大岳山_御坂尾根・大岳山表参道


- GPS
- 06:25
- 距離
- 10.2km
- 登り
- 958m
- 下り
- 1,034m
コースタイム
- 山行
- 5:54
- 休憩
- 0:30
- 合計
- 6:24
天候 | 晴れ |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2021年04月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
電車 バス
|
コース状況/ 危険箇所等 |
御坂尾根のルール標識は少ない、一般ルートに合流する直前の岩を巻き尾根上に再度戻る地点に注意 |
写真
感想
何の機会か覚えていないが、大岳山に直接登るルートの一つに御坂尾根があることを知った。たまたま最近修験道に興味を持ったので、以下のような情報にアクセスできたからかもしれない。
大岳山(御坂尾根→大岳沢、バリエーションハイキング)2020年09月13日(日) [日帰り]
バリエーションルートの御坂尾根はかつては修験道の参拝道としてあったようですが、廃道となったようです。
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-2565066.html
さらに確認を進めると、御坂尾根には、尾根の取り付きと最上部にそれぞれ石祠があることを理解した。例えば以下
今日は御坂尾根を最上部まで歩いて石祠を見て、大岳山北東尾根を歩く事を目的に出掛けました。御坂尾根最上部ではかなり緊張する場面もあり充実した山行でした。
20200828大岳山(養沢神社Bs・大滝・御坂尾根・大岳山北東尾根・南尾根・馬頭刈尾根・綾滝・払沢ノ滝入口Bs)
https://yamap.com/activities/7471521
早速確認することにしたものの、一般ルート後合流後さらに最上部の石祠まで尾根を上り詰めることにはいささか不安もあった。岩場を通過するための体の安定性に最近若干自信が持てなくなっていたからである。実際護摩壇岩の巻道を通過したことでこれ以上無理をしないことにした。
計画を一部変更したもののそれなりに充実した時間を過ごすことができた。
前回養沢神社に来た時には気付くことがなかったが、今回神社入口の龍の石像の口が拝殿を向いていることに違和感を持った。通常像は拝殿を守っているものとして正面から見るものだと感じたからである。
像の写真などは以下の方がよくわかる
http://www9.plala.or.jp/sinsi/07sinsi/fukuda/ryu/ryu-4.html
前回の記録は
大岳山周遊:養沢から・キノコの季節:2018年09月19日(水) [日帰り]
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-1588302.html
帰路、丁を刻んだ石があり、鳥居の下の1丁と鑑み、富士山などの合目と勘違いしてしまった。距離( 1丁=60間=約109メートル)を示す単位ではないかと考えた。したがって合目と違い目的地までの達成割合を示すものではないと思われる。
またこの丁は、登山口の大嶽神社から最終的には大岳山の大岳神社に続くものではないかと考えた
檜原村・大嶽神社:東京都神社庁
当社はこの地方第一の高岳に位置して、古社として、知られている。大嶽はその霊山名をあらわしている。
http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/nishitama/hinohara/5421/
確認の過程で、帰路のコースが大岳山の表参道であることに気づいた。
例えば以下。
最初は集落の中の舗装路を登っていくと大嶽神社の里宮が見えてきます。
まずここでお参りをし、書置きで置いてある御朱印をいただき少し先にある登山道に入ります。登山道をしばらく行くと真新しい鳥居がありその下には山頂下の大嶽神社まで続くと思われる一丁目を示した石碑があります。尾根にそって登っていくとその後もいくつか丁目石を見つけることができました。
大岳山〜御岳山(大嶽神社〜武蔵御嶽神社へ初詣)2021年01月03日(日) [日帰り]
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-2839243.html
また「丁目石」という言葉を知ったこともあり、実際視認されているのだろうかと思って検索すると、三十二丁目まではあるようです。
以下
初詣は表参道から大岳神社にお参り2019年1月2日(水)
https://www.yamakei-online.com/cl_record/detail.php?id=151615
いろいろ参考になった。また結果的に表参道を行くいい機会に恵まれた。
ヤマレコの地図/標高グラフ・写真を利用して、大嶽神社・丁目石などの出発地点からの距離/標高を以下のように確認した。1丁が109mなので各地点の想定丁目を()内に記載した。
大嶽神社: 7.85km/401m (0)、一丁目石: 7.70km/428m (1.4)、六丁石: 7.20km/566m (6.0)、大岳山:4.90km/1267m (27.1)
実際32丁目の丁目石が確認されて写真を掲載している方がいるので大岳神社に向けて刻まれているであろう。
今まで、御岳山その奥の大岳山と対に考えていたが、多摩川流域の御岳神社、秋川流域の大岳山と氏子・信者などを含めて異なる歴史があるのであろう。また修験道を追求している山伏は両山域を自由に往来していたと考え始めた。
「奥武蔵をたのしむ・町田尚夫・2004」の「子ノ権現の丁石しらべ」を読むと丁石は神社や参道沿いに多く立てられて、登るにつれて数が減り社寺前でゼロになるものだそうだ。実際子ノ権現のそれぞれの参道に、吾野口13基・小床口7基・南川口6基・表口17基の計43基確認されたという飯能市教育委員会の昭和61-62年の調査結果があるそうだ。多くの紀銘は大正十三年27基・安永八年9基であり、特に前者のほとんどには「西川材木商同業組合」と記載されている場合が多いそうである。里にある大嶽神社に向けての奥社からの参道であると理解できる。神社を主としたものとして丁目石の置かれた年代には神仏分離令などのとの関りがあるのかもしれない
以下の書籍に、【8 大岳山御坂尾根】として紹介されている。
バリエーション ハイキング(新ハイキング選書)・一般登山道では得られない山の楽しみ、心のやすらぎ・著者:松浦隆康1950年生まれ
https://www.fujisan.co.jp/product/1281694427/
そこでは同尾根を以下のように記載している。
747年大岳山山頂に蔵王権現を勧請し以来大岳山は修験者の修業する山となり石祠と関連し修験道ではないかと思う。
ここでは、「ハーケンが撃ち込まれているスラブ状の岩壁の左を巻きその先は登りやすい所を辿って右の尾根に出る。尾根上の岩を縫いながら進んで登山道に合わさる」と記載されているが今回尾根上には岩がなかったので岩から離れすぎたところを登った可能性がある。
(08年5月中旬歩く)と記載されている。参考までに帰路は馬頭刈尾根を通り馬頭刈尾根山から尾根通しに三ツ合鍾乳洞に降りている。
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