごろなので人文の研究のために入ってみた。 入り口に可愛らしい30代くらいの女性の係員がいたので聞いてみると中仙道の木曽11宿は、この奈良井宿から始まるのではなく、となりの贄川宿から始まるのだという。そして有名な妻籠・馬籠で終わるのである。 「昔は、この11宿を標準では2泊3日で通過したそうですよ。ですから宿とは言ってもひとつひとつ宿泊しながら旅を続けたわけではないんですね。」とおねえさん。 「ここ奈良井は奈良井千軒と呼ばれたほど栄えたそうですが、千軒も宿屋があったわけではないですよねー」と僕。 「そうですね。最盛期でも400軒ほどの宿屋があったと聞いていますよ。昔は宿屋ではなかった普通の民家でも何人かの割り当ての人数があって、その人数までは泊めたと聞いています。この奈良井宿には小さい宿なんですが、5つもの寺や神社があるんですが、そこでも旅人を泊めたと聞いています。」 「昔の宿坊みたいなものですね」と僕。 「中仙道は山が多いので、この険しい鳥居峠を前にして皆さんが宿泊していったんでしょうが、それでも川や海岸ふちの道が多い東海道は、天気が悪かったりすると渡れなかったり、崩れたりしたものだから、険しいけれどそういうことの少ない中仙道は旅の予定が比較的立てやすい街道だといわれていたんですよ」 「しかしこの奈良井の人も観光のためとは言え、家はどんどん傷んでくるだろうし、冬は寒いだろうし、たとえ国からの援助金があっても生活は大変なんじゃないですか」 「そうですねえ。たとえば、アルミサッシなどを使うことは許されているんですけれど、銀色ではなくブロンズ色を使うこととなっていますし、アルミサッシを外側に露出するんではなく、その外側に木製の格子で覆ったりしています」とおねえさん。 奈良井の学芸員なんだろうか。さすがによく知っている。 「このあたりの家は、入り口をはいると居間があって江戸時代には吹きぬけとなっていたんですが、冬は寒いのでそれを吹き抜けに天井をつけるなんていうことは各種の規定の中で許されているんですよ」 なるほどと思った。 そもそもですね。と言いながら彼女は奈良井の昔の写真集を繰っている。 「昭和の初期はこの奈良井はこんな感じの町並みでした」と指差す写真は、いかにも昭和初期という感じの電信柱が立ちその間を電線が縦横に走り、さらにサクラカラーとか○○酒店などの看板が通りに張り出している町並みで今の古い町並みとは似ても似つかない。 「奈良井の町は、もとはこんな感じで、今のような江戸時代の街並みがずっと残っていたわけではないんですね。ただし、昔の家を一部改築していただけなので、かなりの家が昔の柱や梁をそのまま使った家だったんです」 「それを活かしながら、江戸時代の家に戻していったんです」 そうか、そうだったのか。ここ奈良井と妻籠・馬篭はよく江戸時代の風景が残されていると言われていて、江戸時代のままの町並みがそのままあると人々は思い勝ちだ。しかし今ほど裕福な時代ではない明治・大正・昭和初期に、江戸時代のままの家を保存することはコストが嵩む話であり、ありえない話である。ほとんどの観光客はそれを誤解していると思う。 見せてもらった写真集でもいくつかの家を除いてほとんどの家が一旦は現代化した。それをあるきっかけで、このような町並みに変えていった。これを修景というそうだ。今、われわれの目の前 に展開している光景は、町が町をあげて整形手術をした整形後の顔に他ならないのだ。 資料館にある「奈良井の歴史」を見ると、奈良井にあったある江戸時代の旧家を、川崎にある日本民家園が買い取るという話から始まった。奈良井の人たちは、この民家は、奈良井にあってこそ価値があるとの結論に達しここに残すことにしたのだ。加えて、それにマッチするよう町並み全体を江戸の昔に合わせるように修景をすることにしたのだ。ガレージなども江戸時代ふうの壁で覆い、電信柱は街道の表筋から裏に移築した。西洋風の扉や壁は家の裏側のみにした。奈良井宿は昭和53年の国の重要伝統的建造物群保存地区となっているが、これも国の「指定」ではなく「選定」となっている。 「指定」とは国が勝手に決めて指定するのだが、「選定」とは町の人たちが自らの努力で町を仕立てた上で、国にお伺いをたてて認めてもらうという手続きのときに使う言葉である。 それだけ人々の話し合いと合意が必要だということでもある。あとがきには問題点も指摘されていて、いろいろと規制の条項がかかるのを嫌がって改築工事の届出をギリギリにやるケースがあると指摘したりしている。それだけ、このような整形された町並みを維持保存するのは難しいことなんだろうと思った。 ざあざあ降りの中、奈良井宿の通りを歩く。雨がひどいにもかかわらず観光客は結構来ている。主に漆器のみやげ物が多い。 家に漆器のみやげ物でも買って行こうかとある漆器店に立ち寄った。 自分の雨具とザックといういでたちを見て店のおばさんが声をかけてきた。 「まぁ、こんな雨なのにツアーは来るんだねぇ」 「えっ?いや、ボクはツアー客ではないっすよ。山いってきたんです」 「まぁ、またどこに登ってきたの?」 「この上の高遠山ですけど」 「えーっ?高遠山に行ってきたのー?」とおばさんがすっとんきょうな声を上げた。 隣にいた息子が加勢する。 「いやぁびっくりしたなー。ボクが小学生のころ、よーく高遠山には遠足で行きましたけど、今じゃ誰も行かないでねぇ」 「あのころは、頂上が原っぱになっていましてね、あそこで野球とかもやったんですよ」 へぇーと声が出ない。頂上が景色のよい草原だったとはまったく想像すらできない。今では樹林が育ち、そして笹薮が繁茂している。さきほど辿ってきたヤブの道を反芻する。 「そうだよねぇ。この子らが子供のころは、遊び場所は山しかなかったからねぇ。どこ行くっていったらいつでも山だったよねぇ」とおばさんが目を細めている。 いつの世でも母親は子供のことを思うときにこのような猫のような目をするものだ。彼女のなつかしい時代をボクが思い起こさせたと思うとちょっと誇らしげな気分となった。 「いまじゃぁ、誰も登らなくなったからねぇ。きのこの取れる山は整備するけれど、薪を取る山は今は誰も整理しないからね。そういえば10年くらい前に、小学生のころ行った高遠山、どんなになってんべーかって、仲間と一緒に行ってみたんですよ」と息子。 「そうしたら、ヤブだらけで道もはっきりしない。こんなになってしまったんだって本当に驚いて帰ってきたんですよぉ」 「昔は、高遠山に行ったあと、高学年はずっと鳥居峠まで縦走して、それで下りてきたもんです」 「あー、それが今日、ボクが歩いてきた道ですよ」 「あそこもほとんど道がないでしょう?」 「いや、高遠山あたりはちょっと大変だったけど、あの複雑な地形のところから南はフミアトがあって楽でしたよ。」 「峠山から姥神峠はどうですか」 「いやー、あっちも人が入っていないからなぁ。おんなじ感じだと思いますよ」 「お父さんもどきどき山に入るんだけど、クマにあわねーかって言うんですよ」とお母さん。 「へぇー?この変はクマがいるんですか?里山ですよね」 「そうさなぁー、年に2〜3頭はかかるかなぁ」 「そんなに居るんですか。僕もクマにあったら嫌なので、ずっと笛を吹いていましたけどね。向こうも人間が怖いからこちらから知らせてやるんですよ」とボク。 「でもクマが取れたら、クマの肉が食べられるからいいんじゃないですか」 「いやぁ、硬ぇ肉だからそんなにうめーもんでもないなぁ」とお母さん。 「それよりもクマの肝だな。」とお母さんが続ける。 「こう見えても私、癌をやってね。クスリっていうクスリは全部試したの。そのときにクマのイもやってみたよー」 「あれは高いんじゃないですか」 「そうさなぁ、こんなに薄いもので20万円はしたかな」と親指と人差し指でパンほどの厚さを示す。 「そりゃ、高いですね」とボク。 「それでどうでした?効き目がありましたか?」 「いんや、どーだか。だけど、こうして生きているんだからナンかあったかも知れんなぁ」 「そりゃ、おばさんの生きる力ってことだったんじゃないんですか」と言うと、おばさんはまんざらでもない。 「でも春先のクマのイはいいっていうけれど、それ以外はダメだって話も聞くしな」 「あ、そうなんですか。」 「それにしても高遠山行ってきたとはなー、途中で迷ったりしなかったの」と話がまた戻ってきた。 「いやあ、何度も危なかったですよ。特に高遠山からの下りは、尾根がふたつに分かれているとどちらかをきちんと見て選ばなければならないですからね。」 「そうだろうなー」とおばさん。 ついでに売っているものについて聞こうと思った。 「ところで売っている漆器の箸でも一組100円のものから、2700円のものまであるけど何が違うの?」 「何度も塗る手間ひまかけたものと、そうでないものの違いだな」 「手数がかかるから、安いモノは、中国産か韓国産じゃないの」とボクが突っ込んでみる。 「う〜ん、ウチから外に出してやってもらっているものだけどね」とハッキリは言わない。 おそらくそうなのであろう、気分を害しても仕方がないので話題を変えることにした。 「ところでこの近くに日帰りの銭湯はないの?」と聞いてみる。 「あるある、鎮神社の上にあるならい荘ってとこで400円でやってるよ。ちょっと高いけどね。」と教えてくれる。 「いやぁ、安いですよ。いまどき400円なら」とボク。 「むかしは200円でやってたんだけどね」と息子。 クルマでさくさくと着替えてから 「ならい荘」行くと自分ひとりの大名風呂だった。ちょっとぬるめのお湯を時間をかけて楽しんだのだった。 そして本州横断の山旅と人々との交流との充実感を味わいながら、雨の奈良井宿をあとにしたのである。 ならい荘で、“さるなし”という植物のジャムをお土産に購入した。色があまりぱっとしないが、味は、キウイフルーツのような味でさっぱりしてGoodでした。 <参考資料(WEBより)> 1.高遠山のこと 木曽郡楢川村(現塩尻市楢川)と木祖村の境界にあると言うより、旧中仙道奈良井宿の西側背後にあり、南の鳥居峠まで続く山と言ったほうが解り易い。主稜線西側にある塩沢は木曽川に落ち太平洋に流れこみ、東側の橋戸沢は日本海へと続く奈良井川に流れこむ東西の分水嶺になっている。もともと高遠山は江戸時代末期から木祖村、塩沢などの集落の入会山で、木曽馬の飼料にする草刈りの山だった。近代までは全山青々した草原の山で、地元小学校の遠足や山菜採りに訪れていたと言うが、木曽馬を飼わなくなった昭和三十年代、草刈り山としての使命が終わり、今ではカラマツが植林されている。また高遠山付近は渡り鳥の通り道でもあったため、稜線には多くの鳥屋場が存在していた。そんな名残りを見つけながらの山歩きも趣きがある。 2.鳥屋場(とやば)のこと 鳥屋(とや)とは、見通しがよく渡り鳥の通り道になる雑木の多い山に小さな小屋をかけ、その廻りにカスミ網をいくつも張って煤鳥(飼育して、呼びよせるために使うおとり)で誘いをかけ、鳥の群を呼びよせてとらえるところのこと。鳥屋は農閑期の副業として営まれていた。明治の初期までは狩猟法も簡単で、コブチ(木の枝と枝との間がバネになっていて鳥がさわると、はねる仕掛になっている)ではさんでとったり、罠でとったりしていたが、もち鳥屋(せせりといって、木綿針を半分に折って鳥の鼻に通し、糸を八の字に一まきして二尺位のばし、それを三〜五羽竹竿にしばって人間があやつる。もちは細竹に、ほうのきの枝をつけてそれにぬり、いくつも立てておびきよせ、人間は木の枝を組み立ててその中に入る簡単な小屋)が盛んになるとよくとれるようになったが、、何といってもかすみ網の発達によって、その全盛期を迎えることになりました。 3.さるなしのこと サルナシ(猿梨、学名:Actinidia arguta)はマタタビ科マタタビ属のつる性植物。別名:シラクチカズラ、シラクチヅル。果実はしばしばコクワと呼ばれる。 特徴 日本、朝鮮、中国などに分布する雌雄異株の蔓性の落葉樹である。本州中部以南の温暖地では、概ね標高600m以上の山岳地帯に自生する。 サルナシの果実の味はキウィフルーツそのものである、これはキウィフルーツの原種が中国南部に産するサルナシの近縁種シナサルナシであることから同じような味になることは必然ともいえる。 花は白色で、果実はキウィフルーツを無毛にしてかなり小さくしたような緑色の2〜3cm程度のものに熟する。熟した果実は、果実酒などに使用したり、ミニキウイ(あるいは、キウイベリー、ベビーキウイ、デザートキウイ、カクテルキウイなど)と呼び、生食にも適するほか、ジュース・砂糖漬けなども商品化されている。 キウィフルーツの日本での栽培の開始は、本来サルナシ果実の味に魅せられた農家が栽培果樹化を試みたが、その困難さにこれを断念し、近縁のシナサルナシが中国南部からニュージーランドに導入されて品種改良の上で栽培果樹化されていることを知って、これの日本導入に切り替えたことに始まるというエピソードもある。 野生動物ではニホンザルやツキノワグマ、ヒグマなどが好んで大量に摂食して種子散布に貢献し、クマ類がこればかりを大量に食べた後の糞の外見はキウィフルーツのジャムに酷似する。このように、ヒトを含む哺乳類の味覚の嗜好に適する点、鳥類による種子散布に頼る植物の果実の多くの色が赤色か黒色である点、哺乳類に発達した嗅覚を刺激する芳香を持つ点から、主として哺乳類の果実摂食による種子散布に頼る進化を遂げた植物であると考えられる。 かずら橋 ツルは直径約5cm、長さは50mにも伸びることがある。非常に丈夫で腐りにくいことから「祖谷のかずら橋」(吊り橋)の材料にも使用されている。また、水を吸い上げる能力が高く、蔓の中にも大量の樹液を含み、樹勢の強い時期に太い蔓を切ると大量の樹液が出てくる。山中で飲用水が不足した場合に用いられることもある |
感想
あれやこれやと考えながらの山は印象に残ります。もう一度行こうとは思いませんが、今でも迷って考えたときの情景が目に浮かんできます。
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